本編とは違う前提条件ラクレットはミントのことが好きであるファーゴのイベントから立ち直って以来、微妙にアプローチを続けている。以上の事を頭に入れてください。警告この話は当SSの本筋には一切関係ありません一部キャラの都合のいい改造を含んだりします。エンジェル隊及びタクトへの愛が崩れるという方はどうぞ飛ばしてやってください。もう一度言います。本筋とは一切関係ありません。さてさて、ラクレット・ヴァルターという少年は、基本的に奥手でへたれだ。加えて若干の女性恐怖症と、エンジェル隊への崇拝に近い尊敬があり、さらに言うと外見は甘めの評価で並といったレベルだ。ボトムアップ評価でかなり低い結果が出るのである。逆にトップダウン評価ならば、弱冠14歳の天才的パイロット、実家は農業衛星の総督、兄が商会の長、女皇陛下の覚えも目出度い英雄、数少ないクロノストリング搭載機保持者にして、操縦者。といったエリート君が生まれるのが彼の面白いところだろう。しかしながら、そんな彼も人並みに情愛の心を持て余すという事もある。もっと直接的に言うと、彼は恋煩いという人類が有史以来最も感染しているであろう、不治の病の疾患者なのだ。といっても、へたれでへたれな上にへたれである彼だ、そう簡単にアプローチなどできるわけもない。故に彼がそれはそれは、遠回りなアプローチから始めていた。お茶会の時に椅子を引いたり(ミントだけやると不自然なので結局全員にやるようになった)、ちょっとしたお願いを即時に聞いてみたり(無理難題がだんだん飛んでくるようになった)、何かの時に自然に席順を近くの所に座ったり(結果的にそこが定位置になった)とまあいろいろやったのだが、あまりにも露骨すぎてばれたのだ。彼の遠回りは恋愛経験値の値が低すぎて、あまり意味の無い行為だったわけだ。まあ、ばれたらもう気にしないのがラクレットだ。ラクレットも相手にばれていることを知っているし、ミントもラクレットが自分が気づいていることに気付いていている。そんな歪な関係だけど、別段ラクレットも強く迫らないので進展もしないし、ミントも別段友人以上の関係を望んでいるわけでもない。なによりも、告白して気まずくなるような間柄ではないのだ。このままずるずると行くのじゃないかと周囲のエンジェル隊が予想し、ミントも別段年下の少年からの好意が嫌ではなかったため、少しは否定しつつも、どこかその少年が将来どの世に成長していくかを楽しみにしていた節はあった。大切な仲間であり、後輩のように慕ってくる年下の異性が仄かに自分の事を思っていて、そのこと自体に嫌悪を抱く人物はそうはいないであろう。具体的にはこのような感じだ「ミントさん、いい天気ですね。あ、紅茶によく合うと評判のお菓子を手に入れたのですけど、一緒に食べませんか?」「あら、そうですの。それではティーラウンジで皆さんと一緒に頂きしょうか、私は紅茶の準備をしますわ」なにか違和感を覚えるかもしれないが、まあラクレットが前世の無い普通の少年ならば、そこまでおかしくないと思う というか外伝なのでそこまで詳しく突っ込まれても困る。普通のままじゃ絶対くっ付かないからご都合主義を入れないと始まらないのだ。その辺を勘弁していただきたい。さて、そんな表面上は普通の関係で水面下ではいろいろな思いがあった関係がある日突然変化することになる。いきなりラクレットが強烈なアプローチをかけてくるようになったのである。これで驚きながらも面白いのはミントを除くエンジェル隊の要するに観測者だ。これまでの、すごく甘酸っぱい感じのラクレットのミントに対するアプローチは見ていて面白いものではあったが、そろそろ次のステップに行ってほしかったのだ。なによりもミントが、いい感じにそれを受け流したりしており、それが一種の惚気のように見えたので、そのミントが少しばかり困惑する様が見れそうだという期待もあった。事実、最初こそミントはかなり動揺した。心を読もうにも、また古代語で考えているようで(これは語彙が貧困だからではないかと彼女は読んでいる)読めないのもあり。結局さすがに恋人としてみるほどの好感度はなかったわけで、やや罪悪感を覚えながらも、遠ざけるようにしていた。少なくとも今はまだラクレットの事を異性として見れなかったのである。以下ダイジェストでお送りしよう。朝「ミントさん!!僕に味噌汁を作ってください!!」「インスタントなら食堂で飲めますわよ?」昼「 ミントさん!! 恋の病に、特効薬はないそうです!! 」「私は貴方を、信じていますわ、必ず治ると 」夜「 男女間の友情って……成立すると思いますか? 」「 はい、貴方となら」そう、彼はいま猛烈に空回っているのだ。さて、なぜこのような状況になっているかを、説明しなければいけないであろう。ミントにはこの変化の原因に心当たりがあったのだ。ミントの主観からすれば、一つだけ彼が加速しそうな出来事があった。大変不本意でまだ水面下な出来事なわけで、それをラクレットが知っているのかは不確かであるが、あの謎なまでに優秀な3兄弟だ、どこかで嗅ぎつけたのかもしれない。(私に、婚約者ができそうだということを)事の次第は、少し前に遡る。そもそも確認しなければならないのは、ミント・ブラマンシュという少女は本来『白き月所属の月の巫女』などというようなポジションにいるような立場ではなかった。彼女は幼少から、すべてを父親に決められて、父親の言いなりに生きてきたのだ。まあ、これだけかわいい娘がいれば父親の大事にしたい気持ちもわかるのだが、それは置いておくとしよう。まあ、ともかくそういった子供の反発から白き月という、父親から離れられる場所に行きたいと思い。