カラスの群れから佳代を救出した後、一向は3階のトイレへとやって来ていた。
髪に糞を付けられたままでは可哀相だし、彼等の最優先目標であった佳代の保護はできたのだから、焦って移動する事も無かったからだ。
しばらくすると、綺麗に髪を直した佳代が戻って来たので、一向は行動を開始する。
が、移動を始めてすぐに、健二が妙な事を言いだした。
「名案が浮かんだ。足音もあまり立たないし、防具にもなり、更には汚れも気にならない最適の物がある!」
「は?」
「ど、どうしたの、健二君」
「はい?」
突然足を止めて三人を見回すように言う健二に、それぞれが怪訝そうに反応を返す。
何言ってんだこいつ、的な目線で三人に見られた健二は、自身の案に余程自信があるのか、良いから俺に黙って付いてこいよ! と言って歩き出す。
三人が顔を見合わせて後に続こうとすると、健二が足早に戻って来た。
「すまん、やっぱ飛鳥先頭で頼む」
付いてこいよ、などと勇んで進んで行っただけに、その姿は非常に情けなかった。
「おい……これを着て戦えって? 動きにくそうなんだが」
「確かにさっきみたいに汚れる事はなさそうですけど…これはちょっと」
「おまけにこれ、かなり暑そうだよ?」
「つべこべ言わずに着ろよ! 敵が来たら止まってやりすごせばいいんだからさ!」
「何でこんなのにこだわるんだ…いや、まぁ確かに足音は立たないだろうし、汚れもあれだけどよ。防具になるか? 顎の力も尋常じゃ無いだろうから普通に貫通されそうなんだが。あ、カラスに対しては有効かもな」
「動きにくくなる方が問題何じゃないかと思うんですが…」
「それにこれじゃ喋れないよ」
「そう! それが問題だよ猛君! 俺達は無駄口が多すぎるのさ、だからこれからはこれを身に付けてブロックサインとかで行動する事を覚えた方が良いと思うんだ!」
とある部屋の前からぼそぼそと漏れる会話はこんな感じだった。
健二の発案は、問題だらけのようであったが、最後の無駄口が多すぎると言うのだけは認めざるおえなかった。
確かにこれなら喋るのは無理だろうし、足音なども消せはするか、と皆渋々ながら頷いて、それぞれ手にする物を身に付けるのであった。
がらっと扉が開く。
まず顔を出したのは、白い物体…可愛らしくデフォルトされた熊の頭だった。り○っくまの白熊板と言った所だろうか。
それは左右をきょろきょろと見渡し、安全を確認すると背後に向かって手を上げ、”演劇部”と銘打たれた表札のある部屋から出て来た。
全身ふわふわの肌触りの良さそうな着ぐるみで、ちょこんと生えた丸い尻尾が可愛らしい。が、腰の一部に穴があき、そこに紐で固定するように刀が吊られているのが非常に違和感を感じさせる。加えて手には血がぺっとりと付着したモップの柄も握られているのがまた…。
ついで出て来たのは、アメリカンショートヘアーを模した猫の着ぐるみである。こちらも当然可愛らしくデフォルトされており、子供が喜びそうだった。
それらに続いて、同じようにデフォルトされた狐とライオンの着ぐるみが出てきて、白熊に続いて動き出す。
死体などが転がり、血だまり溢れる校舎を歩く可愛らしくデフォルトされた着ぐるみ達。
……非常にシュールな光景だった。
ぽてぽてと移動し、曲がり角などでは先頭の白熊が手を上げて仲間を制し、邪魔な奴等がいると判断すれば、振り向いて気を付けの姿勢を取り、口に人差し指を当て、静かに待っていろと手で示す。
そして曲がり角を一人で曲がり、しばらくしてから、白い毛皮に転々と返り血を付け、子供にはとてもじゃないが見せられない有様となって戻って来るのである。
白い毛皮だけに、花びらのように付着した血が非常によく映え、一層シュールさを引き立てている。
曲がり角へ進む度に身体を更に赤く染めて戻って来る白熊。
そのすぐ後ろに付いて行っていた猫の着ぐるみの、怖いの嫌いな中の人は、傍目にも分かる程ぷるぷると震えていた。
