時は昼休み。
授業後に全員で駆けだしたのが功を奏したのか、めでたくテラスの良い席をゲットできた一同はクラスに戻ってまったりと食後の休憩を楽しんできた。
普段ならば視線が気になるレオだが、今日は霧夜エリカファンクラブの集いが開かれる日なので教室にいれば気楽なものだ。
レオが持ち込んだトランプを使用して今日も楽しくギャンブルの時間である。
と、そこに見慣れたメガネ面が出現した。
「よぉ、今日は早かったな」
「そんなたいしたニュースもなかったし、普通に写真買っておしまいさ」
「いっつも思うけど物好きだよな、お前ら」
「ケッ、いっつも姫と一緒にいるお前が言っても説得力が無いんだよっ!」
心外だ。俺の中の霧夜は『嫌いじゃない』カテゴリに入っている程度であるのに。
フカヒレはそんなレオの表情も気にせず写真をしまいに行ってしまった。「べ、別に羨ましくなんてないんだからな!」という捨て台詞も忘れないところが相変わらずである。
一応の幼馴染であるフカヒレまでそういう印象を抱いているとなれば、レオとエリカの関係は一般生徒にとって言うに及ばず。
由々しき事態ではあるが、まぁ大事にはどうあがいてもならないだろうし……などと最近開き直ってきた自分が怖い。
これはあれか、霧夜の計画どおりだったりするのか。
「レオはツンデレだからな。素直になれないお年頃ってやつさ」
「スバル、俺がお前と会ったばかりの頃から俺の態度に変化はあったか?」
「おっと、前言を撤回させてもらうぜ」
現実のツンデレなんて頭の弱い子か猫をかぶってるかの二択に違いない。生温かい目を向けられたくないレオは心の底から嫌そうな顔をしてスバルに釘を刺した。
レオのそんな発言と険しい視線にも、スバルは涼しい顔をして柳のように受け止めてしまう。
この男は昔から見た目不良っぽいので苦労してきたそうだ。初対面から一貫して態度を変えたことのないレオにしてみれば理解のできない話だが。
幽霊しかり館長しかり、世の中には見た目などどうでもよくなるような存在が満ち溢れていることだけは確かなのだけど。
諦めたような溜息を一つ。
スバルを相手にするとどうも旗色が悪い。中学生後半の奴に落ち着きが出てきた頃からスバルは一筋縄ではいかない存在にランクアップしてきたらしい。
「そうだスバル、ちょっと来てくれ」
「なんかあったのか?」
そこで声を上げたフカヒレにレオは不審そうな声を上げた。フカヒレがスバルだけを誘うとは珍しい。
そう考えて視線を上げれば彼は珍しくまじめくさった顔をしていた。
「こいつはプライバシーってもんがある。本人のためにもスバル以外には話せないね」
「俺の秘蔵品やるよ」
「よし、レオもいいぜ!」
「オラオラ、それは初志貫徹しとけよ?」
「男にはなぁ、引いちゃならねぇ時があるんだよ!………」
遠ざかっていくフカヒレ。
「なるほど、いつものか。下心も程々にしとけよー」
どうせまたスバルの好みを聞いてくれとか、ラブレターを渡してくれとかいったことだろう。
スバルが誰かと付き合うということは今のところありえないので、あわよくば玉砕して傷心の女子生徒を手籠めにしてやろうとでもしているのだろう。
だが奴の計画には穴がある。
スバルを好きになるような女性がフカヒレになびくことは果たしてあるのだろうか?
