私の紅霧で幻想郷を覆う異変は、巫女と魔理沙の活躍で終息した。
窓が少なく、殆どがカーテンで閉め切られている紅魔館では分かり辛いが、幻想郷に夏らしい陽気が戻ってきたのだ。
異変を解決した一人である魔理沙はまだ目覚めておらず、今は咲夜が用意した一番上等な客室で巫女と一緒にいる。
フランが気の済むまで私に弾幕を撃ちこんだ後、ボロボロになっている私に咲夜がそれを伝えた。
「見ていたなら助けなさいよ……っ!」
「仲良く遊んでいるように見えましたわ」
とにかくすぐにその部屋に向かったのだけど、鬼巫女と鬼畜妹が私を阻んで辿りつけなかった。
「あんたの能力で魔理沙の運命を操られたら、たまったもんじゃないわ」
とは鬼巫女の言葉。
私の能力はそんなに危険なものではないと説明しても、その場にいた咲夜もパチェも弁護してくれない。
私は完全に締め出され、巫女とフランは寝ている魔理沙の部屋の中。
寂しい。
という事で、私は異変解決後のボロボロの体で一睡もせずに図書館でパチェとお茶会を開いている。
パチェは迷惑そうだったが、泣きそうになってる私を見てため息をつき、一緒にいてくれた。
やはり持つべきものは親友だと思う。
咲夜はいつの間にか完全に復活していて、門番は元気に館の補修を行っている。
魔理沙が連れてきた妖精は門番の手伝いをしていて、もう一人の妖怪は気づけばいなくなっていた。
私は疲れてくたくただったけど、興奮状態で全然眠くならない。
咲夜に淹れてもらった紅茶を飲み、ふうっと息を吐く。
はあ、昨日から魔理沙の事が頭から離れない。
魔理沙を思うと、胸のドキドキが収まらない。
私らしくないが、どうやら魔理沙に性質の悪い魔法をかけられたようだ。
パチェでも解除できない、強力な魔法を。
「はあ……」
「お嬢様、どうしました?」
咲夜が浮かない顔をしている私を心配そうに窺う。
私はそれになんでもないと手を振り、肘をついた手に顎を乗せた。
「……ふふ」
フランにボコボコにされた後、眠っている魔理沙を見て随分心配したが、寝ているだけと言われてがっくりと力が抜けたのを思い出す。
疲れていたのか、魔理沙は随分安らかに眠っていた。
あの巫女の腕の中でなく、私の腕の中で眠ってくれれば、文句はないのに。
というか、あと数秒、巫女の蹴りが遅ければ……。
「レミィ、ニヤニヤしてて気持ち悪いわ」
「へっ!?」
親友の声で、はっとする。
むむ、気持ち悪いとは酷い言われようだ。キリッと顔を引き締める。
「ごほんっ。そうだパチェ、異変の最中に魔理沙と会ったんだろう? どうだった?」
異変前にパチェに魔理沙の相手を任せたはずだ。
詳しい内容まではわからないが、愉快な事になるという予感はあった。
「どうって、そうねえ」
ふむ、とあごに手をあてて少し考える仕草。
私は羽をパタパタと動かしてパチェが口を開くのを待つ。
「弾幕ごっこをして、私が負けて」
驚いた。パチェと弾幕ごっこをした事はないが、相当な実力者だと思っていたのに。
パチェが負けたという事は、魔理沙は結構強いんだろうか。
人は見かけによらないものだなあ。
それとも、パチェが弱いのか?
今度確かめてみよう。
「色々あって、あの子の先生になったわ」
「色々!? その過程を聞きたいんだけど」
「……別に良いじゃない。それだけしかなかったわ」
パチェが少し照れている。
その表情、何かあったわね。
「ふうん。パチェが先生か」
パチェならうちの知識人として、立派に役目を果たすだろうし。
というか、もしかしてそれって、魔理沙が定期的にうちに来るって事かしら?