そして彼等が階段へと差しかかった時だった。階下から一人の女性が駆けあがって来たのである。
その女性は、かなりの美女であり、街を歩けば誰もが振り返るのではないかと思う程整った容姿をしていた。ポニーテールの少し色素の薄い栗色の髪に、白い肌。豊かな胸元が少し開いた紫のスーツを着ている。きゅっと見事に括れた腰が、胸を更に強調しており、まさにモデルのようなと言う表現がぴったりのプロポーションの女性だった。気の強そうな、強い意志を秘めた瞳と、柳眉で細い眉、桜色の色っぽい唇など、化粧っ気など微塵も無いのに非常に魅力的である。
奴等と戦ってきたのだろう、彼女の手には金属の棒が握られていて、先端の方には血が付着していた。それが、酷く不釣り合いである。
彼女は階段を降りようとしている着ぐるみ四体を見て、呆然とした表情で足を止めた。
「く、くま? 何なのよこれ」
彼女が戸惑うのも無理無いだろう。
地獄のような場所とかした学校内を、デフォルトされた着ぐるみ達が闊歩していれば戸惑うのは当たり前である。
「えーと、貴方達は此処の関係者かしら?」
戸惑った表情のまま、女性はいちおうのコミュニケーションを試みる。
四体は一度顔を見合わせてから、代表してか正面の白熊がこくりと頷いて見せた。
「そう。まぁ何でこんな状況でそんな馬鹿な格好をしているのかは問わないわ。被服室の場所を教えて貰いたいのだけど?」
すると白熊は身ぶり手ぶりで、何やら上を指したり、指を横に向けたりとしているが、さっぱり意味が分からない。
業を煮やした女性は、思わず声をあげていた。
「わからないわよ! うっ……ごめんなさい」
女性の声に、着ぐるみ達は実に腹立たしい事に、揃って口元に手を当てて、静かにするよう促して来る。
大きな声を出させたのは誰よっ! と言ってやりたかったが、女性も奴等が音に反応する事は知っていたので、止む負えず謝罪する。
それを見た白熊―――もはや白では無いが―――は、やむなくと言った風に着ぐるみの頭部を持ち上げて、顔を晒した。
現れたのは非常に整った、怜悧な顔立ちの少年…飛鳥で、彼女はちょっとそれに驚いたように目を見張る。
飛鳥は軽く頭を振ってから、先程の彼女の質問に答えるべく口を開いた。
「被服室なら、すぐそこの渡り廊下を通って管理棟に渡って、右に曲がってすぐの所の階段を上がれば左側にありますよ」
「そう、ありがとう。助かったわ! ……所で、貴方達此処の生徒よね? よく今まで無事だったわね」
「まぁ何とか。それよりおねーさんは何で此処に? 教師とかじゃ無いですよね」
飛鳥は何となくこの女性に興味を引かれた。
こんな所に何故単身やって来たのかと言うのと、芯の強そうな、その瞳に。
「えぇ、遥が…妹が此処に通っているのよ。ニュースを「遥って…橘遥ちゃんの事ですか?」ッえ、ええ。貴方知り合いなの?」
彼女言葉に、飛鳥の後ろで話を聞いていた猫…佳代が反応して着ぐるみの頭部を外してその顔を晒し、女性に問いかけた。
佳代は着ぐるみを着ていた為か、紅潮させていた顔を振って頷く。
「はいっ。遥ちゃんとは二年生の時にお友達になったんです。学園は違いますけど良く一緒に出かけたりしました」
「成程ね。遥、今被服室に閉じこもってるみたいなのよ。私はニュースでこの事件を知って、急いで妹に連絡を取ったのよ。そしたら被服室に閉じこもってるって言うから助けに来たって訳」
「一人で、ですよね。何と言うか、よく無事に此処まで来れましたね」
「それはお互い様よ。貴方達だって学校中こんなになってるのに良く無事だったと思うわ。それじゃ私はこれで。教えてくれてありがとう」
「あ、待って下さい! あの…飛鳥君……」
飛鳥の言葉に、彼女は綺麗な笑みを返して颯爽と走りだすも、佳代の声に怪訝そうに足を止める。
そして佳代は、もじもじと飛鳥の尻尾を手で弄り、縋るような目を向ける。
その目の意味を明確に理解できた飛鳥は、溜息を吐いて苦笑する。
