第8話 君等のためなら死ねる
レゾムとネフューリアが指揮する敵軍は、通常の戦略からかなり逸脱した動きを取っていた。状況は『エルシオール』が前方と後方を除く全方向を小惑星帯に囲まれており、その『エルシオール』の逃げ道を塞ぐように、後方に無人艦5隻。前方にネフューリアの乗る旗艦と護衛艦2隻。そこからやや距離が空いてレゾムの旗艦、それを取り囲む『カンフーファイター』『トリックマスター』『ハーベスター』の3機。そしてレゾムの旗艦を追いかける護衛艦隊と言った形だ。
レゾムは安全だと思って前に出てきた結果、奇襲を受けたので大慌てで助けを求めている。もはやエンジェル隊がトラウマになりかけているのだ。何回も殺されそうになっているから無理もないであろう。
彼の乗っている旗艦は、一言で説明するならば『派手』に尽きるだろう。黒が基調とされている無人艦の中で、黒が多いものの、色鮮やかなペイントが施されている。これが有人の軍隊ならば、士気を高揚させるのに役立つが、あいにくほぼ無人の軍であり、人より艦の方が圧倒的に多い彼らの現状では、良く目立つ的だった。
目立つ要素はほかにもある。形状こそ普通の駆逐艦に近いが、巨大な砲門が艦の下についている。もちろん『クロノブレイクキャノン』ほどではないが、かなり大きいその主砲は、きちんと運用すれば脅威となったであろう。
しかし先にも述べたように、彼は現在奇襲に対応(助けを呼ぶ)で精一杯だ。ネフューリアは、せっかく距離を詰めて、挟撃しているこの現状を捨てて、レゾムの救援に自身の護衛艦を向かわせていた。司令官を守ることは大切だが、もう少し待てば後方から護衛艦隊が追い付くのに、あえて挟撃の戦力を裂いていた。
タクトは、その意図を完全に察することはできなかったものの、素早く指示を出すことにした。
「ミルフィーは後ろの5隻を足止めしていてくれ、優先するのは時間を稼ぐこと、破壊はゆっくりでいい」
「はい! 行ってきます!! 」
彼女と超高性能な状態に成っている『ラッキースター』ならば、守勢に入ればいくらでも時間を稼ぐことが可能であろう。そこを信頼しての采配である。ミルフィーは元気よく返事をするとすぐに向かっていった。そこに恐れはなく、ただ混じりけの無いタクトへの信頼が根付いているのだ。
「ランファは、そのままレゾムの艦を、ミントも同じく、ただ特殊兵装は、近づいてきた護衛艦のねこだましに使ってくれ、その後そのまま距離を取って時間を稼いで。ヴァニラは攻撃よりも、回復にエネルギーを裂いて行動してくれ」
────了解!!
現状、補給するためには多くの敵を跨がなければいけないため、ヴァニラは攻撃よりも支援に特化させ、攻撃はランファが行う。ミントはいうなれば攪乱と言った所であろう、手数が最も多い彼女はそれが最適な任務だ
「フォルテ、君にはお似合いの任務を任せる、ネフューリア艦にタイマンを挑んで『エルシオール』に近寄らせるな!! 」
「最高にわかりやすくていいね!! 任せときな!! 」
火力、装甲ともにトップを誇るフォルテの『ハッピートリガー』は移動する必要がなければ、現存するあらゆる艦と打ち合うことができる。彼女の巧みな戦闘経験と勘が、足りない部分を補えば、支援なしで旗艦と戦うのは可能になるのだ。
「ちとせ、君は保険だ、エルシオールの護衛と、ネフューリアの護衛艦をこの場で追撃。守りの要になってくれ」
「了解です、最善を尽くします!」
『シャープシューター』は性能のほとんどが平均か、それよりやや劣る機体であるが、圧倒的な索敵性能および攻撃可能距離はやはり守勢に向いている。彼女も自分から敵を倒しに行く気質ではないので、こういった護衛の仕事の方が得意である。
「ラクレット、ランファの応援に行ってきてくれ。敵のど真ん中を突き抜けていくことになるけど、できるよね? 」
「お任せください、被弾0で目標までたどり着いて見せます!! 」
ラクレットの『エタニティーソード』はそれこそ『シャープシューター』とは真逆のコンセプトだ。攻撃可能距離以外、押しなべて高い性能を持つ。特に速度と回避は群を抜いており、敵の戦闘機用の戦闘システム程度では攻撃を当てること自体が至難の技である。だからこそ、敵陣を突破することができるのだ。
それぞれに方針を示して、ひと段落ついたタクトは目を高速指揮リンクシステムの戦略マップから離す事無く、思考を続けた。
