第十八話 光の天使達と永遠の剣士 前編「ひどい……」「そんな……ファーゴが!! 」「外は宇宙空間なのよ!! あんな大きな穴が開いて!! 爆発があったらどうなっちゃうのよ!!」「……人が!! ……助けないと!!」「無理だよ、この距離とか時間とか、そういうのじゃなくて、そもそももう……」黒き月から照射されたビームはファーゴに大きな穴をあけ爆発させ、そのままロームの地表に当たりさらに大きな爆発を起こした。ロームのほうの被害範囲は不明だが、目の前のファーゴからは、豆粒のような大きさに見えるモノ───人が宇宙空間に投げ出されている。生身のまま投げ出された、彼らが助かるすべなど、当然の如く無い。人は大気も無く壮絶な温度差のある宇宙空間で生存することなどできないのだから。いくら科学が発展しても人間という種類そのものの強さは、大きな変化はない。「…………タクト」悲痛な面持ちでそういうレスター。彼が最も嫌うのは、軍の作戦行動で敵味方関わらず一般市民に損害が出るという事だ。故に今の彼は怒りと絶望で満たされている。顔には一切出ないが、きっかけがあれば、より一層冷徹な軍人としての顔を見せるであろう。タクトは、自分の名前を呼ぶその一言に、どれだけの感情が込められているのか、それを正確に感じ取りながら口を開いた。「………………オレはいままでどこか甘く考えてのかもしれない」顔はやや下を向いており、表情は前髪に隠れて見えないが、声色で彼の表情を予想することは、ブリッジメンバーおよび通信を聞いている者には容易かった。「エオニアだって、もともとは皇国の人間で、すでに復讐の対象である王族はその手にかけているんだ、そんな酷い事はしないんじゃないかってさ…………でも、その結果がこれさ」タクトを責める者は誰もいない、誰もこんな事になるだなんて予想していなかったからでもあり。なによりも彼の後悔を理解できないものなどこの艦に、いや皇国軍中にいないことは。確かであったからだ。「……タクト、司令部との連絡が途絶えた。緊急時の取り決めどおり全艦隊の指揮権を得たが…………すでにこちらの損耗率は3割を超えているそうだ」今の砲撃を含めてな と最後に付け足すレスター。「黒き月から、未確認の物体が現れました。形状から予想するに攻撃衛星の類かと思われます!!」敵の増援、しかもこのタイミングで新型の情報を報告するアルモ。次々と入る絶望的な情報。皆の表情にだんだんと絶望的なそれが現れる。当然だ、敵の戦略級秘密兵器により、言って構成を受けたのだ。しかし、この状況でも一人いつもと変わらない者がいた。「タクトさん、指示を。僕は何をすればいいのですか? 特攻してあれを落としてくれば良いですか?」ラクレットである。彼はひたすら無表情で淡々とそう言ったのである。その表情からは何の感情も読み取れない。任務に忠実で市場を一切挟まない、機械のような合理主義者がそこにいた。「それともエオニアの母艦ですが? 黒き月ですか? あなたの指示が遅れるほど秒単位で人が死ぬんです。早くしてくれませんか?」いつもの彼と違う言い様とその雰囲気に、若干飲まれる面々、しかしタクトはその言葉で我に返ったのか、指示を飛ばす。瞳の少々弱いが、いつもの不屈にして不敵な炎が消えていない。タクト・マイヤーズは、エンジェル隊は、エルシオールは、トランスバール皇国軍は負けてなどいない。即座にレスターに全皇国軍の艦隊指揮権を委譲。自分はこの宙域で敵の防衛衛星を仕留める必要があるからだ。指揮権を受けたレスターは全軍に通達する。「全艦隊に通達。残存勢力はファーゴ周辺にて敵を迎え撃て、生き残ることが最優先だ。