第28話 解禁、楔、解放世の中には、適する基準というものが存在する。小川は水が少ないから小川なのであり、干上がらないように、ダムを壊したような激流を流し込んでしまえば、それはもう別のものになる。そう、適切な程度が必要なのは、幼子にだってわかる当然の理屈だ。ジェット機のエンジンを自転車に積んだら素晴らしいものができるのか? 答えは否だ。それはもうぶっ飛ぶ鉄塊にすぎない。なぜ鉄塊に過ぎないのかというと、耐久を上回る負荷によって、いとも簡単に壊れるからだ。そう、負荷をかけすぎれば壊れるのは当然である。「で? 言い訳はそれだけ? 」目の前にいる少女は椅子に腰かけ足を組んでいる。年のころは10を過ぎたあたりか、人形のように整った外見と、絶対的な強者が放つ貫禄のようなものをまとっている、実にアンバランスな美少女だ。非常に一部の嗜好を持つ者にとって垂涎なほどに。そんな美少女の前に正座して、直々に説教を食らうというのは、どのくらいの割合の人数の人が苦痛と感じ、どれだけの変態が快楽と感じるか。「はい、そうです。考えなしに早く動かせば強いかなーみたいな考えでした」「あーもう!! どこまで馬鹿なのよ!? 俗説だから言いたくないけど、上二人に持ってかれすぎてるか、身体の方に重きを置き過ぎなのよ!! アンタは!!」平然と答える筋肉隆々の男の態度に、一瞬で沸点を超える温度まで上昇したのか、気圧がさがったのか、少女━━━ノアは立ち上がって奇声をあげてしまう。手に棒でも持っていれば、目の前で正座していてもあまり目の高さが変わらない男━━━ラクレットを殴っていたであろう。素手だと痛いのでやらないのだ。そんな様子を遠巻きに苦笑しながら眺めるその他の人間たち。まあ、いつもの構図であるが、どうしてこうなったかを説明する必要があるのかもしれない。エタニティーソードは、戦闘後無事回収されたわけだが、丸々無事というわけではなかった。機体は損傷だらけであり、ラクレットがなぜこのような機体で戦闘ができたのか、不思議なレベルであった。一度主機を落とせば、フルメンテナンスするまで再起動できないほどには。結局、『エルシオール』ではどうしようもないので、作戦会議もかねて、『エルシオール』ごと、白き月に移したわけだ。後述する作戦会議の後、整備班によって細かく精査された結果がノアに伝わったわけだが、なんと、右腕は負荷がかかりすぎており、オーバーホールが必要、それ以外にもスラスターなどにもかなりのダメージが蓄積されており、1月程のメンテをしなければ、高機動の戦闘は不可能という烙印が押された。逆に左腕は、残っていた剣を外し、新しい剣を装備すればすぐにでも動かせる程度の損傷しかなかったのは、笑い話か。幸いというべきか、今回撃破した100近い敵の機体を収集することによって、無事な部分を寄せ集めて、予備パーツなどに流用したり、より細かく研究したりと、夢が広がって入るのだが、1週間という期限を制約されてしまえば、すべて話は別だ。エタニティーソードは以前までのような、切込みによる戦闘を、少なくともゲルンとの最終決戦になるであろう場で、行うことができないのだ。なぜそんなことになったのか、答えは簡単だ。ラクレットが前回やらかした、エネルギーの完全操作である。許容範囲というものがあるのだ。無限に近い器と、無限に近いエネルギー。今回勝ったのはどうやらエネルギーだったというわけであり、膨大すぎるエネルギーに機体が色々耐えることができなかったのである。というよりも、いくらエネルギーが絶大でも、最低限セーブしろよというのが、ノアを含む機体のメカニックに携わる人間の満場一致の答えであった。ミルフィーのような機体まで規格外ならともかく。そして、そのような単純なことをわすれた、ラクレットは説教を受けているのである。しかし、いまひとつシリアスになりきれていないのは、数日ぶりにあった彼女の左手の薬指に指輪がついているからであろう。その話はまた今度である。「それで、どうするんだい? ラクレットが機体に乗れないなら、戦力は減ってしまうし、今度戦う敵には、とてもトランスバールからの援軍は間に合わない」タクトの最もな言葉である。それについては、実際今は火急の事態であり、一機とはいえ、それは全部で7機しかない搭載機のうちのひとつであり、単純計算で、戦力の14%を担っているわけだ。これから途方もない敵との最終決戦があるというのにそれは厳しいものがある。