最近、男が弱くなったと言われている。
俺は別にそう思ったことは無いし、自分の周囲でもわざわざそんなことを言うほどの出来事は存在しなかった。
そう、今までは存在しなかったわけだが……。
両手を上げて降参のポーズをとる俺に注がれる鋭い視線。
冷たくは無いが、そのまなざしはさながら鍛え上げられた日本刀のようで。
「だらしがないぞ。根性無しが」
なんて澄んだ声で叱ってきた。
先ほどの比喩でもないが、手には日本刀。おいおい、それって色々やばいんじゃなかろうか。
結局のところ何が言いたいといえば、彼女が叱って、俺が叱られる。それが何というか自然な関係に思えてしまう雰囲気だったってこと。
短いながらもよく手入れされた髪の毛が春の日差しのなか穏やかに揺れた。
堂々としたたたずまいはさながら武士のごとく。
この『事件』をきっかけに俺は思ったね。
最近は男が弱くなったっていうよりさ。
女のコが強くなったんじゃないか?ってね。
でもまぁ、だからといって男が強くちゃいけないってわけでもないだろ?
つよきす二次創作『こんなレオはどうだろう』 作:酒好き27号
いつものように通学路をのんびりと歩く。
待ち合わせ時間までに家の前まで来なかったカニは当然置き去りである。
何かと目立つ幼馴染から離れてみると、自分がいかに凡庸であるかがわかるというものだ。レオは自身の普段の言動を棚に上げてそう思った。
スバルは見た目ガラ悪いし、カニはちっこくて常に騒がしい。フカヒレはノーコメントとしておこう。
そんな奴らとつるんでいると自然と周囲の視線が集まるのを感じる。
そんな雰囲気が嫌いなわけじゃない。むしろ好きだ。けれど、俺はこの朝の通学路のように穏やかな気持ちでいたいのである。
空は快晴で、深呼吸をすれば朝特有のひんやりとした空気が眠気をさらっていった。
歩く歩調がいつもよりかなりゆっくりなのはもちろんこの空気を堪能し尽くす為である。他意はない。
学校までの道のりのほぼ半分を踏破したところで、背後から聞こえる荒々しい足音。
「ギャ○クティカマグナーム!!!!」
「ぬあっ!」
美しい放物線を描いてレオの背中に叩きこまれたのは、何の遠慮もない靴底であった。
たいしたダメージは無いがレオは数歩たたらを踏んで振り返る。
「痛てぇな。朝っぱらから何すんだよ」
「前も言ったじゃないか!レオの役目はボクが完全に目を覚まして可愛らしい笑顔で『やぁ』って言うまでがレオの役目なんだよ、手抜きすんなよな!!」
「はいはい、俺が起こしてから1分以内に一度でもそういう態度が取れたら考えてやらんでもないよ」
「遅刻して怒られたらレオのせいだからな!レオ×スバルの同人誌作って学校中にばらまいてやるからな!」
「甲殻類の分際で何を言ってるんだ?」
「いだだだだだだだ!!!!!!!」
世の主婦たちが隠し持つ伝家の宝刀。その名も『うめぼし』を炸裂させる。
カニは頭が弱いので以前のお仕置きすら覚えてないらしい。
これはお仕置き竹コースで痛みと共に記憶を呼び覚ましてやらねばなるまい。
ギリギリと力を加えながら痛みにもだえるカニの様子を観察する。うむ、いい感じに涙目だ。
しっかりと目を合わせ、確認するように問う。
「まったくこれで何度目だよ……なぁカニ、二度とそういうことを企まないな?」
「…………」
ビッと綺麗なファッ○ユー。甲殻類にしてはなかなか綺麗な中指をしている。
ニヤリ、と不吉な笑みを浮かべるレオ。カニがビクリと体を揺らし、ジワリと額に冷や汗を浮かべた。
じたばたと暴れ始めたカニを片腕一本で押さえつけながら、レオは鞄をあさった。
商店街で朝が早い部類に入る豆腐屋のおばあさんが「あらあら」とでも言わんばかりの温かい視線を向けてくる。
