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No.20246の一覧
[0] 【習作】学園黙示録異聞 HIGHSCHOOL ANOTHER DEAD(学園黙示録HOTD 死亡分岐有り 転生オリ女主)[きりり](2013/03/31 13:40)
[1] 第一話(一巻開始)[きりり](2013/02/17 02:46)
[2] 第二話[きりり](2013/02/17 02:47)
[3] 第三話[きりり](2013/02/17 02:47)
[4] 第四話[きりり](2013/02/17 02:49)
[5] 第五話[きりり](2013/02/17 02:50)
[6] 第六話[きりり](2013/02/17 02:51)
[7] 第七話[きりり](2013/02/17 02:51)
[8] 第八話(一巻終了)[きりり](2013/02/17 02:52)
[9] 第九話(二巻開始)[きりり](2013/02/17 02:53)
[10] 第十話[きりり](2013/02/17 02:54)
[11] 第十一話[きりり](2013/02/17 02:54)
[12] 第十二話[きりり](2013/02/17 02:55)
[13] 第十三話(二巻終了)[きりり](2013/02/17 02:56)
[14] 第十四話(三巻開始)[きりり](2013/02/17 02:57)
[15] 第十五話[きりり](2013/02/17 02:57)
[16] 第十六話[きりり](2013/02/17 02:58)
[17] 第十七話[きりり](2013/02/17 03:01)
[18] 第十八話[きりり](2013/02/17 03:02)
[19] 第十九話[きりり](2013/02/22 20:01)
[20] 第二十話(三巻終了)[きりり](2013/03/02 23:57)
[21] 第二十一話(四巻開始)[きりり](2013/03/09 21:57)
[22] 第二十二話[きりり](2013/03/16 21:56)
[23] 第二十三話[きりり](2013/03/23 22:47)
[24] 第二十四話[きりり](2013/03/31 00:18)
[25] 第二十五話(四巻終了) NEW[きりり](2013/03/31 13:59)
[26] 死亡シーン集[きりり](2013/03/02 23:54)
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[20246] 第十九話
Name: きりり◆4083aa60 ID:a640dfd1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/02/22 20:01
 ここで一つ、過去の話をしよう。
 まだ世界の終わりなど来ていなかった頃のお話。
 前世の記憶を持って生まれたせいで、あたしは普通の子供のように正常な精神の発達を望めなかった。
 何故なら前世の記憶を認識できるということは、その時点で少なくても論理的な思考を組み立てることが出来る程度には自我が発達していなければならないということでもあるからだ。
 もちろん生まれたばかりの赤子にそんな高度な自我があるはずもないが、それは逆に一つの事実を示している。
 それは、今あたしをあたしとして認識している意識が、前世の記憶の持ち主であった男の意識とイコールであるということだ。
 前世の記憶というすでに完成された媒体があるのだから、当時赤ん坊で未発達の自我しか持たないあたしの意識が男の意識に上書きされるのは当然のこと。
 自我というものが年月の蓄積によって培われる以上、あたし自身の自我など、前世の記憶という完成された自我を持って生まれてしまった時点で発生する余地がないはずだった。
 ところが趣味嗜好その他の全てが前世の記憶によって男のものに染め上げられてしまったのに、どういうわけか肝心の男の自我が発生することはなかった。あたしは初めから完成された意識を前世から引き継いでおきながら、あたしのままこの世に生れ落ちてしまったのだ。
 そんなことになって、精神の発達に異常が出ないはずがない。
 目にする全てのものがあたしにとって真新しいものであるはずなのに、前世の記憶のせいで全ての未知はすでに経験している有り触れた既知へと置き換わってしまう。
 新しいものを目にするたびに起こる認識のすり替えのせいで、あたしはあたし由来の経験やそれに付随する感情を手に入れても、それを自分のものとして留めておくことができない。
 自我そのものを構成するパーツがあたしのものではないせいで、あたしが経験して感じた全てのものは、男がかつて経験して感じたことに取って代わられてしまう。
 例えば好き嫌いがそう。あたしはピーマンが好きで、にんじんが嫌いだ。それは前世の男がそうだったからで、あたし自身は初めてにんじんを食べた時はそんなに嫌いじゃなかった。むしろほろ甘くて美味しくて、好きだった。だけど二口めからどうしてもその甘い味を身体が受け付けてくれなくなって、それ以来食べると吐きそうになってしまうから、結局にんじんは苦手だ。
