「というわけで佐藤さんを拉致して来た」
「ひゅ~♪坊主も大胆だねえ」
「えっと、私はどうすれば……」
エリカが『今日は面白くもない用事があってね』などと言った瞬間、これ見よがしに良美を誘った男が茶目っ気たっぷりに言う。
自宅へのエリカの侵攻を防ぎ、なおかつ微妙な敗北感を植え付けることに成功したレオはご満悦であった。
もちろん今日レオの家に来ているのは佐藤さんだけだ。
予定を特に何も聞かされていない良美はどこか居心地悪げに玄関に立っていた。
「とりあえずこちらへどうぞ」
テーブルの椅子を引いて佐藤さんを導く。
気分は執事で。目指すは瀟洒かつ完璧ですが何か。
「レオー、メイン以外適当に作っちまうけどいいか?」
「それで頼む」
スバルに任せれば大抵は何とかなる。
この男は栄養バランスこそ完璧なのだが、案外和洋折衷というべきか脈絡のない料理を作る。
それでも美味いのだからタチが悪い。
「私は何か……」
「客は黙ってふんぞり返ってればよろしい。これ正論」
何か手伝おうとしている空気の読めない招待客を押しとどめる。
あれ?何か誰かの口調が移ったような気がしないでもない。そうだ、明日の昼ごはんはピーナッツクリームのパンにしよう。
手際良く食材を切っているスバルが興味深々な口調で口を開いた。
「にしてもどういう流れでこうなったんだ?」
「佐藤さんが日本男児を可愛いなどと評したのでそれに対する反論を」
「なるほど、坊主の暴走に巻き込まれたわけか。災難だねぇ、よっぴーは」
「よっぴー言わないでってばぁ」
出来の悪い、でも可愛い我が子を見る母親のような目で見られた。
またしてもこれを言わねばなるまい。
「お前は俺のお母さんか」
「対馬君は何を作ってるの?」
そこから続くはずのいつものテンプレ会話的なものは佐藤さんの発言によりきっちりと切断された。
くっ、この程度のボケすら反応しないとは流石佐藤さんだ。
レオは戦慄と共に背後をチラリと振り返った。
「スペアリブの燻製風味」
「凝ってるんだねぇ」
「味つけてチップで火を通すだけだからそうでもない」
燻製としてはどちらかと言えば簡単な部類に入る。たいして時間もかからないし。
ちなみにレオの至高の趣味はボトルシップだが、その他には釣りや燻製、あと簡単なお菓子や料理を作ったりとかがある。
買うより自分で作るとか、男の浪漫という単語に惹かれているのである。
「とりあえず煮物とお浸しでいいかー?」
「こっちは待つだけだからお浸しは俺が作る」
「了解」
さっさと沸騰したお湯にホウレン草を入れて火を通したら、水で冷やして軽く絞って切って終了。
鰹節なんかをかければ既に一品完成である。
スペアリブを仕込みつつ、お湯を沸かしている間にスバルが煮物の食材を切り、ホウレン草がゆで上がるころにはスバルは既に煮物の鍋を見ている。
まぁ数ヶ月も一緒に料理してればこれくらいの呼吸は身につく。
それほど広くないキッチンを効率的に使う方法としての苦肉の策だが、佐藤さんはやけに感心していた。
「なんか手慣れてるね。新婚夫婦みたい」
「おっ、嬉しいこと言われちまったぜ。レオ、俺裸エプロンでもするか?」
「誤解を招くことを言うな。それと裸エプロンはしてもかまわないがその瞬間二度とお前に料理させなくなる」
「つれないねぇ」
冗談めかしてはいるが、ここでレオがうなづいたらこの男は確実に脱ぐ。
佐藤さんがいようが確実に上は脱ぐ。
ついでに言うと男の裸エプロンなどという絶望的なものを見たくないレオは軽くこぶしを握っていた。
多分今ならレナぱんを超えられると思う。
「汁ものは?」
「気分的に中華スープ」
「ま、統一感は気にしないってことで」
いつものことだが、佐藤さんに言い訳のように言っておく。
見栄があるんです見栄が。
というわけで完成。
お浸し、彩り鮮やかな煮物、スペアリブの燻製、中華スープ。
どうも一緒に料理をするとあまり凝ったものではない料理をスバルは作る。
