「……大、賢者殿?」
本に埋もれて気持ち良さそうに寝てるこの女性が、世紀の大賢者と呼ばれるヨーティア・リカリオンその人だとか。
よく寝られるな、こんな所で。
「……主人がお見苦しいところをお見せして、申し訳ありません」
「いえ、俺たちは待たせてもらいます」
流石に2度出直そうとは思わないが(三顧の礼の故事も三回目昼寝してたよな)、数時間程度待つくらいなら構わない。
と言うか、起こして相手の機嫌を損ねるほうが怖い。
今の俺たちは、ラキオスの代表だからな。
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「ふーん……お前が、あの『求め』のユートか」
「どういう噂をお聞きかは分かりませんが、『求め』のユートです。初めまして」
「礼儀正しいのはいいことだ。だが、龍の魂同盟をひとつにした勇者とは思えないねえ……ただの貧弱な坊やじゃないか」
「俺は何もしていませんよ。全て女王レスティーナと、スピリットたちの力のおかげですから」
ふむ、と頷く賢者ヨーティア。
しかし変人とは聞いていたけど、本当に失礼な人だな……そうでもないか。
何せ相手は賢者だ、賢者から見れば俺などはとても一人前の人間ですらあるまい。
あ、そもそも俺エトランジェじゃん。人間じゃないんだったな。
「まあいいさ、真実はいつだって失望と同義だ。それと、堅苦しい話し方はいらないよ。ヨーティア、と呼び捨ててくれていい」
「分かった、そうさせて貰う。ああ、あとこっちは俺の補佐をしてくれてるエスペリア」
「初めまして賢者さま。ラキオスのスピリット、エスペリアと申します」
腰を曲げる角度までも完璧な一礼。
流石だ、エスペリア。
「アンタが『献身』のエスペリアか。バカが多い中で随分とまともな人材らしいな」
「いえ、そんなことは……」
「謙遜のしすぎも良くないぞ、エスペリア。この大天才がそう言ってるんだ、素直に誇っていい」
「……ええと、有難うございます」
俺もそれは同感。
エスペリア、スピリットとしてはオーバースペックなんだよな。特に知識面。
あの黒い手帳が怪しい、と個人的には思っているけど。
「さて、挨拶も済んだしユート、ちょっとその辺に座ってくれ」
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「おいユート、『マナ限界』とは何か知ってるか?」
「知らない。けど想像は付く」
ラキオスに帰ってきた。
行く時より人数も荷物も増えており、荷物持ちを手伝わされた俺涙目。
こんなことなら、エスペリアくらいに荷物多くしとけば……いや、結局手伝うことになっただろうな。
「ほう、じゃあ想像で構わんから言ってみろ。レスティーナ殿も興味あるだろう?」
「そうですね、我が国のエトランジェが持つ認識はどの程度のものでしょうか」
「あまり期待しないで欲しいな……じゃあ、始めるぞ?」
マナ限界とは、おそらくマナの総量に限りがあるということ。
スピリットに訓練させていると分かるが、エーテル……つまりマナは、スピリット隊には一定量しか回ってこない。
無限にマナがあるなら、それをスピリットに注ぎ込めば超強くなるはずだ。
それをしないのは、定量のマナから軍事に回すと生活に使うマナが足りなくなるから。
「ふむ、ここまでは及第点だが……」
「じゃあもう少し言わせてくれ」
つまり軍事拡張か生活向上をしたいなら、他国の持ってるマナを奪えばいいことになる。
でも、実はそんな単純なことじゃないと思う。
だって俺たちスピリット隊がこれまで侵略することで得てきたマナは、そこから奪ったはずの量よりも遥かに少ない。
残りのマナが生活に使われてるとしても、ラキオスの生活水準が劇的に向上した様子もない。
風の噂では、先王時代から内政はレスティーナの担当だったらしい。
そして、レスティーナが理由もなく軍事を軽視するとは思えない。
つまり俺から見ればレスティーナが何かのために、余剰マナを溜め込んでいると考えられる。
例えば――
「――等価交換できるはずのマナとエーテルが実はそうじゃなくて、その損耗分を補填するため、とかな」
あれ、反応がない。
ヨーティアもレスティーナも、ポカンと口を開けて固まっている。
確かに飛躍したことを言ってる自覚はあるけど、我ながらそれほど無理な結論じゃないと思っていたんだが。
「ユート、お前……何かエーテル関係の論文読んだことはあるのか?」
「予備知識なんて何もないぞ、今ふと思いついたことを喋ってただけだし」
「……ユート、貴方が今言ったことは、この世界の基盤そのものを揺るがしかねないのですよ?」
分かってるさ。
でも想像を話してみろって言うから。想像するのは勝手だろ?
「そして一番の問題は。それが、正しい予備知識も実験も証明過程もないのに、真実を言い当ててるって所だな……」
「え」
「私たちはそれを危惧し、命であるマナを消耗していくエーテル技術を封印しようと考えているのです」
「その旨を書簡で貰ったから、この大天才もラキオスに来たってわけだ」
時々自分の才能が怖くなるね。
実は俺、天才なのかもしれない。
だとすれば俺、戦いが終わったら遊んで暮らせるんじゃね?
「しかし……残念ながら、私たちには直接的な力が不足しています」
「技術と頭脳も、流石に暴力には勝てないんでね」
「ですから改めて、ユート。私たちに、その力を貸してはくれませんか?」
「え? ああ、いいよ」
俺の脳内は、戦後どうやって楽に暮らすかで一杯だったのだ。
この時生返事を返したことを、俺は後に激しく悔やむことになる。
■
この天才、放置するのは危険すぎる。
いや、逆に放置しておけばただの自堕落で終わるかもしれない。