その言葉を聞いた瞬間体中の血管がきゅっと収縮したような気がした。
もし今鏡を見ることができたなら、今のあたしは相当剣呑な表情をしていることだろう。
あまりの怒りに唇がわなないているのが自分でも分かった。
この男は今、あたしに向かって何をほざいた?
懐に忍ばせていた警棒を抜き放ち、軽口を叩きながら不良に近付いていく。
「一応聞くけどさ。それ、本気? あたしがそんなの承知するとでも思ってるわけ? だいたいどうやって冴子を殺すつもり? そもそもあたしがここにいるのに」
よりにもよってこのあたしに冴子をレイプさせろだと?
しかもそれが飲めなければ冴子を殺す?
ふざけんじゃないわよ。バカも休み休み言え。
このあたしがいる以上、そんなことは絶対に許さない。
「おっと、それ以上近付くなよ。俺には協力者がいるんだ。俺に何かあれば、報復としてそいつが毒島を殺す」
あたしはぴたりと足を止めた。止めざるを得なかった。
本当に腹の立つヤツだ。あたしの反応は予想済みってわけ。
視線だけで射殺さんとばかりに、不良をにらみつける。
不良は大げさにおどけると、後ずさりする。
「おー怖い怖い。相変わらず毒島のこととなると怖え女だな。だがさすがに、毒島の命がかかってるとあっちゃ簡単に手を出せねえな?」
……コイツ、マジで殺してやりたい。
「冴子は関係ないじゃない。復讐するんなら、あたしだけにすればいいでしょ。冴子まで巻き込まないで」
かなり怒気の篭もるあたしの押し殺した声も、不良が有利な立場にいる今はかえって虚勢に聞こえるだけ。
案の定不良は増長し始めて、あたしの不快感をさらに煽るようなことを言う。
「それも考えたんだけどよ。アンタならこっちの方が堪えるだろ? なに、毒島だってちょっと痛い思いはするかもしれねーが、死ぬわけじゃねぇ。何ならお前も混ぜてやってもいいんだぜ。アンタだっていい思いができるし、毒島が死んじまうよかマシだろ?」
「で、できるわけないじゃないそんなの……!」
感情が怒りの沸点を突破し、声が裏返った。
言うに事欠いて、よりにもよってコイツはあたしにそんな戯けたことを言うのか!
怒鳴ろうとしたあたしの機先を制し、不良が身を乗り出す。
「アンタよぉ。何か勘違いしてねーか?」
不覚にも一瞬迫力に押されてしまう。
眼を見開いて思わず息を飲んだあたしを嘲笑う不良は、不意に真剣な顔をした。
「これは俺だけじゃねぇ。見殺しにされて死んだ奴らのための復讐なんだよ。お前には罪を償おうって気持ちすらねーのかよ」
「そ、それは……」
答えるべき言葉が見つからず、あたしは俯いた。
償えるものならあたしだって償いたいけど、冴子をレイプさせろだなんてそんな無茶な条件は飲めない。
顔を上げれば、あたしを見たまま真剣な表情を崩さない不良がいる。
あたしはできるだけ誠意を込めて頭を下げた。
「罪を償おうっていう気持ちはあるよ、もちろん。でもだからって冴子に手を出すのはおかしいし、間違ってるよ。お願い、別なのにして」
「駄目だ」
間髪入れず返された拒否に、思わず拳に力が入るが、悪いのはあたしなのだからと怒りを押し殺して顔を上げる。
「ねえ、ならあたしとしよ? あたしならなにされてもいいからさ。エッチもいくらでも相手するから……どうか、冴子だけは」
「駄、目、だ」
あたしの言葉を遮り、不良はにたにたと笑った。
「どの道アンタに選択肢なんてねーんだよ。毒島を死なせたく無かったら、お前はもう俺を手伝うしかねぇ。分かってると思うが、他の奴らにこのことを話しても毒島は死ぬからな」
大き過ぎる怒りに、あたしは不良に飛び掛りそうになる体を全力で押さえつけなければならなかった。
どんなに怒ろうとも不良に手出しできないあたしを見て、不良は少し溜飲を下げたようだった。
ズボンのポケットに手を入れ、踵を返そうとしながら顔だけこちらに向ける。
「ま、俺も鬼じゃねーからよ、一時間だけ猶予をくれてやる。決心がついたら俺のところに来い。俺は一足先に毒島たちの所に行ってるからよ。ああ、あの時のことは別に話したりしねーから心配しなくていいぜ。アンタが誠意を見せてくれるなら、俺の胸にしまっておいてやるよ」
そう言い捨てて、不良は去っていった。
残されたあたしは、呆然と立ち竦むしかない。
どうしよう。そんな意味のない言葉ばかりが頭の中をぐるぐる回る。
ここが安全だと思ったから、せっかく騙してまで冴子に居てもらおうとしていたのに、これじゃ意味がない。
冴子がレイプされるのを黙って見てるどころか、手伝う? このあたしが?
