「やだやだ、みんな殺気立っちゃってまぁ」
「どう行く?」
「時計回りで」
「了解」
雪が解けるんじゃないかと思えるほどの熱気が周囲で発生している中、レオはげんなりとやる気無さげにスバルとエリアの周囲を巡っていくことにした。
バトルロイヤルな為か、ひっきりなしに飛んでくる雪玉を手で防いだりかわしたり、直撃を食らったりしながら目標を見定める。
『ふむ、主力が互いに潰しあってるようだな』
『中心部ほど熱い戦いをしてるな。男は度胸!なかなか燃えてくるじゃないか』
『文化系の部活の面々はどちらかといえば外側で期を待ちながら油断した者を攻撃しているのか。これも作戦だな』
『ああいう知的なタイプも熱くていいモノを持ってたりするんだ』
実況自重。
放送部は結構好き勝手にやっている奴らばかりなので実況を人に丸投げしたりするのは序の口、酷い時にはとあるイベントに使われたBGMが全て担当の趣味であるアニメのサウンドトラックだったこともあった。
イベントが終わり、心地よい疲労に身を任せていた生徒の耳に響いたのは熱血ロボットアニメのテーマソングだった時の気分は筆舌に尽くしがたい。
ちなみにその時の館長のコメント『漢らしくて実に良い』
「おらよ!」
こっちを狙ってきた男子生徒をスバルが強襲、結構な速度で飛び交う雪玉が流れ弾となって周囲に散る。
だが忘れてはいけない、スバルは一人ではないということを。
「はい残念っと」
「へぶっ!うお!?あわわわわ……」
死角から放たれた雪玉が男子生徒の顔面に直撃。
そこにすかさずスバルが足などを狙ってバランスを崩した。
背後を気にするあまりロープを背に戦ってきたその生徒はロープに腰掛けるような体勢で尻もちをつき、あっけなく失格と相成った。
やばい、これ結構楽しいかも。
『見てみろ鉄、なかなかイキの良い1年生がいるようだぞ。片方は知らないが、もう片方は陸上部の伊達だ』
『主力の潰し合いを横目にそれ以外を倒しているようですね。これは終盤まで残りそうだ』
スペックの高いスバルと、奇襲専門のレオで運動が得意ではない生徒をどんどん削っていく。
スバルに押されエリアギリギリ、レオが奇襲で一気に押し出す。この戦法に未だ敵は存在しなかった。
「貴様ぁ!姫に軽々しく接しやがって!!!」
と、そこに霧夜エリカファンクラブ(笑)の一人が現れた。
柔道部あたりだと予想をつける。普通の雪玉ではびくともしないだろう。
とりあえず数発雪玉を顔面に向けて投げて怯ませる。
「スバル!」
「よし来た。オラァ!!」
自慢の足で一気に距離を詰めたスバルが渾身の力で相手の顎を打ち上げた。
脳震盪を起こしてふらついたところに、レオの狙いすました一発が鳩尾にヒット。流石にこらえきれず、綺麗に意識を飛ばした恰幅の良い男は誰かを巻き添えにして雪の中に沈んだ。
「ふむ、54番退場!」
『今のは反則に見えたが……どうだ?』
『いえ、今のはアッパーのように雪玉で顎を打ち上げたようです。現に館長は何も言っていません』
『脳震盪を起こしたようだな。見たところもう片方の彼は彼は伊達の頭脳役と言ったところか』
『ロープギリギリの相手を狙ったり、自分を意識していない者に奇襲をかけたりと上手くさばいているようです。これも一つの闘い方と言っていいでしょう』
レオは頭を使うのがあまり得意ではない。
といってもそれは何手も先を読んだり、可能性を全て潰しておくような深い思考が苦手であるだけで、敵の裏をかいたりするようなちょっとした悪だくみは大好k……でははく、それなりに得意であった。
そこで目があった瞬間から明らかにレオをガン見している男が目の前に立ちはだかった。
「お前は……!いつも姫といる腰ぬけ男か!」