 逆に苦くてあまり美味しいとは思えなかったピーマンは、食べると相変わらずクソ苦いけど、今では身体が慣れてしまっていてその苦さを求めずにはいられない。自分でも意味分からない表現だけど、まさにそんな感じで食べ出したら止まらなくなる。
 あたしはあたしだ。それは胸を張って言えること。でもそれ以前に、あたしはあの男であることもまた事実なのだ。
 恋愛に関しても同じだが、こちらはもっと酷かった。
 小さい頃冴子に一目ぼれしたあたし。でもあたしは前世の記憶のせいで女の子にばかり好意を抱いていたから、それが本当にあたしの中から出てきた感情なのか自信がなかった。
 また男の子に対するような恋愛感情を同性に抱いているということが恥ずかしくて、己を曝け出すことができず、それでも滾るこの想いを諦めることなんてできないまま、いつも独りで罪悪感を抱きながら、遠くから冴子の後ろ姿を追いかけていた。
 そんなあたしでも、たった一度だけ男の人に恋したことがあった。
 中学校時代、冴子が当時所属していた剣道部の先輩に、冴子とどこか似た雰囲気を纏った先輩がいたのだ。
 竹刀を振るう姿は冴子のように凛々しく、物静かで思いやりがあり冴子に声をかけられずに外から部活の様子を延々と覗き込むような不審者そのものだったあたしにも、邪険にせずに接してしてくれた優しい人だった。
 言葉を何度か交わし、やがてお互いが顔見知りになったころ、あたしは彼を好きになっていることに気付いた。彼は男の人だったから、それは間違いなく、前世の記憶とは関係のないあたしだけの感情で、あたしが心から渇望していたものだった。
 一大決心の末告白してOKを貰えた時の喜びは、今でも覚えている。
 彼と付き合っている間は毎日がバラ色のようで、手を繋ぐだけでも舞い上がって胸を熱くしていた。彼はあたしを愛してくれたし、あたしも彼を精一杯愛した。それは今思えば本当にただの初々しい恋人同士のやりとりでしかなかったけれど、それだけであたしは幸せだった。
 彼の前では前世の記憶など忘れて、年相応の女の子でいられた。少なくとも当時のあたしにとってははそうで、彼がガチガチに緊張しながらあたしを抱きたいと言ってくれた時、あたしは本当に嬉しくて、嬉し涙で目尻を濡らしながら、笑顔で彼に頷いたのだ。
 なのに、だというのに、いざ彼の求めに応じて行為に及ぼうとした瞬間、想像していたような彼と関係を持つ喜びはなく、あたしは逆に途轍もない嫌悪感を感じてパニックに陥った。
 肌が泡立ったとかいうレベルじゃない。全身の産毛が文字通り逆立って、それでも無理に身体を重ねようとすれば引き付けを起こして呼吸困難になったあげく、猛烈な吐き気を感じてその場に反吐をぶちまけるほど酷いものだった。
 そうなれば当然もう行為どころではない。片付けにおおわらわで、その日は結局何もすることなく終わってしまった。
 幸い彼は笑って許してくれたし、あたしを好いたままでいてくれたけれど、あたしの方がもうだめだった。
 それからというもののあたしは彼に近付けなくなったのだ。彼を好きなはずなのに、触れられると怖気が走る。彼と手を繋いだり、スキンシップをすることを考えただけで吐き気がこみ上げる。
 彼とそういう関係になることを意識するだけで心と身体があたしの意思に反して強い拒否感を示して抵抗するので、彼に身体を求められてもあたしは拒むことしかできなかった。
 自然と彼との仲は気まずくなり、あたしは次第に接触を避けるようになった。彼は何度もあたしに会いに来ようとしてくれたが、あたしが避け続けるとそれも無くなった。
 自分でもよく分からない嫌悪感から徹底的に彼を避け続けていたあたしのもとに、彼はとうとう来なくなり、あたしと彼の仲は自然消滅してしまった。
 それでも意地汚いあたしは、自分の態度が招いたことだというのに、彼のことが諦めきれず放課後屋上に呼び出してしまったのだ。
 ところがいざ彼の目の前に立つと、再び意思を無視して強い拒否反応が起こり、あたしの意思表示を封じてしまう。
 もしかしたらあたしが何かを言うことを期待していたかもしれない彼は、何も言わないあたしに傷付いた顔をすると、やがてあたしを残して去っていった。
 彼を傷付けてしまったことによるショックより、体の反応が消えたことによる安堵感の方が大きくて、そのことにあたしはまた衝撃を受けた。いつの間にか雨が降り出していたことも分からないほどに。
 あたしを打ちのめしたのはそれだけでない。
 自失したまま歩いていたあたしは、無意識のうちに濡れそぼった制服姿のまま、救いようがないことに、また当然のように部活を覗いて冴子をストーカーしていたのだ。彼が視界に入っていたのに、あたしの目はまるで彼が路傍の石であるかのように彼を素通りして冴子を追っていた。彼が好きだという気持ちすら浮かばなかった。
 見咎めた彼に強張った顔で声をかけられて、我に返ったあたしは初めて気付き愕然とした。彼に何してるのか問い質されても何も答えられなかった。そんなこと、あたしが教えて欲しいくらいだった。自分で自分が理解できなくて、あたしは泣いた。
 ぽろぽろと涙を流すあたしの顔を見て気まずそうな顔になった彼は、がりがりと頭をかくとあたしの頭に清潔なタオルを被せた。

