ノックを2回、返事は返ってこない。
「……ユート様?」
「うあー……」
私がそっとドアから覗き込むと、ユート様は頭を抱えていた。
まさか、『空虚』や『因果』と接触したことで剣の侵食が!?
「ユート様、大丈夫ですか!?」
「あ、エスペリア? そんなに慌ててどうしたんだ?」
「……え?」
■
今後の戦術に悩んでいたら、エスペリアが慌てて部屋に飛び込んできた。
事情を説明したら早合点だと分かったようで、ちょっと恥ずかしそうにしてるのが可愛い。
このあざとくないドジっ娘感、いいよね。
「コホン、私のことはともかく」
「だな、話を戻そう」
「……マロリガンのエトランジェは、ユート様のご友人なのですよね?」
碧光陰、岬今日子。
元の世界じゃ事ある毎に「やればできる」だの「もっと頑張れ」だの言われたものだ。
何故か俺の家に入り浸っていたけど。
……光陰の狙いは明らかな気もするが、知らないことにしておく。
「ユート様が辛いようでしたら、私たちが――」
「――却下」
それだけは、ダメだ。
俺だって自分のエーテル量じゃあいつらに勝てない事は分かってた。
だからそれは考えないでもなかったが、それはさせられない。
俺がこの先も生き残り、勝ち続けるためには、少しでも戦力を温存しておきたい。
「エスペリアは、雷を見てから避けられるか?」
「雷を、見てからですか?」
「あいつらが能力を隠すとは思えないから、今日子は雷、光陰は風使い。それは間違いないんだ」
「ですが、神剣魔法を使うには詠唱が必要です。その間に対策を取ることができれば」
「それこそ無理だ、エトランジェにアイスバニッシャーは効かない」
そしてスピリットの守りじゃ、あの雷からは生き残れない。
それ以前に、俺なしで隠れた光陰を感知できるかどうかの問題もあるのだが。
「光陰は迷わない。俺が出ない限り、俺以外を容赦なく確実に殺しに来る……逆に言えば、俺が最優先目標だ」
「……ユート様は死ぬのが、怖くはないのですか?」
「怖がる理由はないよな」
エスペリアが心配してくれるのも分かるけど。
俺に対しては、まず光陰が1対1で挑んでくるはずだ。
『空虚』の場合は勝つことじゃなくて殺すことが目標だから、勝った方を狙って来るだろう。
そして、1対1での戦いなら。
「俺はこんな所じゃ死なないし、あり得ない事を怖がる理由がない」
■
次の日から、俺は自分に割り振る事が可能なエーテル量を計算し始めて。
スレギトを陥落させなければ無理だと悟ることになる。
エトランジェって燃費悪いのな。
オルファほどじゃないけど。
「だから、ヨーティアにはスレギト攻略の糸口を掴んで欲しいんだが」
「いきなり何の話かと思えば……おいグータラ、お前まさかコレを知ってたんじゃないだろうな」
「何の話だ」
ヨーティアさん、目が怖いです。
酔っ払った姿を見たことないけど、ひょっとして今酔ってる?
「誰が酔っ払いだコラ」
「今日はやけに柄が悪いじゃないか」
「私だって人間だし、そんな日もあるさ。それはともかく、ありゃマナ障壁って奴だね」
「何さ、それ」
まあ名前で想像付く、と言うより一度経験してるけどさ。
スレギトに到着する直前、俺たちを襲った攻撃的なマナの奔流。
あのマナ嵐はやっぱり人為的なものなのか。
「以前ユートが言った、スピリットをマナに分解する兵器さ」
「あ、エーテルジャンプの時の?」
「そうだ。エーテルがマナに戻ろうとする時に、周囲のエーテルまで引き込む性質を利用したものでね」
俺たちだって、体はマナやエーテルで出来てるからな。
つまりあれは俺たちの体がマナに変換されそうになった、ということなのだろう。
「……あれ、でもそれ無理だって言ってなかったっけ?」
「大気中にマナが豊富にある場合はその勢いが緩和されちまうから、兵器として使える威力にはならないのさ」
「俺たちの体として固定されてるエーテルより、流動的な大気中のマナが優先されるから?」
「ご名答だ。そしてマナが極端に薄い砂漠で使うなら、その問題は解決される」
証明終了。完璧すぎる。
「けど、手はあるんだろ?」
「まあな……私とイオがいるし、それに概案は頭の中にある。10日あれば、装置も完成するだろうよ」
「了解した、そっちは頼む」
「任せな、コレも私の仕事だからね」
アンタも自分の仕事、きっちりこなしな。
研究室を出る直前、そう言われた気がした。
誰も彼も、そんなに俺の本気が見たいのだろうか。
俺には、いつだって余裕なんかないのに。
■
自称いっぱいいっぱいなニート。
事実なのかどうなのか。