「誰だ?」
「確か拳法部の田沼とかそんな感じの名前だったか?」
ちょっと離れた場所で小柄な二人の相手をしているスバルの解説に「あー、聞いたことあるかも」などと適当なことを言うレオ。
もちろん脳内にそれらしき情報は欠片もない。
「村田だ!対馬とか言ったな、お前のような奴と一緒にいると姫に悪影響だ。今後姫に近づかないでもらおう」
「あー、なんでこういう勘違いした馬鹿しかいないんだよ」
「レオー、落ち着いてけよ」
いやスバル、お前はこっちよりそっちを気にしろ。
ほら、今の声でスバルを狙った奴が増えたじゃないか。
完全にスバルに意識を向けながらも、レオは雪の壁に身をひそめたりと防御に余念がない。
「いつも今伊達の後ろにいるようなことしかできないんだろう。姫にはふさわしくない!」
「なあ田中「村田だ!!」それはお前が決めることじゃないんじゃないか?」
見た感じ、こいつは自分の身勝手さを理解している。そう感じたレオは諭すように言う。
激情家というと語弊があるが、よくノリとかテンションで行動するきらいがあるレオにしては驚くほど冷静に洋平をなだめにかかっていた。
思ったより冷静なレオの様子に毒気を抜かれたのか、村田もふと我に帰ったような表情を見せる。
だが話はここで終わらない。凄くわざとらしい声援が会場に響いた。
「対馬クンがんばって~」
その瞬間、会場のボルテージは確かに上昇した。
もちろん霧夜エリカのファンたちが特定の個人に当てた声援にジェラシーを感じたのが大きな原因だが、やはりエリカが見ていることに気づいたことで張りきる男たちが多かったというのも一因として挙げられる。
それでもレオと洋平の間に流れたのはどこか寒々しい空気だった。冬だしね。
霧夜エリカ病の患者にも種類がいて、心酔している奴、何とか近づこうとする奴、何となくあこがれている奴などがいる。
どうやらこの男は2つ目と3つ目の中間くらいにいるらしい。
軽く息をついて、今度は理性的な目で雪玉を握りしめる。
「すまない、僕としたことが熱くなりすぎたようだ。確かにお前が自分から姫にちょっかいをかけているわけではないようだった」
「…………」
「だが僕はそれが個人的に気に入らない。積極性を見せようともせず、それを恥とも思っていないお前と姫が一緒にいるのが許せない」
それはある意味、レオを敗者であると断言する台詞だったのかもしれない。
主観とか嫉妬が入り混じってるにしてもレオをそれなりに的確に表している点は評価に値する。でもまぁ、噂話程度のことで全部決めつけてそれを本人に言っちゃうとか(笑)おっと、自重。
「くっ」
「何がおかしい!」
思わずと言った感じでもれた笑いはまさしく失笑といえるものだった。
当然村田怒る。
ここで怒らせても得は無い。ええと、なんかいい話題は無いものか。
「霧夜は良い女でも、その取り巻きがそうとは限らないと思ってさ」
「言ってくれる!ならお前はどうなんだ!!」
「チキンレースの参加者だよ」
わかる人には、この表現で十分だろう。
だがこの場合は理解できなかったようで、からかわれたとでも思ったのか洋平の目つきが力の入ったものになる。
「ふん、伊達は拳法部の先輩にかかりっきりだ。あいつに頼り切ってるお前に勝ち目はないぞ。痛い目に会う前にギブアップしろ」
「冗談いうなって、ここで逃げたらまた勘違いしたアホどもが来るにきまってる。本来の目的から本末転倒になっちまう」
「本来の目的だと?」
さて、なんだかんだでこいついい奴っぽいし言っておくべきか。
口もとに出来るだけ不敵な笑いを刻むと、まるで舞台上の道化のごとく両手を広げて胸を張った。
雪玉?有象無象の雪玉などこの俺に当たるか!