これを言ってしまったが最後、フカヒレは静かに涙を流し、1週間ほど音信不通になるのでだれも何も言わない。
「スバル×フカヒレか……需要はなさそうだ」
「対馬ー、最近姫に影響されすぎじゃね?」
「そ、そんなことはない。あ、それロン」
クラスメイトからなかなかに手痛い一言をくらいながらもカードゲームに戻ったのだが。
「……なぁ対馬」
「ポーカー麻雀って無理がないか?」
「だよなぁ」
説明しよう。ポーカー麻雀とはレオが15分ほど前に考案した新ゲームである。
4枚ずつカードを配ってから麻雀のようにひいては捨てるを繰り返していち早く規定の役を作った人物が勝ちである。鳴くのはロンを含め一度のみ。低い役は上がりにならない等の細かいルールは割愛。
適当に金額を決めて始めると、麻雀よりはるかに少ないパターンで手軽な読み合いを楽しんでいたのだが。
「「「…………」」」
「ど、どうしたの?」
「いいや、俺たちの読みの浅さを痛感してたとこ」
「そんな、たまたまだよぅ」
言葉を失う一同。視線の先にはゲームに参加した唯一の女子生徒が一人。
我らがクラス委員長の目の前に積みあがっている小銭の山は、レオを含めた男3人の財布から出たものである。
「今回は完敗だな」
「いやはや、全くだ。時間だしこれにて終了っと」
「ごめんね。こんなにもらっちゃった」
「いやいや、ここで金を返そうするような空気の読めない人じゃ無くて逆に安心した」
大勝ちして謝りながらも、全く嫌味成分が感じられない良美にレオが肩をすくめて言う。
ちなみに彼女の前に積みあがっているのは10円50円硬貨ばかりである。流石にそれ以上になるとちょっと苦しい。いろんな意味で。
なんにせよ、勝負の前にしっかりとルールとリスクを確認したならば余計な優しさなど不要!時に優しさは刃になることを知れってやつですな。
したり顔でそんなことを思っていたレオに不満そうな視線が突き刺さった。
「対馬てめー、自分がプラマイゼロだからって好き勝手言いやがって!」
「ハッ!自分以外のことなら好き勝手言えるってもんよ!」
「えっと……」
吠えるクラスメイト、開き直る俺、困惑したように視線をさまよわせる佐藤さん。
目の前のモブはそんな佐藤さんに向けて高速で首を振る。
「いやいやいやいや、佐藤さんはいいんだ!問題はこの馬鹿だからな!」
「お前が負けたのが悪いんだろ?」
「それは確かに」
「納得すんのかよ」
「だがお前の態度が気に食わない!」
「負け犬の遠吠えってな」
「負け犬にも意地はあるのだ!」
「お前って双子だったっけ?」
「実はな。ついでに仲の悪い兄がいる」
「体張りすぎだろ」
「ジャッジですの!」
「いや、そっからそのネタに持っていくのはすごいと思うけど。……物凄い勢いでネタが移り変わっているが大丈夫か?」
「問題ない」
「マダオ乙」
なかなかの使い手だ。所詮モブに過ぎないがモブにしておくにはあまりにも惜しい人材だといわざるを得ない。
ならば超(スーパー)モブとでも呼称することにしよう。光栄に思うといい。
レオがそんなくだらない思考をもてあそんでいると良美が遠慮がちに口を開いた。
「じゃあこれはもらっておくね?」
「そうそう、たかが数百円だ」
「だからお前が言うなって」
うるさいぞ超モブ。
「にしても佐藤さん強いね」
「ううんそれほどでもないよ?エリーにゲームで勝ったことほとんど無いないし」
「さすが姫」
「予想はできてた」
口々に言うモブたち。そんなんだから背景どころか声すらないオリキャラでしかないのだよ。
ん?俺だったら勝てるのかって?残念。
「よし、奴とは賭け事をしないことにしよう」
俺はそもそも戦わないから勝ちも負けも存在しえないのだ。
徹底して逃げ回るという負け犬思考のレオに、超モブがいやらしい笑いを浮かべながら声をかける。