父親も花嫁修業の一環で、白き月の巫女になることを許したのだ。事実月の巫女は、女性の価値をかなり上げるものだ。この皇国の象徴である、聖母シャトヤーンに使えるという形なのだから。貴族子女の花嫁修業として幼少から白き月の専門学校で学び1,2年務めて寿退社というのは定番コースである。そして、白き月に入ると彼女の才能が開花し、紋章機の適性が認められ、当時5機しかなかった紋章機のパイロットという、本当に父親が無理やりどうこうすることのできない立ち位置を得たのだ。まあ、その彼女を取り戻すために、最新の防衛衛星を開発し量産し、娘とトレードをかけたりしようとしていた人物もいたわけだが、それは置いておこう。さて、そんな全体を頭においてだ。ここしばらくの彼女の活躍、いや、彼女たちの活躍はかなり目を見張るものがあるわけだ。そうすると、当然のごとく陰謀の大好きな人とか、宮廷劇が大好きな方々よりも、お金を持って女の子を身内に加えたい人とか出てくるわけで……もちろんエンジェル隊という神聖視の対象にすらなっている存在を、しかも国のトップと軍のトップがバックについているのだから、直接的に動くということはできない。彼女たちの素性を知っている一部の政府高官や軍人たちが手を出すのは難しい。しかし、ブラマンシュ商会はまた違うわけだ。皇国でも5本の指に入る巨大な商会で現在も急成長が止まらないわけだが、当然のごとく敵も味方もいるわけである。(昔から婚約者の話、自称婚約者の方々には困りませんでしたが……)とまあ、そんなわけで、そろそろ父親が過保護にも自分を守るために婚約者を決めたのではないかと勘繰っているわけだ。ミントだって、いつまでもエンジェル隊で入れるとは思っていない。皇国に平和が訪れれば、自分は軍から抜けることだって考えている。今の仲間は大変居心地がいいし、個人的なおつきあいはいいと思っているが、今が天職なだけであり、環境も今が特殊だということは理解しているのだから。(自分の身は自分で守れますのに……そして、それを知っているのだとしたら……)ラクレットの行動は、弱みに付け込むようなものだ。見ず知らずの婚約者と、知っている俺どっちがいいんだよ!! である。ドラマでよくありそうな筋書きである。そして、厄介なことに、ラクレットはあまり意識していないものの、彼の立場は結果的にミントにもブラマンシュにとっても悪くないのだ。ブラマンシュよりさらに若いが飛ぶ鳥を落とす勢いで飛躍しているチーズ商会。その会長の弟であると同時に、会長の身内ではまだ0歳の娘を除いて唯一の未婚であり、そのチーズ商会は今までもかなり良好な関係を維持しているが、仮に二人が結婚し、商会の長同士が納得すれば、合併だって選択肢になりえるのだ。ちなみに、ミントは知らないが、別段エメンタール会長は、子供に金を残したいとか家の繁栄とかを考えていないので、結構現実味がある選択肢なのだ。ミントが誰かしらとくっついた、しかもそれがちょっとしたコネクションや立場がある人物から見れば、政略ともとれる人物。民衆から見れば英雄の身内通しの結婚に見える人物。これ以上ないような優良物件なのだが、やり口が汚いように感じるミントだった。まあ、当然であろう。先にも述べたように、下手したらどれだけ年が離れているかもわからない、しかも全く面識もないような人物(まあおそらく、大事には扱われるであろうが)とくっつくか、面識あり、自分に絶対の好意があり、二つ年下で、認めたくはないけど頼りがいはある少年どちらを選ぶか? という疑問を投げかけられているわけなのだから。「まったく、気に入りませんわ。私にだって私の力でやりたいようにやりたいのですわ」ミントはそう、自室で着ぐるみの頭を撫でながらそう呟いた。その着ぐるみは、ブラマンシュ商会のマスコットキャラクターの超限定盤巨大ぬいぐるみなのだが、彼女はそれを着てたまに深夜徘徊をしている。「そういえば、これはラクレットさんに頂いたものでしたわね」これをもらった時は、ものすごく逆撫でするようなことを言われたものだが、これを着て深夜徘徊をしている時に、幽霊騒動になってそれを探りに来たタクトと、一晩中話をしたものだ。自分の着ぐるみ趣味は、自分だけの秘密から、タクトと二人だけの秘密になり。すこし心の距離が縮まったような気がした、ミントからすれば忘れられない夜の出来事なのである。「まあ、そのタクトさんはミルフィーさんを選び、そのせいで蘭花さんが一悶着おこしたのでしたわね」懐かしむ様にミントはまたそう呟く。この頃の彼女は悩みのせいか、独り言が多いのだが。人前ではぼろが出ないように物心つく前から学んでいるために、やはり今のところ問題にはなっていなかった。彼女の夜はそうして更けていくのだった。さて、そこから数日の時がたつ。彼女が相も変わらず自室でのんびりしていると、通信端末が、私用の回線に通信が入ったことを知らせる音が鳴り響いた。なんとなく嫌な予感がしつつも、一応開くとそこには、見覚えのある父親の顔が表示される。「あら、お父様、お久しぶりです」「ああ、久しいなミント」父娘の久方ぶりの再開なわけだが、少々堅いのがこの二人だ。まあ、これでも以前よりはだいぶ相互理解が進んだことによってある程度軟化して解消しつつあるのだが。とりあえず、ミントは単刀直入に切り込むことにしたのだが、自分からつないだわけではないので、相手の出方を待つ。「さて、ミントよ。知っていると思うが、お前に正式な婚約者ができた。それでさっそく明日会ってもらう」「本当突然ですわね」「ああ、向こうの家がこちらのいうことをだいぶ聞いてくれたために、こちらとしても答えないと示しがつかんのだよ」なるほど、とミントは内心呟いた。