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No.20246の一覧
[0] 【習作】学園黙示録異聞 HIGHSCHOOL ANOTHER DEAD(学園黙示録HOTD 死亡分岐有り 転生オリ女主)[きりり](2013/03/31 13:40)
[1] 第一話(一巻開始)[きりり](2013/02/17 02:46)
[2] 第二話[きりり](2013/02/17 02:47)
[3] 第三話[きりり](2013/02/17 02:47)
[4] 第四話[きりり](2013/02/17 02:49)
[5] 第五話[きりり](2013/02/17 02:50)
[6] 第六話[きりり](2013/02/17 02:51)
[7] 第七話[きりり](2013/02/17 02:51)
[8] 第八話(一巻終了)[きりり](2013/02/17 02:52)
[9] 第九話(二巻開始)[きりり](2013/02/17 02:53)
[10] 第十話[きりり](2013/02/17 02:54)
[11] 第十一話[きりり](2013/02/17 02:54)
[12] 第十二話[きりり](2013/02/17 02:55)
[13] 第十三話(二巻終了)[きりり](2013/02/17 02:56)
[14] 第十四話(三巻開始)[きりり](2013/02/17 02:57)
[15] 第十五話[きりり](2013/02/17 02:57)
[16] 第十六話[きりり](2013/02/17 02:58)
[17] 第十七話[きりり](2013/02/17 03:01)
[18] 第十八話[きりり](2013/02/17 03:02)
[19] 第十九話[きりり](2013/02/22 20:01)
[20] 第二十話(三巻終了)[きりり](2013/03/02 23:57)
[21] 第二十一話(四巻開始)[きりり](2013/03/09 21:57)
[22] 第二十二話[きりり](2013/03/16 21:56)
[23] 第二十三話[きりり](2013/03/23 22:47)
[24] 第二十四話[きりり](2013/03/31 00:18)
[25] 第二十五話(四巻終了) NEW[きりり](2013/03/31 13:59)
[26] 死亡シーン集[きりり](2013/03/02 23:54)
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[20246] 第十二話
Name: きりり◆4083aa60 ID:8aa228eb 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/02/17 02:55
 風呂から上がると、鞠川先生がお友だちの取っておきだというお酒を持ってきた。台所からグラスを持ち出して、女性一同で少しずつ味わう。
 確かに美味しい。度数も結構強いみたいだから量は飲めないけど、酔うには持ってこいだ。バスの時みたいに魘される娘もいるだろうし、ぐっすり眠るという点では悪くない。
 あまりたくさん飲んだ自覚はないが、8人で飲んでいたせいもあってあっという間に空になる。
 程よく酔っ払ったあたしたちは、外に出ない、大きな音を立てないことを条件に思い思いに散っていく。自由行動である。
 ちなみにコンビニで買い込んだ食糧だが、小室と麗はその殆どをはぐれている間に無くしていた。聞いた限りではかなり大変だったみたいだから仕方ない。幸いいくつかは無事だったので、この部屋の冷蔵庫や調味料を漁れば何とかなるだろう。

「私はこれから皆の夜食を作るが、君も来るか?」

「もちろん。人数分作るのは大変でしょ? 手伝うわよ」

 冴子に誘われ台所へ。
 ちなみにあたしたちは合うサイズの服がなかったので、二人とも洗濯の間仕方なく下穿きを穿いてエプロンをつけただけの格好で誤魔化している。あたしは恥ずかしくてついつい猫背になるのだが、冴子はこんな時でも堂々としていてあたしが猫背になるたびに姿勢が悪いと注意してきた。下穿きは鞠川先生の友だちのを借りたのだが、それがまた布地の部分が極めて少ないスケスケのティーバックで恥ずかしさを助長している。何のバツゲームだ。

