第7話 勘違い乙────こちら、『エルシオール』放送局、パーソナリティーは『旗艦殺し(フラグブレイカー)』でおなじみラクレット・ヴァルターと────動植物のアイドルクロミエ・クワルクです。いやー、まさかこんな仕事をすることになるとは思いませんでしたね────もともと、『エルシオール』にあった放送がチーズ商会と協力してより充実させようとしたんだってね、えーと……福利厚生?を────まあ、そう言う訳で、これからお付き合いいただきますそんな『エルシオール』で最も若い少年二人の声を背後にタクトは、自室で仕事に励んでいた。最近の彼は毎朝7時半には起床し、その後簡単な朝食をとりながら、急ぎ処理の必要な案件とそうでないものを分け、その後前者をこなし終えると、後者をレスターに頼み、ルシャーティやヴァインの様子を見に行き、ついでにエンジェル隊のメンバーの調子を確認に、戻ったらレスターがおえなかった仕事と、レスターからあげられてくる仕事をこなす。とまあ、要するに、ひたすらに真面目な司令官であった。しかし、彼がこんなことをすれば、多くの人は何かあったのかと心配してしまうのは、お約束である。現に先ほどのも、エンジェル隊とあった時に、全員から「大丈夫なのか? 」や「もしかしてなにか、弱みでも握られているのか? 」といった心配をされてしまったくらいである。最初こそ、驚きまた同時に背中がむず痒くなってしまったレスターも、今はすっかり利用する気満々で、むしろ「奴のやる気が切れないうちに、先の仕事に手を出しておこう」と完全に先を見て動いている。そしてまた、悲しいことにそろそろ真面目にやろうと固く誓った決意を薄れてきた頃であった。現在の『エルシオール』は白き月を皇国の淵から少し外れた所に残し、先遣隊としてEDENの方角をめざし進軍していた。たった一隻の艦で進軍と言うのもなんだが、ほぼ、師団規模の戦力として考えられる『エルシオール』なのだから、その表現は間違っていないであろう。そしてブラマンシュ商会と、チーズ商会の補給船団もすでに、白き月付近に集結しつつあった。彼等は、白き月という、皇国の中でも最高に優秀なレーダーを信用し、今後行われる予定だったヴァル・ファスク討伐軍の補給線の維持を今から開始していたのだ。建造物としても規格外な大きさである白き月を前線基地にするのである。なにせ、皇国誕生以来、初めての皇国に匹敵、いや凌駕する勢力との戦である。皇国はその歴史上侵略戦など行ったことはないのだ。さて、そういった訳で『エルシオール』は、巨大なアステロイド帯や、恒星、無人の星が佇む宙域を進んでいる。特徴としては、皇国の内部にはこういった『通路のような細い宙域』はなく(細いといっても数百千キロ)が幾つもある、回廊のような場所である。(やっぱり、こういうところはゲリラ戦みたいに奇襲とか待ち伏せとかが有効だろうな……となると、ここで地の利のある二人を引きこめたのは幾分か有利に働くと……思いたいね)そんな風にタクトが考えていると、来客を知らせる音が鳴った。レスターか、ミルフィーだろーな、ミルフィーだったら嬉しいな。なんて思いつつ、彼はどうぞーと軽く言いつつ、机にある、開閉ボタンを押した。「失礼します」「やあ、ヴァイン。どうしたんだい? 」しかし、そこにいたのは、予想に反して、ヴァインであった。白き月での会合の後、しばらくして、完全に艦内を自由に出歩けるようになった彼は、基本的に散歩をしたり、コンビニなどで文化の違いを確認したり、食堂の調理の様子などの確認をしたりしていた。クルーは彼の行動を『異文化に対する興味』を片付けているのだが、本人からすれば普通に文化レベルをその目で確かめつつ、万が一の時に利用できる場所がないかの確認だ。流石にまだ格納庫に入れるほどの信用を得てないが、ヴァル・ファスクの警備網は暗記しているので、それを利用して、戦闘で手柄を立てより信頼を得るつもりであった。なにせ、彼の仕事は妨害工作ではなく、調査を主にするようになったのだから。「はい、実は改めて頼みたいことがあるんです」「頼みたいことかい? 