まぁもちろん数発かすったけど。
「そ。ちょっとしたガス抜きと、お前みたいな馬鹿をあぶり出してやるっていうさ」
「何?」
「霧夜エリカファンクラブに不透明な金の流れがある。それに霧夜が自分たちのものだとか勘違いした馬鹿もな」
周囲に意識を向けつつ、洋平は考えに沈んだ。
レオの言葉に対して思い当たるような線でもあるのだろうか。
だが今の目的は事態の解明でも犯人の得意でもない。相手が考えをまとめる前にレオはさっさと口を開いた。
「前者はあいつ、後者は俺の迷惑にもなるから協力して潰しておくことにした」
「何故それを僕に話した」
「さてねぇ……おっと」
理解しがたいというような視線を向けて来る村田から意識をはずさずに流れ弾を避ける。
ちなみにここまでの会話は牽制程度に雪玉を投げ合ったりしながらのものである。周囲は声援やら怒声やらで騒がしいので互いの耳の良さだけが頼りだ。
まぁ普通にしゃべっているだけなのに聞こえてるのはあれだ、主人公補正とかその辺だ。
村田がチラリと時計に視線を向けた。
軽く膝を曲げて雪をすくいあげると、当たって砕けるギリギリの強度まで握りこむ。
人数は大幅な減少を見せているがレオ一人にかけている時間は無いと気づいたのだろう。一気に勝負を決めるつもりのようだ。
ま、この辺が潮時か。
「まぁいい、どの道お前はここで…ぐぁ!!」
完全にレオをロックオンしたまさにその瞬間の隙を狙って、洋平の後頭部に特大の雪玉が命中した。
不意打ちによってダメージは普段の倍に膨れ上がり、彼は心の底からの驚愕を顔に刻んで雪原に崩れ落ちた。
「時間稼ぎに付き合ってくれてありがとさん。では後は頼んだぞカニ」
「こういう強い奴は早めにつぶしてやるぜ!でもレオー、いくらなんでもチキンすぎねー?」
「きさま…ら……ひきょうだ…ぞ」
長い付き合いともなるとアイコンタクトで一発配信!
スバルはマークされているので、代替案としてのカニがフリーになるまでの時間稼ぎが見事に成功してレオは満足げな笑みを浮かべた。
「あははははは!レオ見てあれ、足とか小鹿みたいに震えてやがんぜ!!!」
「こらこら、そのはしたない笑い方をやめなさい。二宮も今楽にしてやるからな」
小刻みに震えながらも何とか立ち上がって反撃しようとする洋平を見てレオは考えを改めた。
詰めが甘いカニに任せておくにはちょっとばかり根性がありすぎる。
不自然なまでに優しい笑みを浮かべ、レオはゆっくりと洋平に近づく。
「僕は、村田、だ……何を……!」
「来世で会おうぜ!」
雪でできた防壁を壊して作った巨大雪玉。これも自分で加工して作ったものだからルール違反じゃない、はず。
それを手に持ってレオは立ち上がろうともがく洋平の頭に全力で振り下ろした。
ドコッと鈍い音がして崩れた雪玉はそのまま彼の頭を雪の中へと埋葬する。
想像ができない人は
orz → ○__
こう言う感じだと思ってくれればいい。
『……鉄、今のはどうなんだ?ルールとして』
『……「自分」でつくった「雪玉」を相手に「ぶつけて」攻撃する。雪玉以外の攻撃手段は認められない。当たった雪玉は砕ける程度のもののみ。驚いたな、全部ルールの範囲内です』
『なるほど、これは雪合戦じゃなかったな。雪原白弾激闘という全く別の種目だったか』
『固定観念は戦いの幅を狭める。なかなかやるじゃないか』
選手は初めから実況中継など聞いている余裕などなく、レオも開始の合図があってからは意識すらしていない。
好き勝手言われているのを全く聞いていないのは彼にとって幸か不幸か。
ふぅ、と実に晴れやかな表情で汗をぬぐうレオはもしかしたら結構ストレスが溜まっていたのかもしれない。
──やっべぇ、反則とか言われたらどうしようかと思った。
と、実際のところその半分以上が冷や汗だったりもした。
「じゃあカニ、俺はスバルと合流するぞ……ってもういないし。うわっ危なっ!!」
「おお、対馬だったべか。でもこいつはバトルロイヤル、万が一のことがあっても恨むんじゃねぇべ」
ひときわ高速で飛来した雪玉を間一髪で避けると、それは我らがエースイガグリの一投だった。
バトルロイヤルだし、別に俺を狙っても全く問題は無いんだけど。
チラリと視線をめぐらせれば試合の流れは個人戦からかりそめのチーム戦へと移り変わっているようだった。
確かに一人で何人も相手をするよりだったら顔見知りと組んで何とか生き残る確率を上げるのが正しい判断といえよう。
レオも最初からスバルと組んでることだし。
ニヤリとレオの唇が不吉な三日月を描いた。
「そんなイガグリ氏に耳より情報だ。祈先生が金を賭けてる。うちのクラスの誰かが勝てばご褒美が出るかもしれないぜ」
キラン、とレオの眼が光る。多分特殊なカメラを通してみたら絶対変なビーム出てる。
その言葉と雰囲気に流されたイガグリは思わず手から雪玉を落とした。
震える足でレオに歩み寄る。
そ、それはどこ情報だべ?もちろん本人情報。あの乳は良いものだ、違うか?