「……改めて思うけど凄い格好よね、あたしたち」

 食材の下拵えをしながらぼやくと、冴子がきょとんとした顔を向けてくる。

「そうか? 私はこれくらいなら小室たちに見られても大丈夫と思っていたのだが」

 思わず絶句するあたし。相変わらず冴子の感性は常人離れしている。つーか、裸エプロンで大丈夫って、冴子の恥ずかしいと思う格好があたしにはさっぱり分からないよ。

「まあ、冴子がそう思うならいいけど」

 嫌だと言っても着るものがないことには代わりがないので仕方ない。割り切ることにする。
 一緒に料理をするのは今に始まったことではないので、特にトラブルもなく調理は進む。
 1人暮らしの冴子はもちろん、あたしも冴子ほどではないがそこそこ経験はある。
 夜食ということで、冴子は簡単に汁物を作るつもりらしい。春先とはいえ夜になればまだ肌寒いし、身体を温めるのは悪いことじゃない。<奴ら>を連想させないよう肉の使用は控えたし、あっさりとした味付けにすれば後続組の子たちも食べられるはずだ。
 ある程度形ができてくると味付けの段階に入り、冴子の独壇場になった。手持ち無沙汰になったあたしは、台所の中央で仁王立ちになって、上のほうから聞こえてくる酔った鞠川先生や麗の声と、びっくりしたように騒ぐ小室たちの声を聞きながら、やってくるラッキースケベを待ち構える。
 冴子の裸エプロンなんてあたし以外に見せてたまるか!

「ぶっ! 御澄先輩、何て格好してるんですか!?」

 ……あれ? 井豪? 何で井豪が来るのー?

「ん? 何入り口で立ち止まってるんだ?」

「ま、待て、今は入るな!」

「何だってんだよ……」

 結論。小室も井豪の後ろにいました。
 井豪は紳士的に後ろを向いて小室を押しとどめようとしたようだけど、小室はひょいと井豪の身体を避けて台所に入ってくる。
 増えた気配に気付いたか冴子も振り返る。あああ、もうだめだ。

「小室君たちか。もうすぐ夜食ができる。明日の弁当もな」

「助かります。すみません、先輩たちに面倒ばかり押し付けて……」

 恥ずかしそうに頭をかいた小室の動きがあたしたちを見て止まった。隣で井豪が頭を抱えている。

「ええええええええ!?」

 声に驚いた冴子がきょとんとする。

「どうした?」

「どうしたも何も」

 視線が自分の身体に注がれているのに気付いて、冴子がエプロンを引っ張った。
 見える見える! 色々大事なものが見えるから引っ張らないで!

「ああこれか。合うサイズのものがなくてな。洗濯が終わるまで誤魔化しているだけだが……」

 顔を真っ赤にする小室たちに冴子はエプロンを身体に押し付けて見える面積を少しでも減らそうとする。
 でもそれ、乳首浮き出るから! かえってエロいから!

「やはりはしたなさ過ぎたようだな。すまない」

 この天然さんめ!
 だめだ早く何とかしないと……。

「ほらほら男どもはさっさと後ろ向く! まったくもう、冴子はこういうことには無頓着なんだから……だいたいこんな格好で<奴ら>と戦うことになったらどうすんのよ」

「無頓着なわけではないぞ。評価すべき男には絶対の信頼を与えるようにしているだけだ」

 小室、気持ちは分かるけど嬉しそうにすんな。さっさと後ろ向きなさいよ。井豪なんて耳まで真っ赤にして後ろ向いてるじゃない。
 階段から小室を呼ぶ酔っ払った麗の声が聞こえてくる。井豪が麗を気にする素振りをしたが、振り返る小室を見て何を思ったのか結局その場を動かなかった。