どんな騒がしい男も、どんなに品の無い餓鬼も、彼女にとってみれば等しく幼子のようなものなのだろう。その視線に少々気恥しくなったレオである。
「誰が品の無いツルペタだっ!」
「地の文を読むな」
まったく妙な所ばかりハイスペックな奴である。性根とプロポーションは最悪だが」
「ぎゃーす!人のコンプレックスを指摘するのやめれ!!!」
おっと、口に出してしまっていたようだ。もちろんわざとだけど。
レオは鞄から使いこまれたロープを取りだすと手際よくカニを縛りあげていく。
両手両足を無力化して、さらにその上からグルグルと全身を縛りあげて完成。名付けてカニの一本締めである。名前に突っ込んではいけない。
で、仕上げ。
「レ……レオ、おめー何する気だ……?」
「いめちぇん」
びったんびったんとエビのように跳ねるカニを押さえつけ、毎朝きちんとセットされている髪に手を伸ばした。
手にはサラリとした感触。む、カニのくせに生意気な。
カニの足に似た形で髪を縛っているゴムを髪の毛ごと引き抜かないように注意しながら抜き去り、カニからきぬへと進化させる。
編み込みが解けて少々長くなった髪の毛を頭のてっぺんでひとまとめにしたうえで、カニの荷物にある飾りのついていないゴムを大量に使用して天を衝く髪の毛を作成。
最後に普段の髪飾りをちょっと使用して出来上がり。
「名付けて蟹沢きぬver.トロピカル」
「ぐぐぐぐ……」
実に見事な椰子の木がカニの頭の上にそびえ立つことになった。満足。
流石に抵抗は無駄だと悟ったのか歯ぎしりをしてレオを見つめるカニを無視して無造作に抱えあげると、ふと時計に目をやった。
「やべっ、今日も俺が悪くないのに遅刻ギリギリじゃねーか!」
「ふんだ、ボクをぞんざいに扱うからさ」
「あらあら、きぬちゃんは随分と可愛らしい髪形をしているのねぇ」
「あ、おはようございます。馬鹿な子ほど可愛いっていいますしね」
「……っ!…………っ!」
豆腐屋のおばあさんが穏やかな笑みを浮かべながら話しかけてきたので、レオも素早く表情を穏やかなものに変えて丁寧なあいさつを返す。
このおばあさんにはちょこちょこと些細なことで昔からお世話になりっぱなしだ。
嫌っている下の名前で呼ばれたせいか、聞くに堪えない暴言を吐きだそうとしたカニの口を素早く押さえる。
「こんなおばあちゃんに合わせなくてもいいのよ。時間が危ないんでしょう?」
「あ、はい。失礼します」
「もがもがー」
どうやら佐藤さんの5倍はあろうかという癒し系オーラにカニも毒気を抜かれたらしい。
押さえた口から普通の挨拶らしき言葉が放たれ、レオの手のひらに反射して消えた。
道端に放置されている鞄を拾うと一気に走り出す。
左手には鞄を二つ、右手では拘束されたカニを抱えて通学路を爆走する様子はご近所の方たちから「いつものこと」とでも言いたげで見られ、なじみの無い人たちからはぎょっとした視線を向けられていた。
一方のレオはといえばでかい荷物を抱えているせいで余裕はなく、カニは先ほどの暴言を思い出したのか暴れてレオの走りを妨害する作業に忙しい。
いくらカニが軽いといっても、人一人分の体重と鞄二つを持って走るというのは重労働だ。
それを軽々と行うレオに違和感を感じないのはやはり竜鳴館のトップがアレな人だからだろうと思われる。
「セーフ」
トンッと軽い靴音と共にレオは無事学校の敷地内へとたどり着いた。
鞄を持っている方の袖で額にうっすらと浮かんだ汗をぬぐうと、目を回したカニが目に入った。
あんまりにも暴れるものだから角を曲がったりするときなどに、わざと動作を大きくして(全力で振り回して)最悪な乗り心地を演出してやったのである。ざまぁ。
わざわざカニの靴を履き替えさせてやり、チラチラとこちらを見ながらも結局無視して立ち去ってくれる生徒たちの間を歩く。
