次の日、朝起きると若干の気だるさが残った。この程度の疲れなら、若い連中は楽なものだろう。
取り説によると午後11時からの午前3時までの4時間の思考を加速させ、ゲーム内での主観時間を2倍に引き延ばす事が出来るのだという。
ログアウトの後、覚醒まで深い睡眠を取らせ、脳の疲れを取り、通常とほとんど変わらぬ起床を実現させるということらしい。
深夜の通販で、これで睡眠時間が半分に!とかいう胡散臭い物をやっていたが、その技術なのかもしれない。
ついつい熱中してしまい、主観時間においての8時間、時間制限目一杯、小学校の体育館程度の空間ででアバターの操作習熟を行っていた。
チュートリアルは1時間程度で終わり、後はいくらでもやってていいとの事だったので、戦闘の際の基本動作に費やした。
戦闘の基本は自動(オート)である。攻撃の意思をもって相手と対峙すれば、体が勝手に攻撃をしてくれる。
攻撃する意思、防御する意思、これらを戦闘中に維持するのが、存外難しかった。
ともすれば、じりじり下がって防御一辺倒の末、逃げてしまうのだ。
ダメージを受けてもせいぜい爪でかぐられた程度だと分かってはいても、刃物は本物の輝きを放っているのだ、恐怖を感じる。
そういった嫌悪をもよおす感情はゲーム内では多少緩和されているらしい。
練習に付き合ってくれたおっさんAIが言うには、コツは初動を少し自分で動かすつもりで考えていれば、大体狙った所を、思考を読み取りやりたいような攻撃してくれる。
防御や回避に関しては、危機回避の本能を信じて、目を瞑らない事だそうだ。熟練してくると自分で動作しているような感覚になり、それ以上は自分の技量次第とのこと。
それは一種の睡眠教育みたいなものなのかもしれない。
ある程度融通が効く様にはしてあるが、細かな機能のオンオフもできるので好きなようにカスタマイズしてくれとの事だ。
朝のうちに、少し体力をつけたほうがいいのかもしれないと思い、久しぶりに出歩いてみた。
老人ばかりの町内、日本の総人口7352万人、日本は緩やかに衰退を続けている。
最近では、豊かな労働環境を求めて!のスローガンの下、夜勤者には通常の5倍以上の給料を払う事が義務化された。
夜勤者とそれ以外とで統計を取ると寿命に10年ほどの差があることが、追い風となった。
今の時代、寿命をかけて高給を貰いたいと思う人も、それなりの人数しかいなかった。
この団体は、大概の事は、ロボットで代用できると、将来夜勤の禁止を求めて活動中である。
昼から、ネットで情報の収集を始めたが、βテストは数日で終了した為、全くといっていいほど情報はなかった。
もっとコアな場所のスレッドも観て回ったが、数十年ネット社会から離れていたブランクは大きく、もはや日本語の体をなしていないネットスラングから、何かを読み取ることなど不可能だった。
現在午後9時、11時に装置の起動をセットし、早めにVR装置の中で寝てしまうことにする。
しかしこの中、空調も完璧で普通ののベッドより快適に寝れてしまうの凄い。
ゲームのOPが始まる、睡眠モードでは初めてみる、天から見下ろす形で派手なエフェクトが飛び交っている戦場を飛び回る。最後に戦国武将らしい人物が勢ぞろいして終わった。
IDとパスワードを入力後、ゲームを開始を選択する。
夢の中で段々と意識がはっきりしてくるような感覚だった。。
舗装されてない広場、ビルに囲まれていない高い青空、正面には天守閣、日本風の庭園も見てとれた。
周りは、職によって様々だが基本灰色でボロい装いの、若い男女数百人がキャーキャーと騒いでいた。
髪の色は金銀蒼赤緑黒白なんでもござれだ。和風のゲームということで黒が若干多いだろうか。
広場中央のお立ち台に立っている女性が何やら印を結んでいるのが遠めに見て取れた。
「はーい。注目して下さい~。」
若干、間延びした声が拡声器ごしに聞こえた。
「皆様、こんばんは?おやすみなさい?この度は、信長の野心VRオンライン、ご購入ありがとうございます。私、この度、今川家担当のGM(ゲームマスター)となりました。高度AIの 有馬桜(ありまさくら) と申します。以後、宜しくお願い致します。」
2mほどの木製のお立ち台の上に、茜色に豪奢な絞りの花々を、風にそよいでいるように豊かにあしらった着物を着て、髪を結い上げている女性が立っていた。
周りから黄色い歓声が飛ぶ。