「見てやった方がいいぞ。女とは時にか弱く振舞いたいものだ」

 すっごく楽しそうに口元を緩ませながら、冴子は鍋に向き直って調理を再開する。

「毒島先輩もですか」

「友人には冴子と呼んで欲しいよ」

「さ、さ……」

 どもっている小室を見て、可愛いものを見るかのように冴子がくすりと笑った。

「練習してからでいい」

 冴子の笑顔に見とれる小室にあたしは笑顔で近付いていく。

「で、小室君はいつになったら後ろを向いてくれるのかな?」

 顔をあたしに向けた小室が、真っ赤だった顔を青褪めさせる。
 あは、信号機みたい。どうしてそんな反応するのかなぁ? うふふふふふふふ。

「み、御澄先輩……。さすがに包丁持ち出すのはやばいんじゃ」

 井豪が何か言ってるけど、あーあー聞こえなーい。つーかさり気なくこっち向くな。

「さっさと出ていきなさい!」

 あたしは包丁を突きつけて2人を一喝した。


□ □ □


 小室は麗を構いに出ていったが、井豪は何故か台所に残ったままだった。
 律儀にまた後ろを向いた井豪にあたしは声をかける。

「君は行かないの? 宮本さんの彼氏なんでしょ?」

 井豪は振り返らずに頭をかいた。

「麗は、もともと孝の方が好きでしたから。麗と孝がよりを戻すのなら祝福してやらないと」

 あたしは井豪の言葉に絶句した。お人好しにもほどがあるだろう。冴子のことが大切なあたしにとっては小室が麗の方を向くのでいいことだが、複雑だ。

「君は宮本だけでなく、小室君との友情も大事なのだな」

 汁物を小皿に取って味見していた冴子が振り返る。

「幼馴染なんで……。こんな事態ですし、あまりあいつとしこりは作りたくないんです」

「愛ではなく友情を取るか。損な性分だな、井豪君」

「よく言われます」

 空笑いなのが何となく分かって、あたしは居たたまれなくなる。麗が小室を向くように工作したのはあたしなのだ。冴子のためだから恨まれることは覚悟していたけど、こんな風に井豪が引くなんて考えもしなかった。
 井豪の背中に声をかける。

「……こっち向いてもいいよ」

「え。それは……」

 逡巡する井豪に言い募る。

「別にいいわよ。冴子はもともと気にしてないし、あたしも井豪君なら気にならないわ」

 恐る恐る振り向く井豪の前であたしは胸を張る。やましいことがあると思わせてはいけない。いつもの自分を心がける。
 あたしも冴子も裸エプロンだからか、井豪は凄く居心地が悪そうだった。前を向いても視線はあらぬ方向に飛びまくって落ち着かない。
 ……あまりにも井豪が緊張しているものだから、何だかあたしまでドキドキしてきた。

「ねえ、井豪君。やっぱり親友だとしても不満はたくさんあるんでしょ? 違う部屋で愚痴くらいなら聞いてあげるよ」

 つい雰囲気に流されてそんなことを言ってしまう。元凶のあたしが何言ってるんだろ。というかこんなのあたしの柄じゃないのになぁ。
 鍋をかき回していた冴子が戸棚からお酒のビンを一本取り出し、グラス2つと一緒にあたしに手渡す。