レオの瞳の奥が渦を巻いてイガグリを洗脳していく。ウィンウィンと音でも出てきそうな程妖しい光景だった。
「萌・え・て・き・た・ん・だ・べ!!!!!!」
よしかかった。
ハッハァ!戦争の始まりだ!!
「さあ行くぞイガグリ!1-C以外の連中を皆殺しにするのだ!!」
「「「おう!!!!」」」
なんかいつの間にか増えてたクラスメイトが同調する。こいつはうれしい誤算。
こいつらを駒にしてひっそりと裏方からスバルを勝たせよう。
と、そこで明らかにレオに狙いを定めた男が一人。
「モテる男は死ねぇ!!」
「誰がだよ」
失敬な。俺を女に媚びるような軟弱者と一緒にしてもらっては困る!
そんなことを一瞬で考えたがそれを口に出す余裕すらないタイミングだった。
近距離で威力のある球をぶつける気だろう。一気に接近してきたため手には雪玉は無く、クラスメイトも反応が遅い。
どうするか。反則取られそうだけど……ええい、ままよ!
複数の生徒が走り回って踏み固められた地面を削るように蹴りあげる。今俺の脚で作った雪玉たちを喰らえい。
そして粉末状に舞い上がった雪玉(?)の一部が運よく相手の目に直撃したらしい。
狙いが甘くなった威力のある剛速球と余裕を持ってかわすと、その間に体勢を整えたイガグリ他数名の雪玉が一斉に敵へと突き刺さった。
断末魔すら上げることもできずに退場していく中肉中背の男。
レオはさっきまでの状況を今の攻防を鑑みて思わず言う。
「あー、人多いと楽だわ。あと反則じゃなくてラッキー」
『先ほどから56番はグレーゾーンばかり狙うな』
『限られた選択肢を増やす努力、この場合は姑息と言われても仕方がないが……その勝とうとする心意気は良しだ』
『ほほう……鉄、激戦区ではそろそろある程度の趨勢が決まりそうだ』
『41番の、あれは剣道部のエース赤王でしたか』
『ふふ、いくら雪玉を当ててもまるで堪えた様子が無い。逆に弱った相手を確実に倒しているな、いい体力をしている。ぜひ相手をしてもらいたいところだ』
そんな実況中継に関わらず試合は続く。
クラスメイトや幼馴染ズと共になんとかまとまったチームワークを形成するにいたったが、守るばかりでは勝てないのが勝負事の困ったところ。
周りの人が少なくなった瞬間、レオのところまで切り込んできた二人組がいた。
「おっとあぶね」
各々の手から投げられた雪玉を片方はかわし、片方は右手で防いだレオは相手の姿を視界に納める。
「霧夜には女子のファンも多いって話だったけどさぁ」
嫉妬に狂った男どもの視線など一ミリたりともダメージを受けることは無いが、女子生徒に険しい目線で見られるとなかなか来るものがある。
2対1はよくない。ついでに彼女たちは顔を守る防具を着用していた。
先ほどの男子生徒に使用したような目くらましは通用しないだろう。
というわけで雪壁の後ろに身を隠すことにする。
先ほどの村田の話からレオは自分に対する噂が『腰ぬけ』等の後ろ向きな性格ということを理解している。
ここで隠れた場合……もちろん一直線に追ってくるよねぇ。
ほんのちょっと力を込めて雪の壁を蹴り壊す。
「っらぁ!!!!!!」
「きゃあ!」
これも今蹴って作った雪玉です。ね?簡単でしょう?
