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【第三層 塔入り口】
「ハハーン。理解したぜサリーちゃん! この扉を見た瞬間、ピカッとな! ここで鍵を持ってくるプレイヤーを待っているんだろう!?」
「知らないわ」
マルフォイが鬱陶しくポーズを決めて叫んでくるので、マリーは心底この空間が嫌になった。
自分から動くのが面倒だとプレイヤーを待ち受けていたが、このキチガイと一緒に居るよりは、自分で鍵を集めに行った方が何倍もマシだとマリーは判断した。
「ん? 何処行くんだ?」
「……食事よ」
「それだったら、俺が美味しい死体を持ち歩いているぜ! 見ろ! 人間で80歳女性! 末期癌だ!」
最悪のチョイスだとマリーは思った。
この男とは死んでも分かり合えないだろうし、合いたくない。
まぁ、どちらも死んでいるのだが。
「いらないわ。もう話しかけないで」
「またまたー。この抹香臭いのがたまらないってサリーちゃんも思わな」
「潰して英霊」
メゴシャ!
マリーは呼び出した巨大骸骨でマルフォイを叩き潰してから、いささか軽い足取りで山へと歩を進めるのだった。
【第三層 中央連嶺】
びょうびょうと風が吹き荒れる中、ハルマサの作った無風のドームはハルマサとはチエを中心として、スルスルと雪山の頂上へと向かっていく。
気温はかなり低いが二人とも自ら熱を発しているので問題ない。
特にハチエさんの翼は温度の強弱が出来るようで、そばに居るハルマサも温かかった。
こんな便利な翼があれば、マッチ売りの少女も凍えて死なずに見世物小屋に売り飛ばされて悲惨な人生を……あれ?
とにかく。
「綺麗だねぇ」
「そうやろそうやろ! なんせウチは、ミス岡山大に選ばれそうで選ばれなかった女やからな!」
選ばれなかったんだね。
翼のつもりで言ったんだけど、まぁ訂正するほどのことでもない。
「学校祭の日にお腹壊してもうてん。緊張で」
「不戦敗なんだ」
「まぁ優勝したんが恩返しに来た鶴みたいな子やったから元々無謀な勝負やってんけど」
「でも、健康的な魅力ならハチエさんの勝ちだね!」
「ふふん! ウチのおだて方をわかっとるなハルマサ君! そんな君にはこの雪だるまを進呈しよう!」
さっきから固めた雪を手でショリショリ削っていたハチエさんが、怪しげな形をした雪だるま(?)を渡してくる。
この造形は……!
「間違いない、ゴジラだ!」
「惜しい! ガメラや!」
自信満々で言ったのに外れたぜ!
まぁ取りあえず巨大怪獣という点は正解だったようだ。
はい甲羅、とハチエさんがさらにパーツを渡してくる。
やたら上手だな……
くっつけてみても、甲羅を背負ったゴジラにしか見えないけど。
どうにかしてガメラに見えるビューポイントを探しているハルマサに、ハチエは呟いた。
「………もうドンくらい歩いたんやろか」
「さぁ……」
視界は360度まっ白である。
自分たちの居場所さえ下手したら見失うだろう。
目が利かないと言えど、まっすぐ進んでいることは間違いない。
切り立った尾根の形を「空間把握」で探りつつ進んでいるし。
「まぁいつかはつくわな。それよりご飯にしよか」
「イェア! その言葉を待っていた!」
「ブランゴのアバラ肉残っとるし、焼いて食べるためのカマクラ作ろか」
ハチエさんは案外雪いじりが好きらしい。雪の少ないところに住んでいたのだろう。
しかし雪を固める必要はない。
この生きる便利グッズことハルマサにかかれば!
ハルマサはいそいそと雪を掻き分けて露出させた地面に手をついた。
そこに魔力を注入!
「――――――土操作ぁ!」
ゴガーン! と地面から中が空洞の立方体を出現させる。
扉を作るほどでもないと、入り口は穴だ。
「おお、ハルマサナイスや。ついでに網も作ってくれへん?」
「任せておくれ!」
入り口の穴からホワホワと煙が昇っていき、ハルマサの行っている「風操作」の範囲外に出た途端吹き散らされていた。
二人は魔力の火の上に設置した網の上でジュウジュウと薄切りにした肉を焼いていた。
他の具材は各種キノコとリンゴだ。
「収納袋」の中は基本的に物が腐ったりしない。時間が止まっているという便利グッズである。
「む、この薬草に巻いて食べると美味しさがアップ!」
「おお、苦いのがなんとも……乙な味やね」
彼女と出会ってまだ2日だが、こうして一緒にご飯を食べたり命を預けたりしていると、もはや家族みたいな親近感が湧いてくる。
ついついハチエ姉さんと呼んでしまいそうになるのだった。
「うーん……」
「どうしたん? お肉足りひんならもうちょい切ろか?」
「そうじゃないけど、お肉は欲しいです!」
「はいはいっと」
ハチエが短刀で肉を薄く切っては網に載せていく。
こういうのもいいな、とハルマサは思った。
ご飯を食べ終えて、二人はさらに歩を進める。
雪の中、疾走するのはまた逸れてしまいそうなので、進むスピードは大分遅くなっていた。
「ハルマサ、一つ言ぅてええ?」
「…? 何?」
ハチエさんは泣きそうな顔をしていった。
「足、メッチャ冷たいねん」
確かに地面は冷たい……
「ていうかハチエさん裸足じゃん!」
ハチエさんの足がやばい色になっている。
「ちょっと浮かびながら行ってもええやろか?」
「いいと思います! というかなんで今まで我慢してたの!?」
「いや、フラフラしとるとまた逸れるんちゃうかなぁって」
「だ、大丈夫だよ! 居なくなってもすぐ見つけるから!」
「ありがとう……」
さっきから風はますます強くなっており、気を抜いたら「風操作」の許容量を越えた風が吹き込んでくることもある。
それでも「空間把握」があるから、一瞬にして200メートルくらい吹き飛ばされなければ大丈夫なはずだ。
ずっと羽ばたくのも辛かろうとハチエにソウルオブキャットを貸してやり、進んでいくこと数十分。
ハルマサの「回避眼」がハチエを襲う光の筋を視界に映した。
瞬時にハルマサは動く。
「ハチエさん!」
剣の上に座って翼の炎で足を炙っていたハチエの手を掴み、こちらへと引き寄せる。
その直後、雪の空を切り裂いて雷が着弾した。
雪だろうが関係なく地面を抉った雷は、やはり先ほどと同じモンスターだった。
「またキリンかいな!」
「待ってハチエさん! まだ来る!」
ビシャァアアアアアン! ピシャアアン! ピシャアアアアアン! ピシャアアアアアン!……
暴風雪の檻に囲まれたハルマサたちの周囲に、何度となく雷は落ち、バチバチと電光を迸らせながら十を楽に越える数の発光体がいななき出す。
「落ちて来過ぎじゃないかな!?」
「豪勢やね……」
ハチエさんがぺろりと唇を舐め、金棒を取り出した。
ミシリと彼女の頭から雄牛のような角が生える。
「んでも、倒し方分かっとるから、アイテムゲットのチャンスやでぇ!」
「確かに……それなら僕は踊り食いに挑戦しよう!」
「概念食い」だったら多分雷だって食えるよね!
≪うぉおおおおおおおおお! いっけぇえええええええええええ!≫
桃ちゃんが熱いセリフを叫んでいるので、いけると判断。
ハルマサは飢えた捕食者となり、電光の群れへと襲い掛かった。
<つづく>