ただでさえ厳しいこの状況、暗雲が周囲を包み込もうかという時、捨てるか見入れば、拾う神ありか、一人の乱入者が現れた。「やあ皆さん、お困りのようですね」「エメンタール、どうしてここに? 」そう、現れたのは、エメンタール・ヴァルター。民間の人間である。彼がこの場にいるのは少々場違いでもあるのだが、今回はれっきとした理由があるのだ。エメンタールが右手を上げて、指を鳴らすと、後ろに連れ添っていた彼の秘書が、空間に左右対称に角張った、胡桃のようなパーツを二つ投影する。「ラクレットの機体が壊れたと聞いてね。カマンベール、これの説明を」「ああ。これは前々から俺が、いや俺と兄貴のとこの商会で共同開発していた、戦闘機の部品さ」その言葉とともに、秘書が投影されている映像を動かし始める。すると、3DCGモデリングされたような、エタニティーソードが出てくる。パーツは小さくなると、剣を取り外されたエタニティーソードの腕部に装着される。「これって……まさか」「はい、エタニティーソード専用のコンバーターです。これにより武装を装備することができます」秘書が、思わず漏らしてしまったノアの言葉に対してそう返す。そう、ようやっと完成した、エタニティーソード専用のコンバーターだ。これを装着することで、今まで規格が違い、装備することのできなった武装を、搭載することができるのだ。もちろん制限はある。第1に2門しか砲門がないので、それなりの火力を持つ武装以外では、正直お話にならない程度の残念戦闘機になってしまう。なにせ、オプションでミサイルを搭載するというのもできないのだ。普通数種類の武装をなんか初夏に分けて搭載するというのに。第2に、ラクレット自体が、一切射撃武器の使用経験がないということだ。加えて、エタニティーソードには、火器管制や射撃管制がほぼ搭載されていないに等しい。搭載されているが、剣を当てるためのものであり、厳密には剣管制装置なのである。よって、何かしらの手段を講じるか、単純なロックオンシステムで当たるような、そんな武器出ないと、当面は威力を発揮できないのである。「エタニティーソードが、これで銃火器やミサイル。まあ、何でもいいがとにかく装備ができるようになったわけだが、ここで、一つ提案がある」「提案? 」エメンタールは、周囲の注目を集めながら、そう言い放つ。この場を支配しているのは自分だという、強い自負がそうさせているのだ。そう、まるで何かに取りつかれているように。「こちらの手に入れている情報で、敵の最終兵器CQボムは、現存する『いかなる兵器』でも破壊することができない。そう聞いているが、違いないかい?」「ええ、そうよ」「それならば、あの武器を『エルシオール』につけておくのは、少々無駄が過ぎるのではないか? 」「まさか……」「そうさ、クロノブレイクキャノンをエタニティーソードに装備させればいい」それは一日限りの、オーラフォトンノヴァ解禁を意味していた。時間は戻って作戦会議。戦闘が終わった直後とまではいわないが、1時間程度しかたっていないので、エンジェル隊やラクレットはシャワーだけ浴びて、雑事を担当の整備班などに任せて、白き月の円卓に座っていた。彼女たちは、基本的に会議の場では現場の意見を聞かれる程度であり、そこまで頭を絞る必要はないとはいえ、かなりのハードスケジュールであることには変わりはない。レスターやタクトも消耗気味であり、先ほどの戦いがいかに激戦であったかを如実に表している。ルフト、シヴァ、ノア、シャトヤーン、カマンベールも、何とか戦闘が終わったことの安堵と、彼らに対するねぎらいを含む優しい笑顔で迎えたいのだが、事態がそれを許さない。「1週間……期限が明示されたことを喜ぶべきなのかしら? 」皮肉気に、そして苛立たし気にそういうノア。彼女の言うとおり、幾ばくかの期間を得ることはできた。その期間の正確な量が分かっただけでも収穫とはできるであろう。しかし、ヴァル・ファスクにとっての1週間なんて、人間からすれば1時間にも満たない様な長さであろう。彼等にはもはやこちらに対する油断などはない。確実にこちらを支配下に置くか、ないし滅ぼすかの二択しかないことを警告しているのだ。「うむぅ……CQボムについては、詳しいデータも分かったようじゃが、対策はどう言う具合かの? 」思いつめたように、考え事をしているシヴァ女皇陛下の代わりに、ルフトが会議の舵を取っている。シャトヤーンは、基本的に自分では求められない限り、発言することはない。自分の存在を控えめにとらえているのだ。