深夜の第七学区にパシュンという銃声が小さく響いた。サイレンサーを装着したコイルガンの銃声は人通りのない夜の道でさえ、気を抜けば聞き逃してしまいそうなほどに小さい。
だがその威力は人を粉砕するのには十分過ぎるほどのもの。
無論、それが一般人やレベル3以下の能力者だったならば、だが。
例えば20000号たちのオリジナル、御坂美琴ならば弾丸を弾くことも、消し飛ばすことも容易だろう。
そしてそれ以上に学園都市230万人の頂点、一方通行にとっては弾丸など意に介すまでもない、塵芥に過ぎなかった。
――反射。
一方通行が纏う唯一にして最強の盾。
(今までの実験で9811番までの妹達が誰一人として破ることのできなかった反射の壁・・・・・・理論上は肉弾戦で“返す”ことによってダメージを与えることは可能。しかし)
理論上、反射の膜に触れるか触れないかの位置で攻撃を逆に引き寄せれば、戻っていく攻撃を一方通行に反射させ、攻撃をすることは可能だ。
だが反射の範囲も分からず、分かったとしてもそんな格闘技術を20000号は持ち合わせていない。
(それでも、彼の――ディックの力を引き出すのが私の役割。それにオリジナルと同じレベル5という領域に立った以上、簡単に殺されるというのも納得できません)
◆◆
「妹達・・・・・・?」
「虚数学区や幻想御手と同じようにこの学園都市で噂になっているものです。上位能力者のクローン・・・・・・だそうです」
「クローン・・・・・・罪深いものだね。そんなことをしても元となった人間の数パーセントの力しか再現することは適わないだろうに」
「神の力の一端を持つ聖人が神を模したものであるように、ですね」
「だが模したのが人と神とでは宿る力が違いすぎる――それとも彼らにはそんなことは関係ないのか・・・・・・いや、これは僕たちにこそ関係のない話だったね」
この時はまだ、目に見える形で科学と魔術が交叉することはなかった。
◆◆
「なンだ? 今度はかくれンぼかァ? いいぜ、付き合ってやるよォ」
「ハァッハァッ・・・・・・」
一方通行は何の警戒もなく20000号が隠れた物陰へと少しずつ近づいてくる。
(まるで新兵の行進のように隙だらけ・・・・・・ですが、あの反射を破れないというのが事実。これが230万人の頂点、最強の能力者・・・・・・私たち程度を殺害したところで本当に絶対能力へと進化できるのでしょうか?)
相対して理解した。
妹達ではどうしようもなく役者不足だと。
たとえ2万人を殺害したところで、彼の経験値の何の足しにもならない。
甘かったと認めざるを得ない。
最強。挑んでから気づくその圧倒的な力。
同じレベル5であるオリジナルでさえも彼の前では霞むだろう。
(・・・・・・せめて、彼の虚を突くぐらいのことはしなければ)
「――見ィつけた。ガタガタ震えやがンのかァ? ンな縮こまってよォ」
「残念ながら、私は恐怖という感情を理解できません。ですが感情のない私だからこそ、あなたの虚を突くことができる」
数十センチの距離にまで接近していた一方通行が能力を発動させるよりも速く、20000号はコイルガンの引き金を引いた。
当然、それは反射に阻まれ、金属製の弾丸は寸分違わず20000号の眉間を撃ち抜く――――はずだった。
「あァ?」
「フルメタルジャケット。先ほどの非磁性体の弾丸とは違い、磁性体である金属です――“全く同じ力で反射する”あなたの能力と電気関係では私の方に分があります」
20000号に到達する直前に弾丸は再び一方通行へと向かっていく。
強力なN極を持つ弾丸が、それ以上に強力なN極と反発している。
(オリジナルと比べればまだまだ荒削りな能力の使い方ですが・・・・・・)
弾丸は一方通行へと到達し、反射されることなく、今度は一方通行の眼前で制止した。
反射された力よりもさらに強力な磁力が弾丸と反発し、反射を許さない。
「私は初めに言いました。戦争を始める、と――これが戦争です。ディック」
20000号が取り出したのは弾丸。それをコイルガンに装填するでもなく、人差し指で押さえながら親指の爪に乗せた。
バチッと電気が迸る。
それに呼応するように一方通行の眼前の弾丸も勢いを増した(一方通行がそれに気付くことはないが)。
(オリジナルのコインとは違い、超伝導体を用いた専用の弾丸・・・・・・これならば――!)
