Side チルノ
天気のいい日だ。
あたいは冬が一番好きだけど、こういう天気のいい日も大好きだ。
気持ちがふわふわっとして、意味も無く散歩に出かけたくなる。
空は気持ちいい。氷精のあたいは熱いのが苦手だけど、高く飛ぶと風が冷たくて気持ちいい。
気持よく空を飛んでいると、下の方におっきい人間とちっさい人間が歩いているのが見えた。
ちっさい人間は、おっきい人間と手をつなぎながら、もう片方の手で布の袋を大事そうに抱えていた。
おっきい人間は、それをニコニコとしながら見つめている。
うん、なんか良いな! なんかわからないけど、心がポカポカする。
ちっさい人間が楽しそうにおっきい人間に話しかけて、おっきい人間はニコニコ笑いながら頷いている。
ちっさい人間の、ふわふわの蜂蜜みたいな金の髪が、風で楽しげに揺れる。
おっきい人間がその頭にそっと手を置いて撫でる。
「チルノちゃん、何か面白いもの見つけたの?」
親友の大ちゃん(だいようせいなので大ちゃん。だいようせいが何かはしらん!)がニコニコしながら私と同じものを見つける。
「ふふっ。人間の親子だね。人里から離れてるのにこんな所で見るなんて珍しい」
「おやこかー。あいつらたのしそうだなー」
「だって親子だもん。おっきいのが母親で、小さいのが娘っていうんだよ」
「おー。あたいも大ちゃんと一緒にいてたのしいぞー」
「うん。私も楽しいよ!」
「おやこか?」
「私たちは親子じゃないよ、チルノちゃん」
「えー。おやこって、じゃあなんだ?」
「うーん。難しいな。私たちは妖精だから、親も子もないし」
「ふーん」
「やっぱあの人たちみたいに、一緒にいて楽しい事かな?」
「じゃああたい達もおやこか」
「うーん、難しいね」
「うん」
「でも私たちは友達だから、どっちも母親じゃないでしょ?」
「む。そうだね」
「親が、命を掛けてでも子どもを守りたいって思える関係。それが親子、かな」
「ふーん。さいきょーか」
「う、うん。そうだね」
大ちゃんの話は難しいけど、あたいに一生懸命教えてくれる。
うれしいけど、バカなあたいにはよくわからない。少し申しわけない。
「あいつら、どこに行くんだろう?」
「あっちは……神社かな」
「神社?」
「えっとね。なんか、すごく強い人間がいる所だよ」
「へー」
あたいは神社になんか興味なかったから、その話はそれっきりにした。
それにしても、あのおやこの様子を見ていると、あたいも楽しい気分になってきた。
「よーっし! 大ちゃん! 湖まで競争しよう!」
「え、チルノちゃん!?」
「よーいドンッ!」
返事を聞かないで全力で飛ぶ。
大ちゃんが大分後ろの方で、「もー! チルノちゃん待ってよー!」っと叫んでいるのが聞こえたけど、あたいは聞こえないフリしてどんどんスピードを上げた。
*
あのおやこを見た時から、なんとなく気になって何度かまたその道に行くようになった。
「今日はこないのかな」
木の陰から様子を窺う。
「チルノちゃん。またここに来たの?」
木よりも高い位置から声を掛けられた。
「大ちゃん」
「そんなにあの親子が気になるなら、人里の近くに行ってみたらいいじゃない」
「人里の近くって、どっち?」
「あっち。本当に行くの?」
「うん。なんか気になる」
「そう」
大ちゃんはニコニコしながら私に手を差し出す。
「じゃあ、一緒に行こっか」
「うん!」
あたいは大ちゃんの手を握って空に浮かび上がった。
「あ、あれ。チルノちゃん、あれって前の親子じゃないかな?」
いざ行こうって時になって、あのおやこが遠くに見えた。
「ホントだ!」
「ねえ、なんでチルノちゃんはそんなにあの親子が気になるの?」
「んー?」
なんで、とか、理由を考えたことはなかった。
ただ何となくポカポカするからなんだけど、上手く言葉にして伝えられない。
「えっとね、見てて気持ちいいんだ」
「気持ちいい?」
「うん! 胸がポカポカして、嬉しくなる!」
「そっか。多分それは、和んでるって言うんだよ」
「ふーん。じゃあ、おやこを見ると和んでるするんだ!」
「ふふ、そうだね」
私たちは空を飛んでおやこに見つからないように上の方から、二人の様子をみていた。
「たしかに、チルノちゃんの言う通り和むねー」
「な! 和むするだろ?」
大ちゃんなんて、お花を見てる時みたいに目尻を下げてニコニコしている。
私もきっと似たような表情なんだろう。
「あ、ねえ大ちゃん」
「なあに、チルノちゃん?」
「母親が急に寝たよ?」
ちっさい娘の人間が、おっきい母親の人間に縋りついて何か叫んでいる。
「わっ! 大変、あの人、倒れたんだよ!」
「え?」
急に大ちゃんが慌てて、あたいはビックリしてしまう。
「ど、どうしたの、大ちゃん?」
「チルノちゃん、あの母親、苦しんでるよ! 死んじゃうかも!」
「死んじゃう? 死んじゃうって何?」
「えっと、もうずっと何もできなくなることだよ! お話も、歩くことも、なんもできなくなって、いなくなっちゃうの!」
いなくなる?