できないよ。できるわけないよ。
でもそうしないと冴子が死ぬ。それはやだ。そんなのやだ。
かといって冴子がレイプされるのもいやだ。
誰か大人に相談する?
でもどこで協力者に聞かれてるか分からない。相談した人が実は協力者だった、っていう可能性だってないわけじゃない。
あたし一人で協力者を探すのは無理だ。一時間じゃ時間も労力も全然足りない。
じゃあ冴子たちに相談するのは? 皆なら協力者ってこともないだろうし。……いや、だめだ。あいつは冴子たちと合流するって言ってた。相談するそぶりを見せた時点で凶行に及ばれる可能性がある。一時的に不良を引き離してから相談するにしても、その時点で感付かれるかもしれない。どちらにしろ、うかつな真似はできない。
不良は一見普通そうに見えたけど、後先考えずにあたしへの復讐だけを目的にして動いているようだった。冴子をレイプするという行為自体も、性欲もあるだろうがそれ以上にあたしへの悪意が大いに含まれているように思えた。
だとしたらあたしへの恨みは果てしなく根深いだろう。殺すって決めたら、きっと何を犠牲にしてでも冴子を殺そうとするに違いない。
それにあいつの言うことを聞かないと、あたしがあの時説得ではなく脅迫したことまでばらされてしまう。
手詰まり?
違う。考えろ。きっと何かいい方法があるはずだ。
幸いあいつは自分が圧倒的優位に立ってると思って油断している。何とかして裏をかいて、そこをうまくつけばあるいは。
「あ、こんなところにいた」
聞こえてきた声の方向に振り向くと、夕樹が小走りに駆け寄ってきていた。
泣きそうになっていたあたしの顔を見て夕樹は怪訝そうな顔をする。
「……どうしたの?」
「ううん、何でもない。それよりそっちこそ何か用?」
慌てて指で目尻を拭って問い返すと、立て板に流した水のごとく夕樹がまくし立ててきた。
「そうだった、ちょっと聞いてよ! メゾネットで分かれたアイツらが、1人だけだけど生きてたのよ! あっちで皆と再会を祝ってるから、御澄も来なさいよ!」
「あたしはいいよ。夕樹だけで行ってきなよ」
何でもないかのように装って断ったのに、夕樹は何故か怪訝そうな顔をした。
「なーんか様子がおかしいわね。 また何か隠し事してない?」
「してない」
即座に否定し、それ以上の追及から逃れるために背を向けた。
背中に感じる視線。
しばらくして後ろからぼそりと夕樹の声が聞こえた。
「……アタシ、協力者の1人なんだけどな」
驚愕して思わず身体ごと振り向くと、夕樹は含み笑いをした。
「反応したわね。けど、本当はアタシあいつに協力するつもりなんてないんだ。助けてあげるわ。ここじゃまずいし、向こうで話しましょ?」
夕樹はニヤリと笑って、親指で不良が去っていったのとは逆の方向、人気が無い裏道を指し示した。
□ □ □
無言で夕樹の後をついて歩く。
「ま、ここらでいいかしらね」
足を止めた夕樹は、振り返ってあたしに向き直る。
「先に一つ言っておくけど、アタシをどうこうしようなんて思わないで。内緒話をするくらいならともかく、騒ぎを起こしたらさすがにあいつにばれちゃうから」
「協力してくれるって、本当なの」
警戒するあたしに、夕樹は微笑んだ。
「本当よ。アタシはね。あんたらと行動を共にしている立場を利用して、監視するのが役目だったの。あいつは小室たちを見張ってるけど、アタシが味方だってことに油断してる。だからこうしてあなたとアタシが密談しててもばれないってわけ」
「どうして協力してくれるの。そんなことしたって、夕樹が得することなんて何もないのに」
「理由なんてないわ。強いて言うなら、アタシは御澄に恨みなんてないし、あいつより御澄のことを気に入ってるってだけよ」
あたしが警戒を解かずにいると、あたしの手を夕樹が掴み、両の掌でそっと包んだ。
「メゾネットで置いていかないで連れてってくれたじゃない。嬉しかったのよ、アタシ」
虚を突かれ、思わず夕樹を凝視する。
思いがけず、夕樹は表情を引き締めて真面目な顔をしていた。
携帯持ってたから打算で夕樹に決めただけで、そんな感謝される理由なんかあたしにはないのに。