「……見学するなら中に入ったら。風邪引くよ」

 彼が去っていくのを見届けたあたしは、剣道場の隅に座り込んで彼がくれたタオルを頭から被り、鼻をすすりながら何かに憑かれたように膝を抱え、一心不乱に冴子の姿を眼で追い続けた。


□ □ □


 剣道部の活動が終わる頃にはもう雨は上がっていて、辺りは薄闇に覆われていた。
 暗がりの向こうにはぼんやりと歩いている冴子の姿が見える。呆然としていても自然と冴子の後をつけて歩くことができている自分がおかしくて、あたしは笑った。
 ある程度時間を置いたことで、自分の身に起きた症状が何なのかについては理解出来た。
 恋愛感情に一喜一憂して、普通の女の子に戻れると思っていた自分が本当にバカみたいだった。
 
「すき、きらい、すき、きらい、すき……」

 声には出さずにつぶやく。
 彼とは違い、冴子に対しては同性だというのにそういうことに対する嫌悪感は微塵も沸かない。
 あたしはずっと前世の記憶なんてあっても、彼を好きでいられ続けると思っていた。 
 でも、違うのだと彼との恋愛で思い知らされた。
 よく考えてみれば不思議なことでも何でもない。好きだと感じたものが、次の瞬間には嫌いなものになる。そんな経験は昔からいくらでもあったじゃないか。

「そうだよね。続くわけないよね。男の子との恋愛なんか」

 自分の間抜けさに思わず笑いがこみ上げてくる。
 普通の女の子に戻れるかもしれないなんて、馬鹿な希望を抱いた結果がこのざまだ。
 彼を傷付けて、自分も傷付いて、結局それだけであたしたちの関係は終わってしまった。
 けれど、あたしはもうそれに感傷を抱けない。抱きたくとも、それは無理な話。
 何のことはない。
 あたしは自分を女だと思っているし実際そうだけれど、その趣味嗜好は前世の男のものでしかなかったというだけのこと。

「どうせならきれいな女の子とやりたいもんね」

 思わず天を仰いでつぶやく。
 彼に対する反応も当然だ。
 嫌悪感が出るのは当たり前。ホモになっちゃうのと同じなんだから。
 前世の記憶を持って生まれた以上、誰もが望むような平凡な恋愛なんて、出来はしない。
 泣きたいくらい悲しいはずなのに、涙すら流れない理不尽なこの身体。意思とは無関係に、彼との関係はもう終わったこととしてあたしの中で処理されてしまった。
 今ならば彼に恋した理由すら、あたしは推察することができる。あれはきっと、彼自体に恋していたわけじゃなかった。あたしはよく似た雰囲気を持つ彼の中に勝手に冴子を投影して、彼に恋したつもりになっていただけだ。
 その証拠に、冴子への気持ちは変わらずあるにも関わらず、残っている彼への気持ちは申し訳なさと感傷、あとは後悔しか残っていない。あれほど未練があったはずなのに、最後の一線を踏み越えずに済んだことに、いまでは安堵すらしてしまっている。
 いくら冴子のことが好きだからといって、これはない。こんなのあんまりだ。
 でも人とは違う生まれ方をしてしまった以上、仕方のないことだった。

