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ハチエであれば、追いきれるキリンの速度も、ハルマサだと結構キツイ。
だからハルマサは本気で行くことにした。
広範囲に広げた「風操作」のドームのなかで、ハルマサは叫ぶ。
「加速ッ!」
ギャイ、と周囲の風景を置き去りにして、ハルマサは走った。
軽く300億を突破した動きは、光速すら凌駕している。
色々無理はあるだろうが、きっと万能ツールの「魔力」が何とかしてくれているのだろう。
ハルマサは電光より速く動き、キリンに接近すると大きく口を開け、齧り付いた。
≪「概念食い」発動です! ビリビリきます?≫
「全然こないね!」
「黄金の煌毛」(=雷耐性100%)を発動しているので、何も問題は無い。
雷の味と言うものはよく分からなかったが、案外すんなり食べる事が出来る。
モンスターでもあり自然現象であるキリンは、咥えられてもあまり痛い様子も見せず、ジタバタと動いていた。
ハルマサは一気に吸い込んだ。
素麺を食べるようにつるん、と。
胃の中でバチィと電光がはじける感触。
桃ちゃんがファンファーレを鳴らしもせずに叫んだ。
≪で、でたぁああああああああああああああ! 概念吸収しちゃったよマスター! 新概念は「電流の体躯」! 名前からして強そうだァ―――――!≫
確かにその通りである。
◇「電流の体躯」
電気によって構成される肉体。胸の部位にある直径一センチのコアを除き、物理攻撃無効。外部からの雷属性の攻撃を吸収する。光の速度で移動可能。発動中は、雷属性以外の魔法が使えなくなり、物理的な干渉が不可能になる。
おほー。
「普通に使える!」
主に緊急回避が必要な場面で。
敵を抑えておいて、僕に構わず攻撃しろぉ――――!って言える様になったぜ!
早速発現してみよう!
―――――――バチバチバチッ!
手を見てみれば、はじける雷である。
自分の体を触ってみれば、手が体を素通りした。どうなってるんだろうコレ。ちょっと怖い。
電気の精霊みたいになったハルマサは、重要なことに気付いた。
この姿だと、雷以外使えないから「風操作」できないや。
ブワワワワワワ!
風のドームは脆く崩れ、暴風雪がなだれ込んでくる。
「―――――!?」
『ああッ!? ハチエさんが……あれ?』
ハルマサの声は空気を震わせていなかった。
自分に聞こえるのもテレパシーな感じである。
そしてその時気付いたが、五感の内、働いているのが視覚だけだった。
あとは全部分からない。
ハチエの叫びも聞こえない。
地味に咆哮対策も出来るということか!
でも今は解除しなきゃ!
「―――――――解除! ………寒ッ!」
発現し終わってから気付いたが、来ていた服が体を素通りして落ちている。
ブレスレットも落ちている。
何故か指輪と腕輪はついたままだが、この寒空の中、全裸。
―――――し、死んじゃう……
≪マ、マスターの大事な袋があんなに縮んで……!≫
桃ちゃんが何か言っていたが、無視して、急いで服を着る。ブレスレットも嵌めて、と。
こんな姿見せたらハチエさんに嫌われちゃうぜ!
――――――「風操作」ッ!
フォン! とあたりの風を沈静化させると、ハチエさんは風にあおらながらもキリンを倒し続けていたようで、残りのキリンはもう2匹しか居なかった。
そして――
「これでしまいやぁ―――――――!」
ヒュババババババ!
ハチエさんの素早すぎる金棒捌きによって、キリンは纏めてかき消されるのだった。
「おおー。またエヴァンゲリオンのパーツ出たで」
「パーツって言うか………乾電池?」
「単三やな」
エヴァンゲリオンのパーツがどれもこれも貧相な気がしてならない。
名前は全部カッコいいのに、描いてあるイラストがことごとく貧相だ。
「衝撃吸収剤」っていうアイテムはどう見ても小さなゴムタイヤだし、「加速装置」は小さなモーターだ。
今回の「S2機関」とか、ただの単三乾電池。
永久機関って名づけたんだからせめて充電出来る奴にしたらいいのに描いてあるのは使い捨てである。
というかこれって出来上がるのエヴァンゲリオンじゃなくてミニ四駆なんじゃ……?