夕樹から目を逸らす。
「それで、恩返しってこと? あたしのこと買い被り過ぎだよ」
「かもね。でもアタシが御澄を助けたいだけだもの。御澄がどんなに悪人だろうがアタシには関係ない。やりたいようにやるだけだわ」
自分勝手な理屈にちょっと呆れる。
でもそうだった。夕樹はもともとこういう娘なんだ。原作でも紫藤側にいたし、問題児だった。とてもじゃないけどいい子とはいえない。
とはいっても完全に悪い子ってわけでもない……と思う。少なくとも学校からこうして一緒に逃げてきた限りでは。
……まあ、今まで寝食を共にしてきて、夕樹もあたしも多少なりともお互い気を許してきてるだろうからそう見えるというのもあるかもしれないが。
考え込むあたしに、夕樹が話しかけてきた。
「それで、どうするの?」
あたしは頭の中を整理するために、しばし間を置いてから答える。
「お願いしてもいい、かな。助けて欲しいんだ」
夕樹はにっこりと嬉しそうに微笑んだ。
「いいわよ」
本当に困っていたので、ついうるっとしてしまう。
それをこらえ、夕樹に深く頭を下げた。
「ありがとう。これで冴子を守れます。……本当にありがとう」
顔を上げると、何故か夕樹は面食らった顔をしていた、
「どうしたの?」
不思議に思って首を傾げると、夕樹は腰に手を当てて苦笑する。
「何でもない。それよりこれからどうするの?」
事情を共有する仲間を得たあたしはいつもの調子を取り戻していた。
「決まってるわよ。夕樹があいつの気を引いて、そのうちにあたしが冴子に事情を話してあいつから協力者が誰か聞き出してそれぞれ叩けば、それで解決!」
ピースサインを出して自身満々に言ったあたしに、夕樹は思案げな顔をする。
「あいつを叩くまではまあ問題なくできるだろうけど、もし大人たちに見咎められたらどう説明するつもり?」
あたしは両指の人差し指をつんつんと突付き合わせ、へらりと笑った。
「えーとそれは、正直に事情を話せば分かってくれると思っちゃったりなんかして……」
楽観的なあたしの言葉に夕樹は呆れたような顔でため息をつく。
それ、ちょっと地味に傷付くんですけど、夕樹さん。
「どうかしらね。もともとアタシたちの行動が原因なんだから、ある意味今の状況は自業自得よ? 緊急避難を適用してくれるかもしれないけど、こんな状態じゃ騒ぎを起こしたってだけで放り出される理由になるわ。治安を乱しちゃうもの」
「う……」
「それに、うまくいったとしてもよ? あいつが嘘ついてたらどうするの? 関係の無い奴締め上げたらそれだけでアタシたち悪者よ? しかも協力者は野放し。今は大丈夫でも、ほとぼりが冷めた頃に絶対毒島が殺されるわね」
「ならどうすればいいのよう……」
ものっそ凹んで泣き言を言い始めたあたしは夕樹に助けを求める。
夕樹を腕組みし思案にふける。
「うーん……<奴ら>でも襲ってくればどさくさに紛れて逃げれるしあいつらも復讐どころじゃなくなるだろうけど、ここはしっかり守られてるからそれも無理か」
あたしは慌てて反論した。
「駄目だよそれじゃ結局冴子が危険に晒されちゃう。それに、関係ない人がいっぱい死んじゃうよ」
「ハンヴィーがあるからアタシらだけなら逃げること自体は危険も少ないし簡単よ。それに死ぬっていったってよほど運が悪いやつだけでしょ。こんなに厳重に警戒態勢引かれてるのよ? すぐ退治されるわよ、そんなの」
「それは確かにそうかもしれないけど……」
「いっそのこと停電でも起きないかしら? そうすればケーブルで繋がってるここの機械類もだいたい死ぬから……御澄? どうしたの?」
独り言のように呟いていた夕樹が、急に黙り込んだあたしに気がついて顔を向けてきた。
でもあたしはそれどころではなかった。
停電。
停電。
聞き覚えがあるフレーズだ。
そういえば、何か、大事なことを、忘れているような、気が。
頭をよぎるのは、紫藤を殺す時に見た、幻覚のようなもの。
いや違う。あれはたぶん幻覚じゃなくて、前世の記憶にあった、知識の断片。
あたしが忘れていた、原作の展開。
思い出した!
