佳織の手料理。
料理スキルに乏しい俺からすれば、この食事は非常にありがたいものである。
「そう言えば、もうそろそろテストの時期だな」
「うぅ、思い出させないでよ……」
「佳織は俺と違って成績いいし、大丈夫だろ。俺もそんなにヤバくないし、むしろ心配なのは今日子だよな」
「私は勉強してるから……でも、成績キープするのもそれなりに大変なんだよ?」
困ったように眉を八の字にする佳織。
俺の台詞の前半にだけ答えるあたり、どうやら佳織ですらフォローは難しかったらしい。
ならばせめて触れないでおいてやろう、という優しさを見た。
「成績ね……そういや聞こうと思って忘れてたけど、志倉からの話はどうなったんだ?」
「うーん、お兄ちゃんに迷惑は掛けられないし、断ろうかな、って」
勿体無いなあ。
佳織の音楽の才能、捨てるのは惜しいレベルなんだが。
「別に迷惑しないけどな。俺は勉強嫌いだから進学する気はなかったしさ、金銭的にも奨学金とか使えば大丈夫だろ?」
「そうだけど、いつまでもお兄ちゃんに頼りっぱなしなのも……」
「遠慮するなよ。もし悪いと思ってるなら、早く偉大な音楽家になって俺を養ってくれれば泣いて喜ぶ」
冗談交じりの言葉にあはは、と苦笑で返す佳織。
常日頃働きたくない、と言っている俺に対して思うところもあるのだろう。
パチスロで稼いでくるたびに「ギャンブルはダメだよ~」と泣きついてくるし。
実は佳織に渡す以上に稼いだ分を、敢えて別の日に負けてくることで出入り禁止を防いでいたりするのだが……まあ、それは秘密にしておこう。
「まあ音楽を続けろと強制はしないし、佳織がしたいようにすればいいさ。俺は出来る範囲で応援してやるから」
「……うん」
それは平凡な日常の欠片。
俺たちが、まだ壊れてしまう前の物語。
■
「エスペリア、いるー?」
返事は返ってこない。
まあ、エスペリアも忙しい身だしな。
家事全般に加えて戦闘訓練、そして何やら最近はお姫様に呼び出されることも多い。
俺も家事くらいできればいいのだが、正直それほど得意でもない。
……実際は『やりたくないし、やってくれる人がいるからいいや』という状態なんだけど。
「万年筆のインク、切れちまった……」
苦楽を共にした相棒は、今や力を失いただの鉄くず。
残念ながら小遣いでも貰っていれば、自分で買いにいけるのだが。
「あれパパ、どうしたの?」
「あ、オルファか。欲しいものあったんだけど、エスペリア知らないか?」
「エスペリアお姉ちゃん……? さっき、買い物に行くって街に出たよ?」
……むぅ。
エスペリアが財布を全て管理していたはずだし。
「じゃあ、仕方ない。なあオルファ」
「え、パパ遊んでくれるの?」
「それはまた後で、今日の訓練終わったらな。あと、コレのインクの予備ってある?」
「んー、ごめんね。ちょっと分かんないや」
街に出るしかないのか……すれ違いにならなきゃいいけど。
■
そして、どうしてこうなった。
「それワッフルじゃないよ、ヨフアルだよっ」
市場を彷徨っていたところ、紙袋を抱えた女の子に捕まってしまったのだ。
何故かは知らないが、いきなり声をかけられて強引にこの高台まで連れてこられ、さらにお菓子までごちそうになっている。
「……? 何、私の顔に何か付いてる?」
「いや、ワッフ……じゃない、ヨフアルまでご馳走になって悪いんだけどさ。俺、君が誰だか分からないんだけど」
「あー……うん、私も知らないよ」
いいのかそれで。
基本的に城から出ない俺が知らないだけで、この国では逆ナンパが流行っているのだろうか。
あるいは頭の弱い子なのか。
もしくは美人局――それはないな、確かに可愛い子だが小さすぎる、うん。
「ちょっと、今何か失礼なこと考えなかった?」
「何も考えてないよ。それより、俺を知らないなら何でこんなところに連れてきたのさ」
街を歩いていた限り割と西洋風の人が多かったし、俺の容貌が目立つのは事実だが。
「えーと、あ、そう! 一人で食べるのも寂しいじゃない!」
「君からすればとりあえず誰でも良かったから、ちょっと目立つ上に暇そうにしてた俺に目を付けたんですね、分かります」
「むー……とにかく、私の名前はレムリア。レムリアって呼んで?」
「分かった、分かったってレムリア。俺の名前はユート、高嶺悠人だ、これでいいか?」
「いいよ。じゃあユート君、折角だしもう少しお話していかない?」
俺の知る限り、「折角だから」という言葉は偶然に対して使うものだったと思うのだけど。
まあいいか、いざと言う時友達という名の味方は多いほうがいい。
いつか、この出会いが俺にとってプラスに働くといいなあ。
■
「……しかしレムリア、お城の関係者かと思うぐらい警備に詳しかったなあ」
小さい頃にお城に忍び込んで捕まった経験でもあるのだろうか。
お団子にした黒髪が活発なレムリアには似合っていた。
「あれ?」
お団子に出来るくらい長い黒髪。
紫がかった瞳。
人の話を聞かない強引さ。
白を基調とした服装。
誰かに似てるような気が――
「――ああ、あのヘタレ王が黒髪の美少女になるとああなるのか」
残念だ、色々と残念すぎる。
■
残念なのはお前だニート。