戦闘行動が不可能な艦は、ロームの反対側に一先ず退避しろ」「エルシオール各員に告ぐ、これよりエルシオールは敵新型攻撃衛星を落としにいく。この位置からだと新型までの戦闘は起きないと思うが、大変危険な任務であることには変わりない、総員覚悟を決めて、俺に命を預けてくれ」────了解!!「そういうことですので、よろしいでしょうか?シヴァ皇子?」タクトはすぐさまそういうと、事後承諾の形になるが、先ほどからブリッジの貴賓先にいる、シヴァ皇子に確認をとる。「う、うむ。この位置から撤退するのは無理だからな。それしかないであろう」ここまで言ってタクトは一息つきエンジェル隊に向きなおる。その間にレスターは、アルモに指示を出し、攻撃衛星の解析と最善のルートの探索をさせていた。ココも先程のタクトの指示を打点している。エルシオールはあの絶望から一先ず抜けだしたのだ。「みんな、俺達があれを倒せば、味方も希望を持てるし、状況も良くなる。毎度のごとくハードな任務だけど。エンジェル隊ならできるよね?」そう言ったタクトの表情は、いつもの笑顔であり。エンジェル隊のメンバーもの顔にもつられるように、笑顔が戻る。そう、自分達のリーダーはまだやる気だと、認識したのだ。「それじゃあ、命令だ、敵攻撃衛星を破壊せよ!!」────了解!!「了解」エルシオールは────希望はまだ消えてなかった。「ミルフィーは、ハイパーキャノンを敵攻撃衛星Bの方向に後2400移動したら撃ってくれ!! ランファ、ラクレットの二人はそのまま撹乱を続けていてくれ」「了解です!! ハイパーキャノン!!」「ちょっと! ミルフィー。撃つの早いわよ!! まだ1400しか移動してないじゃない!!」「大丈夫、ミルフィーが早く打つのも考慮して指示を出したからね。この場合は……フォルテ目の前の敵に止めを刺したら、右の敵攻撃衛星Fにストライクバーストを頼む。ミントは敵攻撃衛星……長いから敵Cを相手していてくれ。ヴァニラはそのまま攻撃を受けないように注意しつつ敵Hを」「了解だよ。にしてもタクト、えらく頑張るねぇ。この後反動で1週間くらいまともに仕事しないんじゃないかい?」「了解ですわ。あら、タクトさんがまともに通常の職務をこなしていた時期なんてありまして?」「了解です。……副指令頑張ってください」「ありがとうヴァニラ。残念ながら、それは俺が働くこと前提になっている上に、俺にも否定できない」戦闘は苛烈を極めた。しかし、包囲網を抜ける時の圧倒的な数に囲まれたときよりは幾分もましだった。その証拠に、通信にいつもの軽口……むしろいつも以上の軽口が飛び交っていた。「特殊兵装撃てます」「じゃあ、敵Iに頼む。そのまま破壊するまで攻撃をしてくれ」「了解……『コネクティドウィル!!』しかし、ラクレットだけはいつも通りどころが、普段より言葉が少なかった。全くといっていいほど軽口を言わない彼にタクトは別に気にせずに指示を出す。現状彼は絶好調である上に、先ほどの黒き月の砲撃からこのような感じで、彼なりに思うところがあるのだとタクトは考えているのだ。「あたしも行けるわよー」「よし、ランファは敵Hの止めを。その後ヴァニラから補修を受けてくれ」────了解その後エルシオールおよびエンジェル隊は獅子奮迅の勢いで敵を殲滅し、味方艦隊に希望を取り戻した。敵の強烈な攻勢を受け流しつつ、前衛を刈り取る見事な一手を指したのである。「くっ、シヴァめ! まだ邪魔をするか」当然それを面白いと思わないのが、エオニアである。別にあれが戦力の大きな部分を担っていたわけではないが、それでも損害は損害だ。洒落ではなく、無尽蔵に無人艦隊を作れるのだが、時間と材料は必要なのだ。あの人工衛星は、他の艦の指揮を取れるようになっており、その分他の有象無象の船よりコストが高いのだ。