「自分自身に継続ダメージがあったようじゃな。」
偽山伏との戦いに決着を付けた直後、術の変則的な行使がたたり、わしは幽霊になっていた。
「あはははは!…最後に締まらなかったわねぇ…お爺ちゃん。」
阿修羅はひとしきり爆笑した後、言った。
「…お主も、死んだじゃろうが。」
「あの雷球、ギリギリで避けようとしたら、ホーミングしてきたのよ…」
直径1m近い球が時速2、30kmほどのスピードで飛んできたのだ、あの間近で避けれるほうがおかしいとは思うが…。
「回避不可の術もあるのかもしれんな。」
もしくは、NPCにありがちなインチキ技能かもしれない。
「素の属性値が高いから、死んではなかったんだけどねぇ…痺れてる間にぐっさりと刺されちゃったわ。」
「でも、素晴らしい…楽しい戦いでしたね。」幽霊姿の巫女さんが言った。
「そうですよ。興奮しました。」これまた幽霊姿の小僧が言った。
結局、3人死亡、生き残っている阿修羅も怪我状態という散々な状況で戦闘は終わった。
「ほらっ、お爺ちゃんの不注意のせいで生き返れなかったんだから、謝っときなさいよ。」
「わかっとるわい!」
「帰り時間を考えたら、もう終わりそうな時刻ですから、ちょうどよかった気もします。」小僧がフォローしてくれた。
「いや、それでも経験値と金が減ったしの。すまんかったな。」
次のレベルまでの10%と道中稼いできたお金の半分が失われた。
転生を掛けていれば、熟練度に応じて経験値の数%は戻ってくるし、お金は消滅しない限り減じない。
「レベルが低い時は、雀の涙程度の減少ですよ。気にすることはないですよ。」巫女さんもフォローしてくれた。
「小林さん大活躍だったじゃないですか、最後は仕方ないです。」
「小僧こそ、術を受けてよく無事じゃったな。巫女さんも、白虎を召喚する機転見事でしたぞ。」
「咄嗟に手裏剣を投げたおかげですね。腕だけで済んだのは運がよかったからです。」
あの近距離で、雷球に技能を行使するねずみ小僧も、実際大したものだ。
「あの術は、使うごとに【めのう】を消費してしまいますから…行使には勇気がいりました。」
「まぁ…確か、宝石商で5貫ぐらいだったかしら?」と阿修羅が言う。
「そうです。一応、お守りにと買っておいたのですが、役に立ってよかったです。」
にっこりと巫女さんは微笑まれた。
「あ、あとで、お支払いします。」
何故か無言の圧力を感じ、そう言っていた。助けられた訳だし、払う義務もあるだろう。
「いえ、いいんですよ。また兄さんにたかりますから、気にしない下さい。」
「ええ…本当にいいんですよ。懐には余裕がありますからね。」
苦笑いしながら、小僧が言った。
βからの経験を生かし、色々と小金を稼いでいるのかもしれない。
「そうか…すまんの。そういえば何かアイテムは出たか?」
「ああ、ちょっとまってね。コマンド表示……」
阿修羅の手が自身前方の空中をさわさわと触っていく。
「えっと、神通霊力目録断片・壱。何かしらね。」
「目録断片ということですから、目録に関係する何かでしょうか…。」巫女さんが言った。
「確かにそれっぽいね。」小僧も同意する。
「複数枚集めたら目録になりそうな名前じゃな。しかし、偽山伏は薬師じゃったし、薬師用かもしれんな。」
前作では、神通力は薬師の目録の一つだったはずだ。その上位目録かと思われた。
「ふーん。いらないわねぇ…。」
「あの、僕は、ちょっとつてがあるので売って貰っても、いいですか?」
「お金はいいわ。協力して倒したんだし、必要な人が貰って。」
「ありがとうございます。」
「他には何もないのか?」
「何もないわね。お爺ちゃんも、倒した時は生きてたんだし、何かあるかもよ。」
「そうじゃな。まぁ生きておらんと確認もできんようじゃし、明日の楽しみじゃな。」
敵からのドロップ品は徒党内でランダムに配るように小僧が設定していた。
「あっと、もう時間のようです。では一足先に失礼します。今日は楽しかったです。ありがとうございました。」
小僧は慌しく言うと、返事を返すまもなく消えていった。
「じゃあ私もそろそろですね。皆さんお休みなさい。」
それぞれに挨拶を済まし、小僧の消失からあまり間をおかず、巫女さんも消えていった。
……
「ところで、お爺ちゃん、なんで巫女ちゃんには敬語なのよ。」
「孫ぐらいの歳に見えるしの。なんともやり難いんじゃ。」
本当は巫女さんからは、美恵子さんとはまた別種のサドオーラを感じ、思わず敬語になってしまうのだった。
「私には、そうそうに悪態ついてたような気がしたけどね…。」
「お前さんは見た目どおりじゃしな。」
「それはどういう意味かしらねぇ…。」
【後1分で貴方は消滅いたします】
不穏な空気になりつつあった中、システム音声が頭の中で鳴った。
「おおっ!あと1分じゃそうな。今日は楽しかったの。」
「死んだら、次の日はお寺の墓場からスタートですっけ?」
「うむ。説明書じゃとそうじゃな。」
「じゃあ、私もその辺りでログアウトしておくわ。今日も楽しかったわね。お爺ちゃん。成仏してね。」
「うむ、夜の山頂で成仏するのも、また風流じゃな。心残りもないわ。じゃあ、また明日じゃ。」
そう言って夜の駿河湾を見渡した。
「また明日ね。お休みなさい。」
【後十秒で貴方は消滅いたします。】
…なんとも、気まずい間があった。
「何時消えッ
【貴方は成仏しました。消滅いたします。】
