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【第三層 塔入り口】
少女、メリー・グレイズが切り飛ばされた頭を体に引っ付けた後にしようとしたことは、男の死体から鎌を抜くことであった。
うつ伏せに倒れる男の背に生えている鎌の柄に手をかけながら、この後の予定を考える、
まず、この鎌の血糊を落とさなければならない。賢く武器を使うには整備が欠かせないのだ。
次に、血がついてしまった服を新しいものに着替えよう。ここの雪みたいにまっ白な奴に。
その次は……
と考えながら鎌を引き抜こうとしたマリーの腕が、力強い手に掴まれた。
死体のはずの男が後ろ手に手を回してマリーの腕をつかんでいたのだ。
マリーは僅かに驚き、尋ねた。
「あら。あなたは何で死んでいないのかしら?」
確かに心臓に刺したはずなのに。血もいっぱい噴き出たのに。
マリーの腕を掴んだマルフォイが寝転がったまま首を回してマリーを見る。
「サリーちゃんと一緒だろ。お仲間さんってことじゃね?」
「仲間なんていらないわ。」
マリーは不満げに顔を歪めた。今の装備では不死人を殺すことは出来ない。
そして何より不愉快なのは、何故かマリーをマリーの妹の名で呼ぶことだ。
立ち上がった男は背中の鎌を引き抜いて渡してきた。受け取って直ぐに捨てた。
「なぁサリーちゃん。こんなところで何やってんの?」
「マリーよ。」
「何が?」
「私はマリーよ。そう呼んで。」
男はおお、と合点がいったような顔をする。
ニカッと笑って、マルフォイは言った。
「分かったよ。サリーちゃん。」
絶対殺す、とマリーは思った。
【第三層 火山頂上】
火山頂上の闘技場の上にはぽっかりと空が開いている。
闘技場は半径300メートルの丸いすり鉢上だ。中心に鎮座するアカムトルムから300メートル以上離れるためには、高さが4、50メートルあるような壁を越えるか、空へ逃げるしかない状況だ。
入り口は入った瞬間跡形も無く消えていた。相変わらず無駄なところだけファンタジー。
その中で、ハルマサはアカムトルムの咆哮を見ながら、第一層のボス鋼龍クシャルダオラを思い出していた。
鋼龍の咆哮はその威力でもって、雪山を揺らし、雪崩を引き起こしたのだ。
それに対し、覇竜アカムトルムの咆哮は、何故か火山活動を活発にさせるようだ。
―――――――――!
「回避眼」が示してくれる攻撃範囲。
それらによって分かったことは、地面から幾筋かの溶岩流が噴き上がってくることだった。
―――――――――「加速」ッ!
ハルマサは帽子のつばで耳を塞ごうとしているハチエの腰を抱くと、その場を離脱する。
ズガ、と地面を擦りつつ停止し、即座に「加速」を解除。
直後、彼らの居た場所を含む六箇所で、高層ビルのような火の柱が地面の岩を溶かして噴き上がった。
(冗談じゃない!)
≪流石はレベル29だ!≫
ナレーターのAI桃ちゃんは感心している。
というかレベル29かよ。
なんで僕たち戦おうと思っちゃったんだろ。
その辺でラオシャンロン狩って力をつけてからでも遅くは……遅くなるか。
「ハルマサ、ありがとな。」
「あ、うん。」
ハチエさんが状況を把握したのか、ハルマサの頭をポンポンと叩く。
見上げれば彼女の目には、光が集まっていた。
そう、ここには空があり、日光を遮る雲はない。
「お返しや!」
彼女の瞳は特別製だ。光を吸収し増幅し収束し放出する。
溜めが必要で、発射のタイミングを自分でも計りづらい。
しかし、威力は絶大だ。
見開かれた瞳から放たれた二本の光条は、彼我の距離、300メートルを瞬時に走り、アカムトルムの鱗を焦がし肉を焼く。
僅かなりともダメージがあったのか、地鳴りのような唸り声をアカムトルムは上げ、目を憤怒に染める。
レベル29と言えばステータス平均は26億。見た目からしてアホみたいに硬いだろう。
その守りを少しとはいえ貫いたハチエビームは、別に魔力を使わないらしい。
すなわちビームが撃ち放題。
泉の妖精のチートッぷりが伺える。
(意外と楽に勝てるかもしれない!)
そう思ったハルマサに抗議する様にアカムトルムは大きく口を開ける。
―――――――――――ギィアアアアアアアアアアアア!
アカムトルムは黒く渦巻くブレスを吐いた。
放射状に広がるブレスが、地面をバターの如く抉りながら、ハルマサたちを襲う。
しかしハルマサたちは、そこに居ない。正直、範囲の広いブレスにはもう慣れたのだ。
いくら威力が高かろうと、その本質は吐息だ。
当たらなければ問題ない……とは言え、避けるのには全力が必要だった。
―――――「加速」ッ!
