久しぶりすぎる……偽ラクス様じゃなくてごめんなさい。
「……」
フェイトは本を読んでいた。ただの本では無い。
図書館島の奥深くからゴーレム二体を破壊して手に入れた珍品。
そんな彼の前には期待で目を輝かせた大冒険の仲間たち=バカレンジャー+Ω。
「で! どうなのよ!? この本があれば頭が良くなるんでしょ!?」
「ふむ……」
さて? どうやって説明するべきだろうか?
期待に満ちた視線を幾ら向けられようと決して事実に変化など起きはしない。
重要な事は自分に向けられる期待に対して、ショックを与えないような返答をしてやる事だろう。
「確かにこの本には思考能力を向上する方法が書かれている」
一気に盛り上がる場 フェイトの自室の雰囲気。
たとえ一晩を開けた後の放課後とはいえ、深夜の大冒険の果てに手に入れた起死回生の切り札への思いは大きいのだろう。
「それを理解するには高度な知性と思考能力と莫大な知恵と魔術的素養が必要だ」
しかし続けられた言葉によって辺りの雰囲気は一変する。
「「「「「「???」」」」」」
辺りを満たすのは疑問符。頭が良いとは決して言えない集団で在るのだから当然だろう。
そんな彼女たちに分かり易く、なおかつ穏便に事実を伝えるために、フェイトは使わなくても良かったはずの頭を使いながら言葉を紡ぐ。
「例えばの話をしよう」
事実を直ぐに話すだけでは余計な混乱と怒りの渦を作成する手伝いをするだけ。
ほんの少しばかり自分の頭でも考える余裕を与えて上げる必要がある。
「ここに医学書があるとしよう。簡単な風邪への対処法から難病の手術まで書かれている」
「それがなによ?」
「例えば風邪を治す方法を調べればきっとこう書かれている……『暖かくして寝ろ』って」
ここでフェイトは言葉を区切り、自分の視界を熱心な視線の一つである神楽坂明日菜へと向ける。そこには言葉以上の疑問符と品定めの色→向けられた方は無意味な対抗心。
「君はソレを理解して、実行する事が出来るかい?」
「OK~そのケンカは言い値で買っちゃうぞ♪」
凄い笑顔で凄い勢いでボキボキと指を鳴らす女子中学生から、しっかりと距離と視線を外してフェイトは続ける
「そう……それくらいの事ならば誰もが『理解』できるし実際に『実行』するのも容易い」
フッと指を掲げる。それだけで注目を集めるに足る動作。完成された芸術品のソレ。
「だけどこう書かれていたらどうだろうか? 『病巣外科的切除』……『特定薬品静脈注射』なんて」
「それは……お医者さんでもなきゃ」
急激に過ぎるレベルアップでフェイトを囲んでいたバカレンジャー+αにはザワメキが満ちる。
当然の反応だろう。何せ風邪への対処法と専門医のみが実行できるような同列に捉える質問だ。
「でもどちらも『書物に方法が示されている』ね? 条件は同じ……と考えられないかな?」
「それはさすがに無理です。高度な医療的技術は理解して実行するのに専門的な予備知識が必要で……あっ……」
そこまで口にしてバカレンジャーの頭脳労働担当にして、一般的な勉学以外ではその思考をいかんなく発揮するバカブラックこと綾瀬夕映は言葉を失った。
残念ながらフェイトの言いたい事が理解できてしまったのだ。
「そう……つまりはそういう事なんだ。書物と言うのは持っているだけでは何の意味もない」
書物自体には価値も力もない。書物の価値=記されている情報。
情報とは『持ってる』→無価値、『理解している』→真価。
「この書物に記されている情報を理解し、その方法を実戦できるだけの能力を有するならば……」
なるべく遠回しにしつつ分かり易く、せっかく無駄な努力で手に入れた戦利品の無能っぷりを誤魔化したいフェイト。
だが結局のところ、結論をどんな形で伝えようともバカレンジャーを始めとした一同は、何処までも素直である。
「きっと中学生の定期テストなんて何の問題にも成らないだろうね」
つまるところ『この本は中学校のテスト程度に四苦八苦する連中には無意味に過ぎる』という事だ。
フェイトの言葉の他にも夕映の捕捉を受けて、バカレンジャーは自分たちの大冒険がどういった結果を獲得したのかを理解してしまった。
いわく『無駄足』。
「でも……」
ため息と共にバラバラに砕けそうな程に白けきった空気が引き締まるのが分かる。
小さな呟きとピンと立てられた人差し指。そして見つめる視線は平坦にして平穏。
