<139>
山肌はいよいよ急勾配になり、ほとんど四つん這いならなければ進めないほどである。
上からの吹き降ろしは、これが俺の本気だ! とばかりに勢いが増している。
「ハチエさん、ここからはもう一気に飛んでいかない?」
「そうやね。ウチなんか既にソウルオブキャットに乗っとるし」
そう、急斜面に苦しんでいるのはハルマサだけ。
ハチエは山肌の近くをフワフワ移動しているのである。
「ソウルオブキャットで一気に行こう!」
「よっしゃ、行くでぇ――――――!」
今となっても、ソウルオブキャットの扱いは彼女の方が上である。
ハチエの手から魔力の注ぎこまれた漆黒の大剣は、飛行術式を開放し、一気に地面と反発。
空中を弾丸のように進んでいく。
ハルマサの「風操作」にかかる負担は一気に重くなり、直ぐにほとんど無くなった。
雲の上に出たのである。
「雲の上はやっぱり晴れてるねぇ……」
「ハルマサ、あれちょっとよう見えへんけどまずいかも分からんで」
そういうハチエは既に目に光を集め始めていた。
彼女の「光芒なる瞳」はハルマサの大半の概念と同じくON・OFFが出来る。
そのスイッチをいち早く入れた彼女が見ているのは、雪山の頂上。
火山の頂上にあったものと同じく、半径300メートルほどの氷のリングである。
その上で、アカムトルムより少し大きい、小山のような白い竜が、こちらに向けて口をあけていた。
≪レベル29! あの竜を倒せた君たちなら、きっと倒せる! ガンバレガンバレ負けるな諦めるなもっと輝けぇえええええええええええええええええッ!≫
レベル29か。それなら何とかなるか……!
ハチエが唸る。
「ぬぁッ!」
ここの光は強い。
かなり短時間で溜まった光は纏め上げられ、ハチエビームが放たれた。
キュン、とここから白い竜までの距離800メートルほどを一気に切り裂いて、ハチエビームは竜が大きく開けた口に着弾する。
しかし竜は一瞬ひるんだだけで、その口から氷の奔流を吐き返してきた。
ハチエはソウルオブキャットと、自身の背に生えた翼を使って、攻撃範囲がバカ広い攻撃を回避する。
その中で、ハルマサはソウルオブキャットの上に立ち上がり、左手を構えていた。
「ん? カニ砲撃つん?」
「いや、今回は違うんだ」
さっき気付いたけど、この左手には、肘まで届くような穴が手の平から空いている。
綺麗に円柱状に。
だから、そこに電流を流せば―――――
「レェエエエエエエエエルガンッ!」
レールガンを片手で撃てる!
空気の壁を貫いて、プラズマ状態の鉱石が飛び出していく。
ヒョゥ、と飛んだ弾は、瞬き一つの時間をかけて、ウカムルバスに着弾。
ハルマサの持つスキル「狙撃術」は放つ矢弾に属性を付与できる。
今回付与したのは―――――炸裂弾。
ゴォン! と着弾した弾が爆発。ウカムルバスの鱗がはじけ飛び、その巨体を揺るがせる。
それを見据え、バチバチと放電する左腕を構えてハルマサは魔力を練り上げる。
「まだまだぁ!」
シュオン! シュオン!
連続で飛び出していくプラズマ弾が、ハルマサの魔力で炸裂する爆弾へと変化する。
着弾し爆発が連続して起こる。
―――――――ガォアアォオアアアアアアアアアアア!!!!!!
遥か視界の先で咆哮するウカムルバス。
ハルマサはさらに攻撃を加えようとして――――――攻撃を止めた。
「重殻左腕砲」の発現を止めた腕がシュゥゥ……と焦げて煙を上げている。
「どしたん? もう倒したん?」
「いや―――――」
ハルマサはその視界の先で動く、小さな影を見る。
「人が居る」
その小さな人影はウカムルバスに無造作に歩み寄ると、右手の武器を尻尾に突き刺した。
次の瞬間尻尾が千切れる。恐ろしく切れ味が良いのか、それとも違う要因か。
人影は飛び跳ねて、ウカムルバスの頭へと到達し、一気に頭を割った。
鮮やかな殺戮劇だった。
ていうか獲物取られた。
「………ハチエさん、降りよう」
「? まぁ構へんけど」
ぎゅん、と二人は雪山の頂上へと降りていく。
近づけば近づくほど空気が冷たい。
「ん? もう倒されとるやん」
「………」
ブワッと氷の欠片を吹き飛ばして、ソウルオブキャットは地面から1メートルの位置に静止した。
「あら。プレイヤーの方たちかしら?」
ハルマサたちに声をかけてくるのは、先ほど獲物を攫ってくれた紫色のルージュを引いた背の低い少女である。
その顔には薄気味の悪い笑みが浮かんでいた。
「そうだけど……」
「人の獲物横取りするのはちょっとあかんのんちゃう?」
ハチエさんはこの少女があまり気に入らないようである。声があまり穏やかではなかった。
しかし、少女はハチエを無視して口を開く。
「私、鍵を探しているの。一つは手に入れたから、もう一つが欲しいの」
少女の左手には氷で出来た鍵があった。
「鍵……」
この極寒の地においてなお冷気を放つ氷の鍵はそれを持っている少女の腕をパキパキと、ゆっくりとだが凍らせていっている。
しかし、彼女の表情には何の痛痒も、恐怖も浮かんでいなかった。
そこらで摘み取った花でも下げているようだった。
「なぁ、あれって……」
「うん」
ハチエさんが声をかけてくる。
ほぼ確実に、ハルマサたちがアカムトルムから手に入れた燃える鍵と対になるものである。
「あなたたち、鍵のことを知っているのね!」
少女は一層、笑みを深める。
ネトッと空気が重くなり、これが純粋な殺意なのだとハルマサが気付いた時には少女が動き出していた。
「私にくれないかしら。必要なのよ」
腹の傷からはみ出した内臓みたいな笑みを浮かべつつ、少女は歩み寄ってくる。
「ねぇ、いいでしょう? いいわよね。黙っていてはいけないわ。はやく答えないと―――――――」
その少女の声を遮ったのは、陽気な男の声だった。
「よぅ! 俺はマルフォイ! こっちの嬢ちゃんはサリーちゃんだ! あんたらの名前は?」
「うるさいわ」
突然少女の横に出てきた男が、振り返りざまの少女の鎌で首を飛ばされる。
その首を、首が無い体が空中で掴んで切断面に押し付ける。
その一連の動作の後、今しがた即死したはずの男は言った。
「中々疾いな! さっきは実力を隠していたんだなサリーちゃん! なんてステキな少女なんだ! 俺と付き合ってくれないか?」
「あなたは死ねばいいわ」
殺された男が交際を申し出るという訳の分からない状況に混乱しつつも、しかし、ハルマサは理解していることがあった。
≪なんとぉ―――――――! レベル30とレベル32相当! 男の方がバカ強いです!≫
この二人は強いということと、敵だ、ということである。
「まぁ、このゾンビは無視していいの。それよりも。あなたたち鍵をもっているのでしょう? はやく出さないと―――――――殺してしまうわ」
「まぁどっちにしても殺すんだけどな」
少女は薄気味悪く、男は朗らかな笑顔でこちらを見るのだった。
<つづく>