ハチエの腰を抱いたまま、円形の闘技場の淵を走る。
「加速」を用い、スキルの助けを借りて。
そして撃たれるハチエビーム。ここに移動砲台ハルマサハチエが完成した。
「ニ発目ぇッ!」
ハチエの瞳孔がキュッと窄まり、そこから光条が放たれる。
狙いは先ほどと同じ場所。一度でダメージが無いなら二度でも三度でも!
まさしく光速で飛ぶそれを、避けられるものは生物ではない何かだろう。
だがこのダンジョンは、三階層ともなれば生物ではない何かがゴロゴロしているところだった。
アカムトルムはハチエがビームを放つ一瞬前に体を沈め、その豪腕で地面を掻いて、横へ飛ぶ。
溶岩の湖に浸かりながら行ったために、燃える飛沫が周囲へと盛大に飛び散った。
その直後、モンスターの居なくなった空間をハチエビームが貫いていく。
巨大な龍が機敏に動くその光景を見て、ハルマサの腕に抱えられたハチエが悔しそうにハルマサの頭をバンバン叩く。
「なんで避けれるねん! おかしいやろ!」
ハルマサも全面的に同意である。
反応も早ければ、動きの軽さもおかしい。
体のサイズは頭から尻尾の先まで40メートル、全高は10メートル近い。
その巨体が軽やかに動くのだ。勘弁して欲しいところである。
―――――――ゴォアアッ!
巨体が呼び動作も無く、猛烈なスピードで突っ込んできた。
速さは今まで出会ったモンスターの中でトップ。
「くッ!」
―――――――「加速」ッ!
発動する前の一瞬で、アカムトルムの巨体は目の前に迫っていた。
そして加速している最中でも、かなりの速度で迫ってくる。
こちらの身長を軽く上回る牙が、二人を串刺しにしようとしているのだ。
ハルマサは歯を食いしばりながらその場を脱出する。
直後、轟音。
砲弾のように突撃した竜の巨体が岩壁を砕き、壁の一角が崩落する。
次々と落ちる瓦礫の中でアカムトルムが咆哮した。
その声は闘技場の反対側まで対比していたハルマサたちをも震えさせる。
「塞ぎ耳」を発動させつつ、ハルマサは汗を垂らしていた。
持久力の減りが大きい。
「ハチエさん、あと2回、出来ても3回しか「加速」できない。」
有体に言って追い詰められていた。
スキルによる敏捷補正なんて欠片もあてに出来ない状況で、「加速」が使えなければどうなるか。
――――確実に死に戻る。
「絶体絶命ってわけやね。」
「逃げない?」
ハルマサの提案は至極妥当なものだった。
特技「加速」の敏捷補正はかなりのものである。恐らくハチエが色々武器を持った状態でもこれには敵わないだろうという確信がある。
しかし、それをフルで活用しなければ敵わない。
光の速さであるはずの攻撃も避けられる。
どうすれば勝てるんだ!?
少なくとも今の状態では無理。
ハルマサの質問にハチエが答える前に、もう一度アカムトルムは地を蹴った。
霞むような速度で、中心にあるマグマの湖を迂回してくる。
いや、見えるのは一瞬一瞬の影だけである。
巨体を沈め、地を蹴る一瞬。
壁に着地し、蹴る一瞬。
――――――「加速」ッ!
「加速」された世界でまたも眼前へと迫っていた巨大な竜に、ハルマサは心胆が震えるようである。
強大な牙も剛強な前腕も恐ろしいが、何より怒りに燃える瞳が恐ろしい。
ぐ、と地面を踏みつけ、前へと跳躍。
度重なる加速は四肢に負荷をかけていた。
踏み切る一瞬、ハルマサはブチリと足の腱が千切れる音を聞いた。
やはり限界。
これを回復させれば、「加速」が使えるのは後1回。
目算は間違っていなかった。
ハルマサは痛みで蹲りそうになる自分の体を叱咤する。
腱が千切れる時の気絶したいほどの激痛も、覚悟していればギリギリいける。
「―――――――ぉおッ!」
未だ空中に浮かぶ巨体の下を潜り抜ける。
この怪獣から、一センチでも遠くに。
一飛びで走り抜け、また真後ろを取ったハルマサだったが、今度も攻撃は加えない。
いや、そんな余裕なんてなかった。
右足を復元させる方が優先だ。
「欠損再生」でちぎれた腱をもう一つ作る。あとは勝手に「不死体躯」がなんとかしてくれる。してくれるといいな。
今の一瞬で、残りの「持久力」は1千万。
「加速」はあと1回が限度である。
「―――――――ハチエさん! もう逃げ」
「ハルマサ。これ」
提案を遮ってハチエが示すカードには、胡散臭い被り物を被った木彫りの人形が描いてある。
カード名は「正義の味方カイバーマン人形」。
効果は、「青眼の白龍」の召喚。
「試してからにせえへん?」
ハチエはそう言って、片眉を上げて見せた。
<つづく>
ステータスのアップっぷりはアカム戦終了時に。
「加速」の敏捷補正=[(「雷操作」のレベル)+(「風操作」のレベル)]×元の数値
スキルのレベルが上がっていなければ、30億ほど敏捷にプラス。