「やだな……なんで前世の記憶なんて持って生まれちゃったんだろ」

 雨が上がったばかりの空は曇っていて、それがまた気分を憂鬱にさせた。
 良かったことといえば、これで恋愛における前世の記憶による認識の修正がかかるトリガーについては大体分かったということぐらい。
 相手が同性であれば問題ない。男に対するものでも、彼と付き合った経験から推測すれば、性行為を明確に連想させる行動を取らなければ何とかなるだろう。
 でも、それで何を喜べというのか。
 男との間に愛を育んでも、実を結ぶことができないのは証明された。かといって前世の記憶に従って女を愛しても、それはそれで何も生まず育まない不毛な関係でしかない。子どもを作ることができない以上、子孫を残すという種の理から反している。
 とはいえあたしにはどうすることもできないこともまた、事実。前世の記憶をどうこうしようなんてあたしには不可能だからだ。
 それこそ頭を打ったりして天文学的な確立で記憶喪失にでもならない限り、あたしが前世の記憶から開放されることは有り得ない。仮に開放されたとしても、良くも悪くも今の人格のベースとなっている根幹の記憶が失われるのだ。どの道正常な人間としては生きられないだろう。
 ただの性同一性障害なら性転換手術とかで何とかなるかもしれないけれど、それもあたしには意味がない。あたしの身体は本来男に生まれるはずだったなんていうことはないし、あたしは女である自分が好きだ。性別まで前世の記憶と同じにされたらと思うとぞっとする。
 普通の女の子がするような男との恋愛は、あたしにはつらいことの方が多過ぎた。結局、あたしの恋愛相手は同性しかいないのだ。だったらやっぱり冴子がいい。
 気持ちが沈んでいるからか、顔を戻しても俯いてばかりで見えるのはスカートから伸びる自分の足くらい。
 そのせいで、ずっと自分の後ろをついてくる気配を怪訝に思った冴子が、曲がり角で木刀を携えて待ち構えていることにも気付かず、あたしは冴子の戸惑う顔と鉢合わせすることになった。

「あれ……? 女の子?」

 聞こえた声に顔を上げれば、振り上げた木刀をあたしに当たる直前で寸止めさせた、眼前にどアップで映るどことなくちょっと残念そうな冴子の顔。

「……」

「……」

 見詰め合うこと十数秒。
 あたしは完全に思考停止していた。
 色々と何か言わなければいけない気がしたけれど、あたしは何も言葉を口に出来なかった。
 何よりもまず、冴子の顔が近すぎる。

「えっと……君、誰? 同じ学校の子みたいだけど……」

 木刀を下ろした冴子が身を引いたので、誰何の声でようやく我に返る。
 同時にようやく状況に理解が追いついて、今更ながら自分の格好に対する羞恥心がこみ上げてきた。
 だって制服は雨に濡れたまま生乾きになってしまったせいで何だか異臭を発している気がするし、整えていた髪はタオルを被っていたせいでぼさぼさだ。
 唇だってきっと真っ青になっているだろうし、カタカタカタとさっきから五月蝿いと思っていたら、寒さで自分の歯が鳴る音だった。
 こんな格好で冴子の前に出るなんて、恥ずかしすぎる。

「ごっ、ごめんなさい!」

 ぺこぺこと米搗きバッタのように頭を下げ、振り返って猛然とダッシュ。
 引きとめようとする冴子の声を振り切って、近くにあった路地に逃げ込んだ。
 しばらく走り冴子がすぐに追いかけてこないことを確認して、ホッと一息をつく。
 せめて髪だけでも整えようと鞄から櫛を取り出し、手鏡を取り出して髪を梳る。

「び、びっくりしたぁ……」

 別に逃げる必要はなかったけれど、心の準備をしてなくてつい逃げ出してしまった。
 去り際に引き止められていたことを考えると戻りたい気持ちはあるけれど、今からまた冴子に会う勇気はちょっと無い。
 明日学校話しかけられたらどうしようと一瞬思うものの、すぐに冴子があたしに話しかけてくるはずがないと思い直す。冴子と直接会話したことなんか一度もないし、いつも遠くで見ているだけだったから。
 こんな些細な出来事なんて、冴子もそのうち忘れてしまうに違いない。
 ……何だか寂しいな。
 冴子と友達になりたい。話しかけてもらいたい。これは紛れもないあたしの本心だ。
 でも、冴子はあたしみたいなちょっとおかしい子と友達になりたいなんて思ってくれるだろうか。そう考えると、こちらから話しかける勇気なんてなくなる。
 意気地のない自分が時々嫌だ。
 ため息を一つ。
 今日はもう帰ろうと櫛と手鏡をしまって踵を返したあたしを、暗がりから伸びた手が掴み引きずり込んだ。
 思わず悲鳴を上げようとした口を後ろから伸びてきた無骨な手が塞ぎ、もう片方の手があたしの胴を拘束する。
 首筋に押し付けられた吸い付くような謎の感触と、うなじを払う生暖かい空気。
 胴を拘束している手が胸をまさぐり始めたのを見て、あたしはようやく自分の状況を知った。
 身体を這い回る感触に、二重の意味で怖気が走る。
 見知らぬ男に襲われている。