「そりゃー無理だろ」
「なんで?」
「あの姫が提案してきた賭けを拒否できるような奴がいるとは思えねーからな」
「…………」
いや、まったくだ。
だが俺はその程度の予想で諦めるような人間ではなかったりするのである。
コラそこ、無駄なあがきとかいうんじゃない。
夜。いつものように対馬家へと集まるダメ人間ども。
「テストなんてなくなっちゃえばいいのにねー」
「そんなことになるとお前ホントにダメな子になるだろ」
いつものカニによるダメ人間理論をサクッと否定する。
とはいっても遊びたい盛りの高校生。カニの意見には全面的に賛成したい。
「進路も限定されちまうしな」
「そういえば進路指導調査の紙出した?」
「ボクは速攻で書いて出したよ。ゲーム作りたいんだ!」
「その熱意がもう少し他のことにも向けばいいのにな」
今まで言われるがまま勉強してきたけれど、どうも最近きな臭い。将来的な意味で。
フカヒレが振ってきた話題にカニは元気よく食いつき自分の夢を発表したが、そこに至るまで何が必要なのか全く考えてないので素直に感心してはいけない。
そんな本能のままに生きるお子様をちょっとは更生してやろうかと無駄な発言をしてみたが、それはスバルが否定した。
「そうなったらカニじゃねぇだろ?」
「む、なんかバカにされてる予感。そーゆースバルはどうなのさ」
「オレは陸上。高校卒業したら一人暮らしだな」
ギリギリアウトローなこの男にも、昔からの夢がある。それが嫌っている父親のものと被る時点で奴も案外複雑だ。
若干憂鬱な気分。このダメ人間どもにも、いや、だからこそ目標があって一直線だ。
あっちにフラフラこっちにフラフラ、のんべんだらりとニュートラルに生きてきた俺とは大違いだ。
「スバルならそつなくこなしそうだけど。なんかあったら言えよ?」
「ま、気持ちだけもらっとくぜ」
いくら自分に夢がないからと言って、別に妬むほどのことでもない。
スバルを素直に応援すれば、スバルらしく自信に満ちた笑みを浮かべている。
人の枕を抱えてゴロゴロとベッドを転がるカニが今度はフカヒレに話題を振った。
「フカヒレはー?」
「進路とかリアルで嫌だよな」
「現実逃避すんなよ」
相変わらずの発言にちょっと安心した。
「そーそー、たまにはちょっとだけ真剣に考えてみ?」
「カニにそういうことを言われたくないね。…………怖っ!」
自分の行く末を真剣にシミュレーションしていたフカヒレが何か恐ろしいものを見たかのように震えだした。
パッと見どう見ても異常者だが、いつものことなので気にしない。
「どうだった?」
「周りが結婚して焦っていたのか、大して好きでもない女と結婚していた」
「そもそも結婚できんの?」
「ぐはぁっ!!!!」
「フカヒレ!?大丈夫かフカヒレええええええええええええ!!!!」
「やべぇぞ!脈が弱い!!!」
カニの致命的な言葉の槍がフカヒレの心、それも特にやわらかい部分に突き刺さり、断末魔の悲鳴を上げてフカヒレが倒れた。
あわててスバルと共に駆け寄るもすでに遅く、鮫氷新一という一人の漢の魂は体から乖離した後であった。
顔が蒼白で脈が弱い。いや、結構真面目に。
「スバル!」
「おう!」
人工呼吸など死んでもしたくないのでスバルと共にフカヒレの蘇生を開始。
「行くぜ!筋肉バスター!!!」
「ちょおま!」
「ちぃ、まだか!スバル!」
「よし来た。腕挫十字固!!」
「いだだだだだ!!!!!!」
「くそっ、まだか!?レオ!」
「応急処置は早さが命だ!心苦しいがフカヒレのため!飛天御剣流……」
「作品が違うだろ!しかもそれ殺人剣ぐぼぁ!!」
ちなみにギャグパートなのでフカヒレは5分で復活する。ご安心を。