おそらく、相当な数の条件を持ってこの婚約は締結されたのだろう。自分のことなのに他人事のような考え方だが、性分なので仕方がない。過保護な父親のことだ、いや少し前までは過保護というより自分の付属品だと思っていると、ミントは思っていたのだが。それはともかく、自分のためよりも娘のためにかなりの条件を付帯させて結んだのだろう。恐らく、成人するまで籍も入れないし式も上げないや、エンジェル隊を強制的に抜けさせることはできないといったように。となれば、自分は子供のようにすべてを突っぱねるか、おとなしく従うか、従うふりをするかのどれかしかない。「お前のスケジュールは一応把握している。明日は空いているはずだろう。明日の10時に本星の空港東口第2出口に迎えをよこすらしい」白き月から本星まで10分おきのシャトルが出ている、ミントの部屋から、指定の場所まで30分かかるかかからないかといった距離でしかない。ちなみに、空港の東口はデートスポットの待ち合わせ場所として大変人気だ。ランファもはまった視聴率30%オーバーのドラマのラストシ-ン使われ、大変な話題になったのだ。休日にはカップルで賑わい独り身が一人で行くのは大変な苦痛を伴う場所だ。「……把握しましたわ」「ああ、それでは、先方に失礼の無いようにな」それだけ言うと、ダルノー・ブラマンシュは通信を切ってしまう。ミントはあくまで把握しただけで了承したとは言っていないし、ダルノーもそれは分かっているのだ。なぜならばミントが話を聞いてくれただけでも彼からすれば十分なのだから。「全く、憂鬱ですわ」そんな風に通話の後独り気だるげにつぶやく彼女は、子供っぽい外見と相反する雰囲気とで、アンバランスにかなり色っぽいのだが、それを見たい人物はこの場にいなかった。とりあえず気晴らしに、ケーキでも食べようとミントはティーラウンジに足を運ぶ。部屋を出て左に曲がりエレベーターに向かうために廊下を歩いていると、廊下に背をよりかけて立っている人物と目があった。「こんにちは! ミントさん!! 」「……ごきげんよう……ラクレットさん」ラクレットだ。このところ外に出るとかなりの確率でエンカウントしてしまうので、自室にいる時間が増えるようになっているミントだ。相手に悪意がないのは分かっている。むしろ好意全開なのはわかっているのだが、それでも疲れるわけである。「あの!! ミントさん明日予定ないはずですよね!! 」「え、いや……実は」「それでですね!! 僕とデートに行きませんか? 」「………は? 」まさかこのタイミングでこの話が来るとは思わなかったミントは、完全に思考を停止してしまう。彼の胸元に最近つけ始めたネックレスが揺れ、何も考えられないので動くものを眼で追ってしまうミント。その間にも話は進む。「待ち合わせ場所は……空港の東口の第2出口……? で朝の10時に待ってます!! 」「あ!! ちょっと!」「それでは!!」それだけ言うと彼は走って去って行った。恐らくこの艦の中で彼よりに追い付けそうな人物は3人といないであろうそのスピードに、ミントが追いつけるわけもなく、彼は言いたいことだけ言ってまさにいい逃げをしたのだ。呆然となるのはミントだ。デートするのは、まあ100歩……いや100万歩譲って良しとするとしよう。しかし、日付と時間が完全にかぶった。おそらくランファあたりにデートコースとかの指南を受けたのであろう。断る前に離れなさいとか、場所と時間はこことか。が、そのせいで最悪なことに完全に重なってしまったのである、ダブルブッキングだ。「あーもう!! どうしたらいいんですの!! 」普段は絶対荒げないような声を廊下で上げるくらいには切羽詰っていた。自室に戻った彼女は、とりあえず冷静に整理して考えることにする。「まずは、婚約者とやらの約束に行った場合ですわ」この場合、婚約が完全に合意とみなされるであろう。少し前までなら完全に父親の顔に泥を塗ることになるので積極的に行かないを選んでいたが、自分も大人になったためにある程度物事がわかってきた。「この場合、問題なのは婚約が完全に成ってしまうということですわ」それが最大のネックであり、焦点であるのだ。「次に、ラクレットさんのデートに行った場合ですわ」これは、婚約者と、その背後にあるものに対して泥を塗ることになるわけだ。しかしながら、一応以前から友好もあり、なおかつそれなりの力を持つ商会の関係者であり。何もなしに断わるよりも、父親は許せるのではないか? 最悪向こうの商会のある程度の内実を手土産にすれば父も認めてくれるであろう。問題なのは「ラクレットさんとは……まあ、その場しのぎにはなりますわ」ラクレットとデートをしても、自分がある程度主導権を握れるため、すぐに惚れた腫れたの恋人関係になることはない。こっちも形だけ取り繕えばいいので、現状維持には最適。ラクレットが送り狼になる可能性は0.1秒の思考で棄却された。信頼感抜群である。というか、ミントに明日はデートに連れて行ってその後ふるという選択肢が出てない辺り色々とね?「そして、どちらにもいかない場合」ミントだって馬鹿ではない。独りで動くときのために、ある程度資金の準備や、コネを作ったり等はしている。最悪父を見捨てて、ブラマンシュの名を捨て、シヴァ女皇の近くにいれば身の安全は確保できる。しかしこんなに早くその時が来るとは思っていなかったため、まだ資金は家出娘のそれの範囲をでていない。遊んで暮らせば1年もせずになくなる額だ。結局のところ、選択肢などこの程度しかないのだ。「気が付いたら、チェックをかけられていたわけですわね……」振り返ってからわかる、いかに自分の状況が詰みに持ち込むために動かされていたのに。