「よくやった親友!!」
「ちょ、急に叫ばないでよ」
おっと、失礼。
しかし、すっかりやられてしまっているなあ。
ただの人間の小娘に、ここまでやられてしまうとは。
陳腐な言葉だが、一目惚れだ。
一目見た時から、というやつ。
それに霧雨魔理沙という人間は、知れば知るほど魅力的だ。
なんというか、いろいろ困る。
あの異変の最中の、謎の言動。
その時の魔理沙も、とても可愛かった。
*
どうしてこの人間は私を庇っているのだろう。
異変の解決に来た、とフランが言っていたのに。
「そ……そいつには手を出させないぜ!」
「……は?」
「……え?」
不意打ちの言葉に、心臓が飛び跳ねる。
まずは頭が真っ白になって、言葉を理解するのに数秒かかった。
フランと巫女は、ワケがわからないと互いに顔を見合わせた。
「ちょっと、何言ってるのよ魔理沙!」
「そうだよ、さっきと言ってる事違うよ!」
「え……?」
そしてその言葉を理解すると、カーッと顔が熱くなった。
私らしくないが、恥ずかしさからもじもじと指を絡めて、魔理沙の方を窺って見る。
「えーっと、その……」
魔理沙は微妙な表情で、額に汗を浮かべて必死に何か考えていた。
咄嗟に言ってしまった、という印象。
咄嗟に、私を庇ってくれた。
「どういうことなの魔理沙!」
「どうしたの魔理沙?」
「魔理沙!」
「魔理沙」
巫女とフランが両側から吠えて、魔理沙は目を回していた。
私が原因なんだし、何か声を掛けるべきだろうか。
少し近づくと、巫女とフランにギラっとした目で睨みつけられた。
フランはともかく、巫女はその目つき、人間をやめてると思う。
「う、うるさい! もうしらない!」
私を睨んでいたから、2人は魔理沙がフランの背から飛び降りた事に、咄嗟に反応できなかった。
「え?」
理解しがたい行動に、目を丸くする。
しかし私の行動は早かった。
考えるよりも先に、魔理沙の元へ向かう。
しかし、距離がある。私よりも先に巫女やフランが助けるだろうと思う。
「ん?」
フランが背の重みの無くなった事に気付き、咄嗟に後ろに手を伸ばす。
が、すでに魔理沙はいなく、もっと下に落ちている。
「まっ、魔理沙!」
巫女は、魔理沙が浮けないと気づくのに少し遅れた。
「ぎゃわああ!」
魔理沙の色気のない悲鳴があがった。
「ま、魔理沙!?」
「バカ! なにしてんのよ!」
咄嗟に振り返ったフランが飛び出して捕まえようとするが、同時に飛んでいた巫女とぶつかる。
「あいた!」
「ちょっ!」
互いに結構な勢いでぶつかったためか、大きくはじき飛ぶ。
距離が離れていたのが幸いしてか、2人とぶつかることなく私は魔理沙の傍に飛び寄れた。
すぐに掴もうとしてハタと気づく。
人間は壊れやすい。あの巫女はどうか知らないが、この華奢な少女は私が掴んでしまうと折れてしまいそうだ。
現に、巫女とフランが互いにぶつかって地面に落ちても、巫女は怪我ひとつ負った様子がないし。
掴むのはいけない。抱きとめるしかない。
一瞬の思考の後、魔理沙の下側に回って体を受け止め、速度を徐々に緩めて負担を軽減。
ホッと息をつき、改めて魔理沙を見る。
ギュッと目を瞑り涙を滲ませて、僅かに震えていた。
ぐはっ!
「っ!」
その目がゆっくりと開かれて、少し焦点をぼんやりとさせながら私と目が合った。
「……」
「……」
互いに無言。
心臓がとてもうるさく、なにか喋れる状態ではなかったというのもある。
少し落ち着くと、この体勢に気がついた。
いわゆるお姫様だっこ、横抱き。
私が魔理沙を抱えている。顔がとても近い。
思わず、悪魔なのに、教会で白いドレスに包まれた魔理沙と結婚式をあげている私を幻視した。
魔理沙……、幸せにするからね。
何を言っているんだ私は。頭が茹だっているのか。
「あ、ありがとう……」
直前までの妄想の返事かと思い、また心臓が跳ねる。
いや、落ち着け!
違うから!
妄想と現実の区別はつくから!
結婚式はこの紅魔館でするから!
そういう事でもないから!?
