<135>
ハチエさんによる羞恥プレイは案外早く終わった。
「ハチエさん」
「んー?」
「そんなにくっ付かれると、僕の息子が元気になるかもしれないです」
「ひぃッ!」
ぺいっと放り出された。
そんな嫌がらなくてもいいよね。
大陸にある矢印状の山脈の、三本の線が交わるところに居たハルマサたちは、矢印の根元にある、雪山へと走っている。
アカムトルムを倒し「焼けつく鍵」を手に入れてから、ハルマサたちは山脈の尾根を進んで、雪山を越え、その向こうにある塔へと向かうのだ。
「なんやもう、ウチら超人やん。負ける気がせぇへんで。」
それにはハルマサも同意する。特にハチエが超人であるというところに。
「でも速く行かないと、ボスのレベルも上がってたりして。」
自分で言っといてなんだが、凄くありそうで困る。
「……急ごか。もっとスピード上げるでハルマサ」
「いやぁ、すでにいっぱいいっぱいって言いますか」
ハチエさんメチャクチャ速いから。
走り出した時に一瞬で置いていかれたぜ!
「おんぶはウチが危険やし……しょうがあらへんね。引きずっていこか」
「ぇえ!? もっと安全な………ぜ、全力をだすから! ね!?」
「何言うてんねん。戦う前に疲れてまうやん」
そう言って手をガッシと掴まれる。
「ほな行こかー」
「くそああああああああああああああ!」
「ほれほれ、暴れたら危ないでぇー」
爆走する二人の行く手には、高い高い雪山がそびえているのだった。
しばらく(100キロほど)進むと、雲が空を覆い、ゴォオオ、と風が舞い始める。
見えないが、太陽はまだ真南には達していない頃である。
つまりは昼前なのに、随分と暗くなってきていた。
そんな天候の変化の中、ハルマサは「心眼」にて危険の到来を感じ取る。
爆走するハチエに引っ張られてヒラヒラしつつ、ハルマサは叫んだ。
「――――――くるッ!」
「さっきもそんなこと言うてたやん。お姉ちゃんは離しまへんよ」
「ホントだよ! 今度はホントなんだよ!」
「さっきもそんなこと言うて(以下略)」
ぬぅうううう、この状態から逃れるための方便に、こんな形で苦しめられるとはぁあああああああああ!
こうなったら――――――――スーパーサイヤ人になってやるッ!
(「黄金の煌毛」発現!)
「――――――――はぁあああああああああああああ!」
「うわっ! なんやピリッときた……」
無駄に電気をパチパチさせたお陰でハチエが止まってくれた。
「もう、なん――――――――
ビシャァアアアアアアン!
彼女が不平を口にしようとした瞬間、行く手に巨大な雷が落ちた。
轟音。
切り立つ尾根を凹ませて、質量を持った何かが雷と同時に落ちてきていた。
発光する何かが天から降り立ったのだ。
甲高く馬が鳴くような声が、バチバチと放電している窪地から聞こえてきている。
「キタッ! ハチエさん!」
「ホンマやったんかいな! ごめんハルマサ!」
ハチエさんが剣を構えつつ叫ぶ。
いや、なんか僕の方がごめんなさい。
「ま、まぁ終わったことさハチエさん! 今は敵に集中しよう!」
「ハルマサはええ子やね……よっしゃ、ウチから行くでぇ―――――――――!」
ハチエが武器に選んだのはラオシャンロンの剣である。
馬鹿みたいに重いはずの剣を、彼女は小枝でも握っているかのように持って、走っていく。
彼女ほどの敏捷になると、重い武器を持った方が地面をしっかり蹴れるので速く走れる、ということでもあった。
「せぇい!」
ラオシャンロンの剣の利点はその重さであり、硬さであり、そして20メートルの刀身からなるリーチの長さである。
ハチエが剣を叩き込んだのは、発光する敵がまだ何者か分かっていない状態でのことだった。
雷みたいな速度で繰り出されたハチエの一撃を、その発光体は横に跳んで避けてみせる。
しかし剣でさらに力を増していたハチエの動きはただただ異常だった。
数十トンではきかない重さの剣を、山肌に叩き込んだ次の瞬間には跳ね上げ、発光体が逃げた方向に向かって振りぬいたのだ。
「ぬぁッ!」
ハチエの剣がその姿を真っ二つにしたことでこの戦いは終わったと思ったが、そんなことは全然無かった。
ハルマサの脳裏で、「観察眼」の情報を桃ちゃんが叫ぶ。
≪対象の情報を取得することに成功したぜ――――!
【キリン】:生物であり、自然現象でもある、魔法生命体。物理攻撃に応じて増殖。魔法吸収。
ステータスはなし。≫
(どんなモンスターだよッ!)