「皆様方のいるここは、駿河の土地、駿府城下の中堀になります。ここでは今川家幕僚下の方々が働いております。皆様方の身分は今川家の家臣の最下位もののふとなります。様々な方法で勲功を貯め、身分を上昇させ、義元様以下幕僚方々に献策をし、今川家を発展させ、軍備を整え、天下統一を目指しましょう。及ばずながら合戦の際は私も一兵卒として参戦いたします。今川家が滅ぶと私もお役御免になっちゃいますので・・・」
と黒髪の美女によよよよという風情で言われ、おおおお!!大丈夫だ!頑張ります!とか主に男性陣から歓声が上がる。
「もちろん、出奔し他家に仕えるも、商人として店を構えるも、職人として諸国に名を轟かす事も、諸国を旅する武芸者となるも、観光に勤しむのも各々の自由ですが、出奔すると1年は今川所領の兵に謀反人として追い掛け回されるので注意して下さいね。」
前作に比べても自由度は高くなっているようだった。
「私自身、プレイヤーの皆様のコミュニティに入り何か意見することはございません。身分が上昇する毎に皆様方の献策は今川家にとって重要なものになってきます。献策は出きる限り統一されたほうが大きな影響を外交・内政に与えます。その為、このゲームの花である合戦は半年程度は起こらない物と考えております。その辺りは、皆様方のコミュニティの形成次第という訳です。皆様方の多数の要望があれば、コミュニケーションを取る場を設けるお手伝いもさせていただくかもしれません」
コマンドで現在、城内にいるプレイヤーを検索してみる。総プレイヤー数783名。ゲームの初期出荷が10万ということだから、現在中部、関東しか実装されていない中では弱小勢力であることは間違いない。
「最後に注意事項を言って終わりたいと思います。駿府の城下町はおよそ半径2km、人口およそ1万人のAI搭載のNPCが日々の暮らしを営んでいます。AIはファジィに作ってはありますが、私よりは賢くないので過度なストレスを与えないようお願い致します。また、ご質問がございましたら、まずコマンドよりFAQをご覧の後、コマンド覧よりGMにメール及びボイスチャットでお願い致します。職業毎に初期クエストをご用意致しています。まずは、これをやってみましょう。では岡っ引きに捕まらないよう、よい信onライフを。」
そういうと壇上を降りて、城に向かって走っていった。またそれを数十人の主に男性プレイヤーがぞろぞろと追いかけて行くが内堀の門より先は通してもらえないようだった。
戦国時代に何故、岡っ引きがいるのかとGMにメールで聞こうかとも思ったが、一々突っ込むのも大人気ないと思い、やめておいた。
プレイヤーは思い思いにその場を去っていく。さっそく仲間を募っている人もいる。走って行ってるのはβからの連中だろうか、大概は和風な雰囲気を楽しみながら町に向けて歩いていった。
「ちょっと、そこのお爺ちゃん。」
周りを観察していると、先程から、こちらをじっと見ていた女性から声をかけられた。
「なんじゃ、お嬢ちゃん。」
年の頃は、20代後半だろうか、青黒い髪をショートカットにしている、凛々しい感じの女性だった。
水干をまとっていることから、後衛職だろうか、前作同様生足出しすぎだった。
「お暇してません?よかったら徒党組みませんか?」
「すまんが、今日は一日情報収集に費やそうと思っていてな。」
「あら、ならご一緒に情報集めいたしません?」
「あまり群れるのは好きではなくてな。」
多少、嫌そうな風にはっきりと断る。
「捻た爺だね」
先程までは余所行きの声だったのだろう。低音が耳に心地よい
「美人の申し出を断って、申し訳ないの。」
言うと女性は嬉しそうな顔をし、言った。
「そう。残念ね。では、またの機会を楽しみにしておくわ。私、服部阿修羅(はっとりあしゅら)陰陽師よ。フレンド登録していただけるかしら?」
「初対面でいきなりフレンド登録申請かね。」
「そう。私、中年以上の方が好きでね。お爺さんキャラはレアだから、キープしておきたくてね。」
女性は組んだ片手を頬に当て微笑を浮かべて言った。周りにいくらでもいる美男子をスルーしてる辺り、真性なのかもしれない。
そういうと手際よくフレンド申請を行ってきた。なんとも強引な女性である
「・・小林 正巳。僧じゃ」
そう言いながら、断れない日本人の性か、フレンド申請に了承の返事を返すと、挨拶もそこそこに去っていく。
しかし多少白髪はあるものの、中年といった風体にしてある。
「爺はないじゃろ、、。」
とポツリと漏らしながら、堀の傍の桜の木の下へ腰を下ろす。
しばらく初期クエストや地図を確認しつつ、風景を眺めていると後ろから声をかけられた。
「じゃあ、お友達になったことだし、自己紹介がてらお話でもしましょうか?」
「・・・あん?」
振り返ると、生足出した陰陽師こと、阿修羅が楽しそうに笑っていた。