八月十五日
「長くても邪魔なだけだ、適当に切りそろえてくれればそれでいい」
「いえいえ。髪は女の命ですので、不肖シスター02、全力を持って任務にあたります」
「・・・・・・まあ、任せるが」
婦長によって鋏を含む刃物の持ち込みが禁止されていたが、本日、木山春生の教育が多少なりとも実を結び、一時的に鋏の持ち込みが許可された。
20000号にとっては邪魔でしかない長髪を切る、やっとの機会である。
(我々やオリジナルのような短髪というのも面白くありません。此処は一部の筋で至高と呼ばれるポニーテールができる程度の長さを残すというのも・・・・・・ウェッヘヘヘ)
「・・・・・・何故か極めて特殊な変態の気配が」
ゾクリと20000号の背筋が震える。
女、或いは軍人の勘らしかった。
「まだ邪魔ではあるが、まあいい。いざという時は切って目くらましにでもするとしよう」
バサリと肩に掛かった髪を後ろに回す。
本人はあまり気に入ってはいないようだが、これでも一般的な長さ(例をあげるならば佐天涙子より少しばかり長い程度)しかない。
「さて、そろそろ時間だ。移動しなければ」
「はっ!」
「・・・・・・それは処分しろ」
「・・・・・・上官命令と言えどそれは了承しかねます」
「・・・・・・はぁ」
20000号の髪を一房、大事そうに握りしめる02、それを見て20000号は嘆息。
どこで教育を間違えたのやら。
確かに泣いたり笑ったりできなくはしてやったが、しなければいいというものでもない。
というか無表情の方が怖い時もある。
「勝手にしろ、馬鹿者」
◆◆
「――であるから、つまり水着と同程度の露出である下着姿を晒しても問題はない、というのが私の考えだ」
(あれから二十二日。実験が順調に進んでいれば、既に九千九百番代に入っているはず・・・・・・)
「しかし一般的にそれは推奨されておらず、むしろ排他されている。それをどう感じるかは人によって様々だが、私としては起伏に乏しい人間の下着姿を見て劣情を催す男性が居るとは思えない。では何故――」
「先生」
「なんだ、ミサカ2号」
「むしろ起伏に乏しい女性でないと劣情を催さないという男性も多く、その考えは危険なものではないでしょうか」
「ふむ・・・・・・」
(彼の能力の前では、いくら武装を充実したところで無意味。ならば――)
パシンッと気の抜ける音。
木山春生が手に持っていた本で20000号を叩いた音だ。
ちなみにタイトルは『知っておかなければならない千の常識』。
「・・・・・・何か?」
「今は私の講義中だ」
「承知していますが」
「・・・・・・」
その様子に木山春生が呆れたようにため息を吐く。
(何を考えているのか分かっていないとでも思っているのか? この子は)
二十二日。
彼女がもう一度生まれた日からそれだけの日が経った。
ネットワークから外れ、最終信号と与えられた役割から解き放たれた彼女たち。
だが彼女たちの心は未だ、何からも解放されてはいなかった。
20000号だけではない。19999号と19998号も、未だ何も変わってはいない。
実験から解放?
否、彼女たちは生きる意味を失った。
20000号を助けるために反逆した2人。
彼女たちは何故、20000号を助けたのか自分でも理解できなかった。
ただ、そうしたいと思ったから行動したのだ。
――彼女たちの心はひどく歪で、どうしようもなく空虚。
それを埋めるため、20000号は一方通行との戦いを想い、2人は作戦のため、技を磨いている。
それしか彼女たちは知らなかった。
たとえどんなに常識を学んだところで、彼女たちは変われない。
◆◆
20000号は思考する。
自分はどうするべきなのだろうか、と。
たとえばあの時。
命令もなしに一方通行に挑んだ時。
何故そんなことをしたのだろうか?
最初に与えられた任務だから?
馬鹿な、そんなことを言う者が軍人のはずがない。
軍人とはただ最新の命令通りに動けばいい。
超電磁砲の軍用クローン、即ち私は軍人であり兵器だ。
ならばそうしなければならなかった。
なのに何故?
それに命令に反しても何も目的は達成していない。
最後の一撃とて、私も彼も何が起こったのか理解していない。
「・・・・・・感情のままに動く兵器など兵器ではない。そんなものは兵器であってはならない」
では、私に感情が生まれたのは何故だ? 何時そんなものが生まれた?
「彼に、ディックにもう一度逢えば何かが分かるのでしょうか?」
生まれて初めて命令に背いたのは彼が絡んだ時だ。
ならば彼に逢えば或いは・・・・・・?
「実験とは既に無関係な私なら大丈夫のはずです」
そうだ、彼はあの時も2人の部下を見逃してくれた。
それは実験に無関係だったからに違いない。
「思い立ったが吉日。ああ、良い言葉です。先人たちは実に良い言葉を残してくれた」
木山春生から学んだ言葉を呟き、20000号は病院からの脱出を敢行。
自らが仕掛けたトラップの厄介さに満足しながら、脱出に成功。
そして外に出たところでふと思い出した。
『私も君たちも追われる身だ。外出は避けた方がいい。どうしても必要な場合は私に声をかけてくれ・・・・・・どうにかしてみせる』
木山春生――所謂恩師の言葉。
「また命令違反――もしかすると私は軍人に向いていないのかもしれません。とはいえ、これ以外の生き方を私が上手く出来るとも思えませんが」
オリジナルや妹達に見つかるようなヘマはしないから。
そんな言い訳を心の中で並び立てて、20000号は外の世界に飛び出した。
――それは、御坂美琴が初めて校則を破る時のような、そんな背徳感と高揚感に満ちた表情に近いものを彼女の表情から感じる。
一見して無表情なことに変わりはないが。
恩師曰わく、“若気の至り”というやつだろう。
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みんなが木山せんせーの教えることなんて脱ぐことしかないとかなんとか言った結果がこれだよ!