「……停電、起きるよ」
「は? 何でそんなこと分かるのよ?」
怪訝な顔でこちらを見る夕樹。
「理由は言えないけど、分かる。起きるよ、停電。それもただの停電じゃなくて、電気が関係してるものなら何でも止まっちゃうような特別なやつ」
「適当に言ってる……ってわけでもなさそうね」
顔面蒼白になっているあたしを見てただ事ではないと思ったのか、夕樹はいぶかしみながらもあたしの言葉を一蹴しようとはしなかった。
「ねえ夕樹、教えて。ここに来る前、冴子は何してた? 小室たちは何か車を貰ってた?」
「何って、高城の親父が話があるとかでちょっと前に邸の中に入ってったけど。つか車ってなんのことよ? 乗ってきたハンヴィーじゃなくて?」
眼を白黒させる夕樹を他所に、あたしは前世の記憶から知識を探る。
夕樹のこの様子なら、小室たちがまだ車を貰ってないのは間違いない。
高城のお父さんが冴子を連れて行ったのなら、今はちょうど冴子が高城のお父さんから刀を譲ってもらってる頃。
停電が起こるのは、乗り物を貰った後冴子と小室と麗が出発準備を終えて、鞠川先生が小室から電話を借りて使用してる最中だったはず。
ならまだ時間があるはずだ。
<奴ら>をここに招き入れることになった原因の紫藤先生がいないけど、そんなの避難用のバスでも奪ってあたしが運転して突っ込めばいい。
そうすればこの辺りは<奴ら>でいっぱいになるから不良もあたしたちに構う暇はなくなるし、夕樹以外の協力者も冴子どころじゃなくなる。
冴子たちは高城のお父さんが譲ってくれる原作と同じ停電でも動かせるバギーで逃げれば安全に脱出できる。
「って、何当然のように事件を起こす前提で考えてるのよあたしは! だいたいバスジャックするにしても高電圧のスタンガンとかない限りあたしじゃ無理だっての!」
我に返ったあたしは、物騒な思考を展開していた自分に自分で突っ込んだ。
「あるわよ、スタンガンなら」
「は?」
思わず聞き返す。
「アタシも護身用に武器が欲しくてさ。銃とかはさすがに無理だったけど、スタンガンはほとんど<奴ら>に効果がないからか比較的警備が緩かったから、邸にあったのをこっそりかっぱらっておいたのよ」
「ちょ、それ窃盗……」
「借りただけよ、借りただけ。ちょっと警備の人に見られたけど、胸チラしながら襲われたりしないか心配なんですぅとか言ってみたら持ち出し許可してくれたし」
あたしは頭を抱えた。
誰だか知らないが、色仕掛けに惑わされんな。没収しろよ、そんな危険なもの。
頭を抱えるあたしの横で、夕樹は上機嫌に笑う。
「でも事件を起こすのはいいアイデアね。そんな停電が本当に起きるなら、<奴ら>の侵入を防ぐバリケードに車をぶつけたりして無理やり退かしちゃえば元に戻せなくて大混乱になるわ」
「待ってよ。それなら確かに冴子は助けられるけど、犠牲が大きすぎ……」
「ならどうやって毒島を助けるわけ? 誰かに相談するにしても、実力行使に出るにしても、このままじゃ協力者全員をあぶり出すのは不可能だわ。あたしたちが知らない協力者がいた時点でアウトよ?」
「で、でもそいつが必ず冴子を殺そうとするとは限らないよ。もしかしたら自己保身に走って何もしないかも」
願望混じりのあたしの言葉に、夕樹は呆れたようにフッと笑う。
「それは希望的観測が過ぎるんじゃない? 協力者が金銭とかに釣られた赤の他人なら有り得るかもしれないけど、御澄を憎む人物だったらかえって意地でも毒島を殺そうとするんじゃないかしら」
あたしに憎しみを抱く人物。
そんなの探せばいくらでもいるに決まってる。
少なくとも死んだっていうあの子たちの家族とか友達が避難民にいたら、あの不良にあたしのことを教えられれば、あたしを憎んで協力することは十分に考えられるかもしれない。
生前の彼らにその人たちのことを聞いていて、ここに来たあの不良がその中の誰かを見つけたのかもしれない。
……やっぱりだめだ。可能性も含めると潜在的な敵が多過ぎて、誰が協力者かなんてあたしじゃ絞れない。