」「ええ……ご迷惑かも知れないのですが、姉さんの事です」「ルシャーティの? 」タクトは、どんな頼みなのかを聞いてみて、まあ一応予想の範囲内だと納得した。ヴァインの状況で何らかの要求をするとすれば、十中八九大事な姉の事であろうからだ。「姉は、まだ僕を連れ添わないとあまり外に出ようとしません。幼少からの幽閉生活が原因でしょうが、人見知りがすごく強いんです……あんなこともありましたし……」「ああ、うん……そうだね。その件に関してはこちらの落ち度と言うか……」ラクレットはあのあと、タクトやエンジェル隊の立会いのもと、クロミエに事情を聴かれていたが、「ついカッとなって言った。今は後悔してないが、反省している。あの状態でこっちに気を使えるルシャーティさんマジ天使」と供述し、クロミエは「どうやら、背後にあったオーラがエンジェル隊のものと似通っていたためだそうです。今後は少し自重するそうで」と翻訳していた。ミントも「だいたいそんな感じの思考ですわ」と補足しており、目立った刑罰はなく、普通に過ごしている。「ですが、どうやらタクトさんには、少し心を開いているみたいです」「俺に? それは大変光栄だなー」なんとなく、ラクレットに罪の意識を感じつつタクトは、いつもの照れたときの頭をかくポーズをとる。そして、そのまま話を聞く姿勢を取る。おおよその予想はついたが。「ですから、どうか、姉の事をよろしくお願いします。巡回の時にかるく、『エルシオール』の案内をして頂くなどで十分ですので」「うーん、わかった。それじゃあ、今から行こうか!! 」「今からですか……ありがとうございます。流石です。英雄ともなれば即決、即行動ですか」「そんな大したもんじゃないよー」ヴァインは、タクトの人物像に僅かに情報を追加する。判断が素早く、躊躇わない と。 実際はこれを口実にそろそろサボれるし、かわいい女の子を一緒にいれるというのが、主な理由であったが。そのころの、彼の姉である、ルシャーティは、自室で本を読んでいた。ライブラリーの管理者という役割を持っているからか、彼女自身部類の本好きであり、機会は少なかったが、本を読めるときは良く読んでいた。まあ、出来ることが少なかったというのもあるのだが。『エルシオール』に来てからは、頼めば本を自室に届けてくれるので、溺れるように読んでいた。電子書籍を支給された端末で読むのも良かったが、それは今『エルシオール』にある紙の本を全部読んでからにしようと彼女は決めていた。どうみても引きこもりにしか見えない、ヴァインがどうにかしたがるのも、解る気がする彼女である。そんな、彼女が読書の海に沈んでいる中、来客を知らせるベルがこちらも同じくなった。頼んでいた本を届けてくださったのかしら? などと考えつつ、ドアに近づき、ドアを開ける。その場でも開けられるのだが、こういった所で彼女が異文化の民であることを再認識できる。「本のお届けに上がりましたー」「はい、ありが……」しかし、彼女の予想はあっていたものの、届けに来た人物が問題であった。そう、彼女が今若干の苦手意識を持つ、ラクレット・ヴァルターである。彼は番組の収録が終わったその足で、ここまで来ていたのだ。「ご注文の本です、重いので、奥まで運びましょうか? 」「あ、はい……お願いします」案外まともな対応をされて、逆に驚いているルシャーティ。まあ、あの初対面以来ここ数日引きこもっていた彼女は、ラクレットと会っていないのだ。エンジェル隊のメンバーが何回か、部屋に尋ねに来たり、お茶に誘いに来たりしたが、その時ラクレットはトレーニングと、自分の番組の打ち合わせで忙しく、その場にいなかった。一応、その時にエンジェル隊のメンバーに、「ラクレット君は普段あんなことしない」「もっとへたれで、女性に話しかける事すら苦手な人ですわ」「一応は悪いやつではないのよ」という事を聞いていたが、彼女の主観からは到底信じられることはなかった。なにせ、小説に出てくる女好きのナンパ男のほうが近いような態度だったのだから。「……っと。目録です。全部ありますか? 