暗い世界に煌めく電撃。
それは見間違うはずもない、圧倒的な暴力の光。
最強の電撃使い、学園都市第3位と同じ――――超電磁砲。
「――――はッ」
――――!!
その電光の中、一方通行は愉しそうに笑った。
「・・・・・・」
特別製の弾丸は一方通行の横をすり抜け、そのまま数百メートルを刹那に抜け、“窓のないビル”に阻まれて地に落ちた。
20000号が弾丸を外したのは一方通行の身を案じたからなどではない。
万が一、いや二つに一つ以下の可能性で反射された時のことを考えたからだ。
人を殺害するだけならば直撃などしなくとも、その余波だけで十分。
だからこそ20000号は外し、自身の安全を確保した。
「・・・・・・」
超電磁砲の衝撃波によってもたらされた暴風。舞い上がった土埃のせいで一方通行の姿は確認できない。
(ゴーグルも今ので壊れてしまいました)
妹達の装備であり、電気に耐性のあるゴーグルとはいえレベル5の電撃に耐えられるはずもなかった。
(ですが、これで少しは――――)
役に立てたでしょうか、と心の中で呟く直前、20000号の肩を銃弾が貫いた。
「――はっ、最強の俺の虚を突くゥ? 三下のクローン如きがかァ? おもしれェジョークだなァ、オイ」
「・・・・・・これ以上強くなって、どうしようというのですか、あなたは。あなたはもう十分強いというのに」
「テメェみたいに思い上がった奴がいなくなるぐれェに強くなンだよ。テメェらみたいな雑魚を相手にすンのは面倒だからなァ」
さて、と20000号は思考する。切り札も通じず、どうしたものか。
(虚を突くこともできない、取るに足らない雑魚。それが私。もう、これ以上の手はありません)
そんな諦観にも似た思考に行き着くのと同時に20000号の体が不可視の力に吹き飛ばされ、宙を舞った。
(今のは超電磁砲の衝撃波を“操作”したんでしょうか・・・・・・?)
単純な反射ならば自分は生きていないだろうと冷静に分析。体の痛みは無視して。
「もう終わりかァ? 相変わらず脆いな、お前ら」
「・・・・・・・・・・・・私はまだ動けます。私の機能が停止するまで、終わりはありません」
唇が見えず、一方通行が何と言ったのかは分からなかったが、20000号は立ち上がった。
左手はあらぬ方向に曲がり、迷彩服はボロボロに切り裂かれている。
(・・・・・・悪足掻き、というのをしてみましょう)
いくら整頓された脳でもこの状態では複雑な演算が出来るはずもなく、単純に電気を発生させ、辺りのゴミを手元に引き寄せる。
握力もロクになかったので、無事な右腕に籠手のように纏わりつかせるとシルエットは歪な槌のような形になった。
――――ミシリと身体が歪んだ気がした。
「――ディック。どちらかが負けを認めるか、全てを殺すまでが戦争です」
私は負けを認めません。言外に20000号は言い捨て、悪足掻きとして能力をがむしゃらに発動した。
――――空で雷鳴が轟いた。
「あァ。お望み通りに殺してやるよォ!」
「――その胸糞悪い笑みを消せ! 顔面に伝えろッ! 3秒やる、3秒だ、マヌケ!」
一方通行の凶悪な笑みはさらに深くなる。
「アホ面を続けるならッ、目玉抉って頭蓋骨でファックしてやる! 1!」
「――2ィ!」
20000号が地を蹴り、跳ぶ。最後の悪足掻き。20000号の身体は能力の応用か、それとも別の何かか、ビルを越え、一方通行の遥か上空に一瞬で到達した。
――――内から身体が裂ける。
槌を振りかぶる。
――――雷が煌めく。
「3ッ!」
「3!」
雷。槌。籠手。親。子。
――偶像の理論。
『何か』を模したものは『何か』の力がほんの少しだけ宿るという。
聖人が神の力を宿したように。
妹達が御坂美琴の力を宿したように。
――この瞬間、確かに20000号は『雷神』の力を宿し、確かにこの瞬間、科学と魔術は交叉した。
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今までで一番長くなってしまった。
とりあえずこんな感じ。
説明やら何やらは次回に。
後、前回冒頭の02に誰も触れないのは優しさなのか・・・?