いや、でもカイバーマン人形であの強さなんだから、きっと出来あがるエヴァンゲリオンも強いに違いない。
パーツを12個も使うんだし。
でも次にホイールとか出てきたら覚悟はしておこう。エヴァンゲリオン号という名のミニ四駆が出来ることを。
「あとな、生活お役立ちグッズが出てん」
「そうなの?」
「そうやねん。これや」
○「電子レンジ」
(Lv2)耐久値:30
業務用の電子レンジ。中に生物を入れてチンするとヤバイ。扉を開けて側面を叩いたら、5発だけ「気功砲」が撃てる。
耐久力+200%
イラストには、上半身裸で丸坊主の筋肉質な男が、電子レンジを構えつつ、「はぁッ!」と叫んでいる一コマ漫画が描いてあった。
「…………天津飯?」
「そうやねん。ドラゴンボールの天津飯やねん」
「絵ぇうまいな……誰が描いてるんだろう。そして何で電子レンジ……」
「ちょいちょいキッチン用品でるんよね。次のもそうやで」
○「アイスピック」
(Lv18)耐久値:400万
キリンの角から作られた氷を砕く鋭いキリ。取り扱いに気をつけないと指に突き刺さってなんじゃこりゃぁあああ、ってなる。氷であればどんな硬さでも貫き砕く。
耐久力+200%、筋力+200%、敏捷+1200%、器用さ+2000%
「普通に強―――――――い!」
「ネタ系かと思っとったら普通に使えるのが出て驚きやねん」
ハチエさんは色々と諦めているようである。
合計10体倒したハチエさんだったが。やたらS2機関がいっぱい出たらしく、今回ゲットできたのは4種類だけらしい。
最後のカードを出してハチエさんは言った。
「そして極めつけはこれやねん」
○「ゴロゴロの実」
極稀に生成される悪魔の実。食べたものは雷人間になれるが、水鉄砲で即死するくらい水攻撃に弱くなる。もちろんゴム人間の前には無力。そしてお風呂にも入れなくなる。実の効果は約12年続く。
「つ、ついに悪魔の実キタ――――――!」
「お風呂ダメやと、とても食べる気になれへんのよね」
「でもハチエさん! 敵に食べさせたら凄くない!?」
「……ッ! 即死やん!」
これでボス戦楽勝だぜ! とハルマサとハチエは一しきり騒ぐのだった。
「ていうかウチお風呂入ってへんやん! ……ものごっつ臭いんちゃうかな」
「そう? 良い匂いだけど?」
「か、嗅いだらあかんて!」
頭をはたかれた。
「…………じつは臭気排除って言う特性があってうんたらかんたら」
「……ならハルマサの近くにおったら臭わへんっちゅうことやね」
乙女的には、臭う状態はNGらしい。
入り口で半月ほど足止め食らっていたときはともかく、昨日の晩に体を清めなかったことを死ぬほど後悔していた。
今すぐにでも風呂に入りたそうなハチエさんだったが、ハルマサの特性を聞いて、なんとか我慢してくれたのだった。
閻魔様のところに行った後だから汚れは落ちているし、一日くらいでそんなに変わらないと思うけど。
S2機関(乾電池)を大量に手に入れたハルマサたちは、さらに先へと進んでいった。
何時の間にか上り坂になっており、上からは冷たい空気が氷を伴い落ちてくる。
氷は風の膜を容易く貫通してくるので迎撃せねばならず、さらに進むスピードは遅れるのだった。
ハチエが、炎の翼をワサワサさせつつ、雪で何も見えない空を見る。
「やっぱ飛んで行った方が早かったかも知れへんなぁ」
直径2メートルはある氷の塊を弾きながらハルマサは答える。
「こうやって進む道にこんな障害が用意されているってことは、上空にも同じくらいの障害があったんじゃないかな」
「そうやろか」
第二層の入り口みたいな迎撃があってもおかしくはないとハルマサは思っていた。
楽な道を容易に選ばせない、執拗なまでのいやらしさがこのダンジョンにはあると確信しているのである。
ハチエさんは自分の提案で僕を大変な目にあわせていると思っているのかもしれない。
「ハチエさんの提案に乗るって決めたのは僕なんだし、気にしなくてもいいんじゃないかな」
「ん? そう?」
そう言ってハチエさんは炎の翼を撫で付ける。
「ハルマサに気ぃ使わせてもぅたなぁ……。んでも」
ハチエはハルマサの頭をポンポンと撫でる。
「嬉しいわ。ありがとな」
ハルマサは少し恥ずかしくなったのだった。
<つづく>
fさん、でいさんありがとう。
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