と、そこで廊下に張り出された掲示物と見覚えのあるツインテールを発見。
「あ、おはよう対馬」
「おはようさん。この人だかりは何ぞ?」
「中間考査の順位だって」
どうやら張り出されているのは中間考査での上位20名の成績のようだった。
期末考査の成績は50番まで張り出されるためレオの名前があってもおかしくないが、今回は中間ということもあり20人までしか入らない。
となると生まれつきそれほど頭が良いわけでもなく、義務感から勉強している程度であるレオの名前など当然存在しない。
「ああなるほど、確か中間は20番までだっけ?どうせ入ってないから興味ないかな」
「くっ、アタシはこんなやつに負けたのね……」
「だからあれはまぐれで時の運だったって言ってるだろ?いいかげん素直に認めろよ」
「名前ネタ禁止!……はぁ、まったく対馬はいっつもそうなんだから。付き合ってるこっちが馬鹿らしくなってくるわ」
「人間少しくらい馬鹿になった方が人生楽しめるってもんだよ」
「開き直るなっ」
朝から切れの良い突っ込みを入れてくれる娘である。
ポンポンと気楽に交わされる会話は朝ということで緩んでいる頭脳のキレを取り戻させてくれるようだった。
天性の突っ込みキャラだな。と面白がっている内心を欠片も外に出すことなく、レオは眠そうな顔を維持することにした。
と、そこで軽やかな足音と見覚えのある金髪を発見。
「おはよう、諸君」
「……ちっ」
「……ちっ」
「ちょ、ちょっと何よそれ」
チラリと視線を向けた後、同時に放たれた舌打ちに流石のエリカも思わず動揺をあらわにした。
素奈緒はどうだか知らないが、レオは朝から体力を使うようなやり取りはしたくないので、思わずストレートな内心を表現してしまっただけである。
もちろんそんな気持ちを隠すような軟弱な意思は持ち合わせていない。
「朝から面倒な人物に会ったことに対する」
「アタシは「愛しの対馬クンとの会話に割り込まれたから」そんなわけあるかっ!」
見たところ、今日もエリカは相変わらずの絶好調であるようだった。
女は三人寄ると姦しい。とはよく言ったものだが、こいつらは二人だけでそれを超える。
さらにヒートアップしていく会話。実にからかいがいのある素奈緒だが、これ以上面倒な展開になっても困るのでレオはとっておきの手段を取ることにした。
「まぁまぁ、俺の昼飯のピーナッツバターパンやるから落ち着けって」
そう、餌付けである。
ちなみに何故こんなものをレオが持っているかといえば、洗脳の結果というか何というか。
2ヶ月に一度くらい、何故かピーナッツバターが入ったものを食べたくなるという発作が起きる。原因は思春期に受けた猛烈なピーナッツバター教への勧誘ではないかとレオは推測していた。
目の前ではその悪の権化が照れくさそうに笑っていた。
「あ、ありがとう。……覚えてたんだ」
「そりゃあんなにプッシュされれば覚えない方がおかしいだろ」
「倍プッシュよ……!」
「…………」
「…………」
霧夜、空気読め。
最近間違った方向に特化して来たエリカを見て、レオと素奈緒は思わず無言になった。
目の前にいるコレは何だろう。驚異のシンクロ率を持って二人の脳内に一言一句同じ疑問が浮かぶ。
「ねぇ対馬。姫ってあんなキャラだっけ?」
「昔は高飛車唯我独尊、孤高かつ親しみの持てる完璧キャラだったんだけど……」
「それは当然。そんな私の意外な一面を見て対馬クンはときめいちゃったりしない?」
「しない」
「ここにも対馬菌が……」
「誰がウィルスだピーナッツ娘」
失礼な発言をした近衛の頬をギリギリと結構な力を込めてつねってやった。
ちなみに細菌とウィルスは大きさをはじめかなり違うので注意が必要だ。気をつけろよ!