いくら度胸のある人でも人間の頭くらいある雪玉が大量に迫ってきたら思わず防御を固めるものだ。
まぁそれが偶然雪壁の隣に作られている雪玉作成用の雪山の隣だったってだけですよ。
「スバル、雪山だ!」
「あいかわらずえげつねぇなっと!」
レオのフォローに回ろうとしてくれていたスバルに指示。
彼の手によって人の背丈ほどもある雪山が一気に崩され、霧夜エリカファンクラブ女性会員の方たちは仲良く雪山に埋もれることとなった。
しばらくは出てこれないだろうが、これで無力化したとみなされるだろうか?
「27番、28番戦闘不能!」
頑張れば抜け出せる感じだけど……どうやら館長の行動不能判定は結構厳しいらしい。
まぁただの学校行事なので、大怪我したり倒れるまでやられても困るということなのだろう。さっきの田嶋……?だったかも意識はあったようだし。
見た感じ、怪我をする直前までダメージを受けたらってところだろうか?
そんなことを考えながら壊した雪壁の一部を手に取る。
「うお、案外重い。どっこらせっと」
「うおおおおおお!!!」「チェストォ!!はい、ご苦労さん」
モテ男のスバルに何か恨みでもあるのかやけに熱血していた生徒を後ろから殴打してチェックメイト。
どうやら今ので乱戦はひと段落ということらしい。
グラウンドは何人かでチームを作った生徒たちが牽制し合っているような状況になっていた。
レオはヒュバッと雪を払うと闘志をみなぎらせて問う。
「スバル、何人残った」
「頼みの野球部がとられた、相手もなかなか『やる』。残りは俺とお前とイガグリ、ついでにうちのクラスの女子が一人だ」
ネタを理解してくれたスバルにサムズアップ。
細か過ぎて伝わらないネタなのでイガグリと女子生徒は不審な顔をしていたが。
イガグリは十分な戦力だ。もう一人は……とレオはクラスメイトにチラリと目線を向けた。
「ああ、あの子ね。名前知らないけど」
「安心しろ坊主、俺もだ」
「二人とも薄情者、みたいな!」
「オ、オラは覚えてるべ」
「……別に嬉しくもないっていうか」
「ちぐしょう……ぢぐしょぉぉぉぉぉ!」
まぁ授業で組んだり用事があれば話すかな?くらいの関係。
あとイガグリ頑張れ、超頑張れ。
「で、馬鹿二人は?」
「カニはさっき特大雪玉抱えてタックルしたら反則で退場」
「使えねぇ!」
「鮫氷君が行方不明、みたいな」
「そういやぁ見てねぇな」
「あいつどこ行ったんだよ……」
「フカヒレならさっき運動部が多い場所に行くのを見たべ」
「死んだな、あいつ。どうせいても役立たずだから気にしないで行こう」
よし、あの二人が重要な場面で当てになったためしがないし、きれいさっぱりと脳内から削除しよう。
作戦というにはお粗末なものだが、ある程度まとまって動くために簡単な指示を出しておく。
「スバルがかく乱、俺が孤立し始めた奴を狙う。そいつの隙をついてイガグリが仕留めろ。あくまで適当な作戦だから倒せる奴は倒してもいい。ただお互いがフォローできる距離を維持しろ」
前衛は瞬発力の高いスバル、後衛は遠距離攻撃が得意なイガグリ、中衛として視野が広めなレオ。これ以外にはない布陣ではある。
だが、当然今言った中に含まれない若干一名が疑問の声を上げるわけで。
「ねぇねぇ、ウチに何も役割が無いっていうか」
「盾」
思考時間の欠片もなく、レオは即答した。
もう考えるまでもないと言わんばかりの力強い返答だった。
「それって役割ですらないし!道具扱いだし!」
全力で怒りをあらわにする女子生徒を「どうどう」となだめながら、イガグリとスバルに牽制をお願いしつつ情報を集めることにする。
「じゃあ聞こう、部活は?」
「……演劇部」
「特技は?」
「……ビーズ細工とか?」
その答えにレオは空を仰いだ。
大雪の後は素晴らしい快晴である。深く吸って吐いた息はまるで煙草の煙のようにゆるやかに宙へ溶けた。