「なあんだ、それならまた生まれたらいいじゃない」
「違うの、チルノちゃん。人間は死んだら、もう復活しないの。私たちとは違うんだよ」
「え?」
いまいちピンとこない。
つまり、どういう事なんだろう。
下の方ではちっさい人間が、おっきい人間に縋りついて泣いていた。
「人間はね、死んだら消えちゃうの。もう終わりなの。幽霊になる人間もいるけど、でもそれって元通りにはならないの」
「消えちゃう?」
下のちっさい人間がうるさい。
大ちゃんの言っていることに集中できない。
「私たちとは、違うから」
「あたい達と、違う……」
なんか、ぽっかりと心に穴が開いたみたいだ。
大切にしていた雪うさぎが、春と共に崩れて行くような、そんな感じをおっきくしたような。
「……行こう、チルノちゃん。もう帰ろう」
大ちゃんはなんだか元気がないみたいだ。
下では人間の声がまだ聞こえる。なんて言ってるかわからないけど、叫んでるみたい。
「待って、大ちゃん。あたい達が帰ったら、下の人間はどうなるの?」
「それは……っ!」
大ちゃんは言葉に詰まったように言い淀んだけど、しっかりとあたいに教えてくれた。
「多分、妖怪の餌になっちゃうんじゃないかな。あの女の子、強力な護符持ってるみたいだけど、人間の里からも神社からも遠いもの。囲まれたら逃げられないわ」
「……」
それは、なんか嫌だ。
「ほら、森のあの辺りに妖怪の気配がするもの。ね、早く帰ろう?」
「……」
別に、何か特別な事なんてなかったけど、それでも和むをくれたおやこが、見てるだけでポカポカする、あたいと大ちゃんみたいな仲良しのおやこが、そんな最後なのは、なんか嫌だ。
「大ちゃん、神社の方にいって強い人間連れてきてもらえない?」
「え、チルノちゃん?」
嫌なものは、受け入れたくない。
あたいはわがままだ。わかってるけど、妖精なんだからしょうがない。
「あたいは、あの人間を守るよ」
「な、なんで!?」
「嫌なんだ」
「イヤ?」
「うん。あたい達みたいに仲の良いおやこがさ、あんなふうに呆気なく終わっちゃうのって、なんか嫌なんだ」
「チルノちゃん……」
「お願いしていいかな?」
「……うん! すぐ戻ってくるから、無理しちゃだめだよ!」
言うと、大ちゃんはすぐに神社があるって言ってた方に飛んで行った。
あたいはそれを見届け、小さい人間がまだ気づいていない内に妖怪のいる茂みに向かって飛び降りた。
*
「す、すごい! チルノちゃん、やっつけちゃったの?」
「いてて、うん」
羽を齧られたり、体中引っかかれたりしたけど、あたいは妖怪を氷漬けにすることができた。
大ちゃんは神社の強い人間を呼んできてすぐにあたいを探していたらしく、はあはあと疲れながらあたいに飛び寄ってきた。
「すごい! 低級妖怪でも、私たち妖精の手には負えないのに! こんな強そうな妖怪やっつけちゃうなんて!」
「大ちゃん、何言ってるのかわかんない」
なにやら興奮気味にあたいの肩を上下に揺すってくる。
あたいは正直すっごい疲れててちょっと気持ち悪い。
「あ、あの人間は無事?」
「うん、人間たちが保護したよ!」
「そっか、よかったー」
ふう、と息を吐いて、そこら辺の木の根元に腰かける。
「それにしても、すごいねチルノちゃん! 博麗の巫女も強いけど、チルノちゃんもすごいよ!」
「うー。あたい、喧嘩とかしたことなかったからよくわかんない」
「え、そうなの?」
「もう夢中で。いくら氷ぶつけても立ち上がるんだもん」
「そっか。怖かったでしょ?」
「んー、あんまり怖くなかった」
「へー。すごいなーチルノちゃんは! あ、でも、博麗の巫女もすごかったんだよ!」
「博麗の巫女?」
「あ、前言ってた神社のすっごい強い人間の事だよ」
「へー。なにがすごかったの?」
「えっとね、着いた時に襲われそうになってた女の子を、あっという間に助け出したの! 何匹も何匹も妖怪がいたんだけど、ほんとに一瞬で倒しちゃった!」
「え?」
襲われそうになってた?
