「お姉さん、おはようございます」
「あらレオちゃん、いつもすまないねぇ」
「まぁ習慣みたいなもんですから」
「よかったら嫁にもらってくれない?アレ」
「クールビズを最近流行のバンドだと思ってたようなアホの子はちょっと」
「そうよねぇ、私がオトコでも絶対イヤだもん」
確かにクールビズが広まってきた、とか言われればそう思えなくもないかもしれない。
どうせカニのことだから何かと混ざったのだろう。
「おい起きろ出涸らし」
「スバルは……」
カニを起こそうとしたら興味深い単語が出てきた。
もしや俺の知らない情報が出てくるのだろうか。謎多きスバルの生態に迫る!
「たまにレオのことと野獣の目で見てる……ボクが最後の防波堤……ムニャムニャ」
「まぁスバルなら……って良くねぇよ」
ちょっぴり聞きたくないことを聞いてしまった。
それに、こいつもフカヒレも防波堤になるには頼りない。
その思いあがった根性を叩き直してやらねばならないだろう。
「お姉さん、氷ある?」
「いくらでも持ってきな」
「鮮度は重要だしな。そら、クール宅急便でお中元に送るぞ」
ということで景気よく氷をカニのTシャツの中に流し込む。
水ではなく、ベッドが濡れなかったことに感謝するといい。
「うにょるぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!」
表現しがたい鳴き声。
寝起きの体温の低さからかガクガクと震えながらカニが跳び起きた。
良い子はマネしないように。
「ここここここここのボクの寝込みを襲ってなんてことをするんだ!!」
「さっさと起きて早く来いよ」
「無視するんじゃねー!!!!」
怒りを振りまくカニをスルーして家に戻る。
適当にベーコンエッグを作ってトーストを食えば良いだろう。
一人暮らしの男の食事など……というより朝食は基本的に手間のかからないものが基本だと思う。
「ベーコン残ってたかな」
冷蔵庫を開ければ何故か消失している数種類の野菜。
そして適量作られたサラダがあった。
「あのおせっかいめ。朝くらいゆっくりしてろってんだ」
カニの寝言が現実味を帯びてきた。ここはスバルにも警戒をすべきか。
トースターに食パンを入れ、ベーコンをスライスしてフライパンに放りこみながらレオはひとりごちた。
だがそれを実行したらスバルは泣く。
というか自殺する勢いで落ち込むに違いない。
レオ自身あまり熱心に見るわけではないが、一応つけているテレビから朝のニュースから流れた。
『野生の熊が幼女につられて民家に迷い込みましたが、無事射殺されました』
実に安心である。
「ちょぉぉっと待ったーーーーー!!あまりにも重大な忘れ物をしてるぜ!」
手際良く学校の準備と朝食の片付けを済ませ、いつもの通学路を歩いてるとカニが跳びついてきた。
面倒だからという理由で時々荷物を丸ごと学校に放置するせいか今日のカニは手ぶらだった。
レオの首筋に抱きつくように背後からしがみつく。
「重い」
「失礼なことを言うな!ボクは羽のように軽くて可愛らしい竜鳴館のマスコットキャラだぞ!」
カニがいくら人類では軽い方だといっても人一人分の体重というものはそれなりに重い。
朝から余計なカロリーを消費したくないレオは体をゆすったりしているもののカニは上手くとりついて離れなかった。
さっさと諦めてカニを背負うこととする。
鞄でスカートの中身を隠すのも忘れない。
って言うかそれくらいの恥じらいを持て。
「んで、今日は何で遅れたんだ?」
「二度寝と朝デッド」
驚愕。カニはあの状態から二度寝に入ったらしい。
普通死ぬんじゃないか?
さすが冬はホッカイロ代わりにされるほどのお子様体温である。
「あの状態でか。ホントにお中元にされそうだな」
「レオがあんなことするから体が冷えちゃったじゃないか!責任とってもうしばらくボクのホッカイロになれ」
魚介類は解凍方法によっては味が全く変わるので注意しましょう。
これ豆知識な。っていうか
「お前の手超冷てぇ!!」
首筋から手を入れるな!