これは手加減をされているに違いないとレオは確信しているのだが、手加減を無くされてもレオが足を引っ張って時間がかかるだけなので何も言わないのだった。
「完成ー」
「品数と手間はいつもの倍だな」
「えっと、こういう場合はありがとうでいいのかな?」
「そうそう、俺が好きでやってるんだから気にしない」
レオがよく一人で作る男の食事はメイン+サブor汁物+ご飯程度のものだ。
一人暮らしだと量より品数を作った方が逆にお金がかかる。
それも保存方法とかレシピのレパートリーによるのだが。
「あれ?ご飯は?」
できたできたー、とばかりに椅子に座ろうとしたレオとスバルは、良美の不思議そうな声にそろってその動きを止めた。
確かに食卓には白米が存在していない。
アイコンタクト、オン。
オーケーオーケィマイブラザー。
「お酒は……お好きですか?」
「私たちまだ高校生……」
「さあよっぴーが対馬家に来た祝いだ!」
「話を聞いてよ~」
冷蔵庫の奥から出てくる数々のアルコール。
ビール、カクテル、チューハイ。(提供:顔なじみの酒屋)
安物ばかりだが高校生が酔っぱらうのには十分な量だ。
ちなみに妙なことがあってもいいように以前買った高いウィスキーはレオしか知らない秘密の場所に未開封で隠してある。
佐藤さんのキャラからして押し切れば何とかなる!とばかりに有無を言わせず酒を食卓へ並べていく。
「大丈夫大丈夫、度数が低いカクテルなら大丈夫でしょ?」
「う、うん」
よし、成功。
あっけなく首を縦に振った良美にレオはほくそ笑んだ。
だがそれと同時にいつもこういったエリカの無茶に付き合わされているであろう良美に心中で涙を禁じえない。
「では、乾杯!」
「乾杯」
「……かんぱい」
そして始まるささやかな酒盛り。
もうここまでテンションで突っ走ってしまうと元々の目的など完全に忘却の彼方で、最近学校であった話やエリカ、カニ、フカヒレの昔の話などに花が咲く。
試しにエリカの弱みを握ろうとしてもみたのだが、佐藤さんがそれ以上話をしなかったり、そもそもその話の中に弱みとなる部分など欠片もなかったりしたのでレオは若干不満があった。
逆に中学時代、幽霊から解放されて平穏を望んでいたのに起こすこととなった事件なんかをスバルにばらされて慌てて制止することになったりもした。
「ナオちゃんって昔よりも丸くなったんだね」
「そりゃあ坊主がなぁ……」
「スイマセン勘弁してくれませんか」
さらにはレオの趣味の話になったり。
「燻製ってもっと癖があるものかと思ったけど美味しいね」
「そうそう、まあそれでも苦手な人はいるんだけど。本格的なのじゃなくても工夫すれば作れるものは限定されるけど気軽に楽しめるよ」
「でも私マンションだから」
換気扇フル稼働でフライパンと蓋をしっかり使えば何とか……。
燻製仲間をレオが作ろうとしているものの会話の流れは無常である。
「へぇ、よっぴーはマンションで一人暮らしか。どの辺?」
「ドブ坂の入口にある国道沿いのレイオンズマンションだよ」
「ああ、あのちょっといいとこか」
「こことだいぶ近いんだな」
レオとしては初耳である。
ちょっと足を伸ばせば届く距離で、多分通学路も似たような道を通るだろうに何故今まであまり会わなかったのだろうか。
……なるほど、朝デッド娘のせいか。
「私も意外に近くて驚いちゃった」
「ん?レオが迎えに行ったんじゃないのか?」
「いんや、お互いの家がわからないから目印決めて待ち合わせしたんだよ」
「この分だと普通にどっちかに家を教えた方が早かったかもな」
「まぁ隣の表札がカニだしなぁ」
多分あらかたの場所を教えるだけでも、蟹の表札といえば誰でもわかるに違いない。
『松笠の呂布』の家としても若干有名であることだし。
そんな話をしながらレオはじっくりコトコトと今までの朝の癒し佐藤さんタイムを奪われた怒りを煮詰める。カニ許すまじ。
今度から積極的にカニを朝置いていこうか。