それにしても、霧夜のこのわけのわからんキャラの原因が俺だとか失礼にも程がある。レオは自身の普段の言動を客観的に思い返しながら最終兵器遺憾の意を発動させた。
まぁ彼の客観は果てしなく歪んでいるのではあるが。
「ゴメンゴメンって!」
若干涙目というレア度の高い表情をしながら素奈緒がレオの手を何とか振り払った。
赤くなった頬をさすりながらレオを睨みつける。
「もう、ほっぺが赤くなったらどうすんの!」
「対馬クンのことだから責任を取る!とか言って舐めまわしてあげちゃうんじゃないの?」
「お前は俺をどんなキャラに仕立て上げたいんだよ!」
何その下品でフェチ特化型なキャラ。
「せっかく私が新しいキャラを模索してるのに対馬クンったら冷たいんだ」
「やめて!一般生徒の夢と理想を壊さないであげて!」
驚愕の新事実。ただでさえ濃いこの金髪生徒会長がこれ以上おかしな言動をし始めたら縁を切るしかなくなってしまう。あと今のエリカにあこがれるファンの皆さま方が不憫すぎる。
ファンクラブ解散の危機に戦慄するレオを置き去りに会話は進む。今度は素奈緒が参戦した。
「何を言ってるの?私は私。他人のイメージなんて知ったことじゃないわ」
「仮にも生徒会長なんだからちょっとはそれらしい言動を心がけたらどうなの?」
「普段の言動なんてものは誰にだって取り繕えるものじゃない?私の価値は結果によって示されるわ。現に私が生徒会長になってから大きな問題なんて起こさせてないんだし、むしろ改善したくらいじゃない?予算とか」
「う……それは感謝してるわ。文化系の部活は冷遇されてきたし」
生真面目なところがある素奈緒の矛先が鈍った。
部活に所属していないレオには関係が無いが、そういったえこひいきみたいなものがあったとは。
「へー、まさかとは思ってたけど、そんなこともあったのか」
「そうよ?だって館長が『あれ』だもの。本人にその気が無くても周りが多少なりとも合わせようと動くものでしょう」
この学校では運動系の部活が強い。
それは設備や館長の性格から当然だというイメージがあり、何も疑問に思っていなかったが実際は違うのだろうか。
霧夜の話を聞く限り雰囲気で勝手に出来上がった妙な慣例の一種、だったのだろう。
それが予算にまで響くとは、あのおっさんお影響力というもの半端ないものがある。
「それでも何というか、イメージに合わないな」
「そうね、結構無茶するけど公明正大ってイメージがあるわ」
「知ってて放置してたっぽいわよ?私が話しに行ったら凄い顔で笑ってたもの」
「うわぁ……」
素奈緒が思わず想像してしまったのか、何とも言えない声を出した。確かに館長の満面の笑みは心臓に悪い。
一方のレオは、以前館長とのやり取りの中で投げかけられた言葉を思い出した。
「なるほど、『自分から勝ち取りに行かなければ、得られるものは何もない』、か」
「へぇ、それって館長の言葉?」
「ちょっと前、拳を交えた時に聞いた」
「嘘ぉ!?」
「そりゃ嘘さ」
拳法部なんかならともかく、入学式の一件以外レオと館長に直接的な繋がりは無いのでやぶへびを恐れたレオは思わずボケてしまった。
もちろん拳を交えた云々は与太話である。
適当な嘘を悪びれもせずに言われた素奈緒は顔を紅潮させた。なんだ、俺に惚れたら火傷するぜ?
「ぐぬぬ……アンタはいっつも!」
「はいはい、痴話喧嘩はそこまで」
「なんでアタシがこんな奴と!」
「近衛、その言い方はちょっと傷つく」
思わぬ不意打ちダメージ。
そこまで力いっぱい拒否されると流石のレオでも足元がふらつく程度の心的外傷を負う。
力なく笑いながらレオらしくもなく控えめに言われた発言に、怒りからテンションが上がっていた素奈緒も戸惑った。
「あ、ゴメン……ってそうじゃなくて!」
「結局、冷遇っていうのは館長の顔色をうかがってまともな交渉もしてこなかった偉大なる先輩方の遺産ってことよ」
「しまいにはテニス部の霧夜からそれを改善されたんじゃ良いとこ無しだな文化系部」
流石に話が横道に逸れ過ぎたと思ったのだろう。簡単に話をまとめた霧夜に、頭を振って憂鬱な気分を振り払ったレオが追従した。
いつの間にか自業自得みたいな立ち位置になっている素奈緒は不満げにレオをにらんだ。いや、なんで俺。
「くっ、対馬アンタどっちの味方なのよ!」
「少なくとも俺は俺の味方」
「そこ、似合わないキメ顔しない」
呆れたようなエリカの声に頬を掻くことで照れくささを表現する。
兄貴、やっぱり俺程度にその台詞は似合わなかったようだぜ。
そこで唐突に2-A名物コンビが乱入する。