「で、その女のために必死になって生活費稼いでいると、気づけば若くなかった」
「そのやけにリアルで怖い予想を立ててもらってなんだけど、普通に進路について考えろよ」
「フカヒレってさ、すぐそういうこと考えるよね」
フカヒレの無駄にネガティブな妄想力に呆れ返りながらも、そのあまりの人生どん詰まり感に身震いする。人間そうは成りたくねぇよなぁ。
そしてまた妄想パート。
フカヒレの百面相は見ていて面白いが、さすがに飽きるのでスーファミを起動。
~スーパー暇つぶしタイム~
「ボンバーマンの各面のボスって普通にAI強くね?」
「スーファミにしては驚異的、とかどっかで聞いたことあるー」
「やべぇ、死んじまった。次レオな」
「死ぬといえばみそボンってみそっかすボンバーの略なんだってな」
「へー」
「ほー」
「やる気ねぇにも程がある返事だなお前ら!」
「ねーねー、みそっかすってどういう意味?」
「レオに聞いてみな」
「半端ねぇスルースキルだ。フカヒレの気持ちがちょっとわかる」
「で、どういう意味?」
「……お前みたいなのってことだよ」
「ふーん、確かに画面の端っこから一方的に攻撃できるかわいいデフォルメキャラは愛らしいボクにぴったりだね」
「めげないねぇ」
「待てスバル、その表現はなんか違う。そもそも風邪ひいたことに気付かない奴みたいなもんだろ、この反応」
「おっしゃー撃破!!でもなんか飽きた。普通に対戦しようよ」
「そうだな、ステージ増やすのってどうすんだっけ?」
「オープニング画面でX連打。結構な速さを維持しないと出ないぞ」
「い・の・ち・を・燃・や・せぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
「すげぇ、一発で出しやがった」
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」
「ほらカニ、麦茶」
「サンキュースバル……んぐっんぐっんぐっ、ぷはー!!!」
「最初は?」
「もちろん『いつもの』」
~スーパー暇つぶしタイム終了~
「…………怖っ!!」
「今度はなんだ?」
「誰でも入れる4流大学に入って一度留年、遊びまくってギリギリ卒業。中小企業に勤めて何も面白くない仕事をしながら、安い給料で働き灰色の毎日を送っていた」
「リアルすぎる……」
「こんな若いうちから嫌な想像させんな!」
このような実にくだらない会話と共に今日も一日が過ぎていく。
それはありふれた日常のようで、しかし一度たりとも同じ出来事がない輝ける日々。
平穏を望むと自らに言い聞かせ続けるレオは、彼なりに馬鹿らしくも騒がしいこの日常を愛していた。
今を共に過ごす人、これから出会う人、そして『過去に出会った人』。
レオの日常は変化し続けながらも、同時に新たな日常へと繋がっていく。今日という日はそのちょっとした変化への前振りみたいなものだったと未来のレオは思ったそうな。
「今日の朝判明した新カップルはうらやましいなぁ。俺も人目もはばからずイチャイチャできる女がほしいぜ」
Isolationというエロゲの曲を弾きながらフカヒレが欲望にまみれた声を出した。
はっ、このまま何も言わないと幼馴染ENDで終わってしまう!
いつもフカヒレが言っていることなのでスルーの予定だったが、流れている曲が曲なので全力で話題をつなげにかかる。
「そんな経験ないから想像するしかないけど、どんな気分なのかねぇ」
「オレはレオが恋に浮かれてる様子ってのを見てみたくはあるけどな」
「想像できないね、それ」
なんでこういう話題になるとこの男は真っ先に俺に振ってくるのだろうか。
なんかケツがむずむずする。貞操の危機か。
そんなやる気のない3人に特に反応もせず、フカヒレは話題を続ける。
