砂漠での防衛戦の中で。
スピリット隊を補給のために下がらせたのは、我ながら失敗だったかもしれない。
「……ユート殿、そのお命頂戴致します」
「お前は俺を倒せる、と本気で思っているのか?」
「神剣の力、それのみが勝敗を決するわけではありませぬ。手前ならば、不可能では……ない」
確かにその意見には賛成だ。
そして事実、俺の剣術やエーテル量でウルカに対抗することは難しい。
だから、ここで小細工の1つもさせてもらう。
「残念だったなウルカ。既にエーテルジャンプ技術の応用により、俺という存在は複数生み出されている」
「なんと……!」
「俺は数ある『俺』の中で最も弱い俺だ、その俺を倒せばどうなるか……分からないお前ではないな?」
「くっ……そも任務とは言え、手前もここでユート殿を討つのは本意ではありませぬ。ここは、退くと致しましょう」
あ、本当に帰っちゃった。
時間稼ぎのつもりだったのに。
ノリが良いのか、頭が悪いのか、単純に真面目なのか。
……生真面目そうだもんなあ。
■
「ユート様、いらっしゃいますか?」
「クソ、また同じ内容か……露骨過ぎるだろ、これ」
「……ユート様?」
「ああ、エスペリアか。悪い、気付かなかった」
書類の山から向き直り、ひとまずペンを置く。
現実から逃げたわけじゃない。
人と話す時は目を合わせる、基本だろ?
「いえ。お茶をお持ちしましたけれど……その書類は?」
最近俺の仕事振りを信用する気になったらしく、書類がエスペリアじゃなくて直接俺に回ってくる。
エスペリアが知らない書類なんて、昔はありえなかったんだけど。
「ん、ラキオス王城から進軍要請が出てるんだよ。『即刻進軍し、速やかにマロリガンを屈服させるべし』ってな」
「しかし我が国のスピリットは練度はともかく、数において劣ります。攻勢に出る戦力は……」
「ないな」
何せ俺たちが勝ち続けてるのは、単純に専守防衛戦術と兵の練度のおかげだ。
その辺が分からないレスティーナではない。
俺もその程度には、彼女を信じてる。
「これ、レスティーナの周辺からは出てないんだけどな。各省庁の大臣クラスから揃って出てるんだ」
「同様の内容が、ですか?」
「一種の不敗神話が出来てるんだろうな……『エトランジェがいれば負けはない』、みたいなのが」
「ユート様が前線に出て頂ければ、話は変わるのですが」
おっと、薮蛇だったか。
とりあえず『陛下のご命令がない限り、私の独断で指揮を取らせていただきます』とでも返事を書いておこう。
「俺の事はさておいて。戦争は金が掛かる、きっとこの世界でもそうだ」
「故に早く終わらせたい、ということですか?」
「金のために戦力を失うことなんて、考えてもいない。スピリット育てるのも大変なのに、補充なんて簡単にできると思ってる」
確かにスピリットは自然発生するらしいけど、でもそんな不確定なものを当てにしている。
それどころか、長年の常識とやらで得体の知れない兵器を信頼しきっている。
まさかこの世界には一部を除いて、『考える』という行動が存在しないのだろうか?
「今まで自分たちが安全だったといっても、流石に楽天的過ぎないか……?」
「……そこで『命が失われる』と言わないのが、ユート様ですよね」
「まあな。けれど、やっぱり思うことは――」
「――この世界は、どこかおかしいよ」
■
「ところでユート様」
「おう、まだ何かあったか?」
「先程の戦闘参加の件、私はまだ諦めていません。私たちに可能である戦闘と指揮の両立が、ユート様に出来ないとは思えません」
「全力で遠慮する。俺がいなくても、戦力が足りないって事はないはずだ」
「ですが、イオ様には既にユート様の訓練も依頼しておりまして」
裏切りやがった。
最近時々黒いよね、この子。
「……分かったよ。そのうち訓練に出られるよう善処する、これで良いんだろ?」
「分かりました、今回はこれで引き下がりましょう」
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ニートが世界への疑惑を強めているようです。