故に、彼の言葉に返答したのは、カマンベールである。「理論的に可能な対策はいくつか、その中で最も実現性の高そうな方法にも目星はついてはいる。と言った所だな」疲れ切った目でそう呟く彼は、連日のオーバーワークで体がぼろぼろだからである。彼の能力は、ライブラリーにおいてかなりの負荷を彼に与えつつも、重宝されたのだ。そして、カマンベールの言葉を『最初から知っていた』ルフトが、今知ったかのように頷き、タクト達の方に向き直る。「タクト、レスター。相手が強大な兵器、ないし作戦を有している際、此方がとるべき行動は? 」「えーと……「使われる前に無効化、ないし使えない状況に持ち込む。可能であれば、使われる前に勝利できる短期決戦を挑む。ですか?」タクトが、少し言いよどんだタイミングで、レスターがかぶせてそういった。別段タクトがこれを解らないという訳ではない。彼は、頭のギアを切り替えないと、割とお惚け御気楽司令官様に過ぎないのだ。「そうじゃ、此処から、ヴァル・ランダル……ヴァル・ファスクの本拠地までおよそ5日ほどはかかる。明後日明朝には発たねばならない。それまでに必要なものがあったら報告せよ」「了解です」物資の補給などは問題ないであろうが、何かしら必要なものがあるかも知れない。そういったものは早めに用意する必要があるわけだ。尚今回の進軍は白き月も同行する予定である。戦域まではさすがにこないであろうが、仮に長期戦(ありえないが)になった場合の補給基地としての運用である。加えて、CQボムがある以上、どこにいても同じなのだ。5日で皇国に戻れない以上万が一の場合エルシオールの空気と食料が切れる前に合流できればという狙いもあるが。その他にもCQボム対策以外で幾つもの事を話し合った後、大まかな方向性を粗方決め、いよいよ本題である対策に移るかという時、シヴァが自然と視線を集める様な、そんな雰囲気を出す。気がつけばこの場にいる全員が彼女に視線を合わせていたのである。「マイヤーズよ」シヴァは、収束に向かってきた会議の場で初めて口を開く。彼女には伝えなければならないことがあるのだ。そう、先延ばしにされていた、CQボムに対する対策についてだ。「詳しいところは、またノアやカマンベールに補足してもらうが、先に言わせてもらうと、今回の対策も、またお主たちの命を危険にさらすものなのだ」うつむかずに真っ直ぐタクトの目を見つめながら彼女はそう言う。彼女はもう何度目になるかわからない、命を懸けて任務をこなせと、臣下に命令しなくてはならないのだ。今回だってそうだ。彼女は自分の無力さに慣れてきたとはいえ、打ちひしがれていた。「そうだ。まあ、難しい言葉を省くとして、やってもらうことは、クロノストリングエンジンを暴走させることだ」後を引き継いだ、カマンベール。なるべく難しくない言葉を用いて解り易く、尚且つ正確に伝えるとするならば、この表現が正しい。「え? それって? 」「まあ、質問したいのは解るが、先に聞いてくれ」当然のように湧き出るであろう疑問。彼はそれを予想していたのか、ためらいなくそう返した。「これからする説明に なんで? ってやつは後で来い。いくらでも教えてやるからな。さて、クロノストリングエンジンを暴走させ、天文学的なエネルギーを起こす。それによって亜空間を生み出すのが、この対策の肝だ」カマンベールの説明はこうだ。クロノストリングエンジンという、無限大のエネルギーを発生させる装置がある。紋章機のエンジンであるそれは、あくまでエネルギーを大量に作るだけのものだ。しかし、それに指向性を与えて世界を、亜空間を作り出す。存在は示唆されているが、確認されていない、何もない虚の世界への扉だ。それを開き、そこにCQボムのエネルギーを流し込む。そう言う作戦だ。もっと簡単に言うのならば、ドラゴンボールのセルの自爆に対する対処と同じだ。異世界でならいくらでもぶっとばしていいのだ。界王様には謝らなくてはならないが。「というわけだ。マイヤーズ。これは、あくまで最終作戦だという事を念頭に置いてほしい。だが、この作戦を実行すればエンジェル隊の中から、誰かが犠牲になってしまうのだ」そう、悟空とは違うのが、これはあくまで片道切符だ。戻って来られるかもわからない。加えて生き返る────無事でいる保証もない。そして爆発寸前の爆弾の前で作業を行わなければならない。そう、今までの戦いの中で何よりも危険な行為だ。危険というよりも最早犠牲と言っても良い。