あらかたの料理を食べ終わり、軽くご飯なんかも食べた後もなんとなくテーブルについたまま話が続く。
うっすらと染まった佐藤さんの頬がなまめかしい。
「佐藤さん、飲み過ぎじゃない?」
「大丈夫だよ。伊達君の作った煮物美味しいね」
酔っていないとか大丈夫とか軽々しく言う人は大抵酔っているものである。
ホストとしてここは止めるべきか。いや、面白そうだしまぁいいか。
「姫と一緒に食べるものと比べればそうでもないけどよ」
「ううん、そういうのとはまた別の、ほっとする味」
「おふくろの味ってやつだな」
成人男子に対するリーサルウェポンを高校生にして習得するとはスバル恐るべし。
少し残った料理を肴に、これまた少なくなった缶からジュースみたいな酒を注ぐ。
外からは虫の鳴き声が響き、開けた窓から涼やかな風が吹き込んできた。
一口酒を飲み、深く息を吐き出してレオは心の底から弛緩した声を出した。
「にしてもこの3人だと安らげていい……」
「ははっ、坊主はいっつも要らん苦労をしょい込むからな」
「でもいつも対馬君の周りは賑やかだから、ちょっと物足りないかもね」
ニヒルに笑う幼馴染と酒のせいか穏やかに色気のある笑みを浮かべる友人。
レオの癒し空間は、もちろんそのまま続くはずが無い。
「そこで美少女のテコ入れですよ!」
「海に帰れ」
少々まったりし過ぎたか。
二階のレオの部屋からカニが元気よく降りてきた。
食卓に上がっている料理を見て目を輝かせる。
「おっと、前はホタテだったけど今日は肉だ!がつがつがつ」
「あ、てめっ、俺がひそかに狙ってた最後の一本を!」
あっという間にかっさらわれる最後のスペアリブ。
それを阻止し損ねたレオが荒々しく立ち上がった。
「ふーんだ、ボクにはレオの作った物なんてくれないくせに。むむ、この中華スープも美味い」
「レトルトに卵入れただけだけどな」
カニに見つからないうちに素早く酒類を片付けたスバルが言った。
素早い対応ぐっじょぶ。
そしてカニ、いくら残りが少ないからって鍋から直接飲むな!
と、今まで蚊帳のそこにいた佐藤さんがちょいちょい、とレオをつついた。
「対馬君は料理してもカニっちに食べさせてあげないの?」
「こいつとは昔からの付き合いだから味覚が似通っててさ、俺が作る俺の好きなものはこいつの好物でもあるわけ」
「ならなおさらだと思うけど」
そう、佐藤さんの発想は正しい。
別にレオは狭量ではなく、カニが好きなものだとわかっているのなら余計に作るのもやぶさかではない。
だがこのスベスベマンジュウガニはそういった普通の発想をぶっちぎる規格外なのであった。
ガシッ、むぎゅ、むにーー……
「こいつはな、俺が、俺のために作った物を、自分が好物だからって全部食いつくすんだよ!!」
「いだだだだだだ!!!!!!」
「あははは、なるほどー」
手間暇かけて仕込み、最後の乾燥工程に入っていたビーフジャーキーが丸ごと消えていた時は流石のレオといえども1週間カニを起こしに行くのやめたほどだ。
スバルの取り成しでしぶしぶながら謝ってきたカニはかつてないほどにしょんぼりしていた。
それでも気が済むまで寝技をかけまくってスッキリしたレオは外道である。
「さて、そろそろフカヒレが来る時間だぜ?」
「そうだな。片づけは俺がやっとくから先に部屋に行っといてくれ」
ひと通りカニをいじめて満足したレオは片付けを引き受けることとした。
面倒だとスバルにいつもは任せるのだが、佐藤さんがいるときくらいは気が進まなくてもやっておくべきだろう。
「あ、私も手伝うよ」
「あー……そうだね、お願いできる?」
「まーかせなさい」
食器を運んだり洗ったり拭いたりと手早く終わらせる二人。
お互い一人暮らしであるからか滞ることなくあっけなく片づけ自体は終了した。
「いやはや、心温まる光景だ」
「レオめ、デレデレしやがって」
「よっぴーの裸エプロン……ふぅ、たまには3次元もいいもんだよな」
駄目人間どもの視線さえなければよかったのだが。