「やっ、止めてよ!」

 反射的に振り解こうとするが、男はあたしの抵抗をものともしなかった。
 誰かに助けを求めようにも辺りに人影は無く、静まり返っている。
 道路は一本道で、逃げ場なんてどこにもない。
 市街地からかなり離れていて人気のない辺鄙な場所だから、叫んだところで人が来るとも思えない。
 冴子のことが一瞬頭を過ぎった。別れたばかりだから、きっとまだ近くにいるはずだ。助けを求めたら声を聞きつけてやってきてくれるかもしれない。
 けれど、もしあたしが助けを呼んだ結果、冴子までがこの男に襲われてしまったらと思うと、あたしは大声を出せなかった。いくら強くたって、冴子だって女の子なんだ。不覚を取らないとも限らない。
 だから身体を触られ続けても我慢した。男が行為に及ぼうとする瞬間だって、決して声を出さなかった。
 心の中で、どうか冴子が来ませんようにと、それだけを念仏のように唱えていた。
 それからのことはあまりよく覚えていないし、正直思い出したくもない。
 ただ一つ言えるのは、こういう時ばかり一致する嫌悪感や拒否感情と、突如走った身体を引き裂くような痛みで訳が分からなくなっているうちに、気がついたらあたしの身体はもう取り返しがつかなくなってしまっていて、男はいつの間にか現れていた冴子に木刀を浴びせられていたということ。
 あたしは男に組み敷かれていた格好のまま、乱れた自分の衣服を整えもせず、我慢しきれないかのように口をきゅっと笑みの形に吊り上げて木刀を構える冴子の横顔を見つめていた。
 どうして、という疑問は浮かばない。
 暗がりの中わずかな光に照らされた冴子はとても綺麗で、木刀を振るう姿は禍々しくも美しくて、その姿にただ見蕩れた。
 男に木刀を振るうたび、徐々に冴子の唇の端の笑みが深く鋭く歪んでいく。
 それをもっと間近で見たくて、あたしは立ち上がった。
 何故か下半身に痛みが走り、ふらふらとおぼつかない足取りで歩く。
 冴子があたしに気付き、我に返ったかのように眼を見開いてあたしを見つめ、木刀を取り落とした。
 ずっと見ていたかったあたしは、もう止めてしまうのか、と少し残念に思う。
 恐れの表情を浮かべて身を強張らせた冴子の傍を通って木刀を拾い上げ、倒れて呻く男の前に立つ。
 木刀の切っ先で男の身体をつつくと、男のうめき声のトーンが変わった。
 それが面白くて、何度も男をつついた。
 男の身体が震える。

「くす」

 出し抜けに笑いがこみ上げる。
 ちょっと強めに木刀を振り上げて叩いてやると、小さな悲鳴を上げるのがまた面白い。
 たまにあたしを反抗的な眼で見上げてくるのが気に入らなかったので、スコップで地面を穿るように木刀で男のわき腹を抉ってやると、眼を見開いて呻いた後咳き込み出したのでまたおかしくなる。

「くすくす」

 どうしてかは分からないけれど、男が苦しむたびに心に羽が生えたかのように軽くなっていくのが楽しくて、木刀を振るいところ構わず何度も叩いた。
 しばらくすると男の反応が薄くなってきたのでつまらなくなり、どうにかしてまた鳴かせられないかなと考えていると、ふと微かに膨らんだ男の股間が眼に入る。
 なんとなく踏んでみたところで、あたしは自分の下半身がすっぽんぽんになっていることにようやく気付いた。
 一瞬どうしてこんな格好なのか疑問が頭を掠めたけれど、下半身に力を入れるたびに走る痛みは消えないし、なんだか靴越しに感じる感触が硬くなってきたのがむかついたので、気にせず楽しいことに集中することにした。
 体重をかけて踏み込むと何かが潰れるような感触が伝わってきて、にまにまと堪え切れない笑みがこぼれる。
 今までとは次元が違う大きさの叫び声を上げ、油の張った鍋に投入された芋虫のように激しく身悶え泡を吹く男の前で、あたしは木刀を持ったまま両方の拳を口元に当て、顔が醜く笑みの形に歪むのを隠す。

「くすくすくすくす」

「も、もう止めろ! 止めるんだ!」

 我に帰ったらしい冴子に、後ろから抱きしめられて男から引き剥がされ、木刀を取り上げられてしまったので、しぶしぶ中断する。
 しかたないね。
 その代わり身を捩って冴子を見上げ、あたしは子どものように笑った。