エンジェル隊の参謀的なポジションとはいえ、やはり自分に関係のないところで動き回る陰謀に対してなど対処にもやはり限界が来るのである。結局彼女は強いられた選択しか取れないのだ。この現状を何とかして新たな道を探せるものならとうに模索しているであろうが、なまじ優秀な彼女はその新たな道に掛ける希望を持ち合わせていない。というよりここ数日の不幸は、ジンクス的に更なる不幸を呼び込む可能性がある。迷信を信じる程オカルト的な思考を持っていないミントだが、こればかりは経験則なのだから仕方がない。「さて、本当に……困りましたわね」ベッドに仰向けに倒れこみながら、彼女はそう空に向かって呟く。衣服のしわを気にする心の余裕はなかった。ぼーっと、目に映る景色を認識しないで、脳の活動全てを思考に咲きながら彼女は考える。自分か未来か家族かそれとも恋人か。大事なのは何か。ぐるぐる回る思考の果て。彼女は一つの決意をした。それが正しいのかは、彼女にもわからなかった。翌日ラクレットは、指定の待ち合わせ場所に1時間早めに到着して待っていた。しかし流石に、待ち合わせの人間が多く、ミントがここにいるのは大変であろうと、少し離れた場所においてあるベンチに座ることにした。彼の人生で初めてのデートなわけだが、彼としては別段緊張しているわけではなく、普通に早く来てぼーっとしているだけだ。デートの1時間前には行けという、指示通りの行動。指示通りの待ち合わせ場所。何か意識しているわけではなく。冷たいベンチに座り彼は約束の時間を待っていた。「あ、ミント。どうしたの?」「ええ、少々決断をしまして」ミントはその頃ロビーで、他のエンジェル隊と顔を合わせていた。朝食の後、ここの所しばらくはなぜかロビーで集合していたのだ。今日はミントが最後に来ており、他のメンバーはもっぱら今日のデートの話で盛り上がっていた。「そうなの。んで? どんな決断よ? 」「先輩が決断したのでしたら、私はぜひお聞きしたいです」「それでね、タクトさんが今日お仕事だから、夜からデートしようって誘ってくれてね」「ミルフィー、今はミントの話を聞こうか、アンタのデートの話はまた後で聞くからさ」「それで、どのような決断ですか? 」というより、実はミルフィーが本日夜のデートの話を惚気ていただけなのだが。ちなみにラクレットは昨日が休みで今日が有給。ミントは今日が休みだったわけだ。タクトは逆に今日が仕事だったわけだ。もっというとラクレットは18日ぶりの終日オフであり、連休はいつ振りだが本人も把握してない。ミントは、一晩考えた結論をこの場で明らかにするのもあれなので、自室に招くことにした、念には念を入れての采配である。ティーラウンジで自分の話をぶちまけてそれを誰かに聞かれても嫌なだけでもあるが。「それで、ここまで引っ張ったんだ。話してもらうよ」「ええ、それは構いませんわ」ミントは全員分の紅茶を用意しながら、そう返す。もはや日常の光景となるまで身にしみついたその行為をしながら、誰かと会話をすることなんて彼女にとっては、それこそ朝飯前といったところか。手際よく用意を終えて、一息つくと、雰囲気つくりのためか、表情を物鬱げにして、ティーカップを持ち、どこか遠くを見るといった。まるでどこかの深窓の令嬢のような仕草をとる。周りのエンジェル隊はまた始まったよといった雰囲気でそれを聞くことにする。さて、なぜこのような対応になっているのかというと、先にも軽く述べたように、ミントはすでに何度かエンジェル隊に話をしている。その時は今回のように決意をした等のシリアスな話ではなかったが。以前は「ラクレットさんが、荷物持ちに買い物に付き合わせてから、ちょっとした荷物も自分で持つようになり、そのせいでティーカップを一度無理やり持たれ、結果的に壊された」や「ラクレットが付きまとうせいで、自室と化粧室といった密室でしか息がつけない」や「あれだけ色々やってるのに、好きという言葉を口にしたことはないへたれである」といったようなもので、はたから見ればのろけなのだが、逆に実物を見ているエンジェル隊は、お気の毒にといった感じだった。ミントにその気がないことを一番理解しているのは彼女たちなのだから。そして、ミントがそういったポーズをとったのは、まじめな話をする前に相手にある程度の緊張をほぐさせて、よりダイレクトに聞いてもらおうとするためなのである。「実は私、少し前に婚約者ができたそうですの」「え?」「は?」「ふぇ?」「はぁ……?」「………?」当然の反応に満足するミント。彼女はとりあえず周囲の反応が自分の予想であり安堵していた。これでおめでとうとか言われたら、困ってしまう。しかし、ミントはランファの頭の中でラクレットと婚約したのかといった誤解が起きていることを看破できなかった。「本日は10時に空港で待ち合わせ……初顔合わせとなる予定でしたの」「え? 初顔合わせって、ミントさん相手の顔知らないんですか?」「ええ、父が勝手に決めたことで、名前も顔も家も 教えていただいていませんわ」「ああ、なんだ、よかった」誤解も解けたところで、ミントは次に何を話すか考える。フォルテはこちらのペースで話しなといった目で見ているので、それに肖ることにした。なにせ、事態は複雑なのだから。「ラクレットさんは、おそらくこれを知っていて、最近急激にアプローチをかけてきているのだと私は考えておりますの」「あー、なるほどね」「どういうことですか~?」「つまりですね、婚約者と結婚するのと、自分と結婚するのと、どちらがいいかという売り込みをかけているということかと思います。ミルフィー先輩」ミントは説明を省いたが、このメンバーは知っての通り、ラクレットの家なら婚約を破棄して乗り換えても、あまり申し分のない家である。