なんとか頭をクリア。ふうふうと荒い息を押し殺し、外面は何でもないように取り繕う。
なんでもないように魔理沙を見れば、顔を両手で覆っていた。
僅かに見える顔が真っ赤に染まっていて、なにか恥ずかしがっている様子だ。
ああ。急に飛び降りて浮かぶ事も出来ず、助けられて恥ずかしいのか。
私も、なにかフォローしないと。
よくわからない行動を急に取りたくなる時もあるよね、うん。
チラッと指の隙間から魔理沙の瞳と目があった。
潤んでいて、弱々しい、小動物のようなかわいっうわああああああ!
頭がオーバーヒート。
完全にやられた。
「魔理沙! 無事?」
「お姉さまずるい! 離れて!!」
もう外部の声なんて何にも聞こえない。
ただ幸せな気分だった。
「お、おう……。なあ、なんで助けてくれたんだ?」
魔理沙が私に声をかける事で、再起動をはたす。
「……私はレミリア・スカーレット。好きに呼んでいいわよ」
大丈夫、私は冷静。
「あ、ああ。レミリア? 私は」
魔理沙がその口で私の名前を呼ぶ。
それだけで更に幸福感が胸を満たす。
「知ってるわ、霧雨魔理沙でしょう? 魔理沙って呼ぶわね」
妖怪は人間を食べるもの。
なにもおかしくない。
「ねえ魔理沙」
冷静だから、声も震えない。
「う、うん?」
「私のモノにならない?」
そう、吸血鬼の花嫁に。
性別? 関係ないわ。
唇を落とすため、ゆっくりと顔を近づける。
魔理沙は固まっていて、少し血の気が引いているように見えた。
大丈夫、怖くない怖くない。
私がずっと守ってあげるから。
「離れろこのエロ妖怪!」
側頭部に衝撃。
「ごっふっ!!」
吸血鬼の体は頑丈だと思っていたけれど、そんなことはなかった!
一瞬意識が飛び、地面とキスをしてやっと本当に冷静になる。
あたりは土煙が舞って、地面は私が落ちた跡が凹んでいた。
なにあの巫女こわい。
「げほっ、げほっ! く、あとちょっとだったのに!」
悔しさが滲むが、同時に感謝もする。
無理矢理は私の趣味じゃない。
その点だけは、私の暴走を止めた巫女に感謝してもいい、かもしれない。
羽を広げ、土煙を抜けて上空へ。
そして、そこで恐ろしいモノを見た。
「ごめんね、ちょっとお姉さまに話してくるから、後でね」
魔理沙を抱きしめる巫女と、魔理沙に話しかける愛しい妹。
妹の目は既に殺意を超えた何かを感じさせ、その手には凶器が握られている。
常に持ち歩いているあの変な杖に、目で見えるほどの魔力を纏って極大の炎を噴き出している。
遠目で見ただけで、フランの怒りが伝わってくるようだ。
私がそこから背を向けて逃げ出したのは、言うまでもない。
*
「お嬢様、お部屋に戻られますか?」
はっと目を覚ます。
どうやら少し眠っていたらしい。
思ったよりも疲れているみたいだ。
こんな朝に起きている事も珍しいから、体がだるい。
目の前いる友人も、心なしかいつもより眠そうな目をしていた。
「ああ、そうね。もう休もうかな」
「私も昨日は遅くまで起きてたから、すこし眠りたいわ」
まだ魔理沙も目を覚まさないだろうし。
今から上に行くのも面倒だし、近くのパチェの部屋で寝よう。
「ふぁぁ。ねえパチェ、一緒に寝ない? 上まで戻るのも面倒だわ」
「はあ、なに言ってんのよ」
「えー、お願いよぅ
「……もう、好きにして」
「そうね。好きにするわ!」
やっぱり、持つべきものは親友ね。
魔理沙が目覚めたら咲夜が起こしてくれるだろう。
それまでは眠ることにしよう。
……ああ、それと、魔理沙に熱中症に注意してって言わないと。
* * *
レミリア視点でのあのシーン。
すこし短いですごめんなさい。
そしてキャラ崩壊注意。遅い。
次も閑話で、それが終わったらEXです!
今週中に2つとも投稿したいです……!