「行ってくればどうだ? 残りは私1人でもできる。明日も<奴ら>を相手に命のやり取りをすることになるのだから、吐き出せるものは今日中に吐き出しておいた方がいい」

 冴子からゴーサインが出たので、あたしは控えめに井豪の手を取る。
 この時あたしは、自分の格好を完全に失念していた。

「ほら、いこ?」

 だから、頷いて立ち上がった井豪が顔を背けながらもどこか熱の入った眼でじっと見つめてきたことの意味を、深く考えはしなかったのだ。


□ □ □


 誰もいない部屋に移動したあたしは、井豪をソファに座らせてグラスを取り、お酒を注いだ。

「これ飲んで」

「……ありがとうございます」

 グラスを受け取った井豪は少し逡巡した後、グラスに口をつけた。
 半分ほどを飲み干した頃、井豪の口から次々と愚痴が溢れ出てくる。

「最初に麗のことを好きになったのは孝かもしれないが、俺だって麗のことが好きだったんだ。なのにどうして……」

 息継ぎで話が途切れる合間にあたしは相槌を打つ。話し易いように、空になったグラスに酒を足すのも忘れない。

「ずっと面倒臭がって麗のことを見ていなかったのに、事が起こってからの孝はまるで人が変わったように……」

 小室に限らず、<奴ら>と相対して一日を生き抜いてきたあたしたちは、大なり小なり昨日までのあたしたちとは変わってしまった。小室は普段が鬱屈していたみたいだから、その変わり様が他人よりも大きく見えるだけだろう。
 幼馴染だからこそ、変化を認められないという気持ちを、あたしはよく分かっているつもりだ。
 だって、まさにあたしと冴子の関係がそうなのだから。冴子があたしじゃなくて他の人を好きになったらと考えると胸が苦しくなる。
 あー、何か、今までは小室に同情してたのに、今度は井豪に同情してきてるぞあたし。あたしが蒔いた種なんだから自業自得なのに。

「麗のことを支えているのは俺だって自負があったんだ。でも麗は二人で行動しているうちに孝の方を向いてしまったみたいで……」

 痛い。何がってあたしの良心が痛い。さっきから井豪の愚痴を聞けば聞くほどドスドスあたしの心に罪の意識が刺さってきてる。
 ううう、ごめんなさい……。たぶん、あたしが最初に井豪にちょっかいかけたり小室を炊き付けたりしてなかったらここまで酷くはなってないと思います……。
 居心地悪そうにしてるあたしに気付いたか、井豪が我に返ったようにあたしを見た。

「すみません。こんなこと先輩に話しても意味ないのに」

「そんなことないよ。話してくれてすごく嬉しい。学校でたくさん助けられたから、力になりたいと思ってたんだ」

 これはあたしの本心だった。井豪を見捨てていれば、きっと今頃学校であたしは<奴ら>に喰われて死んでいただろう。井豪は小室たちとはぐれた時、あたしを守ってくれた。その恩返しがこんなマッチポンプみたいな方法なのは本当に申し訳なく思う。
 でもそれと同時に、冴子とは関係の無いことだからと割り切って冷静に井豪を観察する自分がいることも、あたしは感じていた。あたしの一番はいつだって冴子で、それは事が起こる前から決まりきっていることだ。
 あたしにとってしてみれば、最悪回りの人間が皆死んでしまっても冴子とあたしが生き残ってさえいればそれでいい。もちろん冴子の願いならば他の人間を助けることもやぶさかではないが、あたしは基本的に冴子と自分の命を一番上に持ってきている。冴子のために、あたしは他人を踏みつけることを厭わない。
 でもまあ、これくらいなら別にいいだろう。あたしは彼にそうするだけの負い目があるのだから。
 そう思って井豪を抱き締め、その頭を撫でた。

「せっ、先輩!? 何を……」

 腕の中で井豪が慌てている。別に動揺することないのに。案外初心なんだろうか。
 そんなことを思っているあたしは、完全に自分の格好を忘れていた。そりゃ傷心してるところにエプロンしかしてない女性に抱き締められたりなんかしたら辛抱たまらないよね。のほほんとしていたけど、この時のあたしはさりげなく貞操の危機だった。我慢してくれた井豪には本当に感謝している。

「御澄先輩……ありがとうございます。おかげで少し楽になれた」

 真っ赤な顔で、何かを堪えるかのように腕を震わせながらあたしの腕を丁寧に外した井豪は、大きく息をつくと真面目な表情に戻って頭を下げた。

「元気が出たなら何より。それじゃあそろそろ……」

 犬の鳴き声が外から聞こえてきて、あたしは言いかけた口を止めた。
 しばらく耳を澄ます。
 ……冷や汗が出てきた。結構大きくないか、この鳴き声。

「まずいな。近いぞ」

 そんな状況ではなくなって完全に冷静さを取り戻した井豪が立ち上がり、慌てて部屋を出て行く。
 あたしはすぐさま井豪を追いかけ、二階に上がってベランダに出る。既にベランダに出ている小室や井豪、平野を掻き分けて厳しい表情で下を見下ろす冴子の横に立つ。
 外を見た途端戦慄が走り、冷や汗が背中を伝うのを感じた。