「じゃあさ、この中で先に恋人作ったほうが勝ちってのは?」
「やだよ、そんなスピードレースみたいな。ボクたちはフカヒレみたいにがっついてないしね」
カニにしては珍しくまともな意見だ。
恋愛だからと特別視するのもよくないが、そんなに簡単にくっついたり別れたりというのは何か違う気がする。
人によっては『童貞乙』とか言われたりするのだろうか。
「うーん、じゃあもうすぐ夏だろ?恋人作って、ひと夏の思い出でうらやましがらせたら勝ち」
「商品は?」
「潤いのある、人生かな」
「うわーお、魅力的な商品だこと」
そういうのは賭けでも目標でもなくただの願望っていうんだよ。とカニと共にブーイングをする。
正直今の自分には恋愛が魅力的に思えなかった。
と、そこで笑いを含んだ声が。
「ま、いいんじゃねぇの」
「おや、意外な言葉」
「似非テンション否定派なレオがどうなるか、ちょっと見てみたいしな」
先ほどのフカヒレのように、心に突き刺さる大ダメージ。
ぐらりと揺れた体を根性で立て直す。
「な、なにをぅ?」
「あはははは!言われてやがんの!」
「普段の行いのたまものってやつかな」
テンションに流されない。
それは心に深く刻まれた戒めであり、短いながらも十数年生きてきた中での教訓だ。
それを『似非』とか言われてしまった。死にたい。
「否定は……できないけど、人生では一度の選択が何年だって後を引くことがあるからこそ」
「テンションなんてあやふやなものに左右されずに、何事にもニュートラルな気持ちで……だったか?」
「いつものジロンだね」
「でも姫のことは?」
すかさずフカヒレから突込みが入った。
最近霧夜とのチキンレースがいろんな意味でギリギリになってきたからだろうか。キリヤイツカコロス。
まぁあれは例外中の例外である。人生何事においても『どうしようもないこと』ってのがあるもんだよ。
思わず視界がゆがむ。心の汗だ、俺は泣いてなんかいない。
「あれは現実世界にかかわりのないゲームの中みたいなもんだから」
「へぇ(笑)」
「ほほーう?」
「ふんだ」
「なんだよその視線は」
嫌な視線が突き刺さる。
スバルは馬鹿な子供を見るような生暖かい目線。
フカヒレは若干の嗜虐と溢れんばかりの嫉妬心。
最後のカニは野生動物っぽい獰猛な目つきだった。
しばらくそんな状況が続いたのだが、頑なに口を閉ざしていると不意に空気が弛緩する。
そこで区切りをつけたのか、フカヒレが改めて仕切りなおした。
「じゃあ勝負な」
「ハイハイ」
「うわ、適当な返事。スバルお前やる気ねーだろ」
「スバルがそんなんじゃ、勝者無しで終わりそうだね」
「あり得るのが悲しい所だよ」
全員のやる気はなくても勝負は勝負。
ちょっと意識して日々を過ごした挙句、最終的に幼馴染4人でスキー旅行とかに行く様子が目に浮かぶ。
思わず完全に苦笑いといってもいい表情が浮かべてしまった。
「オレは坊主がちゃっかり勝ってそうだと思うぜ」
「まさかー」
「おいカニ、その否定の仕方はどういう意味だ」
恋人ねぇ。
幼馴染とじゃれあいながらレオは思いをはせる。
恋人ができたからと言って、人生がバラ色に輝くのだろうか?何もしなくても毎日が楽しくなるのだろうか。ま、経験してもいないことにいくら想像力を働かせても無意味だろう。
いつものように過ぎ行くゆったりとした夜が、4人組を優しく包んでいた。
で、朝。
「……んなアホな。」
時計が示す時刻は8時30分。
今日の朝も絶叫調にロックンロールな時間の幕開けだ。
「ゴルァ起きろカスどもが!」
「んがっ!」
「ぐぇ!」
「ってぇ!」
固い床で好き勝手に寝ている馬鹿どもを全力で叩き起こす。
こいつらさえ早く帰っていればこんなことにはならなかったはずだ。なぜなら俺は朝が強いほうだから!