「君たちはあの図書館とも呼べないラビリントスを抜け、英単語テストとも称せぬお遊びに耐え、浮世離れした岩の巨人を撃破し、それが守っていた書物を入手して帰還した」
それだけならばただの事実の確認でしかない。だがフェイトが続けた一言。
「普通の女子中学生はそんな事はしないだろう?」
「まぁ……そうね?」
「つまり君たちはあらゆる能力で女子中学生よりも優れている……そう考察できる」
『優れている』とはこの場合、知力体力気力などなどを総合し、バカレンジャーという枠組みの中で足し算をした上で、割った平均値の話である。
あからさまに体力と精神力が突き抜けているチャイニーズと二ンジャー、頭の使い方を間違えているとしか思えないブラック在っての方程式。
「そんな君たちであるならば、普通の学生が受けるテストなんて……何の問題にも成らない」
理論のすり替え≒更にたちの悪い結果のすり替え。
本来ならば知力だけで議論すべきテストに対する問題度を、体力と気力まで計算にいれるインチキ。
しかも討論の余地をこれ以上挟まない断定系である。
真っ当な議論と良識を愛する鉄面皮の子供先生らしくはない。
「そっそうかな?」
「なんだか自信が出て来たアル」
「えへへ~ありがとう、先生!」
「ご期待には答えるです」
「にんにん♪」
だが効果は在った。何せ相手はあのバカレンジャーである。
良く言えば素直→悪く言えば単純。褒められるという事に余り耐性が無い一同ならではの即効性。
「それじゃあ、今回は英語からで良いかな?」
自分の下らない言葉遊びでやる気を維持してくれる教え子たちに、フェイトは『満足気に』表情も変えず教科書を取り出す。
彼は真っ当な議論や良識を愛しているが、それ以上に自分たちが得られる結果を信奉している。
「おっけ~」
「了解です」
口々に返す教え子の返答にやはり満足そうな無表情でフェイトは頷き一つして……ふと思考を巡らせる。
『自分は無駄な努力と言葉遊びの果てに得られる結果=[この少女たちの教師を続けること]にそれなりの執着を持っているらしい』と
「ふっ……」
「どうしたでござるか? フェイト殿」
「いや……大したことじゃない」
そしてそんな自分の内心を客観的に分析し、その執着を『大したことじゃない』と断じてしまえる点でやはり彼は……枯れている。
「なんですってぇえ!!」
今まで一番大事な期末テストの朝、二年A組の教室に響き渡る怒声。
「……」
人間とは一切の音響機器を発さずにこれだけの音量を実現できるのだろうか?
耳をしっかりと塞ぎながら、この教室を任された担任教師たる少年魔法使いは驚きのため息。
「明日菜さんを始めとしたバカレンジャー+αがまだ来ていないですって!?」
「雪広さん、落ち着いて。テストの前に血圧を上昇させても、人間の発声量の限界にチャレンジしても、利益は一つもないよ」
撒き散らされていた雪広あやかの怒声をしっかりと鎮め……
「みんなには万全な状態で試験を受けて貰いたいからね?」
「はっはい! 先生に身を案じて頂けるなんて……はふ♪」
一部(主に某クラス委員長)からは耽溺のため息を頂戴する様は全く何時も通りだったが、フェイト・アーウェルンクスは内心僅かに焦っていた。
『来ない? テストを受けなければ平均点の足を引っ張らない『程度には』仕上げた意味がないじゃないか。
昨日は本番の今日に備えて夜の勉強会も早めに終了にしたんだけど……』
幾ら考えを巡らせても答えは出ない。何よりも求められるのは的確な状況確認とその打破である。
小さなスーツの内ポケットから取り出されたのは白い飾りっ気のない標準的なデザインの携帯電話。
素早くアドレス帳を開いて呼び出すのはバカレッドの電話番号。
「■■■♪」
「……」
軽快な呼び出し音を聴く為に沈黙を持って携帯電話を見に当てるフェイトの姿は、コーヒーカップを掲げる姿にも負けず絵になっていた。
「■■■♪」
「……」
まだ出ない。
田舎育ちの魔法使いの卵はこの小さな情報機器に対して、高い評価を持っていた。
迅速かつ簡易な連絡を可能にし、少し料金を足せばインターネットまでスムーズに閲覧できる。
そんなフェイトの携帯電話のアドレス帳は二年A組のメンバーを始めとした教え子、親心を持って接してくる先輩教諭などの連絡先が、普段の彼のイメージと反比例するようにビッシリ並び、増え続けていた。