」「は、はい……大丈夫です」「そうですか、それじゃあ僕はトレーニングがありますので」そう言ってラクレットは長居は無用だという様に、足早にこの部屋を後にしようとドアに向かう。彼なりの配慮である。彼自身どういう対応をすればいいのかわからないからでもあるが。そもそもここに来たのも兄の「恋愛の基本は単純接触の回数を増やすことにある」という言葉を真に受けてとりあえず顔を合わせるかという理論で動いているだけだ。前回の反省を生かして、急激に迫るという事はしないラクレットである。そもそもの目的はルシャーティの妨害であるわけだし。ルシャーティをおとすのが目的ではないのだ。自信行動に一貫性が無い事に自覚はなかった。しかし、彼のその行動は意外な者によってさえぎられることになる。「あの、ヴァルターさん」「なんでしょう? 」ゆっくり振り返りつつ、彼はそうルシャーティに問いかけた。まさか呼び止められるとは思わなかったのだ。まあ、あんなことした後であったので余計にだ。「あの……どうして、私が天使だと?」「僕がそう感じただけです……特に意味はありません」「ないんですか……」「はい、特にないです……」お互いに微妙にテンポの合わない会話が続き、途切れる。そこに残るのは嫌な沈黙であり、打開しようと言葉を探すも、探せば探すほど沈黙に押しつぶされるような気がしてくる悪循環。何とかしようとラクレットは適当な科白を言ってみることにする「か、勘違いしないでくださいね!! 別に一目惚れとか、そう言うのじゃないですから!! ただちょっと、オーラが違ったなーって感じただけなんですから!! 」「……はぁ……そうですか」「それでは失礼します」そしてラクレットは、今度こそ部屋を後にする。また黒歴史が追加されたなーと思いながら、足早に自室に急ぐのであった。「それは……ツンデレという、奴ですよね? 」なぜか知っているルシャーティであった。主な原因は『エルシオール』の中にある本の多くはチーズ商会が持っている出版社から出ている本だからであることを追記しておこう。ラクレットが戻ってしばらくした後、今度はタクトが彼女の元を訪ねてきた。今日は来客が多いな、と思いドアを開けたところで、自分の意識に何か違和感を覚えるものの、彼女は気にしないことにした。「やあ、ルシャーティ。今からオレと『エルシオール』散策に行かないかい? 」「『エルシオール』の探索ですか? 」タクトは、悩んでいる様子の彼女になんとなく既視感のようなものを覚えつつ、ちらりと横目で隣のヴァインを見る。打ち合わせ通り、ここでヴァインの援護射撃が入った。「行ってきなよ、姉さん」「ヴァイン……そうですね、それではお願いします。マイヤーズ司令」「タクトでいいよ。この艦にオレの事をファミリーネームで呼ぶ人なんていないからね」「それじゃあ、僕は姉さんの本の整理でもしているよ。いってらっしゃい」ヴァインに見送られながら、二人は、『エルシオール』を回ることにした。ルシャーティはあまり歩みが早いわけでも体力があるわけでもないので、必然的にゆっくりとした歩みになる。タクトは、一人の男としても貴族の三男としても女性のエスコートには長けているわけで、彼女が意識無いように歩みに合わせつつ、うまく彼女をリードしながら進んでいる。「この、銀河展望公園は、スカイパレスに似ています……」「スカイパレス? 」「はい、私は監禁されていたわけではありません、正しく表現するなら、軟禁と言った所でしょうか……私が出歩けた数少ない場所が、スカイパレスと言う公園なのです」「そうだったのかい……辛かったんだね」タクトは、なんとなくは聞いていた話を、本人から改めて聞くことで、本気で彼女の身の上を想像してしまった。なんだかんだ言って、感情移入などがしやすいたちであるので、彼女の苦労を解ってあげることができたのである。「いえ……私はつらいという事が、解りませんでした。自由と言うものを知らなかったのですから……唯一不自由だと思ったのは、ヴァインと偶にしか会えなかったことですね……」「それは……」タクトは、この目の前の儚げな少女の生い立ちを、聞いて、ヴァル・ファスクに対する怒りを燃やしていた。