「コォアアアアアアアアアアア!」
「コォオオオッ!」
ハチエが切った瞬間、バチバチと紫電が爆ぜ、二つに断ち切られた発光体はそのまま別れて地に落ち、それぞれが立ち上がったのだ。
さっきほどと同じ大きさで、数が増えたのだ。
≪ふ、増えただとぉ―――――!? レベルは先ほどと変わっていません! 21のままだァ――――!≫
桃ちゃんが驚いてくれたので、ハルマサは少々冷静になれた。
これが増殖か!
物理無効なだけではなく、増えもするという……。最悪だよ! どうやって倒すんだよ!
「ど、どないすればええのん!?」
ハチエは、二体の猛攻を避けながら狼狽していた。
二匹のキリン(?)の動きは明らかにレベル21の範疇に留まっていない。
雷の速度そのままに縦横無尽に地を駆け、突進を繰り返している。
もしかしたら魔力を用いない上に物理攻撃かも怪しいハチエビームなら有効かもしれないが、残念なことに現在曇り。
彼女の瞳に光が蓄積するのはまだまだ先だ。
打つ手なしだろうか。
いや、まだ試してみることはある!
「レベル21以上の魔法攻撃ならいけるんじゃない!?」
でも、ハルマサはレベル21に効くような魔法攻撃を知らなかった。
カニ砲撃くらいだろうか。
そこで桃ちゃんに聞いてみた。
「桃ちゃん」
≪は、はいッ! 呼ばれて零れてお風呂にIN! 淑女の味方、桃ちゃん参上!≫
テンションたけぇ。
「魔法攻撃で強いのって何があるの?」
桃ちゃんはすぐさま答えてくれた。
≪ハチエ様が居る今なら! なんとマダンテが≫
「それ以外で」
ていうかそれだけはまさに死んでも使いたくない。
「もっとこう、ダメージがあるようなの無いの?」
≪自身の耐久力を全て使用することで特技「グランドクロス」が≫
「もっとできれば安全なので」
桃ちゃんはため息を吐くと「それではこんなんどうでしょう」と言ってきた。
ため息を吐きたいのはコッチだった。
ハルマサは体から魔力を発し、それを収束する。
右手に火! 左手に水! そして胸には雷! 口に風!
≪四方より集いて敵を穿て! 「混沌なる槍」ィイイイイイッ!≫
「ホゴァアアアアアアアアアアアアアア!」
口が閉じられないので不本意な叫び声となったが、ハルマサの放った魔力弾は今までの「極・~弾」を遥かに上回る威力を持っていた。
4本の魔力光が螺旋に絡み合い、一本の槍の如くキリンを串刺しにする。
≪ヒャッハーッ! 貫通してやったぜぇ!≫
桃ちゃんが喜んでいるが、ハルマサはとても喜べなかった。
「コォオオオオオオオッ!」
キリンが巨大化したからだ。明らかに魔法を吸収していた。
≪こうなることは何となく分かっていたさ! でも……試さずにはいらなかったッ! バカな私ッ!≫
そうですか。
それにしても、ハルマサの放った攻撃は明らかにレベル21の威力を超えていたはず。
それを丸々吸収するなんて……吸収させまくってパーン! は出来ないっていうのか!?
僕には、どうすることも―――――――――
≪かくなる上は、魔法の能力を無効化させないと……!≫
そうか! 白ヒゲか!
ハルマサはボールを取り出し、開放する。
「いけえ白ヒゲ! ボッコボコにしてやれぇ!」
「グルォオオオオオオオオオ!」
シュパーン! とボールから現れた魔法反射毛の白ヒゲは、状況を把握すると、一鳴きしてキリンへと殴りかかった。
「グルァアアアアアアアア!」
そしてヒョイと避けられた。
「グルゥ……」
向こうはレベル21を超越した動きを見せるのに対し、白ヒゲは一般的なレベル12の動きをするのだ。
攻撃が届くはずも無い。
そんな寂しそうに振り返られたって僕にはどうにもできない……。いや、投げるか。
「よぉし戻って来るんだ白ヒゲ!」
「グル!」
白ヒゲは元気にこちらへと駆けてくる。
その向こうで、ハチエさんが武器を二刀流に持ち換え、尋常じゃない速度で動いているのが見えた。というか見えなかった。
彼女の心配は……いらなそうだ。
<つづく>
◆「混沌なる槍」
色々混ぜ合わせた槍型の魔法弾。貫通属性あり。混ぜ合わせる属性によって効果、威力は変動する。相反するものを混ぜ合わせるほど威力は高くなる。