「あー?いいじゃねぇか。3限あたりからゆっくり行こうぜ……」
「ギリギリ間に合う時間帯ってのが曲者なんだよ!こちとら一人暮らしなんだ、不用意にこの自由な生活がなくなるような危険は冒せねぇんだよ!」
下手にだらしのない生活をしているような話が両親に行ってしまえば、この自由気ままな一人暮らしが崩壊する可能性が出てくる。
今のところカニの母はそんな報告をしていないようだが、ちょっとしたことで学校から連絡が言ってもおかしくない。
「5分以内に家の前に集合だ。遅れたら殺す」
「イエッサー!」
そして。
「閉まってるな」
「ああ、閉まってるな」
「Zzzz……」
どう考えても二度寝、朝デッド、レオの背中で熟睡、と三拍子そろったこの馬鹿が原因である。
「ふざけんじゃねぇぞカニィィィ!!!!」
「イダダダダダ!!ギブ!レオギブ!」
「ほらレオ、カニのせいかもしんねーけどそのくらいにしとけ」
「せっかく走ったんだ、フォーメーションBを使って裏側から入ろう」
「フカヒレ、それ採用」
4人でいつものように壁を乗り越え、無事に着地。
「ちょろいもんだね」
カニが言うとおり、正門が閉まっていたとしてもいくらでも侵入経路はあるわけで。
馬鹿正直に遅刻届をもらいに行く奴などどこにいるというのだろうか。遅刻だって重なれば世にも恐ろしい島流しが待っているというのに。
いやーよかったよかった一件落着、などと教室に向かおうとしたその時。
「そこの4人、待て」
ピシリ、と全員が石化する。
即座にアイコンタクト。
全員バラバラに逃げれば誰かがおとりにじゃん?俺が不利じゃねえかよ!フカヒレ、強く生きろ。なんにせよさっさと逃げるぞ。
全員が思い思いの方向に走りだす。現行犯じゃなければある程度は見逃してもらえるだろう。
「止まれ!止まらないと制裁を加える」
そんな忠告に従うほど『賢い』仲間は残念ながら俺たちの中に存在しない。きゃー素敵ー。
「止まれって言われて止まるバカなんていねぇよーっだ!」
「俺もスバルみたいに足は速くないけど、逃げ足だけなら自信あるぜ」
そんな良心というものの欠片もない会話をした瞬間。
「警告に従う気はないと判断した…………実力行使だ」
人の形をした旋風が吹き荒れた。
「うわっ!」
「ぐっ……」
「ボクは絶対逃げ」
足払い、貫き手、投げと十分にオールラウンダーな能力を見せつけ3人を地面に沈めた人影。
おいおい、フカヒレはともかく他の二人は頭が悪い分身体能力だけは群を抜いてるんだぞ。
そんな驚愕が頭をめぐる瞬間、制裁のターゲットが自分に切り替わったのを理解する。
一直線に迫る蹴り。まぁこのままならば足にヒットして無様に膝をつくことになるだろうことが容易に予想できた。
いつものように、ため息をついてそれを受け入れようとして、腹部を押さえて顔をしかめるスバルを見てしまった。
腹に、貫き手。あぶねぇだろそんな攻撃!
「!」
見えているということは回避できるということ。レオにとって喧嘩とはそういうものだった。
とっさに、無意識に、つい、いった具合に回避された蹴り。ちょっと驚いたようにこちらを見た女子生徒と視線が合う。
ずいぶんと綺麗な人だな、という間の抜けた感想を抱いた瞬間に間髪入れず撃ち込まれる相手の足。
あー顔見られちゃったし仕方がないかー、と受け入れた足払いは脛に直撃して耐え難い苦痛を発生させた。
「~~~~っ!!!!」
ぴょんぴょんと痛みをこらえて跳ね回る俺を形容しがたい目で見つめる女子生徒。
腕章は赤く、風紀委員の身分を示し、冷たくは無いが、そのまなざしはさながら鍛え上げられた日本刀のようで。
痛みも引いたので、両手を上げて降参のポーズをとる俺に注がれる鋭い視線。
「だらしがないぞ。根性無しが」
反論のしようもございません。
その手には日本刀。おまわりさーん!銃刀法違反が!!
そんなバカな発言すら封じられるような雰囲気がそこにはあった。
愛想笑いをしても全く揺らがない眼光がレオを貫く。
スバルがこんな簡単にやられるなんて世界は広いなぁ、と現実から逃避するレオの足には確かな痺れと痛みがその存在を主張しているのだった。