「最悪に備えて、その亜空間についての研究も始めている。結果は……まあ、あまり芳しいとは言えないが、その空間に言ったものを救いだすまで研究をやめたりはしない」「うむ、それにこれはあくまでも最終手段じゃ、先に述べたように、使わせる前に仕留めるというのが、第一目標じゃ」「はい、皆さんを犠牲にして勝ち得る勝利を、私は、いえこの場にいる全員が最初から目指しているわけではありませんから」「そうよ。アンタ達は敵を倒すことだけを考えてなさい」バックアップを担当としている4人からの言葉もあって、その場は収まった。少しばかりの恐怖と使命感を全員に残しながらも。「なあ、クロミエ。僕はここまで来たよ」「そんな死者に対して墓前で呼びかけるように呼ばないでくださいよ」会議が終わり、そして武装の調整も終わった。本日は戦闘もあり、自由に体を休めるようにとの指示で、各自思い思いの場所へ散って行った。ラクレットはシャワーや今日の反省。そしてシミュレーターでクロノブレイクキャノンの試射をしたりとして、夜も更けてきた頃、クジラルームへと訪れていた。すでに上空に映るのは満点の星空。投射している映像は、外部のカメラから送られてくるので、EDEN星系のモノだ。そんな星空を彼は巨大なクジラの背中で、親友と背中合わせに座りながら眺めていた。「相棒が、壊れちまったんだ。僕がまた無茶したからさ」「突撃ばかりしているからですよ。それがあなたの役目ですけど」優しげな言葉を耳で聞き、そして合わせている背中からもわずかな振動と共に伝わる。暖かくて心地よい。思わずすべてを放り投げて、求めてしまいたくなるものだ。背中の大きさは大人と子供ほどあるが、二人は対等につながっていた。「なあ、クロミエ」「なんですか? 愚痴ならいくらでも聞きますよ? 僕はあなたが戦っている間、此処で無事を祈るくらいしかできないのですから。失恋の話でも、何でもどうぞ」クロミエは冗談を言う様に、軽い口調で、されど誠実に伝わるように彼の言葉を紡ぐ。ラクレットは、それを噛みしめる様に、しばらく空を眺めていたが、意を決したのか、長く息を吐いてから、口を開いた。「なあ、クロミエ。何かを隠しているのは知っている。それに僕が関わっているのもさ。僕がいつもお前に助けられているのは事実だけど、誘導されているのは気づいていたよ」ラクレットは自分で自分の言葉を理解しているのか、一言ずつ、確かめるようにそう紡ぐ。それは、自分に対しても、クロミエに対しても等しく言葉を捧げる様に。ラクレットは、クロミエが、静かにその言葉の続きを待っているのを自覚しながら、ゆっくりと告げる。「でも、それを全部ひっくるめて────僕はお前の事大好きだよ」彼の心からの、偽りのない言葉を。ラクレットは、クロミエが感じている負い目があるのは感づいた、それが何かは解らなかった。だからすべてを受けいるえることにしたのだ。この親友は、何か含んでいるかもしれない。だが、彼の事を全て信じて任せることにしたのだ。それは、好感度こそ違うが、彼の長兄に対する対応と方向は似ていた。クロミエも、仕方なく罪悪感を覚えながらも、やらなくてはいけないことがあったのだ。彼に対して今一近寄りきれていなかったのはそれもある。「……ありがとうございます」「勘違いするなよ、友人としてだ。恋愛対象としては……今は、あんまりないから」ラクレットは、背中に伝わる熱が少しばかり上がったことに気づきつつも、そう口にした。それは自分なのか、クロミエなのかわからなかったから。恋愛感情をクロミエに抱いているかと言えば、ラクレットは今のところはNOとしか答えられない。人として愛して尊敬しているが、恋人としては違うのだ。今は。それはクロミエの両性具有と言う特異なステータスが原因ではない。「フフッ。そうですか、僕も大好きですよ。貴方の事」「流石に子供と配偶者がいるやつを、配偶者の『上』で口説いたりはしないさ」宇宙クジラという存在と、子宇宙クジラがいるからである。さすがに寝取ってまで欲しい、恋愛対象としては見られない。クロミエの遺伝子をもとに生まれた子宇宙クジラをなでながら、ラクレットはそう告げた。「残念です。口説かれたら、不倫に応じてしまうところでした」「それじゃあ、僕が彼女できたら浮気でもすればいいのか? 」「その時が来るのを祈っていますよ────あなたに恋人ができる時をね」二人は夜空の元、そのままクジラの鳴き声をバックに空が白くなり始めるまで語り明かした。その光景を二人は、死ぬまで忘れることはなかった。