その辺を含めても彼の行動とミントは読んでいた。「本日、同じ時間にラクレットさんにもデートに誘われております」「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!! なんかすごいことになっているのに、落ち着きすぎでしょ!! もうあと10分もしたらここを出ないと間に合わないわよ? 」「ええ、それも含めたお話ですわ」さて、前提とする条件はあらかた話し終えた。この状況で自分がどのような判断を下しどのような決意をしたのかを話すのが今回の目的なので、ここからが本番である。一度息を大きく吸い込み、肺を満たす。この部屋のミントが好きな芳香剤の香りと、しみついてしまった甘い砂糖の匂い、そして紅茶の香りが鼻を通るわけで、やはり落ち着くことができる。そして、ゆっくり吐き出し、今まで作っていた物鬱気なポーズをやめて、堂々とした姿勢で言い放った。「それで私━━━」ラクレットは、時計を確認する。時刻は10時。待ち合わせの時間だ。ミントは時間を結構律儀に守る人間なので、そろそろ来るころかと思い、辺りを見渡すと、見覚えのある少女が彼のもとに近づいてきた。━━━自分の道は、自分で切り開くと決めましたわ」ミントは、16という年齢だ。15歳で成人とはいえ、実際の所まだ本当の意味では大人でもなければ子供でもない。義務は少なく権利も少ない。そんな十代の半ばという年齢だが、それでも自分の生き方に誇りがあった。父親の言いなりになって生きてきた。それが嫌で白き月で自分の居場所を勝ち取った。国を守るために戦い勝利した。その行いすべてが、彼女の礎であり、彼女の生き様だ。誰にも否定される筋合いはないし、逆にすべてを肯定される必要もない。だからこそ、彼女はラクレットも父親も選ばない。父親にかかる迷惑も、その結果自分に来るかもしれない災いも、すべて気にせず進んでいく。「と、いってももしこれから私が、困難な状況に陥った場合、皆さんには助力を仰ぎたいわけですわ。格好をつけても、私はまだ一人の小娘なわけですし」そして、一人で越えられないのならば、仲間とともにその困難を超えればいい。考えてみれば簡単なことである。父親が苦労するかもしれない。だけど今度はこっちがいうことを聞いてもらう番なわけだ。最悪、本当に最悪な場合は、権威を振りかざせば何とかなる。これをやると前例ができてしまうため、やりたくないし、多くのことは自分とエンジェル隊、そしてエルシオールの仲間が力を合わせれば突破できる。そして、ラクレットには悪いが、自分が今すぐ婚約するわけではないから、そんなに急いでアプローチをかけずにもよいといえば、まあ落ち着いてくれるであろう。自分も彼も、将来のことはわからない。彼だって別の人を好きになる可能性もあるし、もしかしたら、様々な偶然が重なった結果、奇跡が起こって神がかり的な出来事の終息次第で、自分が彼のことを好きになるかもしれない。(そう例えばこのまま何年の私の事だけを見ているような一途さがあり、本気であるのだと証明できれば検討するに値しますわ)だけど、今はまだ、戦友といった関係か、先輩後輩のような関係でいたい。それが彼女の望みだった。もちろんそういった関係を維持して彼の力も借りてこれからの困難を乗り越えていくつもりである。「なんだ、そんなことならお安い御用さ。そうだろ?」「はい!! 私もミントさんに協力しちゃいますよ!! おいしい料理をなら任せてください! 」「いや、料理は関係ないでしょ。あ、もちろんアタシも協力するわよ」「先輩に力を貸すことに何の躊躇いがありましょうか 微力ながらこの烏丸ちとせ、お手伝いさせていただきます」「もちろんです、侮らないでください」頼れる仲間たちのその声を聴いて、ミントは満面の笑みを浮かべて感謝の言葉を述べたのであった。「こんなところで何してんのよ、アンタ」「あ、義姉さん……」ラクレットの前に現れたのは、ノア・ヴァルターだった。先日ひそかに結婚していたらしく、ひと騒動あった。トランスバール皇国では戸籍はなく、国民は社会保障番号のようなものを与えられているわけで、科学者として白き月に住むことになった彼女にもそれは与えられた。その際、カマンベールが『苗字があったほうが栄えるだろ』という理由で、結婚したのだ。本人達だけのうちで。「その義姉さんというのが気に入らないけど、まあいいわ、って、もう10時過ぎてるじゃない、アタシはこれからシヴァに呼ばれているからまた今度ね」「あ、うん」それだけ言うと、ノアは急いで去って行った。その場にはラクレットだけが取り残されたのである。「それにしても、ラクレットも策は悪くないけど、状況が悪かったね」「そーですね、もう少し考えてから行動すれば良かったのよ。恋にルールはないから別に責めている訳じゃないけど」場面は変わりミントの部屋、ミントの告白の後の結局エンジェル隊はその場で談笑していた。機嫌のよいミントが、秘蔵のお菓子コレクションを開いたため、昼食を取らず、ずーっとである。本日休みでない者もいるのだが、現在エンジェル隊は白き月内のエルシオール待機であるために、エルシオールの内部にいればいいのだ。ミルフィーを除いては白き月にも私室はあるが、こちらのほうが皆もいるし、交通の便もいいのでなんだかんだでエルシオールにいるわけだ。逆にラクレットは広告塔成り雑務なりと仕事に追われているのだが。「まあ、そうですわね。私がもう少し皆さんへの信頼が足りなければ、ラクレットさんのところに行っていたかもしれませんわ」「またまたー。婚約者の件が無かったら、案外コロッと落ちてたんじゃないの?」