そしてフカヒレはいつの間に来て不埒な想像を始めたのだろうか。
それ以降特筆すべきことは無い。
何故かって?もちろん酔っぱらった佐藤さんがレオのベッドで熟睡していたからだ。
「いくら見合いだからってこんな不細工から選べねーよなー」
「たかが人生ゲームに文句言うな」
「よっしゃー!ボクは女スパイになるぜ!」
「超似合わねぇ。ああ、馬鹿な子の振りして紛れ込むのか」
「スバルにはわからないボクの魅力で、どんな奴でもメロメロですよ」
「ああそうかい、任務に失敗してカニ飯にされないようにな」
流石我らの幼馴染ズである。お客様なの有無など全く関係ないのであった。
もちろん不埒なマネをしそうになったフカヒレはレオとスバルとカニが伝説のトリニティアタックを決めて心を念入りに折っておいた。
「そろそろ時間マズいんじゃないか?」
10時を過ぎたあたりでスバルが時計を見て声を上げた。
松笠は治安が良い方だが不良などガラの悪いのが駅前に多い。
治安が悪い、というよりグレーゾーンが多いというべきだろうか?
多様な人間が多いということはそれだけ良いところも悪いところも極端に走りやすくなる。
「む、確かに。うちに泊まらせるわけにもいかないし」
「そこはこのシャークさまに任せろ。安全に……」
フカヒレの発言はいつものように全員で聞き流し、その選択肢の無さにレオはため息をついた。
「俺が背負って送ってくよ。ついでにゲーセンでちょっと遊んで行こうぜ」
「じゃあ先言ってるぜーーー!!!」
「おいおい早ぇよ。じゃ、カニとフカヒレは任せといてくれ」
「頼む」
カニはレオなど知ったことではないと元気よく窓から飛び出していった。
ここ一応二階なんですけど。
まぁ12時前に帰れるなら妙なのに絡まれることは無いだろう。
首をもたげそうになる性欲という名の獣を理性という鎖でがんじがらめに縛りあげながらレオは慎重に良美を背負った。
一回に移動。玄関に手をかけたスバルがやけに意味深な笑みを浮かべていた。
「それと」
「ん?」
「坊主も送り狼になるんじゃねえぞ?」
「無い無い」
ちょっとでも考えなかったかといえば嘘になる。
だが彼女の影にちらつく霧夜エリカとクラスの癒しというイメージ(何かあったら周りが面倒という意味で)がレオの求めるものとは正反対なのであった。
「オラにも女の子の部屋の匂いを、ちょっとだけでも分けてくれ」
「フカヒレはこっちだ」
「スバルてめぇ~!」
やけにいい笑顔をしたフカヒレはもちろんスバルに連行されていた。
家の場所はわかっているし、近いのでさっさと送り届けてスバルたちと合流しようかと思ったのだが。
「あれ?伊達の野郎のツレじゃん」
「女連れかよ、お持ち帰りってやつ?」
まぁ、こんなことになっているわけで。
ぱっと見6人ほど。体はあまり鍛えられているように見えないが、刃物でも持っていたら厄介だ。
何とも予想外。レオ自身が騒動の起点になるのではなく、何かと目立つスバルの友人として目をつけられるとは。
何が面白いのかぎゃはははは、と下品な笑い声がした。
今こそレオの目の前をふさぐようにいるが、囲まれたりしたら面倒なことになる。
それに今なら脱力している佐藤さんも顔を見られていない。
というわけで。
「逃げたぞ!」
「野郎待ちやがれ!」
良美を起こさないように振動に気を使いながら夜の街を駆けるレオ。
ああいった奴らの目はどこにあるか分からないので、このまま佐藤さんのマンションに送り届けるのは却下である。
で、辿り着いたのは松笠公園。
平日のこの時間帯は人通りがほとんどなく、ひっそりとした雰囲気を出していた。
それを無視するような荒々しい靴音。
「自分からこんな所に逃げ込むなんて馬鹿じゃね?」
「怖くって混乱したんだろ」
彼らはサディスティックな笑みを浮かべつつ近づいてくる。
一方のレオはといえば背負っていた良美を公園のベンチに優しく寝かせ、顔を隠すように上着をかぶせた。
まるで不良たちに興味が無いようなその行動に、彼らの堪忍袋は音を立てて切れた。