「嘘でしょ。犬が鳴いてるだけでこんなに……」

 メゾネット前の道路は、昼とは様相を一変させ<奴ら>が無数に徘徊する地獄と化していた。
 集まってきた<奴ら>は隠しきれないわずかな生活音を聞きつけたのか、道路に面した家々を襲い始めている。住宅のドアなど、集まった<奴ら>の腕力にかかってはひとたまりもない。次々とドアが破られ、家の中から悲鳴が上がる。
 <奴ら>の中をどこから持ち出してきたのか銃を持った少年が逃げ惑い、発砲するも弾込めが間に合わずあっという間に喰い殺された。

「畜生、酷すぎる!」

「小室っ」

 踵を返して部屋に戻ろうとする小室を平野が呼び止める。

「何だよ! 時間がないんだ、早く助けないと」

「行ってどうするつもりなの?」

「そんなの<奴ら>を撃つに決まって……!」

 小室の背後で冴子が硬質な声を出す。

「忘れたのか? <奴ら>は音に反応するのだぞ。そして……」

 静かに部屋に戻った冴子は壁にある蛍光灯のスイッチに手を掛ける。パチリという音と共に明りが消えた。

「生者は光と我々の姿を目にし、群がってくる。むろん、我々には全ての命ある者を救う力などない!」

「なんだよそれ……まだ生きてる人だっているんだぞ、見捨てるのかよ!」

 憤って冴子に詰め寄ろうとする小室の前に、あたしは立ちはだかる。

「割り切りなさいよ。一行の命を預かるリーダーが一時の感情に流されてどうするの」

「俺は好きでリーダーになったわけじゃないっ!」

「どっちでも同じ。君をリーダーに指名しなかったとしても、あたしは君の行動を認めない。君が撃てば、あたしたちにまで危険が及ぶから」

 自分だけが犠牲になるのならまだいい。だけど他人を巻き込む危険を考えずに動くのは現実を見ないただの夢想家だ。あたしたちが伸ばせる手はあたしたちが思っている以上に狭くて、全てを助けるなんて到底できない。何かを助ければ、必ず他の何かを取りこぼしてしまう。
 ベランダから道路を見下ろす。
 家から逃げ出して<奴ら>だらけの道路を逃げ惑う女性がいた。袋小路に追い詰められ、絶望の表情で鉄パイプを握り締める男がいた。きっと襲われている家の中では、生き残れるはずがないと分かっていても動けなくて、部屋の中で震えている人間だっているはずだ。
 それを、あたしたちは全て見捨てなきゃいけない。
 できれば助けてあげたい。見て見ぬ振りなんてしたくない。それでも、あたしたちが生き延びるためには切り捨てるべきなのだ。
 何に変えても冴子と一緒に生き延びる。それが駄目なら、せめて冴子だけでも生き延びさせる。他の全ては二の次だ。それがあたしの取捨選択。そのためにあたしは学校でたくさんの生徒を見捨て、紫藤先生を手に掛けた。……小室、君はどうするの?
 冴子が諭すように小室に語りかける。

「彼らは己の力だけで生き残らなければならぬ。我々がそうしているように。何を言いたいかは分かる、宮本から聞いたよ。君は過去一日において厳しくはあるものの男らしく立ち向かってきた」

 逃げ惑っていた少女が喰われた。追い詰められた男が喰われた。家の中から断末魔が聞こえた。
 聞いただけで恐ろしくなるその声を聞きながら、冴子は小室に双眼鏡を差し出す。