輝く太陽の光が民家の屋根に降り積もった雪に反射して、少しだけレオの目を眩ませる。
一拍置いて、レオは言った。
「おめでとう、君は肉の盾に決定だ」
「絶対嫌だし!!!」
「でもさ、防具もなしに何で参加したんだ?」
「……小松君が、一緒に参加しようって」
「ああなるほど。で、あいつは?」
「開始5分で気絶したっていうか」
そんなものだろう。どうせ『俺が守ってやる!』みたいなことを言われたに違いない。
吊り橋効果がどうのと世間ではもてはやされているが、極限状態に置かれた男女なんてものはよっぽど意志の強い人間でもない限り自己中心的な本能が優先される。
一緒に困難を切り抜けようなんて人間は現実を知らんのだよ。
数々の経験からかなりひねくれた物の見方をするようになった高校1年生のレオであった。
「仕方ないな、前線に行くと袋叩きだし……そうだな、泣け」
「へ?」
「拳法部の奴が良いと思う。演劇部の練習を生かして、一発もらったら盛大に泣いてやれ」
「結局雪玉に当たるのは変わってないし!!」
「残念ながらそろそろ余裕が無い。厄介な奴の足止めは頼んだぞ」
「恨んでやるぅぅぅぅ!!」
腹の底から出された全力の叫びを背中で聞きながらレオはスバルとイガグリに合流する。
こっちの要は機動力だ。あまり瞬発力も体力もなさそうな女子生徒には荷が重いだろう。身を守る方法は教えたし、あとは自己責任ということで。
攻め込むタイミングをはかっていると館長の渋い声がグラウンドに響いた。
「残り5分。さあ皆の者気張っていけ!!」
なんというか、腹に来る声だ。屋根の雪とか落ちたし。
だがタイミングとしては申し分ない。減った体力でも5分程度ならあっという間だろう。
「囲まれる前に移動だ!油断するなよ!」
レオの声が響いた瞬間、スバルがその脚力を生かして一気に敵陣地に切り込んだ。
『おっと36番伊達が飛び出した。流石に速いな、その後からも何人か……道下、資料を頼む』
『制限時間が近づき各グループが勝負を決めようと動き出したな。なかなかの闘争心だ』
『伊達が所属しているのは……おそらく1-Cか、4人だな。他は剣道部3人、バトミントン部2人、残りは3人と2人のグループがあるが手元の資料では共通項が見当たらないので勘弁してもらいたい』
『拳法部は数人、どれも別グループか。本隊は全滅したと考えていいだろうな……情けない』
「危ない!……いってぇ」
「対馬君!?」
偶然見つけた敵から投げられた雪玉は、結構な威力で彼女に迫っていた。
女性をかばうなんて『らしく』ないけれど、不意打ち気味に全力で女子生徒の顔面を狙うような場面を見過ごす気はない。
「今のは当たったらヤバい。それより吉村、3人じゃ人手が足りないんだからさっさと働け!」
ちょっとクラッと来たが許容範囲内だ。
けど痛い。寒い地方出身ならばわかると思うが、冷えた耳に雪玉が直撃したあの痛みは筆舌に尽くしがたい。
痛みに若干イラついたので怒声のような声になってしまったが、彼女はハッとしたように駆けだして行った。
油断なく身構えた目の前の敵は、最終局面まで残っただけはあってなかなかの身体能力をしているようだ。
仲良くはなれそうにないけれど。
髪の毛に絡んだ雪を払いながら不敵な笑みを浮かべて敵の背後を見る。
「女の顔面をコソコソ狙うなんて男らしくないぞ、ねぇ館長!」
「なっ!?」
驚きの表情を刻んで振り返った相手の顔面に素晴らしいタイミングで最高速の雪玉がめり込んだ。
悶絶してぶっ倒れ、ついでとばかりにレオにとどめを刺された生徒は館長の判定によって退場していく。
「というわけで似たような手でやられろ。ナイスイガグリ」
近づいてきたイガグリと軽くハイタッチを交わす。
視線をめぐらせればなんかものすごい勢いで人数が減っていた。
人数的にはさっきの半分くらい。いや、もっと少ないか?
