パタン、とエスペリアが黒い手帳を閉じる。
「私から申し上げる事項は以上ですが、どうなさいますか?」
「え、開戦までは待機してていいんだろ?」
「……ユート様。今のうちに、訓練や建設をしておくべきだと考えますが」
しまった。
そう言えばそうだったな……
「じゃあヘリヤの道の出口、ランサに訓練所と回復施設の建造を。詳細は後で書類出しておくから、担当の人に伝えておいてくれ」
「了解しました。訓練はどうしましょうか?」
「基本的には今のうちに自主訓練ってことで休みを取ってもらうけど……エーテルは青と緑に重点的に。あ、ただしヒミカは最優先で」
「青と緑、ということは白兵戦主体ですか」
「そのつもりだ。マナが薄くて魔法が効き辛いなら、剣で倒せば良い。勿論相手もそれは承知してるだろうから、緑も忘れずに」
よし、じゃあ俺も昼寝に戻ろうかな――
「――ユート様?」
「分かったよ、ちゃんと書類出してから寝るよ……」
■
「……あれ、訓練場に誰かいる」
青いポニーテールで、自主訓練をわざわざしている。
セリアで確定だな。
ネリーは絶対そんなことしない。
「よう、セリア。精が出るな」
「ユート様ですか。今日の訓練は終わりましたから、ここを使うのでしたらどうぞ」
「そういうつもりはなかったんだけど。少し話でもしないか?」
あ、怪しまれてる。
そりゃそうか、滅多に訓練にも出てこない名ばかり隊長の誘いだもんな。
「忙しいなら断ってくれていいよ?」
「……いえ、分かりました。場所はここで構いませんか?」
「ああ」
「では、失礼します」
男女が膝つき合わせて、2人きりでお話。
まあ、色っぽい話なんて出てこないと分かってるんだけどね。
相手が相手だし。
「ではユート様、まずは何故訓練に出ないのか、聞いてもよろしいですか?」
「やっても意味ないからな。どうせエーテルは全部お前らに回してるし、剣を振っても筋力が付くわけでもない」
「実戦で勘が鈍る、という考えはありませんか?」
「そんなの、書類作りながら脳内で仮想敵と戦ってれば済む話だし。マナの体って、そのあたり楽だよな」
「……ユート様、相変わらず微妙なところで飛び抜けた力を発揮していますね」
いやだってアレ、ただの作業だろ。
むしろ脳の暇潰し感覚なのだが、何故かエスペリアは分かってくれないんだよなあ。
「で、聞きたいのはそれだけか?」
「……本当は、もう1つ訊こうと思っていました。私たちを、ユート様はどう思っているのか、と」
難しいな。
それは難しい、けど。
強いて一言で言うのなら。
「……大人になった子供、かなあ」
「大人になった、子供?」
「うん、後ろからその活躍を見せてもらうって意味でも、いざという時に全責任は俺にあるって意味でも」
結局セリアは微妙な顔をして帰っていったのだが、アイツは俺に何を期待していたのだろう?
俺にそこまで気の利いた台詞を期待されても、正直困る。
■
現在、アセリアお料理中。
「ユート様、ここは危険です! お下がりくださいっ!」
うわぁ。
エスペリアがマジだ。
戦闘中でもこんな風に言われたことないぞ……って、それは俺がいつも後ろにいるからか。
「……ユート」
「ん?」
「大丈夫、任せろ」
「……そうか、任せたぞ」
信じてる、とは言えなかった。
失敗した時――まあ、正直確信してるけど――、アセリアがどれだけ悲しそうにするかが、分かっているから。
「信じるって、時に残酷だよな……」
■
……苦い。
サラダだから、と安心していた自分が憎い。
どうして安心できた。
エスペリアのあの切羽詰った声と、今こうして疲れ切った表情から、何故ここに安全圏があると判断できた、高嶺悠人!?
「……とりあえずだ、アセリア。はっきり言わせて貰う」
「うん」
「しばらく台所禁止な」
「……!?」
「いや、食ってみろ。そしたら分かるから」
ナンの皮のような物を手に取るアセリアは、いつもと変わらない様子でサラダに手を伸ばす。
そしていつもどおりの量を乗せ、包む。
その量はヤバいだろ、と言うか俺の感想から少しは用心しろよ。
あ、頬張った。
「……!!」
硬直。
目のハイライトすら消えている。
あれ、別に俺がマナを吸収した訳じゃないんだけど……
「……おいしく、ない」
お、ハイライトが戻ってきた。
悲しそうな顔。
喜んで欲しかったんだろうなあ。
フォロー、入れておくか。
「アセリア、こうなった原因は分かるか?」
「?」
「いいか、誰だって初めては上手く行かない。練習して上手くなる、それは剣の扱いも同じだろ?」
「……ん」
「だからまずしばらくは、ちゃんと教えてくれる人の言うことを聞け。エスペリアもオルファも、ちゃんと教えてくれるから」
「ん、分かった」
■
何気に原作にあった「惨劇再び」フラグを潰すニート。
まあ、ついでにセリアフラグも潰してますけど。
ちなみにアセリアのハイライトが消えるのは原作準拠です。
エスペリアも地味に消えてたり。