こんなどこにでもいるような少女が、管理者の血族であるというだけで、まともな自由というものすら知ることができずに、暮らすことを余儀なくされてきたのだから。おもわず、いつも浮かべている軽薄に見える能天気な笑いが影をひそめ、真剣な表情で彼女を見つめる。「大丈夫……ここではもう、皆が君の味方だ。安心していいよ」「タクトさん……」ルシャーティも、なんとなくタクトの考えを把握したのか、頭から否定せずに、彼の方を向いて、彼の名前を呼んだ。はたから見ると、真剣な表情をして男女が向かい合い見つめ合っている構図である。当然のごとく、これを見たら誤解を受ける人がいるだろうし、次の瞬間にお約束のように誤解する者が現れた。「一文字流星キーーーーック!! 」「ぐはぁ!! 」タクトの腰に右から鋭いとび蹴りが入る。その場に冷静な人物がいたならば、絶対その蹴りはまずいという突っ込みが入りそうなレベルの鋭い蹴りだ。「タクト!! なによアンタ!! ミルフィーというものがありながら!! 浮気なんて!! 天と地が許しても、この私が許さないわ!! 」「いっちゃ悪いが、今回ばかりは私もランファの味方さね」「浮気はいけません」「悔い改めよ……ですわ」「司令と言えども、これだけは許せません……」エンジェル隊、全員集合である。突然の状況に狼狽しながら、腰の痛みにもんどりうちながら。それでも彼はこの状況はやばいと本能で感じ取り、全身全霊で力振り絞り、痛みと戦う。そう、あと数秒で弁解しないと自身の人生が棒に振られてしまうようなプレッシャーが彼を包み込んだのだ。後から後から溢れるように感じる、腰の激痛の手綱を何とかして握り、必死に声を絞り出す。「みんな……これは……誤解なんだ……」出た文句はテンプレートであったが。「なによ!! あんた、いまルシャーティと見つめ合っていたじゃないの」「すごくいい雰囲気でしたわ」必死で生み出した言葉を一蹴する彼女たち、タクトは自分の危機を魂で感じつつ、打開策を必死で練っていた。「あの……タクトさんは……「タクトさんは悪くありません!! 」「ミルフィー……」「ミルフィーさん」そして、そこに現れたのは彼の天使である。まさに比喩表現無く今の彼女はタクトの天使であった。しょうもないことであるが、タクトには後光すら刺しているように見えたのだ。「タクトさんはそんなことをするような人じゃありません!! 」「そ……そうだよ……誤解なんだ……ルシャーティの話を聞いて……いただけなんだ」一番重要な人物が誤解をしていなかったのをこれ幸いと、タクトは彼女に合わせて弁明を開始する。まあ、実際に悪いことをしていたわけではないので、それでいいのだが。「はい、タクトさんは……私の話を聞いて、共に悲しんでくださっただけです。私の身の上を案じて頂いたということです」「そう!! その通りだよ」ルシャーティの援護もあり、何とか落ち着いたタクト。目先の危機を脱したことで、蹴られた腰の痛みが、強く感じられるものの、それが生きているという事なのだと、自分に言い聞かせながら、タクトは首を縦に振る。「そう言う事なら……」「まあ……」「仕方ないですね……」エンジェル隊の面々も、しぶしぶと言った様子で矛を収める。まあ、頭では分かっていたのがほとんどなのだ。つい感情的になり、蹴りを入れたり詰問したりしてしまっただけである。仕方ないよね。「じゃあ、タクトさんに罰を与えます」「え? ミルフィー? 」「明日、デートしてください!! 最近タクトさんおかしいくらい真面目に仕事して、あまり会って無かったじゃないですか……」「おかしいくらいって……まあうん、断然OKだよ」「やった。それじゃあ、明日の10時にいつもの場所で!! それじゃあ私お弁当作る為の準備をしてきますね!! 」「いやー御暑いねー」「冷房を強くしていただかないと」「君たちねぇ……」ルシャーティは、どんどん変わっていく目の前の状況に目を白黒させていた。まあ慣れていないのならば、仕方ないことであろう。タクトは、満足げに明日のデートに思いをはせていた。そして、その会話を聞いて、冷たい笑みを浮かべる少年が、物陰に隠れていたことに誰一人最後まで気づくことはなかった。