第二十四話 白き月へ 中篇
────タクトさんは私じゃないとダメだって言ってくれた!
ミルフィーは格納庫に向かって走っていた。エルシオールの戦闘中のピリピリとした空気が、とても爽やかなものに感じる。体はとても軽く、陳腐だが何所までも走って行けそうな気がする。そんな最高のメンタルで彼女は格納庫に続く扉をくぐる。
────タクトさんは私に傍にいて欲しいって言ってくれた!
整備班のクルーが、やや驚いて出迎えるのを横目に『ラッキースター』に向かって突っ走る。そのまま飛び乗り、『発射』シークエンスに入る。その異常なまでのスピードに、整備班は困惑しつつも、それに答えるようにハッチを開放させた。
────タクトさんに早く会いたい!! もう一回会って、私の答えを伝えたい!!
アームから離され、『ラッキースター』が銀河の海に乗り出す。背後に天文学的なエネルギーが集まり、圧倒的な初速で滑りだした。
────そのためにも、この戦いを終わらせるんだ!!
「ハイパ━━━ッ!!キャノン!!」
乗る前からテンションが最高だった彼女は、搭乗4秒後に特殊兵装『ハイパーキャノン』を発動させた。『ラッキースター』の前面の砲門からありえない太さのビームが放射される。その光は、敵が先行させていた、自爆特攻目的の爆薬搭載済み無人艦隊を包み込み 跡形も無く消し去った。
「こちらに接近していた無人艦隊の第一陣消滅しました」
「みんな、遅れてすまない。これからは俺の指示で動いてくれ」
ブリッジに現れたタクトは服が全体的に煤で汚れて黒ずんでおり、髪も何時もに比べてボサボサに成っていたが。纏っている雰囲気、気迫は何時も以上であった。
「……タクト・マイヤーズ、どうやら生きていたようね? 」
「ああ、おかげさまで絶好調さ、オレもミルフィーも」
先のミルフィーの一撃は、見事にシェリーが自爆目的で接近させていた艦を、全て沈めることに成功している。彼女の仕掛けた策は最後の最後で阻まれてしまった。
「さて、最終通達だけど。オレたち急ぐから、大人しく引いてくれないかな? 」
「あら、せっかくこんなにたくさんでお出迎えしたのに、出会い頭でその言い草かしら? 」
「こっちにも事情があってね、戦闘なんてしている場合じゃないんだ」
「そう……それならば直の事、ここを通す訳に行かないわね。覚悟しなさい! エルシオール!! 」
そういうとシェリーはつないでいた通信を切る。無人戦艦の自爆によりエルシオールを沈めることには失敗したものの。いまだにそれなりの戦力を保持しているのだ彼女が此処で易々引き下がる訳は無かろう。さらに奇襲も成功しているために、単艦を多くの高性能の艦で囲むことにも成功している。この場で彼女が引く選択肢はなかった。
「レスター、敵の構成は?」
「敵の旗艦と思われる高速戦艦が1隻に、高速突撃艦が8隻、ミサイル艦が4隻だ」
「うーん、それじゃあミルフィーがミサイル艦4機を沈める間に、ほかの皆で突撃艦の相手をしてくれ。ラクレットは余裕が有ったら旗艦まで近づいてみてくれ」
「……今さっき裏をかかれたばかりの俺が言うのもなんだが、そんなアバウトな作戦で良いのか? 」
タクトの作戦というよりは、方針と思われるそれに疑問を挟むレスター。今までの戦闘も大体このような感じで何とか成ってきたが、相手があのシェリーでも良いのかということだ。実際、前回のシェリーとの戦闘はかなり苦戦したものになった。援軍が間に合ったので助かったが、保有戦力のみではあの後敗北を喫していたことは想像に容易い。
「まあ、見ててよ。今の『ラッキースター』の性能は凄い事になってると思うから」
「……わかった」
そしてレスターは目にすることになる。銀河最強戦力と呼ばれることになる、『ラッキースター』の曲がるビームというものを。すれ違いざまに一撃を落とし、そのまま反転しタクトの指示したタイミングで放たれた『ハイパーキャノン』は敵残存勢力の5割を削ったのだ。あまりの壮絶な戦火に、タクトとミルフィーの二人を除くこの場に居る面々は空いた口がふさがなかった。
