第10話 遭遇そこは、真紅が支配する、幻想のような世界。しかし幻想とは真逆、高度な科学により統制された空間だ。そんな場所で眠り続けていた少女は、しばらく前に目を覚ましている。彼女の使命を果たすには、覚醒する必要があるからだ。「で、いい加減あんたの話に移るわ。あんた何者よ?」「俺か、そうだな、科学者だ」「……良いわ、科学者なのは納得よ、知識もあるみたいだし。でもね、なんでこの『黒き月』のコアの中にいて、そして一部の機能を使えるのよ? 」少女の疑問はもっともだ。『クロノブレイクキャノン』により粉々になった『黒き月』だが、幸いにしてコアの部分は無事だった。そのコアを何者かが回収し、機能の一部を取り出し、利用し始める。当然それに気づいた彼女はそれを止めるべくプログラムの切り離しを行おうと意識を覚醒させて、対応を始めようとすのだが、なぜかコアの内部、管理者である自分しかいない空間に、少年と青年の合間のような男がいたのだ。管理者の少女と同様に身体を完全にデータ化した状態で、彼女の覚醒をキーに設定していたのか、すぐに目を覚まし、当然のごとく彼女の手伝いを始めた。そもそも通常の人間ならばアクセスすらできないようなコア内部で、『黒き月』の機能を使用して切り離し準備をするという、それこそ自分以外ならばインターフェイスにしかできないであろう行動を彼は息をするかの如くやってのけた。「そーだなー……詳しいことは自分でもわかってないのだが、俺はロストテクノロジーを解析し、理解し、運用することができる。そういったESPがある」「特殊能力保持者? にしたって都合よすぎよ、そんなことあるわけが……」「子供でも科学者だろ、観測した現象を否定するなよ」しれっとそういう男に対して少々のいら立ちを覚えるものの正論の一つではあるので、不満を飲み込む。実際彼のおかげで、兵器の大量生産システムや『黒き月』制の紋章機『ダークエンジェル』の設計図は守れたのだ。結局本体から切り離す羽目にはなったが、これにより敵は強力な一部のデータを回収し損ねているのだ。ざまぁみろである。「まあいいわ。そういうことにしておいてあげる」「そうしてくれると大変助かる。まあ俺がこうしている理由は君なんだがな」「私? 」「ああ、君の姿を一目見たときからね、君と話してみたいと思っていたんだ」「っな、なに言ってんのよあんた!! 」男からすれば、超文明のテクノロジーの中心で眠っている少女に科学的な興味を持ったことから始まった関心であるのだが、一般的にそのように聞こえないから困る。まあ実際今は両方の意味を孕んでいるが。「は、話を戻すわ!! あんたこれからどーするのよ」「通信ログに入っていたんだが、『弟に合わせろ』らしい」「あれ言語だったのね……ますます興味が沸いたわ……あんたの話聞かせない、今は暇なんだし」「了解だ」『エルシオール』は現在敵の本拠地とされる、『レナ星系 資源衛星レミナス』に到達した。そこはすでに採掘が粗方終わってしまい、専用の機械を使い惑星の本当に奥底から、掘り出してくる必要がある。しかし先の大戦でその機械が壊せれてしまっており、復旧作業に追われ放置されていた場所だ。例の通信もそこからとされ、謎の艦隊(今ではレゾム率いる新・正統トランスバール皇国軍と判明されているが)の目撃証言から見るに、この近辺が本拠地と視られている。「う~む、どーだろーね? 」「さあな、だが油断だけはするなよ」「解ってるって、『クロノブレイクキャノン』まで積んでるんだ、大丈夫だとは思うけどね」現在『エルシオール』は、前回の大戦で『黒き月』を葬った最強武装、砲身が200m以上ある主砲『クロノブレイクキャノン』を搭載している。これがあれば、大抵のものは撃ちぬけるからか、タクトの顔に緊張は見てとれなかった。