「■■■♪」
「……」
まだまだ出ない。
アドレスの収集は別に一般的な人間が持ちうる『友達意識』が形作る幻想に由来するモノでは断じてない。
『情報は力である』
近代社会の基本とも言うべき標語。
人は信じていなくても、それがもたらす情報には一定の評価を持つ冷血少年→情報源の多様性を模索した結果。
『■■っなによ!?』
あっようやく出た。
「今日は何の日で、今が何時かの把握は万全?」
『あ~もう! 分かってるわよ!』
苛立ちを満載した声。コレはこっちのセリフだと言い掛けて、フェイトはグッと黙る。
「いつものメンバーは全員そこに?」
『えぇ! 仰るとおりよ、先生! これだけ居て全員寝坊なんてありえないったら』
どうやあフェイトの自室を早めに退去したは良いが、違う場所で一夜漬けを断行していたらしい。
教師として、魔法使いとして、一晩でどれだけの事を覚えられるか?という疑問には『否』と回答したい彼。
故に昨日は十分な睡眠に終始して欲しかった。そうすればこんな面倒な事には成らなかったはずだ。
「場所は通学路かな? ただの寝坊だね?」
『あと十五分くらい! ただの寝坊よ! 悪かったわね!?』
「なら良いんだ」
思わぬ軽い許しの声に電話相手である明日菜を始め、怪獣大決戦に聴き耳を立てていた生徒たちからもザワメキ。
「たった十五分程度の遅刻なら点数がどうにか成る訳じゃない。僕が新田先生に少し注意されればいいだけの話だ。
これで今は世界の果てに居るとか、魔王と戦っているというのならば、大問題だけど」
『「「「「……」」」」』
呆気にとられた沈黙が双方で満たされ、怒るどころか欠片も焦っていない担任教師の姿は強制力を持った平静な姿は自信に満ちていた。
「僕からも遅延の件は伝えておく。恐らく別室での試験になるだろうけど、何時も通りにしてくれていい。
変な気負いは逆効果だ」
『わっ! わかってるわよ』
「健闘を祈る」
問題児筆頭格、しかもテスト当日に遅刻なんてやらかした相手に対しても、彼の淡々とした態度は変わらない。
それは断じて冷徹で在る訳でも無ければ、諦めている訳ではない。自分が見て来た十数日を元にして導き出した正当な結論。
彼女たちならば問題無いと確信している。
「さて……」
だが決して過信している訳でもない。
「始めようか? 君たちには一切の不安を覚えない」
だからこそ目をかけていたバカレンジャー以外の生徒たちにも『発破』をかけておく。
「よろしく頼むよ」
任意足る同意。
どんな叱咤よりもどんな激励よりもそれは受ける者の心を捉えていた。
「「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」
先ほどの某委員長をはるかにしのぐ大音量が教室を揺らした。
「あの……先生?」
「なんだい、宮崎さん?」
「そのテストの結果なんですけど……」
フェイトの辺りには痛い沈黙がある。場所は食堂。巨大なスクリーンにはテスト結果の速報が流れている……いや流れていた。
それがたった今終了したのだ。最下位のクラスを告げる形で。
『二年A組』
スクリーンにはそう映し出された。フェイトが教師を続ける条件は『A組の最下位脱出』。
これはつまりそれが潰えたということであり……彼は教師を続けられないという事。
「悪かったわね……」
「尽力……及びませんでした」
恐らく足を引っ張ったであろうという勝手な推論の下、バカレンジャーたちが沈痛な面持ちで謝罪の言葉を口にする。
「コレはミスだ」
だがフェイト本人は一切気にする事が無いような口調でそう断言した。
「いや……でも……」
「この点数は低すぎる。僕が数人分の自己採点から導き出した平均点を余りにも下回り過ぎている。
恐らく遅刻してきた面子の点数を足す事無く、平均を出したんだろうね?」
周囲のメンバーからはザワメキ。希望とも絶望とも解釈できる。
「そろそろ訂正が入るはずだ。最下位脱出は当たり前……もしかしたらトップも在りえる」
数分後……『一位 二年A組』と刻まれたディスプレイとバカレンジャーを筆頭にした大歓声。
そしていつもの無表情で胴上げされるフェイト・アーウェルンクスの姿が在った。
盛り上がらない……なにこの話?(ぉぃ
好きだった灼眼のシャナも完結したので、何か書きたいな~時間と気力があれば(ぁ