「それこそまさかですわ」「(というより、ラクレットさんとのデートもすっぽかしていますが、連絡はいいのでしょうか?)」ヴァニラの疑問はもっともであるが、ミントからすれば、普段から約束通り来る自分が来なかった時点で、何らかの事故に巻きこまれたなどの心配をするかもしれない。という発想ができなかった。一般的な家庭で育ったということがないため、家族への連絡などといったところが微妙に抜け落ちていたりする。何より今は安堵でいっぱいだ。気が抜けているともいう。いつも約束を守る自分が数時間待ってこなかったら帰ってくるであろうといった考えだ。そしてミントは明日ラクレットに、婚約者とは結婚しない旨と、アプローチを辞めるように伝えるつもりであり、その時に謝るつもりであったのだ。婚約者のほうは、いかないことをわざわざ伝える必要もなかった。一言父親に、婚約は破棄してください。とメールを書いてそのまま放置だ。というか通信も切っている。さて時計の針が5時を指す少し前に、ミントの部屋に乱入者が現れる。「ミルフィー!! 仕事終わったよ!!」「あ、タクトさん」タクトである。彼はこれからミルフィーとデートするわけだ。まあ、最初はミルフィーののろけ話から始まっていたわけで、皆それは承知の上だった。区切りもいいわけで、その日はその場で解散の運びとなる。「っんーっ!! ふぅ……今日は久しぶりによく眠れそうですわ」その日の深夜、ミントは読書をやめて椅子で大きく伸びをしながらそうつぶやいた。夜更かしは成長を阻害するので意図的に避けているつもりなのだが、今日ぐらいは目をつぶろうと思える気分だった。なにせ、ここしばらく悩んでいた問題が解決したのだから。何か違和感が残るような気がするが、どうせ些事であろうと切り捨てている。そんな彼女が本を本棚の下から3段目に戻し、就寝の準備をしようとすると来客を告げるチャイムが鳴った。「こんな時間に、誰ですの?」「あ、ミント私だけど……ごめんね、遅くに」「ミルフィーさん? 」確か彼女は今日デートに行っていたはずだと思いつつ、ミントはドアを開けた。そこに立っていたのは、いつもより少しだけ気合の入ったファッションに身を包んだミルフィーで、どうやらデートの後直接来たことが察せられた。「それで、どういった用件ですの? 」「あ、うん……実はね、タクトさんとランファから教えてもらった夜景がきれいなスポットに行ったんだけど……」ミルフィーたちのデートは基本的にノープランから、二人でおしゃべりを楽しみながらぶらつくといった形だ。お昼ご飯は、よくミルフィーが弁当を作るわけだが、今回は夕方からのデートだったのである。「そこにね……ラクレット君みたいな人がいたの」「ラクレットさんが? その場所は?」「空港の東口の第1出口なんだけど、第2口の方のベンチに座っていた人がラクレット君だったかもしれない。遠かったし、暗かったから本当かどうかわからないけど。あ、8時ごろね」「そう……ですか……」「もしかしたら、見間違いかもしれないけど……」そういうとミルフィーはお休みなさいと言って、ミントの部屋から去って行った。ミントは今のミルフィーの言葉を考えてみる。もしかしたら、ラクレットがまだ待ち合わせ場所にいるかもしれない?ミントはまた頭痛を覚えた。さすがに日付が変わろうかという今は、どこかで宿をとっているか、戻って自室にいるだろうが、普通に考えて10時間も待ち合わせ場所で待っていたのだ。今の時期トランスバール皇国では、昼間はともかく夜はそこそこ冷える。夕方あたりからは寒かったであろうに。「まあ、ミルフィーさんの見間違えでしょうが……全く、あの人は私を困らせる……」ミントはせっかくいい気分で眠れそうだったのに、邪魔が入ったとすら思ってしまう。まあ一日の終わりが、思わぬ情報で微妙になってしまったのだからしょうがない上に。何より今の彼女は微妙に躁状態になっているし仕方がないことではあるが。そんなことを考えながらも、彼女はベッドにあおむけになり、夢の世界に旅立った。一応通信端末を使って、明日話があるとメールを送ってからだが。翌日、朝になってもラクレットはいなかった。まあ、休みで外泊したのだから当然かと思いつつ、ミントは朝食を食堂でとっていた。しかしながら、妙な胸騒ぎを覚えて、ラクレットの通信端末に通信を送るものの、返事はない。レスターにどこにいるか聞いてみても、朝の自主訓練にも顔を出さなかったとことだ。今のエンジェル隊とラクレットは待機でしかなく、よほどのことをしなければ自由にしていていいはずだが、さすがにエルシオールにも白き月にも、連絡もなしにいないというのはまずいであろう。前に当日にレスターにメールを送って、本星に行っていたことはあるらしいが、それもないようだ。「あー、もう!! 手のかかる人ですわね!! 」ミントは、ここでまた一つ決断をした。時をかなり戻そう。この婚約騒動が起きる前、婚約の話がブラマンシュに出た時だ。ダルノー・ブラマンシュは、最近かなり増えてきた娘との婚約の話や、それに伴う商売の話に微妙に頭を悩ませていたのだが、商売仲間の別の商会の長と、酒宴の席で同伴していた時に、口約束から始まった。その時は、無茶苦茶とも思われる条件を羅列するダルノーを、その商会の会長はなだめながらも聞いていただけだったのだが。やれ、結婚はしても同棲は認めない! やら20歳まで結婚を認めない! 婚約期間中に娘が望めば一歩的に破棄する! といった当回しな宣戦布告かというくらい一方的なものをだ。しかし、後日、その条件をほぼすべて飲んでもいいと、ダルノーに向かって公式な文章で届いたのである。好きなタイミングで破棄してよい。いつまでに結婚する等の強制力を一切持たない。そちらが成人したら自動で破棄される。