第13話 再び月へヴァル・ファスクそれは我々人類とは起源を別にする生命体。種族としての歴史は人類よりも長いとされているが、事実は確認できてない。EDENの歴史書によると、数百年前に突然現れたそうだ。人間との違いは大きくは3つ確認されている。まずは寿命、彼らは千年以上の時を生きるとされている。その為でもあるのか、子孫を残そうとする行動に対してあまり積極的ではなく、出生率は低いそうだ。次に、彼らの価値観は人間と大きく違う。徹底的な利己主義で合理主義の集団で裏切ろうとも裏切られても、相手の能力と自分の能力の比較をして、それで終了。裏切られる程度の器量をしか持たない、裏切りを察せない無能が悪い。そう結論する。彼らはただ単に優秀であることを美徳としている。そして最後に、種としての固有能力だ。彼らは特殊なインターフェイスを介する必要があるが、それを通じればあらゆる電子機器を手を使わずに自分の手足のように意志で操作できる。これがミルフィーならば、掃除洗濯料理を同時にこなすカリスマ主婦ですむが、艦隊を率いる軍人ならば、あらゆる艦と、その搭載艦、戦闘機を自分のキャパシティ限界まで一人で操れるのだ。そう、たった一人でも兵器を作り出す移動型工場を掌握しそれを改造して戦艦にしたならば?国を滅ぼす脅威となりえるのだ。そんな説明を受けた、タクトたちの表情は複雑だ。そもそもそれを信じられるかどうかの話だが、彼らは機械を操っているとき、皮膚に赤いラインが走る。現に先ほどの戦いでもネフューリアは終盤、その白い肌に真紅のラインを走らせていた。何かしらのトリックがあるにしても実際手足のように戦艦と護衛艦を同時に操っていた。そう、先の話が事実かそうでないかはともかく、敵がそれをできるのは事実なのだ。そのまま、呆然としている面々に淡々と説明を続けるカマンベール。やれ、黒き月はもともとヴァル・ファスクに対抗するために白き月と共に作られた。二つの陛下はシミュレーターで、長い時間宇宙を彷徨うことで優れた兵器としてデータを収集し続ける。最終的に一つに統合し、それで立ち向かうという数百年かけたプロジェクト。などと言っていたが、あまりに壮大な話に、タクトたちの頭はパンクしてしまいそうだった。なにせ、衝撃的な事実を暴露されたばかりであるのだ。そういうなれば、極限状態だ。そんな聴衆の気持ちを読み取ったのか、カマンベールはそこまで話すと、いったん口を閉じてから伝えた。「とりあえず、俺はノアに今日のお前たちの反応とこれからの大まかな方針を伝えておく、今日はお前らも疲れただろうから、明日のこの艦の時間で正午に続きを話そう」「そうだね、みんなも疲れただろうし今日は解散でいいよ」────了解「……」普通に反応するエンジェル隊に対して、無言で部屋を後にしようとするラクレット。彼の疲労は心身ともに限界を当に越していた。そもそも彼の機体は紋章機よりも大幅に体力を使うことはすでに知っているであろう。少なくともエンジェル隊のミルフィー、ミント、ヴァニラよりは体力があると自信のある彼がここまで疲弊するのだから。そして心のほうは言うまでもないであろう。そのままふらふらとしっかりしない足取りで、部屋を後にしようとするが、しかしながら、最後にすべき仕事を思い出したのか、ドアの枠に手をついて振り返る。「積もる話もあるけど、今日は休む。すまないが明日時間作る」「ああ、休め」そしてそのまま部屋に向かい歩き出す。それを見届けたエンジェル隊の面子も三々五々と散ってゆき、最後にカマンベールが、廊下に待機していたMPとともに、倉庫に戻って行く。それを見届けたタクトは、司令室の自分の椅子に座り、肩の力を抜く。するとそのタイミングで彼の待ち人は来た。「お疲れさん、タクト」「レスターもね……で、どう?」レスターがここに来たのはもちろんきちんとした理由があってだ。この部屋にあるマイクから先ほどの会話はすべてブリッジのレスターに通じていた。一応ココとアルモやほかのブリッジクルーに聞かせてもよかったのだが、あまりに絶望的な話になると、士気が下がってしまうので、レスターにはヘッドセットをつけてもらい、そこから聞いていたのであるまた同時に廊下に待機していたMPを万が一の時には即突入させる権限をレスターは持っていたのだ。本当に大事を取るのならば、レスターが話を聞き、タクトがそれを遠くで聞くべきだったのだが、タクトの流儀的にこのような措置を取ったのである。