「何が起きたんだ?」
残り3分ほど。
一度退いて体勢を立て直しに来たスバルに問う。
「レオ、女ってすげぇな」
「なるほど、わからん」
「ウチ頑張ったし!みたいな」
「いや、わからんから詳しく」
時間が無いので端的に聞けば、残っていたチームのうちクラスも部活もバラバラなグループは『モテない同盟』とかいう妙な奴らだったらしい。
活動内容は察してほしい。
どうでもいい情報として、憧れている女の子によって勢力が分かれているらしいが。
もちろん嫉妬心が人一倍な奴らなのでそのうちの一人に向けて泣きながらこう言ってやったということだ。
『いつになったらそんなのと手を切って私とちゃんと付き合ってくれるの!?』
そこからが凄かったらしい。
一気に険悪になったチームにあること無いことを言いまくって内部分裂を誘発。
それを好機と見た他のグループが乱入して大騒ぎ。そしてスバルが一気に数人を始末して今に至る、と。
「女は生まれながらにしての女優だとよく言ったもんだが……」
「ウチに惚れるなよ?みたいな~」
胸を張ってふふん♪と言わんばかりのクラスメイトを見ながら男どもは顔を見合わせた。
いや、普通の男はドン引きじゃね?
まぁそう言うなって。本人は気づいてないんだからよ。
やっぱり女の子は腹黒くない方が良いべ。
ヒソヒソヒソヒソ……
「聞こえてるし!!」
「残り一分!!!」
「よし行くぞ!」
「「おう!」」
「あ!逃げるな!」
用意されたドラゴンチケットは3枚。
レオは別に欲しくもないが、敵を殲滅しなければ残り3人にいきわたらない。
背後から響く自分のキャラを忘れたような怒声を聞き流しながらレオたちは全力で駆けだすのだった。
で、結果。
「そこまでぃ!!!」
大音量の銅鑼の音と共に試合終了の合図がなされた。
『最後は息もつかせぬ攻防だったな』
『はい、さすがバトルロイヤルを生き抜いた生徒たちなだけはある』
『ではグラウンドに残っているのは……1-Cが2名、剣道部が2名、バドミントン部が1名となっているな』
『残るはドラゴンチケットの分配だが、これは館長次第だろう』
「実に勇敢に闘った。だがドラゴンチケットは3枚しかない。自らの手で勝ち取るがい……」
「あ、館長。俺別にドラゴンチケット欲しくないんで」
「坊主が言うなら俺もだな。成績は運動部補正でどうにでもなるしよ」
何やら不吉な流れにもって行かれそうなのでレオは素早く賞品を辞退した。
スバルもフカヒレとカニに付き合って参加したので特に執着心は無いらしい。
そろそろ昼休みも終わることだし、俺はさっさと教室であったまりたい。
「ふむ、勝利者がそう言うのならば良いだろう。では、残りの4人で時間無制限の延長戦を行う!!」
「は?」
何言ってるんだろうこのおっさん。ついに脳味噌まで筋肉になったんだろうか。
『なるほど、そういうことか』
「俺とスバルが抜けたから残りは3人だろ?」
「俺にもそう見える。あとチケットをスルーしたせいでカニが怒ってるから注意な」
「うげ」
実況からも流れる納得の声。
何を言ってるんだろうか……ん?