「ザーブ戦艦副長カトフェル少佐から通信です」「繋いでくれ」と、そこへ護衛も兼ねている戦艦から通信が入る。この護衛艦団の戦艦では艦長兼司令が大変老齢のため、椅子にどっしりと座り、権限の多くを優秀な副官のカトフェルに委ねている。それでもそれこそ、ルフト宰相よりも軍歴の長い艦長は伝説の男としてクルーからは畏敬の念で見られている。「こちら、カトフェル『エルシオール』、衛星の上部を探ってくれないか? あそこがきな臭い」「了解した、アルモ」レスターの指示で、皇国で最も優秀なレーダーやソナーを搭載した『エルシオール』の探査機器をアルモは動かした。数秒で映像がメインスクリーンに出る。そこに移されたのは「ば、馬鹿な」「そんな……」「あれは……まさか!! 」「『黒き月』……だと」そこにあったのは、前回の大戦で破壊したはずの敵の超兵器『黒き月』だった。しかし、サイズがかなり小さくなっており、衛星に寄生するかのような形で表面だけを露出させていた。「フッハーハハハハァ!! 」「レゾム!! 」馬鹿っぽい叫び声とともに、すでに見慣れた男が出てきた。何時ものような馬鹿笑いをしつつ大口を開けている彼の後ろには、ネフューリアがいない。おそらく本拠地だからか、本拠地にいるのだろう。「『エルシオール』よ、貴様らの命運もここまでだ、わが手にはこの『黒き月』がある!! これがあれば無敵!! 何人たりともこれを倒すことはできない!! 」────ん?なにか、良くわからないことをほざいているレゾムに対して、レスターとタクトは顔を見合わせる。「なあ、レゾムもしかしてお前知らないのか? 」「な、なんのことだ!? 」「『黒き月』を持っているエオニアが何で負けたんだ? 」「え? 」レゾムの反応に、やっぱりか~と言った具合に肩をすくめて大げさにジェスチャーを返して、焦らずじっくりタクトは返した。「その『黒き月』を壊したのは、今『エルシオール』についている主砲『クロノブレイクキャノン』さ」「つまり、その『黒き月』は攻略済み、加えてその材料はここにある」丁寧に補足するレスター、彼の態度もやや皮肉気だ。まあそれはいつもの事ではあるのだが。「っく、くそ――!! えーい!! 全軍突撃━!! 『エルシオール』を撃て!! 」「あー、じゃあこっちもお仕事の時間か……」通信が切れて、戦闘前特有の緊張感がブリッジに走る。敵の頭は相変わらずだが、ココは敵の本拠地。しかも隙を見て主砲を撃ち込まない限り敵は大量の戦艦を製造できる、長期戦は避ける必要がある。「それじゃあ、総員戦闘開始、『エルシオール』防衛は、護衛戦艦とラクレットに任せる。エンジェル隊は『エルシオール』が主砲を撃てる位置に行けるように敵を薙ぎ払ってくれ!! 」────了解!!「了解した」「了解だ」「了解!! 」敵にはばれていないが、『エルシオール』にはシヴァ陛下が乗っている。別にばらしてレゾムを委縮させる手もあったが、レゾムはやけっぱちになって気にしない可能性もある。というより自分こそが皇国の支配者にふさわしいとおこがましいにも程があることを割と本気で考えている節があるので、存在は秘匿することにしたのだ。まあともかく、『エルシオール』の安全には細心の注意を払う必要がある。故に味方の護衛戦艦は文字通り護衛に使う。敵の巡洋艦以下の速度を持つ艦は応戦してもらい、それより早いのはラクレットが足止めする。修行の成果である。敵の数は膨大であったが、すでに敵のデータは出揃っているし、此方は銀河最強エンジェル隊に、最新鋭戦艦3隻と戦力の面では十分。そしてなにより今回敵の指揮を執っているのはレゾムだ。お世辞にも名将と言える人物ではない。即ち油断さえしなければ勝てる。案の定、エンジェル隊は近寄る敵を見事に薙ぎ払い、道を作り。