これらの条件で婚約が結ぶ代わりに、より仲良く商売をしていきましょうというものだ。ダルノーはさすがにこのような形だけの婚約など、虫が良すぎると断ろうとしたのだが、これ以上の条件もなく、何より娘さんの安全を私も、当人も心より祈っておりますという言葉でそれは結ばれたのだ。あえて言うのならば、問題だったことがただ一つその商会がチーズ商会であり。ダルノーの愛娘の婚約者がラクレット・ヴァルターであるということの一点だった。エメンタールは、大げさに状況をラクレットに説明した。酒の席とはいえ、ダルノーはミントの婚約者を探している。しかも、それは悪い虫や、欲望や陰謀から守るためである。いつ破棄してもいいような、形だけの婚約を、ある程度力のある家と結びたいが、そのような一方的な都合で通るわけではないと嘆いていた。といったことだ。それを聞いたラクレットは、ミントの安全のためならたとえ日の中水の中というやつだ。ちょっと面白そうだからと話を振った エメンタールの方が逆に面くらってしまう。なぜならば、完全に惚の字である弟は、馬鹿ではあるがお約束は理解している人物だ。こんな形で婚約者になったら、ヒロインを助けるイケメンが現れて、金と家柄しか取り柄が無いブ男は捨て台詞を残して逃げる。そんなお約束がある。そうでなくとも、逆に付き合いにくくなるであることは理解しているであろうと思ったからだ。ただちょっと、こいつもミントの事が好きなわけだし、話を振って葛藤する様を見ようと思っただけだったのである。そんなことも理解できない程盲目なのかと呆れてしまったのだ。しかし、少し話をしてみると、どうやら予想とは違った。ラクレットは、すべてを理解したうえで、こんな肩書がついてしまったら色眼鏡抜きに互いを見ることができないとわかっていたのだ。しかしながら、ラクレットにとってミントの安全や幸せよりも優先すべきものはない。そもそも、ラクレットは『壊れている部分』がある。何よりも優先するのは、自分がミントと過ごすことではなく、誰かがミントを幸せにするということだ。愛を与えても一切の見返りを求めていない。いや、愛をささげた対象の幸せが見返りである。愛されたいという願望はあるが、その優先順位がおかしいほど低い歪な存在なのだ。いうなれば合理主義者、理の位置が相手の幸せであるためずれているそれだが。結局。ラクレットは、婚約者になった後。そういった思惑をすべて黙って、婚約者だが、関係は仮の物であるといった関係を作ろうとしていた。なぜなら、自分が婚約者だとミントにばれない間ならば、普通に今までの関係で勝負できる。ミントの安全のために必要な頃合いまでは、今までのままミントにアプローチをかける。それで自分に靡いてくれたのなら、あわよくば。ハッピーエンドがだめならば、嫌われてもいいので仮面婚約者として振る舞おうしたのだ。そしてラクレットは兄に頼んで催眠暗示でこの辺の思考をすべて日本語にしてもらう。これで簡単な思考のミスからはばれなくなる寸法だ。その思考をかける際にネックレスを貰い、それをかけている間は暗示が聞くといわれここの所ずっと身に着けている。しかしながら、ミントはすぐに自分に婚約者ができるかもしれないという話を察してしまった。そのためラクレットは、自分らしくもない大げさなまでに露骨なアピールを始めた。判断をミントに任せる事にしたのだ。自分を選ぶか、偶像の婚約者を選ぶか。自分を選んだのならば、可能性はあまりにも低いが少しばかりの可能性が残り、婚約者を選んだのならば、それはもう0だというわけだ。ラクレットにとって救いだったのは、あまりにも一方的な条件のために、せめて本人が好きなタイミングで伏せておきたいというエメンタールの提案を、ダルノーが二つ返事で飲んでくれたことであろう。これにより、期日のデートの日程を教えるだけでダルノーはミントへの連絡を終えたのだ。ちなみにラクレットのデートコースはすべてエメンタールプロデュースだった。故に誘う段階で微妙に怪しかったわけだ。そういった経緯でミント自身にすべてを選ばせるつもりだったのだが、ミントが第三の選択肢を選んだために全てが意味をなさなくなったのである。ラクレットの計画からすれば、デートにミントが来て自分に「今日は婚約者とのデートがあるので付き合えない」と言われたのならば、にっこりと悪役のような笑顔を浮かべて「実は僕が婚約者なんですよ。いやー嬉しいですね」と嫌味たっぷりに言うつもりだった。其の後ミントが、その婚約に付帯されている条件を知り、それをチーズ商会は兎も角ラクレットが知らない(事になっている)という裏を把握することで、自分が完全に道化役だったという風に落ち着かせる。逆に何も言わずにデートに来る。婚約者がいるけど婚約者よりはましと言うリアクションを取られたのならば。彼は全く裏事情を知らないつもりで行動し、今のままの関係を維持し、兄経由で「ラクレットに婚約者という事を伝えるのを忘れるという、不手際があった。彼女には仮初の婚約者ができたと伝えてくれ」とダルノーに通してもらうつもりだった。しかし、彼女が来なかった以上、今この場で手持ち無沙汰にネックレスを弄っているラクレットはこの場で完全な待ちぼうけだった。今までの生涯で徹夜したことはそれなりにあるが。屋外で徹夜するのは初めての経験だった。日が沈んでいき、その反対の方向から日が昇っていく様を眺めて、そしてその太陽があとしばらくしたら真上に上ってしまうであろう頃になっても彼はベンチに座っていた。結局の所意地なのか、未練なのか、自分にも最早解らないのだが、彼はもうすぐ25時間ほど待ち合わせ場所で待機していた。これだけ待っていればさすがにいろいろ考え事ができる。