新学年が始まってしばらくした平日の昼休み。
春の日差しが心地よい屋上で、我らが主人公レオは昼寝をしていた。
2年生になったから後輩たちの手本となるように……というとある教師からの言葉はもちろん聞き流した。
「やめ……ショッk……ぶっ飛……」
彼の夢がどんなものかは想像にお任せしておこう。
給水等で出来た日陰に頭を突っ込んで寝ている彼の様子は、この休息が初めてではない事を示していた。
たたんだジャージを枕に、昼休み中は一度として顔が日が当たることはない場所をキープ。
かといって体の部分だけは日向に出すことで絶好の暖かさが約束されます。by対馬寝具
春先といってもまだ4月の初旬であるためか屋上の空気は少々肌寒い。
だが、そんなことは知ったことかと言わんばかりの様子は実にふてぶてしい印象を他人に与えていた。
といってもレオのほかに誰がいるわけでもないのだが。
ガチャ……ガチャガチャガチャ!!!!
ガンガンガン!メコッ!
キィ~~……
そんなレオの安眠を妨害するかのように金属を殴打するような音が響いた。
実はこの屋上、扉の立て付けが悪く異常に開けにくいため立ち入り禁止と勘違いされ滅多に人が来ないという素晴らしい場所なのであった。
おまけにそれが原因で入れないものだから、『昔自殺者がでた』だとか『金網が壊れていて危険』だとかまことしやかにささやかれ、余計に人が来ないという悪循環が発生していた。
…………チッ
バタン!
誰かが入ってきて数歩歩いたかと思えば、かすかな舌打ちと乱暴に扉が閉まる音。
それらにまったく動じることなく、レオは授業開始ギリギリまで屋上で穏やかな昼休みを過ごすのであった。
その翌日。
学食かそれとも購買部か。今日の気分は購買部だった。
巧みな話術でフカヒレを華麗にパシらせ、育ち盛りにふさわしい量をたいらげたレオは満足げに腹をさすっていた。
「ふう、食った食った」
「相変わらず坊主はよく食うな。今度弁当作ってきてやろうか?」
「スバルは普通にハートマークとか書かれた中身を作りそうだから嫌だ」
「ありゃ、ばれちまったか」
食後の缶コーヒーを飲みながらスバルが笑う。
相変わらずどんなことをしていても地味に絵になる奴だ。
ふいにレオの肩が叩かれる。
「おいレオ、お前俺に買いに行かせたんならちゃんと金払えよな。ただでさえお前よく食うんだから」
「ツケで」
「おまっ!?」
一瞬の遅滞もなく切り捨てれば、ガーンと文字が浮かびそうなほどオーバーにフカヒレがショックを受ける。
「……冗談だからそんな絶望的な顔するなよ」
「レオは朱音ちゃんのデートを諦めてまでやっと金作ったのを知ってるだろ~!今の俺は1円も無駄にできないんだぞ」
足元にすがりつきながらガクガクと体を揺らすフカヒレに困ったような顔をしながらも、レオは1枚1枚硬貨を落としていく。
這いつくばって小銭を集めるフカヒレを見ながら居住まいを正すレオ。この男、実に外道である。
「朱音ちゃんって?」
「そりゃエロゲの新作のメインヒロインとかだろ?」
「スバル正解」
「まぁそれ以外に考えられなかったけどよ」
カニの素朴な疑問に即座にスバルが答え、何事かと注目していたクラスメイトも「そりゃそうか」というような感じで落ち着きを取り戻した。
なぜか2年になってもクラス替えが無かったため、1年も共に過ごしたメンバーはすでに阿吽の呼吸を手に入れている……様な気がしないでもない。
「結局フカヒレはなにを買うんだべ」
「なにって、そりゃギター」
思い出したように疑問を口にしたイガグリにレオが答えると、教室が再びざわついた。
おい、フカヒレがエロゲ買わずにギターを買うだと……!?
まさかーそんなわけないじゃん。え?対馬君本当?
馬鹿な!エロゲマスターフカヒレが!?
いや、最後にやったエロゲでギターが得意なイケメンが主人公だったに違いない……
「なぁレオ、俺ってギター買っちゃ悪いのかな……?」
「泣くな、まだ泣くなフカヒレ!」
天井を見上げながら必死に何かをこらえているフカヒレを必死に励ます。
その間も教室内はプチ阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
さすがフカヒレ、たった1年でキャラの定着率が半端ない。
そんなレオから少し離れたところでドスの利いた声が静かに響いた。
「レオにしか教えてないとはねぇ……妬けるぜ」
「スバルっていっつもレオのことになるとマジっぽいよね。ボクそろそろ怖いんだけど」
スバルがヤンデレになりませんように。スバルがヤンデレになりませんように。
大事なことなので2回願掛けしました。
「あれ?でもフカヒレ君もうギターもてなかたカ?」
去年の竜鳴祭の打ち上げでちょっとだけギターを弾いたフカヒレを覚えていたのだろう、豆花さんが疑問を口にした。
「ならば説明しよう!!」
レオは華麗に身をひるがえして教壇に立つ。
フカヒレのおかげで盛り上がったこの空気ならば大丈夫に違いない。
「この鮫氷新一、夜の駅前でギターを弾いているのだ!しかも最近固定客まで付いた。結構可愛い女の子だ!!」
おおー、と教室が盛り上がる。ノリのいい奴らで本当に助かった。
ポ、と頬を赤らめるフカヒレにキモいだのなんだのヤジが飛ぶ。
「フカヒレのくせに生意気じゃねー?おらフカヒレ、ちょっと殴らせろ」
「こらやめなさい、カニっ子は本当に指とか狙いそうだからな」
よくやったスバル。後はこの余った菓子パンでも与えて大人しくさせておいてくれ。