「だが……よく見ておけ。そして慣れておくのだ! もはやこの世界は男らしくあるだけでは生き残れない場所と化した」

 部屋に戻って双眼鏡を受け取った後、小室は気後れしたように言った。

「……俺、先輩たちはもう少し違う考えだと思ってた」

 小室の言葉に、冴子があたしたちに背を向けた。
 しばらく黙り込んだあと、冴子はジレンマを彷彿とさせる力のない笑顔で振り向く。

「間違えるな小室君。私たちは現実がそうだと言っているだけだ。それを好んでなどいない」

 その言葉は、聞いていたあたしが心配になるほど部屋の中に弱々しく響いたのだった。


□ □ □


 1人きりになった孝は、双眼鏡を手に平野がいるベランダに出た。

「あ、外を見るときはこっそりとやってよ」

 平野の言葉にまだ納得できないものを感じながらも、孝は緊張した表情で恐る恐る双眼鏡を覗き込む。
 喰われている人間がいた。顔を苦痛と恐怖と絶望を合わせてぎゅっと濃縮したような表情に歪め、身体の中身をあちこち露出させて痙攣している。
 別の場所では逃げ惑っていた人間が追い詰められ、喰い付かれて絶叫した。すぐに最初に見た人間と同じ末路を辿るだろう。

「……地獄だ」

 呟く孝は、親子らしい男性と小学生くらいの少女が逃げ惑って近くの家の門を潜ったのを見つけた。
 男性は少女を連れ、その家のドアを叩いて助けを求めている。だが、家の住民は決してドアを開けようとはしない。
 どこも同じなのだ。生存者を助けることで<奴ら>を招き入れる結果になる事を恐れ、小さなコミュニティーの中で縮こまっている。
 痺れを切らした男性がドアを壊すと脅すとようやく住民はドアを開け始めた。
 開かれるドアに安堵の表情を浮かべた男性に、棒に包丁を括り付けた手製の槍が突き立てられる。
 男性は己の胸に突き立てられた包丁を唖然とした表情で見つめ、倒れた。
 ドアが閉まり、再び鍵がかけられる。
 慌てて駆け寄る少女に男性は顔に死相を浮かばせたまま何か囁いている。おそらくは逃げろと言っているのだろう。少女がいやいやをするように首を振り、男性に縋りつくのが見えた。
 もう男性は動かない。少女の泣き声に<奴ら>が少しずつ集まってくる。
 孝は歯噛みした。見捨てるしかないのか。今すぐ助けに行くべきじゃないのか。
 だがそう思うたびに、突きつけられた現実が頭に浮かんで孝を縛りつけようとする。

「く……そっ!」

 <奴ら>が少女の背後に立ったのを見て、孝は思わず眼を瞑る。少女が喰われる瞬間なんて見れない。
 諦めかけた時、隣で勇ましい声がした。
 銃声が鳴り響く。

「ロックンロール!」

 その声はまるで孝に諦めるなと告げているかのようだった。
 少女に喰らい付こうとした<奴ら>の頭が吹き飛び、少女が後ろを振り返って涙を浮かべたままきょとんとした顔をした。
 過たず目標を狙撃できたことに、平野はスコープを覗いたまま眼を見開いて喜色を露わにする。

「試射もしてない他人の銃でいきなりヘッドショットをキメられるなんて! やっぱ、こういうことは天才だなあ俺。ま、距離は百もないけど。……お?」

 再び少女に迫った<奴ら>が平野によって狙撃された。驚いて頭を抱えて蹲る少女の前で、頭を撃ち抜かれた<奴ら>が次々に倒れ付す。
 腰を浮かせた孝の眼が希望に輝いた。

「撃たないんじゃなかったのか? 生き残るために他人を見捨てるんじゃなかったのか?」

「小さな女の子だよ!?」

 迷いを振り切るように平野が背を向けたまま絶叫する。

「助けるんでしょ? 僕はここから援護するから!」

 ニヤッと笑い、頷いて駆け出す孝に平野が振り向いて怒鳴る。

「何してんのさ! せめてショットガン持ってきなよ!」

「使い方知らねーんだよ!」

 でも問題はない。孝も平野も、己のすべきことは分かっているのだ。
 少女の救出が始まる。


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