「ねえさえこ。ぼうりょくって、たのしいね!」

 その時のあたしは幼児退行を起こしていたけれど、前世の記憶のせいであたしに起こった変化は外見からはほとんど伺えない。
 普段と違うところといえば少々口調が舌足らずになったことくらいで、それがかえって異常に映ったのか冴子は否定も肯定もせず、ただ痛ましそうな眼であたしを見て、あたしを抱きしめる力を強めた。
 その唇は、何故か何かを悔やむかのように強く噛み締められている。

「すまない……本当にすまない……」

 あたしの意識はそこで途切れた。
 

□ □ □


 眼が覚めるとあたしは病室のベッドで寝ていて、傍では何故か疲れた様子の冴子が椅子に座ったまま眠り込んでいた。
 上体を起こして窓に眼を向ければ外は晴れていて、空の青と雲の白と、芝生の緑のコントラストが綺麗だった。
 いまいちはっきりとしない頭で記憶を辿るが、思い浮かぶ記憶が断片的で何があったのかよく思い出せない。

「???」

 首を捻っていると、冴子が身じろぎして目を開く。
 冴子はあたしの顔を見るとパッと顔を輝かせた。

「眼が覚めたのか!?」

 本当なら答えなきゃいけないところなのに、あたしは冴子の笑顔にぽけっとした表情で見蕩れていた。
 思い浮かぶ疑問は、どうして冴子はあたしを見て、こんなに嬉しそうに笑っているんだろうということだけ。

「嬌? 大丈夫か?」

 下の名前で呼ばれたことに驚いて、慌ててぶんぶんと首を横に振る。
 目をまん丸に見開くあたしに疑問を察したのか冴子があたしの手を取った。

「ああ、名前のことなら、君の母上が教えてくれたよ」

「……お母さんが来てるの?」

「そうだ。今は席を空けているが、さきほどまでここに居られた」

 あたしが知らないうちに、冴子とお母さんは知り合っていたらしい。あたしを差し置いて冴子と先に知り合うなんてずるい。
 謝られるとは思ってなかったあたしは、お尻にむずむずする感情を感じて身を捩った。

「いたっ」

 下半身に走った痛みに思わず悲鳴を上げて身体を丸めたあたしの背を、冴子が立ち上がって慌てたようにさする。

「無理するな。今人を呼んでくるから──」

「待って」

 離れようとする冴子の服の袖を、反射的に掴む。

「ごめんなさい。でも、独りになるのはなんだか怖くて」

 そんなことを言うのは駄々をこねる子どもっぽい気がして恥ずかしかったけど、わずかな時間でも独りきりになると思うと何故か身体が震え出しそうだった。
 まだ記憶は乱れているけれど、下半身に痛みが走ったことにより、犯されたのだという事実だけは思い出したのだ。
 冴子はしばらくの間あたしを見つめた後、椅子に座り直した。

「分かった。もうすぐ君の母上も帰ってこられるだろうし、少し待とう」

 冴子はそれきり黙り込んで俯き眼を閉じてしまい、かといってあたしから何か話題を切り出す勇気もなく、しばらく規則正しい時計の音だけが響く。
 だんだん頭がはっきりしていくにつれて昨夜の出来事の一部始終を思い出してきて、恐怖がぶり返してきたけれど、不思議と目の前にいる冴子の顔を見ると和らげられ、冴子が傍にいることによる安心感の方が大きくなってくる。
 やがて、再び目を開いた冴子はあたしに向けて深く頭を下げた。

「……君には謝らなければならない。私が遅れたせいで、君の身体は取り返しのつかないことになってしまった」

「ううん、気にしないで。助けてくれてありがとう」

 にこっと笑って、大丈夫なのだということを態度で示してみる。
 実際、あたしは自分の身体に起こってしまったことよりも、冴子が自分と同じような目に遭わずに済んだことに胸を撫で下ろしていた。
 犯されてショックを受けないはずがないし、あたしだって全然気にしてないと言ったら嘘になるけど、冴子が無事ならそれでいい。
 でも冴子は納得がいかない様子で、どこか思いつめた目であたしを見た。

「償いというわけではないが、君には私の恥ずべき秘密を知ってもらいたい。誰かに言いふらしても構わない。それも報いだろうから」

 あたしは黙って首を横に振る。
 昨夜の体験によって得た情報を繋ぎ合わせれば、冴子の秘密とやらを想像することは難しいことじゃない。
 声を上げていないのに冴子が現れたってことは冴子の方からあたしに気付いたってことだし、だとしたら冴子は自力で気付けるくらいあたしの近くにいたことになるからだ。
 でも冴子が助けに入ってくるのは、あたしが犯されていた時間に比べ遅すぎた。
 木刀を振るってる間、冴子は楽しさを押さえきれないように笑っていたから、たぶんあたしを助けるのはついでで、本当は男を痛めつけたかったのだろう。
 であれば、大体の見当はつく。