(ネフューリアの不可解な行動、彼女はなぜそこまでしてレゾムを守る? 結果的にこちらが1枚上手に回れたが、『エルシオール』だけを見るならば、このまま押し切られれば厳しい状況だった。それこそ、全力で退避しろとレゾムに進言したならば、レゾムのことだ「お、覚えていろよ~!!」と言いながら退いていく。損耗はあるだろうが、数の暴力で『エルシオール』の紋章機の1,2機を少なくともこの動乱で使用不可能にする程度に撃破するくらいはできたはず)
「ミルフィー、1番右の敵はミサイルの一斉照射で落ちる。ヴァニラはミントの後ろをついていくように飛ぶんだ。フォルテ、その調子だ」
これだけいろいろ考えているのに、彼が戦況を見誤ることはない。それどころか、思考をさらに加速させる。
(ならば、敵の目的はなんだ? 情報収集? いや、すでにある程度は把握しているはず。時間稼ぎ? いやそれこそ自分たちが出てくる必要がない……発想を変えよう、敵がしていることはなんだ? 回りくどい、非効率的なことだ)
「レスター、一見非効率に見えること、それって軍においてどういう事だった? 」
「長期的スパンや、過去になってから確認すれば、むしろより効率的な方法で有ったりすることが多い。なんせ軍は効率を重視するからな。まあ、大方奇策の類であろう」
「ありがとう。ラクレット右前方の弾幕が薄いところはフェイクだ、避けろ。ランファ、アンカークローは旗艦下部から打ち込むんだ」
突然レスターに質問を投げかけるが、慣れたものでレスターもすぐに彼に合わせる。レスターは理解しているのだ。自分は助言ではなく、確認作業の為に呼ばれたのだと、そういうなればこの質問は思考の工程における通過儀礼。
タクトは礼だけ言うと、そのまま指揮を続行して、思考もまとめ続ける。マルチタスクは既にお手ものだ。
(非効率が最効率な方法、つまりこちらを確実に倒す手段がある? こちらを倒すのに、条件がある? そもそも俺達を倒すことが目標なのか? いやいい、わかったのはこの作戦で片を付けるのはほぼ無理だという事!! ならばレゾムを優先して叩いて、損耗を減らして戦闘を早期解決させるのが最適解!! )
「ミント、作戦変更、特殊兵装はレゾムに、ちとせもフェイタルアローで狙えるなら、狙撃を頼む。フォルテ、タイマンは中止。応戦しながら護衛艦隊の後ろを進んで、4人に合流」
────了解!!
タクトは時間を稼いで、少し様子を見る作戦から、強襲して短期決戦を目標にした。例によって例のごとく、レゾムを削れば引いていくだろう弱点を突くのだ。
「ラクレット、まだかい? 」
「すいませ────ッチ! 攻撃が激しくて!! 回避で背一杯、進むのは、困難です!! 」
ラクレットは現在、護衛艦隊のほぼ全ての火器に狙われている。タクトの予想だと、『エタニティーソード』に構うよりもレゾムとの合流を優先するであろうと思ったからの、敵陣突破であるが、残念なことに予想が外れてしまったようだ。
なぜそこまで集中的に彼が狙われているのか不可解だが、速度が自慢の『エタニティーソード』も流石にこうも多勢の艦に囲まれてしまえば逃げ切るのは難しい。というより、客観的に見れば自分から包囲網に飛び込んで攪乱しているようにしか見えないのだから敵に感情があったとすれば、彼と同様に厳しい表情をしているであろう。
「ちとせ、君のペースで撃ってくれ。ミント、先輩の余裕でちとせにタイミングを合わせるんだ! 」
「了解!! …………ッ退きなさい!! フェイタルアロー!! 」
「了解ですわ────フライヤーダンス! 」
しかしながら、守りに使うつもりだったちとせと、攪乱に使う予定だったミントの攻撃が決まり、レゾムの旗艦はシールドの8割以上が削り取られてしまう。
「ぬ、ぬあー!! 退避―! 退避だー!!」
案の定、レゾムはすぐにそう宣言すると、後方ではなく、彼から見て11時の方向、ラクレットと、それを包囲する護衛艦隊の方へ逃走を開始した。その方向で味方と合流しつつクロノドライブ可能なポイントでもある為、ドライブインして逃げるのだろう
ミントとランファはレゾムに元々ついてきた、ミントが本来攪乱する予定だった艦隊と向き合い、残存勢力の掃討を開始した。 ヴァニラは、ちょうど中間地点にいるフォルテの『ハッピートリガー』の修理に急ぎ、フォルテもそれに合わせて移動を開始していた。ミルフィーはちょうど敵を片付けたところだったのか、『エルシオール』に向かい、ちとせと合流。ネフューリアはレゾムと落ち合う場所を決めているからか、すぐにドライブインをして逃走していた。
完全に掃討戦に入ったこの宙域で、気を抜いていた人物がいたのかと言われれば、答えはノーだ。全員が全員できることをやっていた。
そう、セオリー通りの最適解をしていたのだ。
故に気付くのが遅れた、そのセオリーから反している、馬鹿としか思えない行動をしているレゾムに