そもそも猶予期間を与えられたのだって、不良の気まぐれのようなもの。本当はもういつでも誰かが冴子を殺せる状態にあるのかもしれない。
犠牲を度外視するなら、確かに停電に合わせて<奴ら>をここに引き入れるのが一番だ。あいつらもまさかあたしがそんなことをするとは思わないだろうし、一見すると冴子を守るためだなんて分かりっこない。確実に不意をつけるはず。
でも、できないよ。
そんなことをしたら、あたしは。あたしは。
葛藤していると、夕樹があたしにどこからか大きめのポーチを取り出して押し付けてきた。
「使うか使わないかは別として、とりあえずスタンガンは渡しとく。アタシはそろそろ行くわ。あんまり御澄の近くに居過ぎても不審に思われるかもしれないし」
「……うん。色々ありがとうね」
浮かない顔のままのあたしに気にするなとでもいうように親指を立てると、夕樹は去っていった。
□ □ □
夕樹が去った後も、あたしはしばらくその場で自問自答していた。
話していた間も時計の針は着々と進んでいる。それほど残された時間に余裕があるわけでもないから、迷ってばかりじゃいられない。
色々考えて、最終的に絞り込んだ選択肢は二つだ。
それらの可能性を吟味しよう。
一つは高城のお父さんに事情を話して協力を仰ぐこと。
冴子と一緒に会えば冴子の身の安全もひとまずは保障されるし、事情を話せばきっと高城のお父さんなら不良の口を割らせて、協力者ともども外に放り出してくれるだろう。
騙されないように裏を取らなきゃいけなくて時間がかかるから、不良から提示された刻限には間に合わないけど、全てが終わるまで冴子と一緒に高城のお父さんの傍にいるとかすれば、協力者も最後まで手出しができないと思う。さすがに側近にまで協力者が紛れ込んでるってことはないだろうし。
問題は停電が起きれば高城のお父さんたちはその対応に忙殺されてあたしたちどころじゃなくなるであろうことと、停電が起こったら調査なんてろくに進まなくなるだろうから、実質停電が起きる前に不良と協力者を全員見つけ出せてないといけない。
今から急いで動いても、停電が起きるまでに間に合うかどうかは分からない。
予め停電のことを告げて対策を取ってもらうにしても、さすがに理由を言わないままで信じてもらえるかどうかは怪しい。かといって前世の記憶とか本当のことを話すともっとうそ臭く聞こえるし。
だいたいあの不良が全部の協力者を明かす保障もどこにもないのだ。
排除しきったと思って安心して、実はまだいた協力者に不意を突かれる可能性は否定できない。
もう一つの方は、あたしとしてはかなり気が進まない。
それは停電に合わせてわざと事故を起こし、<奴ら>を招き入れることでどさくさに紛れて脱出するというもの。
要は原作をなぞるルートだ。
停電が起こるまでの原作の展開は思い出したから、小室や鞠川先生の動きに注意していれば停電がいつ起こるかはある程度予測がつく。
ただ紫藤が死んじゃってるので、こっちを選択するならあたしがわざと事故を起こす必要がある。
誰かに頼む手もあるけれど、協力してくれる人なんていないだろうし、無責任だ。
第一本末転倒すぎる。冴子のためとはいえ、これでは何のために紫藤を殺したのか分からない。
それに間違いなく冴子に嫌われる。一時的とはいえ冴子を危険に晒さなきゃいけなくなる。高城のお父さんの部下や避難民にもいっぱい犠牲が出てしまう。
高城の両親も死んでしまうかもしれない。そうなってしまったら、高城は絶対にあたしを許してくれないだろう。
ただ、冴子の生存のみに目を向けるなら、ほぼ確実に冴子は助かる。
避難民の中に協力者がいても、<奴ら>が雪崩れ込めば冴子たちとは別行動になるだろうから、その場は確実に逃げられる。
あんまりいい言い方じゃないけど、原作でも隣家に避難した高城のお父さんたちのその後の描写は無いから、状況的に見て協力者ごと全滅する可能性が高い。
嫌われるのは辛いけど、それでも冴子に死なれるよりは遥かにマシだ。
でも、本当にそれでいいのだろうか。
あたしには分からない。
1.高城のお父さんに相談する
2.事故を起こす