「うん。あ、チルノちゃんが戦ってる最中の事だから仕方ないよ!」
あたい、守ってる気になって必死だったけど、意味なかったの?
「え、じゃあそのハクレイノミコって奴はこいつらを倒して、人間も助けたの?」
「う、うん。でも! 仕方ないよチルノちゃん! 私たち妖精と博麗の巫女は違うんだから!」
大ちゃんが必死にあたいに話しかけてくれるが、あたいはズーンと気分が沈んでいてそれどころじゃない。
「しょうがないの! 博麗の巫女は最強なんだから!」
でも、そんな声だけは鮮明に聞きとれた。
「……最強って、なに?」
「え、えーっと。強くて、負けない存在、かな」
強くて、負けない。
あたいが最強だったら、あの人間を一人で助けることができたんだろうか。
「チルノちゃんは妖精の中ではきっと最強だよ!」
「妖精の中では?」
「うん!」
「じゃあ、ハクレイノミコと比べたら?」
「う! そ、それはもちろん巫女の方が強いよ」
「なんで? あたいは最強なのに?」
「……違うの、チルノちゃん。チルノちゃんは最強だけど、相手が妖精の時だけ最強なの」
「なんで!? じゃあハクレイノミコは!?」
「博麗の巫女は……どんな相手にも負けないよ。だって、幻想郷の最強だもん」
「……ッ!」
イライラが高ぶって、背をかけている木に思いっきり頭をぶつけた。
ガンっと鈍い音がして、もともと少し切れていた頭の怪我が広がった。
「チルノちゃん!」
大ちゃんが慌ててあたいに駆け寄り、あたいの頭をギュッと抱いた。
頭はジクジクと痛むし、イライラはちっとも治まらなかった。
「大ちゃん」
「え、なに?」
「あたい、最強になりたい。幻想郷で一番最強になりたい。そしたら、あの人間も一人で助けられる?」
*
あたいが泣いたのは、その時が初めてだ。
大ちゃんも悲しそうな顔をしていたけど、あたいをギュッと抱きしめてくれた。
今思えば、大ちゃんには随分と苦労を掛けていた。
「そんなことないよ」って言ってくれるんだろうけど、大ちゃんには感謝しっぱなしだ。
「ふー、寒い寒い。この湖結構ひろいのね」
勉強も教えてくれて、一緒にスペルカードを考えてくれて。
あたいが最強になれるって、信じて応援してくれた。
今日、湖の周辺にやってきた紅白の人間を見つけ、大ちゃんから博麗の巫女だって聞いて、何も考えずに飛び出していった。
「道に迷うのは、妖精の仕業なの」
「あら、じゃああんたを倒せばいいのね?」
今日、あたいは初めて博麗の巫女に挑む。
「言っとくけどあたいは最強よ?」
「起きながら寝言を言えるなんて、大した妖精ね」
* * *
チルノが最強にこだわるワケと、少し強いワケ。
少し賢くて強いチルノって、どうでしょう。
まだスペカ制定前なので、妖怪が弱体化していき焦っている頃です。
この後、霊夢はスペルカード決闘法を発案します。
誰かさんの安全のために。
ひらがな多用で読みづらかったらすみません。