「っく、あの紋章機の性能を見誤ったか……」
『ラッキースター』から放たれた2度の高出力長距離ビームにより、エオニアから預かった戦力の殆どが薙ぎ払われてしまったシェリーは、自責の念や怒りが混ざった複雑な表情で、モニターを見つめていた。紋章機の性能には余裕を持って見ていたつもりが、殆ど何も出来ないうちに、こちらの戦力は頭数ですら劣る程度にまで減らされてしまった。
「せめてこの情報だけでも」
とシェリーは、戦闘データを付近の宙域の無人艦に送る。現在、エオニア軍が持つ情報伝達手段は、無人艦を中継器代わりにすることで、安全かつ高速に情報を送ることが出来るのだ。この伝達ネットワークシステムは、皇国の現状の星を経由する物よりも広範囲を素早くカバーしている上に、無人艦ゆえにコストも建造費程度しかかからず、この後の銀河において、無人感を武装無人衛星にし軌道力をオミットしたものに置き換え普及していくものである。
閑話休題、その優秀なネットワークにより、数秒の後転送完了の文字が出る。そのメッセージを消すと、自軍の残り戦力────といってもこの艦と高速突撃艦2隻だが────に指示を入力する。損害部を切り離し、エルシオールへと突撃せよ。と
「エオニア様……貴方に御仕え出来て光栄でした。皇国を追放されたからの生活も悪くありませんでしたよ」
そういってシェリーは穏やかに微笑む。エオニアと、自分を含めて両の指に満たない部下だけで皇国外をさ迷ったこと。道中たびたびカマンベールが変な発明をして、騒動を起こしたこと。そして黒き月を発見し、無人艦製造の為に資源惑星を探し回ったこと。全てが臥薪嘗胆の時期のはずが、充実はしていたこと。そう、悪くなかったのだ。ここでエルシオールを滅せれば、事実上黒き月に勝てる戦力など存在し得ない。つまりはエオニアの完全勝利となる。
「ですから……最後にこの命と共にエルシオールを!!」
シェリーは2隻の高速突撃艦を上手く盾代わりにして、エルシオールに特攻を仕掛ける。エンジェル隊の紋章機達は慌てて突撃艦を落とそうとするものの、『ラッキースター』はまだ遠く。それ以外の紋章機では破壊に時間がかかるようで、本命であるこの艦に割いている戦力はなかった。
エルシオールとの距離が1000ほどになったタイミングで、突撃艦は沈んでしまうが、彼女の旗艦である高速戦艦はまだ健在で、すでに幾許も無くエルシオールにぶつかる距離だ。エルシオールも意図に気付いたのか、進路を急激に変更しようとしているが、既に遅い。
紋章機が攻撃を仕掛けているが、砲門の損耗や残弾を度外視の全力火器で牽制しているからか、取り付けずにいる。
『ラッキースター』もさすがに3発目のビームは撃てないようで全力でこちらに向かっているが間に合う距離ではない。
シェリーは最後に、自爆シークエンスを発動させる為に、ウィンドウを操作する。3つほどあった警告を無視し発動の許可を出す。
このコマンドにより、『クロノストリングエンジン』を開放し周囲を巻き込む爆発を起こそうとした。しかし、ここで予想だにしない事態が発生した。脳内に入っているマニュアルの通り操作し、最後の『クロノストリングエンジン開放』を選択し許可を出したが、自爆シークエンスに移行しないのだ。
「何が起きている!! っく、時間はないのだぞ!! 」
彼女が狼狽していると、突然スクリーンの右下に突然ウィンドウが開き、何故かそこにカマンベールの顔が映った。
「コレを見ているっつーことは、お前自爆しようとしてるんだろ。全部自分の出来ることはやったのか? 死ぬことで楽になろうとしてねーか? 」
どうやら、強制的に再生される、自爆抑止装置のようだ。こういったセーフティーはあるべきなのだが、現状と照らし合わせると致命的な隙に成りえる。余計なことを!! と思いつつ、ウィンドウを閉じようとするものの、操作を受け付けない。おまけに『クロノストリングエンジン』への指示も阻害されている。