「そこで案外耳の肥えたその女の子がポツリと言った!『せっかく上手なんだからもっといいギター使えばすごく良くなりますよ!』ってなぁ!!!!」
驚愕の声の他に『おぉ~』と納得したような声が聞こえる。
さすがフカヒレ、女が原動力とはわかりやすい。
しかし一部からは「あのフカヒレがまともな方法で女を口説くだと!?」といった声も聞こえる。
レオをその声に心の中だけで深く同意しておいた。
そこでちょっとした声が上がる。
「でも固定客がついたって聞いたけど駅前でフカヒレ見たこと無いぞー」
「うむ、そこの男子生徒Cはよく気づいた!このフカヒレは『大勢の前で演奏して下手クソとか言われるの怖いじゃん?』とか言う理由で駅の本当に片隅で日々ほんの少しの人にしか自分の演奏を聞かせていないのだ!」
ヘタレー、おくびょうものー等々のブーイングが教室内に満ちる。
フカヒレは膝を抱えて丸くなった。
「だから俺は言ってやった!『お前、モテたくは無いのか?』と」
ニヤリと笑って言えば数人からとてもいい笑顔でサムズアップが返ってきた。
そう、ここで終わっては面白くない。
「その日からこいつは珍しくも頑張った!エロゲは新品中古含めて購入を控え、日雇いのバイトまでこなして10万もの大金を作りだした!」
教室は今までで一番の盛り上がり。
本当にフカヒレにしては珍しく頑張った。
「で、今日あたりにさっさと買って使うんか?」
その空気を切り裂くように浦賀さんがバッサリとフカヒレに聞いた。
ピタリ、と静止する教室の空気。
「……ほら、『やっぱり大して変わらなかったですね』とか言われたら怖いじゃん?」
フカヒレは、フカヒレだった。
このヘタレ!!
ひっこめー しねー!
その子に謝れー! へたれ!
「ちょ、ま、死ねは酷いだろ!?うわーん!!!」
「逃げやがった、追えーー!!!!」
菓子パンを食い終わったカニの号令と共に始まったフカヒレ追跡大会。
クラスの半分も参加していないが、これだけの人数から色々言われればフカヒレも多少背中を押されるだろう。
ちなみに姫は学食のテラスで昼食を取るのでこの場にはいない。命拾いしたな、フカヒレ。
「珍しくやる気出したと思ったら……まったく手間のかかる奴だ」
「レオは優しいな。嫉妬のあまり夜ベッドに忍びこんじまいそうだぜ」
こいつはやると言ったら本当にやる。
いや、別に男と同じベッドで寝たからといって何があるわけでもないのだが。
だからそこのお嬢さん、キャーキャー言うのをやめなさい。
「で、今日も行くのか?」
「まぁねー。……いいかげん視線がうざったくなってきた」
「やっかみとかそんなんだろ、気にし過ぎるのもよくないぜ?」
「りょーかい」
スバルにカニの監視を頼んでふらりといつもの屋上に行く。
もちろん全力疾走で遠回りするのも忘れない。
幽霊の不意打ちにさらされていたレオは視線とか気配とか言うものに敏感な体質になっていた。
故に色々なことに巻き込まれたりなんかしてプチ有名人となってしまったレオは、昼休みの半分を人気のないところで寝て過ごすのが日課となっているのである。
今日も晴れか、なら屋上に行こうかね。
いつものように具合の悪いドアを開け、いつもの位置に陣取っておやすみなさい。
眠りにつく寸前、乱暴にドアを開けるような音が聞こえた気がした。
キーン コーン カーン コーン
昼休み終了5分前のチャイムが鳴る。
うっすらと目を覚ましたレオの視界の端で屋上から出て行った人物の内靴が焼きついた。
「1年生か……こんなとこに来るとは一人になりたいとかかな」
ゴキゴキと骨を鳴らしながらレオも教室に向かって駆けだすのだった。
「今日も行くのか?」
「春の日差しには魔物が潜む、おそろしやおそろしや……」
「確かに眠くなるけどよ……レオ、手とか微妙に日焼けしてるぞ、日焼け止め使うか?」
「そいつはレディーのたしなみを理解しきれないお子様カニ専用。男にとってみれば日焼けなんて大したもんじゃないだろ」
「ま、それもそうか」
いつものようにスバルに見送られて教室を出る。
というか何故カニの美容を俺たちが管理してやらなければならないのか。
人の目を上手くかわしながら屋上に到着。
レオが本格的に寝る体勢になると、ここ最近ちょこちょこと来る客が乱暴な音を鳴らしながら屋上に入ってきた。
だからといってレオは目を開けることもなく、その生徒も何も言わず授業開始数分前、レオより先に出て行く。
いつものリズムは、レオの授業変更で珍しく崩れた。
これから体育が始まるので少々早く行かねばならない。
よっこらせ、と身を起こせば女子生徒の後ろ姿。
何も言わずに出て行くのが暗黙の了解かとも思ったが、少々レオはそれを思いなおすことにした。
「ここのドアはドアノブを持ちあげるように開けると簡単に開く。逆に閉めてから下に押し込むようにすると開けにくくなる。一人になりたいときはそうするといい」
返事も反応も求めず、言い捨てるような一言が勝手に口から出た。
そのまま外に出て更衣室に向かう道すがら、レオは一人で赤面していた。
いや、一人になりたいからあそこにいたとは限らないし余計な御世話じゃないか俺なんてウザい先輩(以下略
「ん?坊主、何かあったのか?」
「ナイスブルマ」
「ナイスブルマ」
これでごまかせてしまうこの男が時々わからない。
あとがき
本編より前だったら時系列は気にしないことにした。何にも考えずに書いているのであまり期待しないように。