「対馬レオ!貴様、僕のライバルのくせに20位以内にも入っていないとはどういうことだ!」
すまないな田村。俺はお前にかまっている暇など刹那も存在しない。
レオはもうこれ以上無いほど爽やかな笑顔を浮かべると乱入者の片割れに向き直った。
「西崎さんおはよう」
「く~♪くー?」
レオは紀子から返された声にその笑みを一瞬で凍りつかせると、スススッと素奈緒の方に移動し、肘で小突く。
ヘルプ。俺だけでは未だこの異国語の翻訳は不可能なり。
「何よ、また?」
「後生だ、頼む」
柄にもなく焦った様子を見せるレオに素奈緒は深々とため息をつくと、紀子の発言を訳してやった。
彼女にとってみれば、いつも自分でいいように遊んでいる感のあるレオが紀子にだけ気を使って焦る様子が結構気に食わなくもあるのだが。
「手に持ってるのは何?だ……ってアンタ何持ってんのよ!誘拐!?」
「気づくの遅くね?」
さて読者諸君、レオがその手に持っているものは何だっただろうか?多分もう忘れてるよね。
正解はロープで厳重に縛られたあげく椰子の木ヘアーになって目を回し気絶している甲殻綱・十脚目・短尾下目に属する甲殻類(wikipedia参照)の一種である。
「く~……」
「ああゴメン!ほんっとにゴメン!次までには聞き分けられるようになるから!そうだ、このピーナツバターがたっぷり入った美味しいパンを上げよう」
今回もまたまともに話ができなかったことで沈んだ声を出す紀子にレオ焦る。彼女はいい子なのでどちらかというと口下手な自分に対する自責の念のほうが深いのであるが。
一方のレオの焦り様といったら素奈緒が大事そうに両手で持っていたパンを一瞬で強奪して紀子に差し出すほどであった。
その行動の素早さに驚愕しつつも、当然素奈緒は怒る。
「それアタシにくれたのじゃないの!?」
「あり…が…と……」
「ひゃっほう!ついに俺にも聞き分けられる能力が!」
「いや、今のは普通に口に出しただけだから……」
変なスイッチが入ったレオに、素奈緒は『もう打つ手なし』といわんばかりの視線を向けた。
彼女が知る対馬レオという男は常に気の抜けたような表情をしていて、皮肉気な笑みを浮かべていることが多くて、でもなんだかんだ言って一緒に笑ったり怒ったりしてくれる熱い所もある男だったはずなのに。
「何だって!くそっ、俺に一体何が足りないというのか……!」
ものっすごいシリアスな顔をして悔しがっているこの男はいったい誰なのだろうか。
その瞳はまるで炎が揺れているかのごとき激情を宿していた。
「く~」
「ありがとう、その気づかいだけで俺はあと2年は戦える」
「何でこういうときだけ目いっぱい全力なのよ……アンタ、紀子みたいな娘が好みなの?」
「ふっ、何を言うかと思えば」
「え?き、消えた!?」
突然視界から消失したレオに素奈緒は目を白黒させた。いや、確かに目の前にいたはずなのに!
やけにむかつく笑いと共に消えたレオを探せば、彼は紀子の腹部に背後から手をまわし片手で抱きしめながら低い位置にある頭を撫でていた。
どう考えてもセクハラである。
「く~♪」
「いつのまに!」
「なぁ近衛、お前は猫を撫で、愛でている人を見て彼らが性的興奮を覚えているとでも思っているのか?」
「性的興奮って生々しいわ!!」
そんな怒声とともに素奈緒は紀子を魔の手から取り返した。
さっきのたとえ話ではないが、まるで猫が毛を逆立てるかのようにこちらを威嚇する
「まったく、油断も隙もない……」
「愛ゆえに」
言い訳というか理由というか、とりあえず原因的なものを適当に言ってみたのだが睨まれただけだった。
何故に。
「ふーん、あの程度の成績で?」
「ぐっ、いや、いつか必ず姫に並んで見せる!」
「ま、頑張りなさい」
「もちろんだ!」
こちらの会話もひと段落したのでフェードアウトしていたエリカと洋平に目を向ければ、男の方が熱血していた。
よりによって相手が霧夜。
レオは思わず蟻地獄にはまった蟻を見るような視線を向けてしまうが、対する洋平はドヤ顔でこちらを見るばかり。処置なし。
「ほら、紀子に村田。変な奴らの相手なんてしてないで、そろそろHRが始まるわよ」
「くぅ、難儀だな。だが対馬レオ!」
「ほらほら、さっさと行くわよ」
「ぐぇ、こら、襟を引っ張るな首が締まる!」
「くー(またね)」
可愛らしく手を振ってくる紀子に小さく笑ってレオは手を振り返す。
いつも堂々とした態度でいる洋平が女子一人に引きずられていく様子はどこかコミカルで、周囲からも微笑ましいものを見るような雰囲気が漂っていた。