「お兄様、あの艦と紋章機が邪魔なの?」「ああ、そうだよノア」妹にでも接するように優しい声色でそう声をかけるエオニア。それを見て、若干不機嫌になってしまう女性がいるのだが、本人を含め誰も気づかない。自覚がないって怖い。「ノアに任せて」するとノアはそんなの簡単よ、とでも言いそうな顔でそう答えた。その瞬間光のような並が黒き月から放射された。それに触れたあらゆるものエンジンは機能を停止する。クロノストリングエンジンの機能が停止したのである。エルシオールと6機は黒き月の目の前で立ち往生してしまったのだ。敵の手番を強制的に終わらせる、反則じみた一手を、この少女は指したのである。残酷にどこまでも無慈悲に。「どうした!? 状況を説明しろ!!」「ク、クロノストリングエンジン……機能……停止しました」当然のようにエルシオールは混乱の渦にのまれた。なにせ、メインサブ両方のクロノストリングエンジンが停止しているのだ。それはつまり、このままだと生命維持装置のための最低限の設備すら機能不全に至るといった、致命的な状態であると同義だ。「味方はどうなっている!!」「味方もですが、同時に彼等と戦闘中の敵艦隊も停止しています。しかし、正面の黒き月およびその付近の敵艦はいぜん行動中です」味方は敵の稼働中の戦艦の射程にはひとまず無い為、袋叩きによる全滅の可能性が、一先ずないことに安堵しつつ、レスターはこの現象の理由を考える。彼には知る由もないが、敵艦隊の一部が停止しているのは、この『ネガティブクロノフィールド』のキャンセラーを積んでいないからだ。『ネガティブクロノフィールド』の使用する可能性を考えていなかったので、製造段階で搭載していなかったのである。流石に性能を優先したエオニア周囲の高性能艦には搭載してあったのだが。レスターは絶体絶命なこの状況において、打開策を導き出すために、頭を高速で回転させ模索する。しかしながら、回答が出るまでの十全な時間など、この戦場にはなかった。「敵艦から砲撃!!直撃来ます!!」追い討ちをかけるように始まる敵の攻撃。シールドシールド出力など、通常時に比べれば気休め程度しかない。そんな中被る損害規模は想像したくも無いのだが、現実に今起こっている故に逃れられない。「総員対ショック姿勢!!」気休め以上には効果を発揮する、タクトのその通達がエルシオール各地のスピーカーより発せられる事に遅れて数瞬、エルシオールに轟音を伴う衝撃が走る。────きゃあぁぁ!!勿論紋章機も例外ではない。動くこともできず、シールドもまともに存在しない今、装甲だけが頼りという、心許無い現実である。「ラッキースター出力低下!!タクトさん!!」「だめ!! カンフーファイターが持たない!!」「損傷率40パーセントを超えました。非常に危険です」「っく、動いてくれハッピートリガー!!」「トリックマスターも応答いたしません……このままでは」次々に聞こえる、エンジェル隊の報告。どれもこれも絶望的な報せだ。希望などなく目の前にあるのはあと数歩しか続いていないであろう奈落への道。このままでは数分と持たないのは明らか。そんな緊迫感が蔓延していく。タクトは決断を迫られていた。「このままじゃ……もう」「おい!! タクト、どうするんだ!!」冷静なレスターですら声を荒げる。彼もこの状況で相当にきているらしい。口に出さないだけで全員生存が絶望的なこと、敗北が濃厚なことをわかっている。彼はその代弁をしたに過ぎない。皆が司令官であるタクトを見つめている。あの司令官なら、奇跡を救いを与えてくれるかもしれない、さまよう亡者の様な視線に宿る力、それが悪い意味でタクトに伝わっていく。