どうやら佳代と仲の良い友人であるようだし、飛鳥自身がこの女性にちょっと興味を持ったと言うのもある。
念の為、健二と猛に視線を向けて見れば、健二はこくりと頷き、猛は言うまでも無く佳代と同意見のようで、飛鳥も頷いて返す。
「…佳代先輩の友達なら放って置くのもあれですしね。俺達も一緒に行って良いですか? まぁ駄目と言われても付いてきますけど」
「それじゃあ聞く意味が無いじゃない、おかしな子ね……。じゃあお願いしようかしら。私も妹を連れて此処から逃げ出すのはちょっと一人じゃ厳しいかなって思っていた所だから、正直協力してくれるなら助かるわ」
女性は呆れたように言ってから、ほっとしたように息を吐くと飛鳥に笑いかけた。
言葉通り、不安だったのだろう。厳しい顔をしていた彼女の顔が、少し緩んでいた。飛鳥はそれに頷いて返して、再び着ぐるみを付けようとして、彼女に止められた。
「待ちなさい、何でまた着ぐるみを被ろうとしてるのよ。意志疎通がしにくいでしょうが」
「あぁ、奴等は音に反応するんです。俺等、それを分かっていながら大騒ぎしちゃうんで、着ぐるみでも被って静かに行動するよう心がけようと」
「……それでどうして着ぐるみを着ると言う発想にいきつくのか不思議でしょうがないのだけど。最近の高校生って皆こうなのかしら」
呆れたように言う彼女に、飛鳥も好い加減暑苦しいと思っていたので、着ぐるみを脱ぐ事にした。
それを見て、狐の着ぐるみを着ていた健二が何やら激しい動きをしていたが、飛鳥はそれを黙殺し、佳代と猛も飛鳥に習って着ぐるみを脱いだ。
「ふー…やっぱこれ止めた方が良いよ。凄い暑いし動きにくいし、無駄に体力消耗しちゃうだけだよ」
「ですよね、もう此処までにしましょう」
「何だよー、良いアイディアだと思ったのに。せめて学校を出るまで付き合ってくれても良いじゃん」
文句を言いつつも健二もいそいそと着ぐるみを脱いでいるから、猛達の言い分が正しいとも思っているのだろう。
「最近の子達って…分からないわ」
などと言う彼女は、まだ大学一年生になったばかりの筈なのだが、理解できない高校生達の行動に、自分がとても歳をとったような錯覚に陥った。
「そんじゃ行くぞ。俺が先頭を行くから貴方は後ろを付いて来て下さい」
「それは駄目よ。私は貴方達より年上何だから、年下の子に任せて下がってる何てできないわ」
「いや、そんな気遣いはいらないんですけど…って奴等が来たか。じゃあ俺と一緒に前衛で。お前等は今まで通りだ」
これ以上こんな所で喋っていても奴等を引くだけだった。
彼女も飛鳥の言葉に、階段下に視線を向けて、奴等がやって来るのを目にして納得言って無いようだったが飛鳥の隣に並んで動き出す。
そして渡り廊下に入った時、彼女はまだ自分が名乗っていない事を思い出し、4人に聞こえるぎりぎりの声量で口を開いた。
「私は霧香、橘霧香よ。よろしく」
「俺は霧慧飛鳥」
「猫威健二っす! よろしくお願いしまーす」
「く、熊田猛です!」
「私は矢島佳代って言います。よろしくお願いしますね、橘さん」
彼女の自己紹介に、飛鳥はあっさりと、健二は軽めに、猛は緊張気味に、佳代は笑顔で名乗り返す。
こうして彼等は、予定を変更して一向に一名加わり、彼女の妹の元へと向かう事になったのだった。
あとがき
おふざけるーとです。
今回は着ぐるみ…あっというまにその役目は終わりましたがw
そして霧香さん登場です。
彼女はおふざけるーとのお姉さん担当だと思って頂ければw
追伸
感想板の方で風の聖痕の橘霧香? などと言う声が上がっていましたが私は風の聖痕という作品は読んだ事無いので単なる偶然です。
特殊資料整理室で陰陽師? な人みたいですけど、特殊資料整理…。
陰陽関係の特殊な文献何かを守る部署ですかね? 前々から読もうかどうしようか迷っていた作品なので、これを機にちょっと読んでみたいと思います。