「フハハハハ、このレゾム様がただで逃げると思ったのか!! くらえ、『エルシオール』 主砲発射!! 」
「ッな!! 正気かぁ!? あんな傷ついた艦の巨大な主砲を、逃走中にしかも本旗艦が足を止めて撃つだと!? 」
レゾムの艦が、突如反転して、『エルシオール』をロックオン、主砲のチャージを始めたのだ! 冷静に考えてほしい、これがどういったことか。簡単に言うならば、敵陣に切り込んでいたクイーン、ナイト、ビショップを一端退かせ、(なぜか切り込んでいた)キングは撤退途中で、敵のキングめがけて攻めてきたと言った所だ。
愚策中の愚策。愚行の極みだが、こと奇襲と言った面においては、砲身が耐えきれるかを度外視すれば悪くない。完全な定石を脱した行為は、時として完全に相手の裏をかくことができる。敵の本陣に一人で突っ込んでも、対象さえ殺せればよい。そういうことだ。
「シールド急げ!! 総員隊ショック姿勢!! 」
すぐさま、レスターはシールドを前面に集中させるように指示を飛ばした。
これだけ距離が離れているのならば、移動してもほんのわずかな回頭で捕捉されきって、攻撃をくらってしまうからでもあり、なにより回避には時間が足りないからに他ならない。それは即ち絶望的な未来を示唆する、紛うことなき事実だった。
敵を拡大表示している正面モニターが眩い光で包まれ、発射までもはや秒読みとなる。思わず目をつぶってしまうタクト、しかしながら、『エルシオール』に傷をつけるなどと言う行為を何もしないまま見過ごすなんて真似を、奴がする訳が無かった
「まだぁぁぁぁ!!!!! 」
ラクレットである。彼は敵に囲まれながらも、今の今まで攻撃を紙一重で避け続けていた。エネルギーの残量が気になるほどになってしまったものの、敵の護衛艦隊のなかで耐え忍んでいた。そんな彼の目の前で、レゾムがいきなり主砲をうとうとしていたのならば、彼は機体を真っ直ぐに最短距離で飛ばして向かうであろう。
そう、たとえ銃弾やレーザーの雨に打たれ、シールドを溶かされながらも、絶対に止まることはしない。彼は誓ったのだから、エンジェル隊と『エルシオール』を守ってみせると!!
そんな心意気はいいのだが、いつものように砲撃を剣で受け止めるのはエネルギー的にも、敵の砲撃の威力的にも不安があった。故に彼は、敵の正面に到達しながら、一切の速度を落とす事無く、躊躇と言う仕草を見せずに特攻を仕掛けた。
「砲身が砕けるのが先か!! 剣が折れるのが先か!! 根競べをしようじゃないか!! えぇ? レゾムッ!! 」
彼の鬼気迫る表情が、この宙域の通信に流れる。自分の命など一切被りみない、徹底した合理主義者の顔がそこにあった。彼にとっての理は、エンジェル隊や『エルシオール』の安全であるのだから。両の頬や操縦桿を握りしめる手の甲に焼け付くような痛みを感じる中、ギラギラ輝く妄信的な目で突っ込んで行く。その顔に気圧されたのか、レゾムは一歩ずさった。
「なっ!! や、やめろ~!! 」
「誰が止めるかよ!! 」
右手の剣を光に突き出し、レイピアの刺突のように砲門の発射口に差し込む、砲身は莫大なエネルギーを充填して、今にでもはき出そうとしていたのだ。その危ういバランスを崩すような異物が現れた結果、砲台の中でのエネルギー循環が崩れる。
元々限界寸前のダメージを受けていた砲身が、さらにひび割れるのを確認してラクレットは口元を緩める。そしてダメ押しのごとく 左の剣で砲台の上部を叩きつけるように切り裂いた!!
「主砲切り離せ!! このままでは巻き込まれてしまうぞ!! 」
レゾムのその言葉をAIは一瞬で認識し、主砲をパージ。直後に、より一層輝き、その場で爆散した。ラクレットはその場で急上昇し、少しでも距離を取ろうとするが、自身の真下で起こった強大なエネルギーの奔流にかき回され、上下左右が分からなくなってしまう。だが、運が良かったのか何とかシールドが持ってくれたようで、機体の損傷は深いものの、これと言った外傷は見えない。やや顔が青白くなっているが、別段おかしいことではないだろう。惜しいことにレゾムの旗艦は今の爆発に紛れてクロノドライブで逃走をしたようだった。逃げ足の早いことである。
「ラクレット!!」
「大丈夫か!! 」
レスターとタクトから通信が入る。彼の独断で突っ込んだのだから当然であろう。ラクレットは今の衝撃のせいか全身が痛む中、なんとかその通信に応える。
「こちら、『エタニティーソード』回収お願いします」
それだけ言うと、ぬるま湯につかっていくような感覚の中、彼は意識を手放した。
────ケーラ先生!!