システム音声が告げると同時に、身体が一瞬淡い光に包まれ、視界が暗転する。
視界が開けるとそこは…、
いつもの仏間の筐体内ではなく、チュートリアルでおっさんAIと修練した場所だった。
どうやら、まだアバターの状態のようだ。
「こんにちは。小林正巳様。貴方は特定用件を満たしたことにより、潜在能力を獲得いたしました。」
今川のGMこと、有馬桜が部屋の中央にぽつんと置かれた座布団に、昨日の華やかな和服とは違い、訪問着用にみえる上品な和服を着て正座していた。
前作、潜在能力は、レベル製の信長の野心オンラインにおいて、唯一ステータス振りにも似た要素を持っていた。
経験値とは別のレートのポイントを貯めて、プレイヤーはそれを自由に割り振り、初期ステータスとは別に、様々な能力値を上げるというシステムだ。
一つのステータスに特化させるとそれだけ多くのポイントが必要になるので、自分は平均的に各種項目に振っていた。昔も今も器用貧乏な訳だ。
初期ステータス振りがレベルに掛かる乗算なら、潜在能力はそれに足す要素だった。
「お前さん、いつもここにおるんか?」
桜子に手で促され、対面の座布団にあぐらを組んで座りながら、また始まって幾ばくもない時のGMは多忙だろうと思い聞いてみた。
「はい。今川所属プレイヤーが死亡いたしますと、原則、私がお相手させて頂きます。フィールドにいる私は一人と限定されておりますが、こういう場所では、平行処理させていただいております。」
とすると、無所属は一人で遊ばされているのだろうかと思っていると、
「無所属には、各国GMとは別の担当の者がおります。ではご説明させていただきますが、よろしいですか?」
無言で頷いた。
「今作の信ONでは、潜在能力は各キャラクターを特徴付ける、隠し要素の一つになっております。それは複数の特定の条件を満たすことにより獲得可能です。大概はメリットとデメリットが同時に付くようになっておりますので、新たに付加されたステータス欄よりご確認下さい。」
言われて、さっそく思考操作によりコマンドを表示させ【状態】を選択、二重になっていたステータスの枠を指でつつく。
『潜在能力・先天:【超古参プレイヤー】:あなたは前作データを一部引き継いでいる。
変異:【あなたの皮膚には霜が付いている。】効果:冷気耐性を強化する。能力値、水属性が上昇し火属性が低下する。
称号:【思考操作熟練者】:技能にアレンジを加えたものに贈られる称号 』
「質問してもよいのかの?」
「はい。本来、私は死亡したプレイヤーに助言等を贈る役割でここにいますので、ご遠慮なく。」
「ほう。例えばどんな助言をするんじゃ?」興味本位に聞いてみた。
「そうですねぇ…、例えば戦闘が苦手な人には、操作の助言をします。ここでは模擬戦もできますからね。何度も同じ相手に負けているような人なら、もしかすると敵の特徴を教えてあげる事もあるかもしれません。」
「ふむふむ。ここは格ゲーのトレーニングルームみたいなもんか…。仮に金がない奴には金策を教えてくれたりするのか?」
チュートリアルでお世話になった、出口も窓もないのに、明るく広い道場を改めて見渡しそう思った。
「そういうこともあるかもしれませんね。」
「ただのクレイマーみたいな奴がいたらどうするんじゃ?」
「そういった方に対する対応も学んでおります。特に贔屓するような事はございません。」
そんなことをしていては、人間のGMでは処理能力を余裕でオーバーするだろう、高度AIならではのサービスという訳だ。
「大変じゃな…それで質問なんじゃが、称号とやらはどんな意味があるんじゃ?」
「ほとんどの称号は、ステータスに影響を与えるような事はございません。特定のクエスト等の受注条件に必要な事もございますが、ほとんどはただの飾りと思っておいてかまいません。」
「この潜在能力を消すことはできるかの?」
「詳細はお答えしかねますが、可能です。」
「この潜在能力の獲得用件は?」
「お答えしかねます。」
「死亡することが必須条件かの?」
「お答えしかねます。」
教えてはくれなかったが、ある程度推測はできる。
今川所属ボーナスで水属性が高いことが前提条件とあるとして、自身の凍気で死亡した事か、それとも前に雷で打たれたのも関係あるのかもしれない。
「潜在能力はレアなのかの?今はどのくらいの人数が獲得しておる?」
「んー…まぁいいですか…。現在、今川では小林様で3人目ですね。他の勢力については、関知しえません。レアリティについては、それぞれでしょうか。」
「条件を満たせば、誰でも獲得できるものと思っていてよいのか?」
「基本的にはそうです。ですが、仮に条件を知っていても、そう簡単には得られないようになっております。早期に得られたのは、大変、運がよかったと思われます。」
「なるほどのう…そうじゃな、あとは…」
そのほか、気になった事を片っ端から質問していたら、制限時間がきたらしく、この日は終了となる。
「茶菓子は出んのか?」
「出ません。」
「お前さんスリーサイズは?」
「早くログアウトしやがれ。」
「むむむ…Dとみたが、どうじゃ?」
「死ね、クソ爺。」
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めのう:アイテム・宝石・取引可。※町の宝石商で売っている5貫。
神通霊力目録紙片・壱:アイテム・取引可。※薬師神通力目録の上位互換、壱~伍集めると目録になる。特化目録詳細後述。