「余計な真似を!! 」
「まあ、待て。苛立っているか、焦っているかのどちらかだろうから言っておく。コレはカウントダウンというか、開放へのシークエンスに必要な時間を使っての再生だから気にするな。このメッセージが終わった後、開放って出たのを押せば即ドカン!! キャンセルを押せば一時的にエンジンを停止する」
こちらの思考を読んだ様な言い草に、一瞬驚きを覚えつつ、それならば良いがと思い直す。確かにクロノストリングが臨界を迎えるまでには時間が必要だ。それを失念する程自分は焦っていたのかもしれない。カマンベールがその言葉を言い終わったと共に、右上に90secという表示が出て、そのままカウントダウンを始めた。そのくらいの時間なら持ちこたえられるなと一瞬で被害状況を計算し画面に目を戻す。
「また、既に脱出している可能性も踏まえて、30秒以内に選択しない場合もドカンってなるからな」
それと同時に90secの下に30secという表示が出た。脱出だけなら、ブリッジ床のハッチから、直接脱出艇に乗るだけで10秒とかからない、脱出艇の発進シークエンスも、自爆を起動させた時点で即終わるようになっているのだ。そう考えるとずいぶん余裕のある時間だ。
シェリーは最後だし付き合ってやろうという気持ちで、画面を見つめる。なにせ、この戦場で脱出艇に乗って離脱しようなどすれば、良くて撃墜、最悪の場合捕虜になってしまう。
「さて、オレから言えることは、最後まであがいてこその軍人だぞー。ぐらいしかねーし。本題に入るぞ。実は前に、お前が簡単に自分を犠牲にしそうだって、報告したことがあってだな。その時に、死ぬ直前にしか流さないと言って、エオニア様にメッセージを残して貰っているんだよ、お前宛に。つーわけで再生します。言っておくが俺は見てないからな。それじゃあ」
それだけ言うとカマンベールの姿は消え、別の映像に切り替わる。
そこにいたのは神妙な顔つきでこちらを見ていた彼女の主────エオニア・トランスバールだった。まさかの事態に狼狽するシェリー。しかし彼女を無視して画面の中のエオニアは彼女に話かける。
「……まずは言っておく、お前のことだから最善を尽くした上での選択であったのだろう。万感の思いを込めてこの言葉を送ろう、お前がいなければ、余は此処まで来ることができたかも判らない。誠に大儀であった」
「身に余る言葉、ありがたき幸せ」
シェリーは画面に向かって頭をたれた。最後に主君からの言葉を授かれるなんて、それが映像だとしても、自分は満たされていた。と改めて感じ入る。そのまましばらく無言の時が続く、右上のカウントが45secになったあたりで再びエオニアが口を開いた。
「……此処から先は、お前の決意に水をさすかもしれないが、それでも余の本心だから言っておこう……シェリー、死ぬな。なんとしても生き延びて、余の元へ帰って来い」
突然の言葉に完全に思考が停止してしまう。もちろんこの言葉がかかることは予想していた、それを振り切るつもりでいた。だが、エオニアのあまりの真剣な眼差しで見つめられそのようなことを言われた彼女は、頭の中が真っ白になってしまう。
「お前には、まだまだやってもらわねばならない仕事が多々ある。戦後の管理など、全く役に立ちそうが無いカマンベールだけでは不可能だからな。政ができる人員は非常に希少だ」
「で、ですが……私がここでエルシオールを撃つことで、エオニアさまの勝利は磐石のものになるのです」
咄嗟に言葉を返してしまうシェリー。彼女の中では完全にリアルタイムでエオニアと会話していた。映像だという事すら忘れているのだ。
「それに……余も結局は人間、寿命でいずれ死ぬ……この正統な皇家の血筋を絶やすことも出来ないのだ。叔父上の霊を考えるに、早急に余の血を引く後継者は必要だ。父の様にならぬよう早急にな」