「いいよ。全部知ってる。あの時のこと大体思い出したから、分かってるつもり。……毒島さんは、ただ愉しみたかっただけなんでしょ?」

 返事を聞いた冴子は驚愕の表情を浮かべ、思わずといった様子であたしを恐れるように自分の身体をかき抱いていた。
 恨むつもりは毛頭ないのだが、冴子があまりにも可哀想なくらい怯えていたので、あたしはちょっとだけわがままを言ってみることにした。
 弱みに付け込むようで嫌だけど、こうでもしないとあたしには一生無理そうだし、少しでも冴子に元気を取り戻して欲しかった。

「あの……毒島さん。ちょっといいですか?」

 姿勢を正して声をかけると、弾かれたように冴子が振り向く。
 思いがけずその目には保身ではなく私を案じているのであろう心配そうな感情が浮かんでいて、そんな目で見てもらえるとは思ってなかったあたしは縮こまる。
 ……いやいや、ここで萎縮してどうする。
 こんなチャンスなんておそらく二度とないだろうから、勇気出せ私。
 高鳴る心臓の鼓動を両手で胸を押さえて堪えた。

「母から聞いたなら今更かもしれませんけど、あたし、御澄嬌っていいます。引っ込み思案で臆病でバカだから、こんな時期になっても友達が一人もできなくて。クラスは違うんですけど……良かったら友達になってくれませんか?」

 冴子はいかにも予想外であったというように、鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔で動きを止めた。

「……どうして? 私なんかで、いいの?」

「なんかじゃなくて、毒島さんがいいんです。あたし」
 
 しばしの沈黙のあと、一大決心してそう告げると、あたしを見つめる冴子は感極まったように目を潤ませ、泣き出してしまった。
 吃驚仰天したあたしは顔を覆って嗚咽を漏らす冴子を前にあたふたするしかない。
 慌てるあたしに冴子は抱きつき、くしゃくしゃになった笑顔を向けてきた。

「私でよければ喜んで。私は毒島冴子。敬語はいらないよ。友達には冴子って呼んで欲しいな」

 反射的に口に出そうとしたあたしの言葉は、空気に溶けて消えた。
 ありがとう、とかこちらこそよろしく、とか言いたいことはいっぱいあるのに、何一つ形にできないこのもどかしさ。
 目の前には涙を浮かべた、髪をポニーテールにした冴子の笑顔。視線を落とせば見える、自分を抱き締める冴子の腕。
 小学校で一目見たあの日から、ずっと、友達になることを夢見てきた。
 どうせあたしじゃ無理だと諦めながら、それでも諦め切れずにずっと冴子を追いかけてここまできた。
 それが思いがけず現実になりそうな予感に、あたしは自分からお願いしたのにも関わらず尻込みしてしまう。
 だって。
 本当に、いいの?
 あたしみたいな人間が、冴子と友達になっていいの?
 やっぱり駄目だよ。あたしなんかと仲良くしたら、冴子まで汚れちゃうよ。
 でも、でも。いけないことなのに嬉しい。すごく嬉しい。
 胸の内を色んな感情が駆け巡って、一気に涙腺と他に緩んじゃいけないものが緩む。

「なんで泣くの!?」

 ぶわっと目を潤ませたあたしに冴子が慌てふためく。

「すみません……。毒島さんと友達になるのが小さい頃からの夢で、それが叶ったかと思うと、嬉しくて」

 えぐえぐと嗚咽を漏らすあたしの頭を、冴子は自分も泣きながら撫でてくれる。

「大げさだね。それなら、もっと早く言ってくれればよかったのに」

 言えるわけがない。
 あたしにとって冴子はいつも雲の上の人だった。尊敬する人であり、大切な人であり、憧れそのもので、到底手が届かない場所にいる人だった。
 友達になりたいと思いながら、同時になれるはずがないと否定していた。
 前世の記憶のおかげで勉強はできててもコミュ障でぼっちだったあたしと、大人びた奇麗な容姿と立ち居振る舞いから男女を問わず人気があった冴子じゃ、住む世界が違い過ぎたから。
 それに本当はそれだけじゃなくて、先輩との失恋話とか、昨日の体験とか、そんな辛かった出来事を、冴子がいるのだからもう恐れなくていいのだと感じて、一気に気が抜けてこんな歳にもなって粗相したなんて、恥ずかしくて絶対に言えない。
 それからはお母さんが戻ってきて二人して抱き合って泣いているあたしたちを見てまたひと悶着あったり、粗相したことがばれて逃げ出そうとしたあたしが下半身の痛みにひっくり返ったり、警察の事情聴取もろもろを受けてとても恥ずかしい思いをしたり、診察に来たお医者さんの治療を受けて妊娠しないようお薬を飲んだり、あたしを襲った男の顛末を聞いてお母さんが顔を蒼白にしたり(なんとかとかいう骨が二本折れたうえに全身打撲、さらには玉が一つ潰れていたらしい。ざまぁみろ)色々あったのだが、色んな人が尽力してくれた結果最終的にあたしも冴子もお咎めなしで済んだので割愛する。
 病院を退院してからは冴子が積極的に話しかけてくれるようになって、舞い上がったあたしは失恋のショックとか感情すら捻じ曲げた前世の記憶に対する絶望とか、不本意な処女喪失のトラウマとかを引きずらずに済んだ。
 嫌なことはいっぱいあるけれど人生そればかりじゃない。
 これはただ、それだけのお話。