「はいはい、患者が寝ているのだから、静かにしてね」
あの戦闘の後、僅かばかり捨て駒のように戦場に残っていた敵戦艦を瞬く間に蹴散らしたエンジェル隊は、再会を喜び合うよりも前に我先にと、先に搬送されたラクレットの様子を見に来ていた。
今頃タクトも、レスターにブリッジを任せてこちらに急行している事であろう。レスターも別にタクトに他意はなく、むしろ彼の背中を押しだしてきたくらいだ。『エタニティーソード』から送られてきていたバイタルデータでは特に異常があったわけではなかったのだが、やはり心配であったのも事実だったからである。
「それで、様態は? 」
「前回と違って、ストレスで寝込んでいるわけじゃないわ。単純にオーバーワークの後の疲労よ。少し眠れば目を覚ますでしょうね」
「よかった~、私ラクレット君にもしものことがあったらと思うと心配だったんですよ」
最近支給された未改造の軍服を脱がされ、Yシャツ姿で眠っている彼を指さして、ケーラはそういった。彼女のその言葉に一先ず安堵する彼女たち。彼女たちからすれば、このしょっちゅう気絶する仲間は心配をかけさせる迷惑な奴でもあるが、大事な戦友でもあるのだ。
現に、彼女たちも久方ぶりの再開であるのにもかかわらず、そういった挨拶なしに、格納庫からここまで走ってきたのだ。
穏やかな空気が戻ってくる中、ふとちとせは先ほどから抱えていた疑問を口に出した。
「あの、ラクレットさんの頬の出血は? 先ほど通信では両頬から流していましたが」
「え? これと言った外傷はなかったわよ? 」
ちとせの言葉に眉をひそめつつ、そう答えるケーラ。一応言い終わってからもう一度ラクレットに近寄り確認する者の、傷も血の流れた後も確認することができなかった。
「そうですか……見間違いだったのかもしれません……」
「おーい! みんな、ラクレットはどうだい? 」
「司令、医務室ではお静かに」
「ああ、ごめん」
そこに、タクトが息を切らせながら走って入室してきた。部下を心配する上司として、戦友を思う仲間として彼はラクレットの事が心配だったのである。それにケーラが答えようとするものの、ベッドの上でラクレットがもぞもぞ動き目を開いた。
「……気分はどうかしら? 」
寝ぼけ眼のラクレットに向かってケーラは話しかけた。2,3秒ほど反応を見せなかったが、すぐに意識が覚醒したようで、ケーラを見つめ返した。
「問題ありません……ここは医務室ですか? 」
「ええ、そうよ。貴方は戦闘の戦闘で倒れて、そのまま運び込まれたの、これで何回目かしらね? 貴方の倒れた回数」
「いやー、数えたくないですね。あ、みなさんご迷惑をおかけしました」
ベッドに座りながらも頭を下げるラクレット。もちろん、土下座のようなものではなく、上半身だけ起こして、頭を下げるといったそれだ。案外元気そうなので、とりあえずエンジェル隊は、先程の礼を言って格納庫へ帰って行った。機体の簡単な整備やら、確認等の仕事があるかである。タクトはしばらく残って珈琲を飲みながらサボっていたが、レスターから呼び出しをくらって、ブリッジに戻っていった。
おまけ
わかりやすいラクレットのエンジェル隊+『エルシオール』スタッフ好感度一覧
100点満点 色は原作準拠
(知らない人の為に補足すると、原作ではクジラルームに行くとクロミエにヒロインの好感度を教えてもらえます。ですので『ヒロインが』彼をどう見ているかです)
ミルフィーユ 70 黄色
ランファ 50 緑
ミント 60 黄色
フォルテ 55 緑
ヴァニラ 60 黄色
ちとせ 50 緑
ココ 55
アルモ 50
ケーラ 40
クレータ 40
梅さん 75
レスター 80
クロミエ 秘密です
タクトの場合
ミルフィー 500 赤
ランファ 100 赤
ミント 90 黄色
フォルテ 95 赤
ヴァニラ 90 黄色
ちとせ 85 黄色
ココ 75
アルモ 70
ケーラ 65
クレータ 65
梅さん 70
レスター 85
クロミエ 秘密です