「Zzzz……」
低い体温のせいかカニはすぐに寝入ってしまった。
まぁレオが背負っていれば体温もじき回復するだろう。カロリーとしておやつでも与えてみるのもいいかもしれない。
「よう、お前らは相変わらず目立つな」
と、そこに何だか見覚えのあるメガネを発見。
ええと、確か……
「ああ、おはよう桜木」
「誰だよ!俺は新一、探偵さ」
何だか聞いたことがある発言とともに現れたのはフカヒレだった。
こいつが探偵、ということは。
「どこを探るんだ?」
「最近けしからんことになっているという女子更衣室が怪しいな」
「なるほど、自分で事件を起こすのか。マッチポンプだな」
「なんでそれが前提なんだよ。俺はそれで不安になっているであろう女子生徒の心のケアをだな」
「探偵関係なくね?」
犯罪被害者の心を救うのは結局のところ身近な人なのである。
なんたって昨日やっていた刑事ドラマでいってたくらいですから。
「バーロー、事件も解決して被害者の心もゲット。一粒で二つ美味しいとはこのことさ」
取らぬ狸の皮算用がこれほど似合う男もなかなかいないだろう。
「で、今日あたりにテスト返却だな」
「ああ、そうだったそうだった」
おかしい、フカヒレがこの話題を普通に返してきた。
「意外だな、いつもなら絶望的な顔してるくせに」
「テストなんてささいなものは、俺の人生において何の意味も持たないのさ」
実に得意げにそう返してくる駄目人間。
やけにいい笑顔をしているところが駄目っぷりを際立たせている。
「後々困るぞ」
「大丈夫大丈夫、俺はやればできる子。今は本気出してないだけだから、もうしばらくこの学園生活を楽しむのさ。なぁレオ」
「俺まで巻き込むな」
まったく油断も隙もない。
学校の近くまで来たところで霧夜エリカが登場した。
レオたちは学校に家が近いが、少々離れたところに居を構える彼女は折りたたみ式のMTBでの登校である。
「あ、姫だ」
「姫おはようー」
「姫様、おはようございます」
なんか執事みたいなのいなかったか今。
「親衛隊の副隊長だな。姫の前に立つ一瞬で執事の服と言葉遣いに変わるらしい」
「一回変わる瞬間を見てみたいな」
というかどういう原理なんだろうか。
「変身の時は一瞬全裸になるらしいぜ?」
「よく今まで捕まらなかったな……」
いったいどこの変身ヒロインだ。
いや、あのむさい変態を変身ヒロインと同列に並べては全国のファンから総スカンをくらってしまう。
幸いにも今の変身では誰もその光景を目にしなかったようで、朝のさわやかな空気はそのままだった。
今度からエリカが来た時にはしばらく周囲を見回さないようにしよう。と心に決めたレオであった。
「おはよー」
「おはようさん」
どんな相手でもクラスメイトである以上挨拶くらいはする。
カニの教育的にも重要なことではあるし。
「姫、今日朝会あるのにこんな時間で大丈夫なの?」
「余裕」
フカヒレの質問に自身に満ちあふれた笑みを返して去る姫。
彼女が通った後には好悪様々な噂話が飛び交っていた。
「相変わらず騒動の中心みたいな奴だ」
「まぁ美人だしね」
フカヒレはそれだけで全てが許せるらしい。
まぁ世の中の男なんて大抵そんなものだと思わないでもない。
いや、決して言い訳などではなく。
「レオは校門ちかくだと唐突に無口になるよなー、なんで?」
「いろいろあるんだよ」
毎回感じる妙な視線とか。
面倒事は嫌いなのであくまでも無反応を貫き通しているのだが、そろそろ限界かもしれない。
「でもまぁ、そろそろテスト帰ってくるしな。俺も思わず無口になっちゃいそう」
「その方がもてるんじゃね?」
顔立ちは悪くない(良くもない)のだし。
地味にひどいことを思いながらのレオの発言に、一瞬フカヒレが顔を輝かせた。
「マジ!?いや、俺は騙されないぞ。この軽快なトークをなくしちまったらシャーク様とはいえないからな」
何でこいつは普段の言動に対してそんなに自信満々なんだろう。
朝会を華麗に聞き流しての廊下。
朝からカニのせいで地味にエネルギーを使っていたためか、レオは目をこすりながら歩いていた。
歩きも普段より数段のろく、思わず口から現状がこぼれる。
「眠い」
「しょぼくれた顔してるわねー、みっともない」
生徒会であるためか最後に体育館から出てきた姫に見られた。
しかし眠い。
「そんなテンション低い人は見ててうざったいから消えてほしいかなー」
霧夜エリカという人物の性格を考えればこんなのは挨拶みたいなものだ。
レオとしても普段なら何かしらの返答をするのだろうが、今回は眠さが勝った。
「覇気がないわね。熱でもあるんじゃない?」
ふわりといい匂い。
姫が背伸びをするようにレオと額をくっつけた。
至近距離で見つめ合う瞳。
誰かが通りかかってみれば口づけをしているように見えるのだろうか。
いや、それだけは勘弁してもらいたい。
「そんなに近づかれると健全な男子高生としては別のところが熱を持っちゃうので勘弁」
「ふふっ、熱は無いみたいね。眠いならこの香気で目を覚ましなさい」
あくまでも自然に身を離せば、姫の口もとは邪悪に歪んでいた。
何かあるたびに俺の平穏を破壊しようとするのはやめてほしい。
朝会が終わった後のせいか生徒はほぼ教室に入っており、教師もいない。
だが誰に見られるかわかったのもではないのだ。
「渡すならせめて棘を落としてからくれると助かる」
目覚ましに、と渡された薔薇は少々痛かった。
軽く握っているだけなので血こそ出ていないが危険なことに変わりは無い。
「棘の無い薔薇なんて薔薇じゃないじゃない?大丈夫、棘付きの薔薇を渡すなんて対馬クン以外にしないわ」
「そりゃ光栄なことで」
レオは肩をすくめる。
その言葉と流し目にちょっぴり胸が高まったことは秘密だ。
「で、カニっちはいつからその格好?」
「家を出てしばらくしてから」
人の背中でいつまで寝てるんだこいつは。