「奴の言葉をまるまる信用するのは、まず論外としてだ。それでもあの話で多くのことに符号がつく。まるっきりウソってわけではないだろうな」「各種検査の結果は本当の兄弟で別に変な病気を持っていたわけでもないんだよな」「そうだ、ラクレットとカマンベールは兄弟だ99.99%以上の確率でな」レスターは常にタクトに対して否定的、懐疑的な意見を出すようにしている。それは彼が見落としをしないようにするのと同時に、多くの彼の意見がタクトの反対を行くからだ。まとめると、『怪しすぎるものの、まるっきりの嘘吐きというわけではなさそうだ。これから見極めるべき』といったところか。タクトとしては、なんか信じて大丈夫な気分しかしないので、まあ折衷案となればとりあえず好意的に接して情報をより出してもらうといったところであろう。「それより、タクトお前は、お前の仕事をすべきではないのか?」あんな衝撃的な出来事の後、エンジェル隊がそのまま汗を流して体を休めるということがないのは、今までの統計的に見て確定的に明らかであろう。ならばタクトの仕事は、今からこの艦を回り、彼女たちのメンタルケアをして、恋人との時間を過ごすべき。つまりはそういうことである。皮肉気に、そして諦めと達観の境地でそういうレスターの顔はもう、慣れてしまったという男のそれだ。彼にはこれから白き月や本国への報告書の制作、戦闘後の事後処理の続きなどなど、山のように仕事がある。本来ならば司令官がすべき仕事が。それをやってやるという宣言である。本当にいい男だ、こんな親友俺にはもったいなさすぎると、タクトは噛み締め、礼だけ言ってその場を後にした。自室に戻ったラクレット。自分自身の匂いが漂う自室に戻っても、機械的な表情はまだ解けない。一度凍らせた心の氷はまだ氷解すべき時期ではない。これからしばらく、少々行動に影響が出てくるかもしれないが、この艦における歯車として彼は人間よりも部品であるべきなのだ。シャワーも浴びずに、靴を乱暴に脱ぎ捨て、そのままベッドに倒れこむ。うつ伏せに寝る体を支えるベッドは、今の彼にとっては、素晴らしいほどの魅力があった。顔を右に向けると、軍服が支給された為、ここしばらく来ていない黒い学生服と、白い陣羽織がハンガーにかけてある。それを見ながら、思考の速度を徐々に鈍らせて、彼は眠りにつく。夢を見ない、休息としての泥のような眠りに。ミント・ブラマンシュは、彼女にしては大変珍しい場所にいた。トレーニングルームである。自他ともに認める頭脳労働者である彼女は、体を鍛える行為があまり得意でも好きでもない。それを軽んじているわけではないのだが、やはり疲れる行為が好きではないのだ。そんな彼女は壁に背中を預けて、床に座っていた。服装はいつものそれで、膝を抱えて、その久に自分の顎を載せてボーと目の前で揺れる赤い円柱状の物体を眺めている。ミニスカートをはいている彼女がそのような真似をすれば、角度によっては犯罪的なものが見えるのだが、まあそれは今触れるべきものではないであろう。彼女がここにいる理由、それは蘭花・フランボワーズに誘われて着いて来たからに他ならない。なんとなく一人になりたくはなかった。それだけの理由だ。お互い、に会話をつなぐわけでもなく、ただただそこにいる関係しかしそこに不快感などない、ただ無心にサンドバッグを攻めるランファ、そしてそれを眺めるミント。ある意味では対照的な二人だが、仲はわりといい。この二人はエンジェル隊の中において、ごく一般的な乙女、少女としての考え方ができる。物事のとらえ方が比較的理解し共感し合えるのだ。ミルフィーは天然らしく、わけがわからないことのほうが多い。ヴァニラは少々幼く、フォルテは少しばかり冷静すぎで、ちとせはやや軍人的な気質と天然の気質が強い。故の二人である。そして、それが3人になる。「二人ともここにいたのか……」「タクトさん……」「タクト……」声のかけられた方向に向くと、彼女たちの司令官であり尊敬する上官であり、戦友で仲間な男性タクトが立っている。彼はそのまま、二人に近づいて問いかける「不安なのかい?」「まあ……ね」「そうでないとは……さすがに言えませんわ」タクトはその返答を予想していたのか、ニコリと微笑む。忘れがちだが、タクトは21歳ですでに大人に分類される年だ。現代日本では大学生という年だが、すでに正式に任官してから3年以上経っている軍人だ。一応場数は踏んできている。