「もうだめです。……タクトさん」「タクト……」「タクトさん……」「タクト、もう限界だ」「タクトさん……このままじゃ持ちません」エンジェル隊も全員が翼をもがれてしまっている。そう絶望的で、最悪な状況だ。四面楚歌で絶体絶命。普通に考えれば助かる見込みなんて微塵とない。聞こえる音は、被害報告と爆発音だけ。ブリッジにいる彼の視界は暗く、うすぼんやりとしか隣にいるレスターの表情すら見えない。だが、タクト────救国の英雄になるタクト・マイヤーズ大佐は、まだ諦めていなかった。「……皆、諦めちゃだめだ!!」叫んだ。心からの、いや魂の衝動のままに。このエルシオールを支えている大黒柱は自分だ。そう言い欠かせながら、彼は不屈の精神で、自分の思いを伝えるために口を開いた。「ここで諦めてどうするんだ!! 自分達の力を信じろ!! 最後の最後まで!! 」皆がタクトの声に耳を澄ませている。まともに思考ができない状況の中、刺激がそれしかない為に、何よりも脳がその声を反芻し続けるのだ。ラクレットだけは、コックピットのキーボードにひたすら何かを打ち込んでいるが、それでも耳を傾けている。そんな様子を横目で見ながらタクトは思いの丈を咆哮する。「ここまで来たんだオレ達は!! 絶望なんて、不可能なんて、そんなものが無いって証明し続けてきた君達が!! 諦めてどうするんだ!! 君達は希望を運んできた天使だ!! だから絶望なんてそんなもの!! 不可能だなんてそんな壁!! 全部超えてしまえ!! 」その時何かが変わった。目で観測できないもの、耳で聞こえないもの、触ることのできないもの。だがしかし、確実に存在する、波のような何かが、全員の心に伝わった。そう、天使達の心に、勇者の声が届いたのだ。「そうだねえ、ここで諦めてたまるか」いつもの調子で帽子を直しつつ、足を組み替えてそう言う紅髪の天使。その顔は何時もの自信にあふれた不敵なそれに戻っている。「せっかく今日までがんばって、今諦めたらすべてが無意味ですわ」強い眼差しで操縦桿を握り直して、同意する薄蒼の天使。強い決意に燃える瞳を持ちつつも、涼しげな微笑が可憐に映える。「私達が倒れたら次はもっと多くの人達が犠牲になる」祈るように目をつぶりそう呟く緑輝の天使。慈愛に満ちたその姿には、多くのものが心救われるであろう。「ちっぽけな命だけど、あんな得体の知れないものにくれてやるほど安くないんだから!! 」挑むように睨み、思いを叫ぶ黄金の天使。正面に見える強大な敵を打倒しようと、威嚇するように浮かべる笑みは何よりも美しい。「絶対に……絶対に負けません」決意を新たにし、そう宣言する桜色の天使。奇跡を起こすべき幸運を司る女神が地上に顕現していた。5人の天使が一人の青年の言葉で思いを一つにした。何よりも固い結束と、揺るがない勝利への確信。そしてすべてを救おうとする向こう見ずなまでに真っ直ぐな心が、彼女たちと彼を真の意味で一つにしたのだ。ならばその天使達は奇跡を起こさない訳がない。その願いは天使達に新たな翼をもたらしたのだ。天使の駆る5機の紋章機は、純白の翼を授かった。宇宙という空を飛ぶための翼に、天使達が願い生まれた翼に、翔べない場所など、行けない場所などありはしない。全てを救うまで、人に奇跡を信じる正義の心がある限り、天使は奇跡を分け与える!「!!エルシオール、全システム回復しました!!」故に、その翼は青年の乗る舟にも加護をもたらした。「システムリミッター解除、『エタニティーソード』フルドライブ」ならばと、その友も。天使を守るべく、永遠の剣士は、意思の盟友たるその少年は、漆黒の翼を開放する。白い翼とは対極の、闇夜の色の翼が、彼の愛機に現れたのであった。