今度こそついにシェリーは完全に放心してしまう。カウントは刻々と刻まれついに20secを切る。
「……それでは、そろそろ時間も無いようだ…………とにかく最善を尽くしてくれ、そして何れにしても余に顔を見せてくれ、それが数日後か、余の死後になろうともな」
映像はそこで終わりカウントが終了する。同時に二つ目のカウントが始まり、画面中央に『開放』『キャンセル』の二つのウィンドウが現れ、選択を迫ってくる。文字数のため当たり前なのだが、『キャンセル』のほうが大きく表示されているのが、ひどく彼女の目に映る。
震える手を伸ばすも、どうしてもウィンドウの手前で止まってしまう。先程までは、一切のずれが無かった自身の心の一貫性が、揺らいでいるのか、動きを止めてしまったのだ。
そして、彼女が躊躇してしまったその瞬間、艦に大きな振動が走る。目を艦外カメラを移しているスクリーンへと向けると、この艦を正面から黒い戦闘機が受け止めていた。その背後には大きく力強く黒き翼が羽ばたいており、両の手が握っている巨大な剣を交差させこの艦の進攻を阻んでいる。
ONにしてある、広域通信チャンネルから ────急いで止めをさしてください!! と叫ぶ少年の声が聞こえた。
「まったく……本当にヴァルターは私の邪魔をする……」
カウントは15secを切り、アラーム音がブリッジ大きく響き渡る。緊急用の赤いライトが点滅しまさに非常事態だということが判るのだが、彼女は動けずにいた。伸ばした右手は幾許か右に動かすことも、左に動かすことも出来ない。
「エオニアさま……私は……」
10,9,8……と着々とカウントされる中彼女は最後にそう残し
紋章機の集中攻撃によるダメージで艦と共に宇宙へと消えた。
「タクトさん!!」
「ミルフィー!!」
戦闘終了後、格納庫ではちょっとしたラブロマンスが繰り広げられていた。先の戦闘でフェザーを展開しつつ、エネルギー全開での駆動をしたラクレットは、どうにか疲れた体を引きずって格納庫の出口までたどり着いていたのだ。正直立っているのが限界なのだが、好奇心が先立ち手ごろな壁に寄りかかりそれを見物することにした。
「タクトさん……私、貴方に凄く伝えたいことがあるんです」
「なんだい、ミルフィー」
完全に二人の雰囲気を作り出している二人、そしてそれを眺める整備班のクルーたち。彼らにも仕事はあるのだが、今は手を休めて野次馬の一員を構成している。
「さっき、二人で閉じ込められた時、タクトさんが言ってくれた言葉……凄く嬉しかったんです。タクトさんのおかげで、私頑張れました」
「うん、キミのおかげでこの艦は助かったんだ」
僕が受け止めて時間稼いでなかったら、ミルフィーも間に合わなかったんじゃないの?と、微妙に穿った感想を持ってしまうラクレット、それでも気分は明るい。妬ましいけれどやはり、微笑ましいのだ。
「私、お返事したくて、だから絶対この後タクトさんに会わなきゃって、そう思ったら凄く力がわいてきて」
「オレもだよ、ミルフィー」
「だから今お返事します……私────タクトさんが好きです。私も一緒にいると楽しかった、これからも一緒にいたいと思ったんです」
「ミルフィー!!」
ミルフィーは微笑みながらタクトにそう答えた。タクトは彼女に駆け寄り力強く抱きしめた。ギャラリーから歓声が上がる。同時にミント、フォルテ、ヴァニラから拍手の輪が広まり始め、徐々に広くなってゆく。格納庫は瞬く間に拍手と歓声にあふれる空間となった。
それを一歩引いてみていたラクレットの横を、誰かが足早に通り過ぎた。振り向くと、俯き顔でランファが格納庫を後にする所だった。彼女に続いてラクレットは力を振り絞り、早歩きを敢行して追いかける。
格納庫を出た時点で、ランファは10メートルほど前方を離れていた。
ラクレットは彼女に声をかけようとするが、
何もできないで、そのまま背中を見送ることしかできなかった。