「こっち向けや!」
「うぜぇ」
「あ?」
彼らの中の一人が拳を握り、一歩踏み出した瞬間の出来事だった。
面倒だとでも言わんばかりの声と共に、『4人が同時に吹き飛んだ』。
地面に打ち付けられ白目を剥いている者、腹に食らった拳で胃の内容物をぶちまけている者、脳震盪を起こして立てない者。
そして次の瞬間にはもう一人が宙を舞い、意識を保ったままの水泳を強要させられた。
「ひ、ひぃぃぃ!!」
そこでようやく目の前の事実を認識した最後の一人が、腰を抜かして必死に逃げようとしていた。
そこにレオはさっさと近づき、軽く顎を蹴りあげて仰向けにした。
首を軽く踏んで行動を抑制。
「スバルを知ってるってことは高校くらい知ってるな?」
じわじわと力を入れていったが、これではしゃべることができないとレオ気づく。
失敗失敗☆と可愛くないリアクションをしながら靴をどけて、今度は股間へ。
苦しげに顔を赤くしていた男の顔が一気に青くなった。
「知ってる!竜鳴館だろ!?っ知ってるから!」
「よし。お前らが誰に因縁つけようが知ったことじゃないがな。うちの生徒だとわかった奴に手を出してみろ、骨の数本じゃすまさねぇぞ」
これならば佐藤さんに個人的な被害が行くこともないだろう。顔も見られてないし。
「わかりました!」
「というわけで寝ておけ」
こんなこともあろうかと調べておき、フカヒレとスバルを実験台にして完成した頸動脈の圧迫で最後の一人を沈めて満足。
ちょっと余裕のありそうな奴らを数発蹴って完全に行動不能にすると、レオは慎重に良美を背負いなおした。
「よっこらせっと」
あの幽霊はもう一度来る。
そんな静かな確信があるレオは筋トレを怠ったことはなく、そんな彼からしてみれば良美は羽のように軽いと言ってもさしつかえなかった。
そして今度は何事もなく彼女の住むマンションに到着。
「佐藤さん佐藤さん、部屋番号は?」
「んー、602号室……」
むずがる幼子のように顔を背中にこすりつけて来る彼女は、レオにとって相当な自制心を必要とさせる存在だった。
あれだ、佐藤さんってかなり着やせするタイプ……。
軽く背負い直す動作でポヨポヨと背中で弾む胸だけでご飯3杯はいける。
煩悩退散煩悩退散。
エレベーターから降りて外を見れば、普段より少しだけ近くなった星空がレオの視界に広がった。
「眺めがよくて羨ましいな」
独り言というには少し大きい声が出た。
それは、街中にしては意外なほど美しい星空を背中の同級生にも見せたくなったからだろうか。
そんなロマンチックな男ではないのだけれど。僅かな苦笑と共に602号室へと到着したレオは背中の良美をゆすった。
「佐藤さん佐藤さん、鍵は?というか起きろー」
「……ここは?」
眠たげにうるんだ瞳がプリティ。
「君ん家。というわけでさっさとシャワーでも浴びて寝なさい」
「うん、おやすみ~……」
まるでレオがいないかのように鍵を開け、無防備に部屋へと消えていく佐藤さん。
これでは危ないと呼びとめ、しっかりと鍵を閉めるように言い含めてからレオはドアを閉めた。
「大丈夫かね」
優等生というか、とろいようで以外にしっかりとしたクラス委員長の無防備さを意外に思いながら、酒を勧める人物は選ぼうと思ったレオである。
ドアが閉まる直前、「やっぱり対馬君は優しいよ」という声を聞いた気がした。
そして翌日の朝の通学路。
もちろん今日もカニは置き去りである。
おそらく昨日帰る直前までダンスゲームに汗だくになって興じていたからだろうと思われる。
「おはよう、対馬君」
「よっぴーおはよ」
「うう、対馬君まで……」
「冗談だよ。おはよう、佐藤さん」
「うんっ」
見たところ二日酔いの兆候もなし、実にさわやかな笑顔を振りまいている。
男ならこの笑顔を一人占めしたいと思うのだろうな、とレオはどこか冷めた思考で思った。
にしても今日の佐藤さんはいい笑顔をしている。何かいいことでもあったのだろうか?