戦艦は敵を確実に仕留めて行き。敵増援の戦闘機も『シャープシューター』が狙撃するまでラクレット一人で足止めすることに成功し、『エルシオール』は無事重点を完了させて、発射可能位置に到達した。「『クロノブレイクキャノン』発射!! 」そして迷わずに撃つタクト、迷えば相手に付け入る隙を与えてしまうのだから当然である。爆炎に包まれ輝く『黒き月』の露出した部分が煙に覆われ見えなくなる。そんな中からも破片と思わしきものが煙のそとに散らばってゆき、爆発し四散したことがわかる。だが、タクトたちの表情が緩んだその瞬間、そいつは現れた。「出てきたわ、タイミングを見誤らないように」「わかっている、おそらく一戦交えるだろうからそれからだ」それをデブリの陰で観察する紅の輝きを放つコアがあることを誰も知らなかった。煙が晴れ 現れたそれは、トランスバール皇国人の常識の範疇外なものだった。全長何十kmかわからないような巨大な戦艦なんて、それこそファンタジーかSFだ。しかし、それが目の前にある「御機嫌よう『エルシオール』諸君、どうかしらこの『オ・ガウブ』の姿は? 」「────っく!! ネフューリア!」左右対称の超巨大戦艦、それが『オ・ガウブ』だった。『黒き月』の超テクノロジーを持って作られたそれは、黒き月の生産能力をほとんど保持しており、加えてあの大きさの不であり戦闘能力も高い、そして何より間に緩衝剤おして黒き月と地表があったとはいえ、星すら貫きそうな『クロノブレイクキャノン』をくらっても壊れていないのだ……「おい、どうするタクト!! 」「……とりあえず、もう一発クロノブレイクキャノンを当てるしかない!! 」タクトはそういう事しかできなかった。司令官である彼が、『クロノブレイクキャノン』でも敵のシールドを貫き、傷をつけられるかわからないのだが、それでも彼が不安な顔をしていたら一瞬でそれは伝染するのだから。「マイヤーズ司令、こちらカトフェルだ、一戦交えてデータを取るのも軍人の仕事だ、そちらの判断を優先しよう」「そうですね、それじゃあ防御重視で充填まで耐えきりましょう」そうタクトが提案すると、直ぐに相手側からデータが送られてくる。開いてみると座標が記された地図だった。「いや、今のポイントでも打てるがF68E3に行けば万一の場合クロノドライブで逃げるのも容易い」「そうですね。タクト、俺からもそう提案する」「二人がそういうならば、それが最善だな、進路をF68E3へ!! 『クロノブレイクキャノン』充填急げ」タクトがそう指示すると、あわただしい空気がさらに動き出してゆく。そもそも余裕なんてないのだ。この場所は敵の本拠地、どこに伏兵がいてもおかしくはない、そんな場所だ。「エンジェル隊、引き続き防衛頼む!! ラクレット、君は護衛戦艦の手伝いを!! 」────了解!そうやって決意していると通信ウィンドウが開きレゾムが馬鹿笑いして、澄ました顔をしているネフューリアに対して話しかけている。とりあえず見守る面々、だが二人のあまりにも開きある温度差に不穏な空気を感じる。「フハハハハ!! いいぞ、ネフューリア!! 『エルシオール』をって!! なぜだー!! なぜ吾輩まで攻撃する!! 」「あら? どうやら勘違いしているようだけど? 」その瞬間、ネフューリアの顔が獰猛な猛禽類のそれへと変貌する、そして「な、なんだ!!その顔は!! 」「クク、愚かな人間ども、私の指示で動いてくれたが、もう用済み……消えなさい!! 」腕、足、顔と露出されている皮膚の表面に赤いラインが走る、そうそれは人間にはあり得ない状態だ。さすれば、彼女は人間ではないのであろう。「私はヴァル・ファスク、この銀河の支配者よ」その言葉の意味の重さを彼らはまだ知らなかった。