どんな彼女ができるか知らないが断言しよう。あれはプライドが高いから亭主関白っぽく振舞うだろうが、将来絶対尻にしかれるタイプの男だ。
「まったく、騒がしい連中だ」
「対馬ファミリーのことを棚に上げてよく言うわ」
あーあー、聞こえない聞こえない。
レオは会話を逸らすついでに前々から気になっていたことを聞くことにした。
「そういえばいっつも思うんだけど、国語の記述問題とか満点取るのかなり難しいだろ。どうやってんの?」
「そんなの簡単じゃない。問題文を見て、何を答えさせたいかを考えればいいのよ。あとは答えさせたい部分、つまりキーワードを見つけて上手く繋げればいいだけ」
「評論文とかはそれでいいかもしれないけど、小説とかはそうもいかないような」
「似たようなものよ?前後の流れから導き出される『一般的な』反応とか感情を予測すればいいだけだから、前後の文脈とキャラクターさえつかんでおけば何とかなるわ」
「はー、色々考えてるんだな。俺は普通にそれっぽい所をつなげるとか、気持ちを考える程度でそれなりの点数取れるから考えたこともないよ」
「それは対馬クンの思考が出題者の想定範囲内を出ていないってことよ。つまんない男ー」
「人格や思考がそのような『一般的』なものから乖離している場合、彼らの多くは社会不適合者と呼ばれ歴史の闇に消えていくのである」
「20点。後半とか考えるのが面倒になったでしょう」
「まーなー」
以上、霧夜先生の現代文講座でした。
古典はあれ暗記だから。和歌とか何問も解いてパターン化しないとどうしようもないほどわからないから。昔の常識なんて知ったことか!
あんなの即興で作り出してた昔の人すげえ。
「ふぅ、そろそろHR始まるわよ。あ、それとカニっち貸して?」
「好きに持ってけ。俺はなんかどんでん返しでもないか順位表チェックして行くから」
カニは西崎さんの背後にまわったときに放り投げてそのままだ。たぶん霧夜はかにの愉快な髪型でもいじって楽しむつもりなのだろう。
廊下の隅で目を回していたのだが、手荒に扱いすぎたかもしれない。いや、そこに愛はあるのだ愛は。
エリカが去った後、レオはHRが近づいたからか人もまばらになった掲示板の前で、なんとなく見慣れた名前がないかを見る。
こういった成績でめったにどんでん返しなんてない。特に今は1学期だ。前学年の最後の試験と変わるところはないだろう。
それでもここに残ったのは、朝からのハイテンションな会話で取り落とした自分というものを確認したかったからかもしれない。
幼馴染からも、友人たちからも離れて自分というものを確認したいときが彼にはある。
果たして自分はこういう男だっただろうか。こういう反応をするような性格だっただろうか。
医者に言わせて見れば日夜幽霊と戦っていた自分は統合失調症の一種であったらしい。
「まさかと思いますがこの『対戦相手』とはあなたの想像上の存在に過ぎないのではないでしょうか。なんてな」
ネットで有名な精神科への相談結果をもじってレオは彼に似つかわしくない儚げな笑みを浮かべた。
目がひとつしかない人間たちに見世物にされ「自分こそがおかしいのではないか」と片目を潰した男のように、『お前のほうがおかしい』という周りからの圧力は当人の認識さえも変えてしまう。
もう高校生としてある程度自意識を確立させたレオだが、ちょっとした弾みで不安に襲われる。
いつまでたっても慣れない気分の深呼吸で振り払った瞬間。
「!」
ぐりん、と首をひねりレオから無意識のうちに放たれた眼力。
それは普段ならば無視するような視線だっただろう。
有象無象の興味本位のものとは異なる、『対馬レオ』こそを標的とした観察するような視線に彼はありったけの敵意を相手に叩き付けた。
捕捉:向かい側校舎1階
対象:結構な距離のため詳細不明。ただし女子生徒であることと赤い腕章だけを把握。
腕章といえば風紀委員。普段の言動からある程度目をつけられるのもしょうがないような気がしないでもないが、ストーカーまがいの視線を向けられて喜ぶ趣味は彼にない。
薄くなった自己の自制心にレオは舌打ちをひとつ打つと、すばやく視線を切って早足に廊下を歩き去った。
ささくれ立った精神は一応の落ち着きを見せ、教室に向かいながらも彼の脳内を占めるのはただひとつの感情。
「なんという面倒ごとの予感」
レオの穏やかな日々は未だ遠く、遠い昔から続く何かが噛み合う音がした。
あとがき
全体的に手直し&漢らしくないあとがきを削除。あと色々なものを諦めてみた。
佐藤良美との関係【後編】だけエラーが出て修正できないのは何故だろう。そのうち直そう。
皆忘れたころに投稿が俺クオリティ。