「昨日はごめんね。大変じゃなかった?」
「誘ったのも飲ませたのもこっちだから気にしないで。それに、女の子一人分の体重も支えられなきゃ男じゃないさ」
「…………」
我ながらキザと思われる台詞を吐けば、佐藤さんは微かに頬を染めていた。
この沈黙は危ない。佐藤さんにまで言葉を吐かせないほど寒いセリフを決めてしまった!
どう考えてもレオが外した雰囲気なので、必死に話題修正を試みる。
「どした?あ、やっぱ女の子に体重の話はまずかったかな」
「ううん、そういうのじゃないの」
「いや、いい。俺はその優しさが痛い」
「あのねっ、対馬君」
佐藤さんの優しさを噛みしめていると、その本人から何か決意したように名前を呼ばれた。
レオ少し身構える。
「何?」
「また、対馬君の家に行ってもいいかな?」
「あれま、またどうして」
なにか面倒事のにおいを感じ取ったのだが、今回はそれほどのことでもないらしい。
佐藤さんが対馬家に来るくらいならば特に拒否しないのだが、理由が気になるのでズバリ聞いてみる。
「き、昨日楽しかったから。あ、迷惑ならいいよ?」
「……まぁ霧夜がかかわってこないのと妙な噂が立たない程度だったらいつでも歓迎」
若干どもったのが気になる。
もしや霧夜エリカが絡んでいるのだろうか。ストッパーの佐藤さんが敵に回ったとなるとレオはかなり窮地に立たされるのだが。
実際他意はなさそうなので条件をつけて承諾することにする。
その瞬間、佐藤さんの顔がパァ……と音が出そうなほどに輝いた。
「よかった、じゃあいつでも誘ってね!」
「うーい」
その笑顔に少しときめいたことを悟られないようにあえて気の無い返事を返すレオ。
大丈夫、幼馴染ズを投入すればレオがその名の通り猛獣になることもないだろう。
だが無邪気に喜ぶ佐藤さんの瞳の奥に、何か妖艶な光が見えた気がしたのは気のせいだろうか。
レオの背筋に軽く走った寒気は、その直後に背後から腕をからませてきた霧夜エリカのせいに違いない。きっとそうだ。
「おいおい、カニもほどほどにしとけよ?」
「いいや、窓からこっそり見てたら何のためらいもなくボクを見捨てていったレオにはこれくらいやんないとダメですよ!」
その頃、教室ではレオの机の中に放置されていた歴史の教科書の写真や絵にすべて落書きをしているカニがいた。
レオの背筋に走った寒気はこっちが本命かもしれない。
あとがき
実家で肉を食って酒を飲む。満足。
あと難産でした。この話、あんまり戦いとか出したくないんだよね。
前も言ったけど今までの話の時系列バラバラです。秋とか、~の翌日とかキーワードを入れてるんで細かい時期は脳内補正してください。
乙女さんとか椰子は本格的なプロローグにて登場なので出したら逃げられなくなるから出しにくい。
各キャラの設定はあるけどプロットが無いのでそろそろ辛くなってきた。誰か(ry