こういう時、ドラマだと深夜にやっぱり思い直した恋人が来てくれたり、待ちぼうけ初めて結構な時間がたつと雨や雪が降ったり、それを傘も差さずに立ち尽くして、遅れてきた相手が傘をさしてくれるといった具合だ。それも、素晴らしく彼の心を刺激するのだが、結局自分は誰かに愛されるという才能と愛されたいという欲望が致命的に足りていないのだろう。才能がないから受動的に得ることはできず、欲望が強くないから自分から求めに行くという事もない。すると、今度は自分がひどく悲劇の主人公のような境遇で、笑えてくるのだが、やはり自分は主人公と言ったものの真逆に存在するのであろう。なんて考えて自嘲の笑みを浮かべていたりする。「待ち合わせの時間になったら帰ろう」『おいおい、待ち合わせは昨日だろ』そんな風に呟いてみると、目の前に長男のエメンタール・ヴァルターの顔があった。いつの間にか通信がつながっていたようだ。さすがに眠くなってきたのかもしれないと思い直して、ラクレットは通信に応対する。「あ、兄さん。いやー、ミントさんこなかったよ」「なーに1日待ってるんだよ。バカじゃねーのかお前」楽しそうに聞こえるその声に、ラクレットはもはやイラつくという事すらしなかった。いろいろ限界まで行ってしまっているのだから。主に眠気が。「いや、自覚あるよ、バカだって、こんなに好きなんだもの」「よくやるよな、婚約者だってことばらせば話は変わってくるだろうに」「かわらねーだろ、婚約者なら、なおさらさけられるっつーの」ラクレット的にはそうだ。自分がやったのは、すべてを秘密にして大切な人を守るダークヒーロー的なものではなく。せめて最後に夢が見たかった男の妄執だ。しかも気持ちの一方通行で満足するような男のである。はたから見ればドン引きされるものであろう。だってやっている事は好きな人の心にプレッシャーがけて試しているだけだもの。それでもラクレットはかけてみたかったのだ。しかし、その反応を予想していたのかニヤニヤしながらエメンタールは続ける。ラクレットにはすでにイラつく気力もなくなってきているのだ。「いや、向こうが好きなタイミングで破棄してよくて、いつまでに結婚するとかの強制力を一切持たない、関係を強くするためだけの、形だけの婚約、しかも向こうが成人したら自動で破棄されることが決まっているんだぜ? 婚約というより口約束のレベルだろ」「それでも、ズルをしたみたいでやだ。ズルをして気を引くくらいなら、ミントさんに嫌われたほうがまし。そのくらい好き。多分もう治らない。」「そうか、それじゃあ、用件に移ろうか」説明口調の科白を聞き流しながら、ようやく本題かよと、うんざりしながらも、いい子ちゃんであるラクレットは話に耳を傾ける。まあ、それしか選択肢もすることもないのだが。「まず、そのネックレスの話だけど。実はそれ催眠抑制の効果がないんだよね」「え? じゃあ僕の思考は駄々漏れだったってこと? 」「いや、暗示は普通にかけた。そのネックレスがニセモノってだけで。別にキーアイテムとか要らないんだよ催眠暗示って」別段暗示がきちんとかかっているのならば、ラクレット的には問題がないのだがでは、ネックレスはどういったものなのか気になるのが人間であろう。「じゃあ、なんなのさ?」「通信端末のジャミング」「はぁ!? 」いきなりの宣言に驚くラクレット。そしてネックレスを首から外して投影ウィンドウの兄の顔に向かって投げつける。当然のごとく透過してはるか遠くへと飛んでいく。しかもへらへら笑いながらなわけで、余計むかつく。一瞬にして結構目が覚めたのだけは感謝すべきかもしれないと彼は思った。そんなことを考えている時点で、目が覚めていないような気もするが。「いや、とりあえず昨日の昼ごろから起動させてもらっているよ」「いや……もう……はぁ、なんでさ?」「その前に聞きたいんだけど、お前なんでここまでしたんだよ? 自分の物にもならない女の為にさ」ころころ話題を変えられて、なにか違和感を覚えるものの、眠さと疲労であまり頭が回らない。とりあえずラクレットは先ほども言った自分の気持ちをもう一度口にすることにする。「自分でも狂っているとは思うけど、歪な形だし、そもそもおこがましいけれど。僕はミントさんのことが好きで、それこそ愛しているからだよ」案の定、兄の笑みは一層深くなり、と言うより、吹き出すのを限界まで我慢しているようなレベルなのだが、ラクレットはそれを気にしていない。「へー、どの辺が好きなんだよ、ロリコン」「ロリコンじゃないし。えーと全部だよ? 女性的な気遣いや仕草。味の好みとか声とか髪とか、笑顔とか。でも強いて言うなら……やっぱり心が読めるってとこ」「それって魅力なのかよ? 」「うん、だって飛び切りの個性じゃないか? 」ラクレットは、ミントの全てが好きだったが、一つ選べというならばおそらくそこに行きつく。結局人間と言うのは自分にない個性を持つ人間に惹かれる。自分の心すら把握できていないのに表層とはいえ、他人の心を読んでみせるミントに強く惹かれたのである。「そうかい……それじゃあ」その言葉を聞いて満足したのか、エメンタールは右手を挙げて、ラクレットを指さす。ラクレットは意図が分からず、きょとんと眺めているだけだった。次の言葉を聞くまでは。「後ろ、見てみようか? 」瞬間固まるラクレット、後ろで誰かが驚いたように息をのみ、動いたのか靴を鳴らすような音がしたのだ。「あ、ちょっとまって、それってすごく古典的な!! 」「ほら、早く振り向けよ」「い! 嫌だ!! なんか振り向きたくない!! 」「振り向け」仕方なくラクレットは、後ろを向く。すると……案の定そこに立っていたのは蒼い髪の少女だった。