□ □ □


 てな感じで、あたしは自分自身の経験やそれに付随する感情が前世の記憶と食い違えば、全て前世の記憶のものに書き換えられてしまうという難儀な性質を持っているのだが、奇跡的に冴子に対するあたしたちの感情は一致している。
 前世の記憶の持ち主だった男も毒島冴子が好きだったけれど、それはあくまで漫画の登場人物に向けられるものでしかなかった。
 当然あたしが現実の冴子に向けるような愛情ではないはずなのだが、この男はよほどのツワモノだったらしく、二次元でも気に入った女性ならば本気で愛情を注いで不毛な行為に没頭できるほどの変態さんだった。
 はっきりいってドン引きすぎる前世だが、そのおかげで冴子への感情が塗り替えられずに済んでいるあたしとしては、苦笑いするしかない。
 そして塗り替えられていないという事実こそが、冴子に対する愛が、あたし自身の感情の発露によるものであるという証明と信じたい。
 女が好きなのはあたし由来の感情ではないし、冴子を好きになったきっかけも今となってはあたしのものではなかったかもしれないけれど、冴子と過ごした日々によって育まれたこの愛情の深まりと、あの日、初めて冴子と出会って感じた急激な胸の高鳴りだけは、あたし自身のものだ。
 ……とまあ、あたしの冴子ラブ愛してる抱いて! 的感情以外はこんなふうに前世からあたしの意思に反して無理やり引き継がされてしまった産廃的なものなので、あたしが根本的なところでゲスなのも仕方ないことなのである。
 あまり冴子に心配をかけたくないあたしとしては、冴子に彼らを見捨てたことをばらされる前にコイツの口を手段を問わず封じなければならないのだが……万が一露見した時のことを考えると手荒な手段に出るわけにもいかない。

「無事だったんだね。良かった。他の皆は?」

 生きていてくれてホッとしたのも事実だったので、顔を綻ばせて聞いてみたら、物凄い眼で睨み返された。

「……死んだよ。俺以外皆食い殺されちまった。アンタのせいでな」

 あたしのせいじゃない、と反射的に言い返そうとして口を噤む。
 たぶんそれは、彼らを見捨てる選択をしたあたしが口にしちゃいけないことだ。

「そっか。それは残念。で、何の用? あたしに復讐でもしにきたの?」

 殊勝にしていればいいものを、口から出てくるのは相手を挑発するような言葉。
 原因はあたしとはいえ、こちらとしても苦渋の選択だったから、自然と喧嘩腰になってしまう。

「分かってんなら話は早い。おいアンタレズなんだろ」

 思わず息を飲む。
 そんなこと、誰にも言ったことないのに。

「何で分かったって顔してるな。毒島にあんなにベタベタしてたら誰でも分かると思うぜ」

「べっ、別にベタベタしてなんか……!」

「まあ、そんなことはどうでもいいんだよ」

 ムキになって口に出そうとした言葉は、途中で遮られ尻すぼみになった。

「なあ、毒島が大切か?」

 唐突にそんなことを言われ面食らう。
 さっきからコイツは何が言いたいんだ。

「当たり前でしょ。分かりきったこと言ってんじゃないわよ」

 憮然として言い返すと、不良は片手で顔を押さえて天を仰ぎ、笑い出した。

「そうだよな。アンタならそう言うよな。だからこそこれが復讐になるんだ」

 不良はあたしに顔を近付け、至近距離でにたぁっと笑みを浮かべた。
 友好的なものには見えないそれは、あたしにはまるで口が裂けたかのように邪悪に見えた。

「なら毒島をレイプさせてくれよ。お前は誰かにばれないように俺を手伝え。断ってもいいが、そしたら毒島を殺すぜ?」


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