「さっき、ちとせにも言ったんだけどさ、今は寝られなくとも体を横にして休んでおくべきさ」「頭ではわかっているんだけどね」「人は理性や道理だけで行動できるわけではないですわ」「だよねー」やはり、態度を崩さないタクト、その返答も予想済みと言った所か。そのまま、二人に背を向けてトレーニングルームの出口まで行ってから振り返る。「皆不安なんだ、だからこそ君たちにはしっかりしていてほしい、酷なようだけどエンジェル隊の皆なら、どんなことも乗り越えられるって俺は信じてるからさ」そこで言葉を切って、タクトは手を伸ばす、この部屋の照明のスイッチに。あ、っと二人が言うまでもなく、ためらいなくタクトは電源を切った。「明日になれば、ノアって娘と話せる、その時に正常な判断ができるように、この部屋は俺の権限で使用禁止だ、二人ともおやすみ」それだけ言って、タクトは部屋を後にした。残された二人は、入り口からの光を見つめながら、どちらからでもなく噴出した。タクトの顔が微妙に赤かったのだ、やはり戦闘時じゃないといつもの台詞回しは恥ずかしいのであろうか? 急に明るさが変わったのがきっかけになったのか、二人は少しばかり眠気を感じ、部屋に戻るのであった。タクトは、その足でフォルテの元に行き、寝るように軽く伝える。いつものように彼女は射撃訓練場の主をしていたが、悪戯がばれた子供の様に頭をかいて自室に戻っていった。明日には気持ちを整理しているであろう。そして、医務室に向かうと、そこではヴァニラが病人用のベッドにケーラ先生の膝枕で眠っていた。ケーラ先生曰く、ようやく眠りについたから起こさないようにとのことで、タクトはすぐに退散する。なんだか親子みたいだななんて頭の片隅で思いつつ、自分の恋人の部屋に向かうのであった。案の定光の漏れているその部屋のドアを開いてもらうと、食欲をそそる匂いが漂ってくる。「どうしたんだい? ミルフィー」「タクトさんこそ、どうしたんですか? 」「俺は見回り中さ、寝なさいって言ったのに、寝ないで歩き回ってる子が多くてね」「あはは、タクトさん先生みたい」にこにこと笑みを絶やさないミルフィーに少しばかり安心するタクト。思いつめていたらどうしようかと思ったのだ。そして、彼女の作っているものの正体を今更ながらに把握する。「ミルフィーは、なんでカレーを作ってるんだい? 」「えへへ、実はですね、明日ノアさんとカマンベール君……じゃなかったかマンベールさんに食べてもらおうとおもって」カレーはミルフィーの得意料理だ。というか、彼女の作れない料理をタクトのやや貧困な料理の知識では挙げることができない。実家で食べていたそれなりに豪勢な食事の名前なんていちいち覚えているような性格ではないのだ。実は、味覚だって別にそこまで肥えているわけでもなく、味の冷静な分析をさせるのだったら、エンジェル隊やレスターのほうが得意である。「へー、それはいい考えだね」「はい! 二人とも栄養摂取のためのアンプルはとっていただけで、おいしい料理を食べてないみたいだから……」「それに、明日は正午から時間を作ってくれるのだから、時間的にもぴったしだ」「ですよね! 」そして、タクトはのんびりミルフィーの後姿を眺めながら、彼女とかるくおしゃべりをしたまま、いつの間にか眠りについてしまう。ふと下ごしらえが終わり、後ろを向いたミルフィーは幸せそうに微笑み、彼の肩に愛用の毛布をかけて、料理に戻った。「おやすみなさい、タクトさん」この場面を定義するのには、幸せという言葉以外に最適なものはなかった。「で、どうなったわけ? 」「明日の正午お前も含めて話すことになった」「全く、どうしてそう無駄なことに私が……」「その無駄なものに敗れたお前は、従うべきだろ? 」「あーわかったわよ! その代り、私は補足しかしなからね、基本はあんたが説明しなさいよ!! 」「そうして、素直にしてればお前はやはりかわいいな」「っな! なに言って……」「じゃあ、おやすみ」「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!! 」次の日の対談により、お互いの間である程度の衝突はあったものの、同盟のようなものが締結されたのは記すまでもないであろう。シヴァ女皇陛下も今は責任追及どころではないという事を納得はしていないものの、理解はしたのだ。一行は、白き月へと再び進路を取るのであった。反撃の狼煙を上げる火種を手に入れるために。