軽く息を吸って、吐いて。怠惰という布団をかぶって寝ているライオンハートを叩き起こす。
彼の広がった感覚はグラウンドの雪原に何か違和感を感じ取る。
「では皆のものは位置につけ。そぉれ」
風が吹いた。
館長の吐息で強風が発生し、グラウンドをさらっていく。
で、その後かぶっていた雪が消え、残る男が一人。
カモフラージュが無くなって一瞬動揺した彼も、時計を見て自信を取り戻したらしく堂々と立ち上がった。
「ふっふっふ、俺の完璧な作戦大成功!最後まで残ってたからドラゴンチケットは俺のも…の?」
「あの馬鹿……」
「ま、自業自得ってやつだな」
「では始めぃ!!!」
「ちょ、ま、ぐへぇ!!!」
というわけで、人の目の盗み最後まで戦わずに隠れきったフカヒレは、残る三人の勝者に袋叩きにあって保健室行きとなった。
めでたしめでたし。
「めでたくねぇよ!!」
「鮫氷、お主はちぃっとばかり男らしさが足りん。儂が直々に稽古をつけてやろう」
「ひぃ、ごめんなさい!もうしませんから!」
まぁそうなるわな。
「対馬さん?私は『私のクラスの生徒がドラゴンチケットを手に入れる』に賭けたのですよ?」
「いや、そうだったら先に言ってくださいよ。あと俺勝ったんだからいいじゃないですか」
「あらあら、今からでも参加しに行かないと対馬さんの成績が大変なことになりますわよ?」
「あ、先生。最近ICレコーダー買ったんですけど聞きます?」
「対馬さんよく勝ってくれましたわ。胴元への交渉は私の役割ですわね」
「上手くいったらなんかくださいよ」
「前向きに検討しますわー」
「そうそう、姫のファンクラブの代表が転校したってさ。なんか一身上の理由とか」
「……なるほど。いや、まぁそうなるだろうな」
「なんか取り決めとかもできたけど、活動内容は無いして変わってないし。あと俺、姫と一緒のクラスだからって広報に任命されたんだぜ?」
「ま、頑張れ」
「合法的に姫を観察できるって最高だよなー」
「…………」
「で、どう?」
「まぁ減るには減った」
「そう。まぁ私といるんだからちょっとぐらいは我慢しなさい」
「あ、対馬君。タルト作ってきてみたんだけど食べる?」
「たべるたべるー」
「私を無視するとはいい度胸じゃない」
「馬鹿な……睡眠薬だと……!」
「あ、そっちはよっぴーの仕業」
「そっち『は』って何だ!?……ぐぅ……zzzz」
「さぁ~てどうしてやろっかな~♪」
「ダメだよエリー……でもちょっとだけなら」
「んなわけあるかぁ!!!」
「フォークで手を刺して眠気を!?」
「あ、対馬」
「よっす、どうよ成績」
「やっぱりアンタ手抜いてたのね……」
「げ、22番か。上げ過ぎた」
「相変わらずトサカに来る!もっとちゃんとやろうとか思わないの!?」
「今回はヤマが当たったからなぁ。嫌な予感はしてたんだが……」
「ええい、話を聞きなさい!」
「近衛は?」
「……23番」
「隣同士か。運命じみたものを感じるな」
「え、あ、そ、そうね……」
「対馬レオ!貴様は僕のライバルに認定する!!!」
「超めんどいので断る!ではさらば」
「待て!……逃げたか。どうした、呆けた顔をして」
「え!?いやいやいや、なんでもない!」
「いや、しかし……」
「何でもないったら何でもない!HRが始まるから行くわよ!」
「くー?」
ま、こんな感じに収まったということで。
どうも墓穴を掘った気がしないでもない。
あとがき
最後はオチが弱かったので思いついたのを全部入れてみた。
そういえばこのネタ作品を支援してくれるという酔狂な方がいらっしゃいました。ぶっちゃけ間違った方向(ry
チラシの裏で適当につよきす関連の検索かけてみてくださいな。