第十五話 ダンシングクレイジーズナドラ星系での作戦を終えたエルシオール一行は、ローム星系の衛星都市ファーゴに向かった。そこで、今後のエオニアの反乱軍対策会議が行われるという名目だ。当然のことながら、対エオニア部隊の様相を得て来たエルシオールは、その中心的存在になるであろう。クルー達も今までの功績から来る褒賞や、優遇を期待している節があるくらいだ。しかし、皇国軍の残存勢力部隊の多くが招かれているために、エルシオールは丸一日待たされることになった。これには皇子を招くのに相応しい軍勢を結集する『見栄』ために盛大な規模の軍隊を整えたいという欲を出したジーダマイアの責任である。元々非常時に拠点になりえるファーゴの港の拡張をするように、言われてはいたが、ケチったのも彼である。その為キャパシティ的に不可能な程の艦を収容する必要が出てしまったのだ。「ちょっとー、タクトまだなのー?」「後ちょっとだよ」ランファは口を尖らせて、タクトを責めるような目で見る。別にタクトに責任があるわけではないのだが。ただ、タクトが偉いから責められているだけなのであろう。「えー、また、あとちょっとですかー?」「そうそう、後ちょっと、後ちょっとってもう何回言ったんだい?」ミルフィー、フォルテもランファに便乗する。あれだけ活躍したのにこの扱いには不満が生まれても仕方が無いであろう。尤も、捨てる神あれば拾う神ありだ。「まあまあ皆さん落ち着いてくださいませ。ファーゴの港の許容量を超えているのですから、時間がかかっても仕方ないですわよ」「おそらく後、数十分ほどでしょう」「ヴァニラ言う通り、向こうの管制が指示した時間から考えるに後20分程度だろう」まあ、彼らは単純に事実を言っているだけなのだが。こう考えると、タクトの周りは感性重視と、理論重視が丁度良い塩梅で分かれているのである。だから何だという話でもあるが。ちなみにラクレットは転寝していた。訓練のしすぎで疲れていたのである。「それじゃあ、オレは行って来る。後は頼んだぞレスター」「ああ、まかせろ……おまえも会議中に寝るなよ」「わかっているって」漸く衛星都市ファーゴに到着したエルシオール一行。予定だともう少し余裕があったのだが、前述の理由によりだいぶスケジュールが押しているタクトは、早速エオニア軍対策会議に出席するために、都市の中心部へ向かった。「これからの皇国を左右するような会議だ。気合を入れていかないとな」珍しく胸にやる気を秘めながら。「タクト・マイヤーズ、ただ今到着しました」「おお、マイヤーズ君か、入りたまえ」「失礼します」タクトが荘厳な装飾で飾り付けられたドアを開け入室した会議室は、ドアに比べて特にこれといっておかしな造りのものではなかった。飾り付けは適度に豪華で、特に派手すぎるということも無い。ファーゴは皇国の直轄領なので、この建物を建てた、当時の皇王のセンスが良かったのか。はたまた、ドアを回収した人物のセンスが特別悪かったのかは疑問である。そんなことを考えながら、タクトは視線を動かさずに、卓についている者を確認する。向かって一番奥にこの前の作戦の責任者で、この宙域の中では階級トップのシグルト・ジーダマイヤ大将。その左右は側近で固められており、向かって右側の末席にルフト准将が座っていて、その隣の空席がおそらく自分のものなのだろう。自分の知っている人物はそのくらいで、後はおそらく貴族将官なのだろうか? 傲慢な雰囲気を纏い、額を油で濡らした輩どもであった。タクトはそのような人物があまり好きではない。滅多に出席しなかったが、貴族同士のパーティーにあのような目をした貴族がよくいるのだ。それでも、会議だから仕方が無いと割り切り、一礼して、自分の席に着く。「さて、全員揃ったところで、早速始めるとするか」ジーダマイアのその言葉に、会議室の空気が変わる。今まで自分に集まっていた視線が元に戻るのをタクトは感じた。タクト自身も気合を入れなおす。「まずは、先日の作戦ではご苦労だった。シヴァ皇子もきっと評価してくださるであろう」「いえいえ、閣下私共は皇国軍人として、当然の職務を行っただけです」ジーダマイアの賛辞の言葉に、周りの軍人の一人が代表して答える。タクトはその雰囲気に、やはり周りの者は貴族だということを確信した。トランスバール皇国では貴族縁の者のほうが圧倒的な速度で出世できるのだ。わかりやすい例を出さずとも自分の所もそうだ。客観的に見て、自分よりも数段優秀で士官学校首席のレスターより、中の下ほどの成績で卒業した昼行燈のタクトは2つも階級が上なのであるのだから。「うむ、そうか…………さて、今回はあのエオニアの包囲網を果敢にも一隻で抜けてきたエルシオールの艦長 タクト・マイヤーズに来てもらっている」「タクト・マイヤーズ大佐です」「マイヤーズ君、今回は本当に大儀であった。戦後に褒賞があるであろうから期待すると良い」「……ありがとうございます」まるで予定調和の見世物だ。タクトは内心でそう思った。そもそも、この会議だって今後の作戦を決めるなどは名目でしかないというのは既にタクトには理解できていた。腐っても貴族だ。「それにしても、エオニア軍もたった一隻に突破されるような包囲網程度しか張れないなど、たいしたことも無い」「然り、先日の作戦でもたいした損害を被る事は無かった。こういっては何だが、第一方面軍は腰抜けばかりだったのだな」「おや、皇国軍の英霊を愚弄する発言は控えたほうがよろしいのでは?」「これは、失敬」自分達は後方にいたので、全くエオニア軍の真の実力を知らないような貴族軍人のその言葉にさすがのタクト黙っていられなかった。彼らが慢心して死ぬのは、多くの前線で会はたらく軍人と、何より一般市民なのだ。「皆さん! エオニア軍の力を侮ってはいけません!! 私は実際に戦闘してきて、今までの宇宙海賊程度との経験が、ほぼ役に立たないほどの力の差でした。慢心は禁物です!」そう、正直ここまで来れたこと自体が奇跡だ。仮に今の記憶を持って、時を巻き戻してもう一度やれと言われたとしても、きっと実行するのは難しい。天秤のバランスが運よくこちらに傾いた。タクトはそう感じているのだ。「おや? エオニア軍の一番の仇敵であろう貴殿が勝てないと申しますか?」「これは、これは……皇国軍人としてそのような臆病者にシヴァ皇子を任せて置けませんな」「こらこら、お前達。マイヤーズ君は現場の指揮官として意見を言っているだけだ、我々はそれを重く受け止めて作戦を練るべきであろう」「さすが、閣下すばらしいご意見であります」何処までも劇場的に、そう決められているかのようにジーダマイアはそういった。恐らくこれはタクトを庇ったことによって、自分の派閥へ取り込む恩を売った。というアピールなのであろう。「さあ、三日後に控えた舞踏会で英気を養い、その後エオニアを倒し本星へと凱旋しようではないか」「そうですな」「ええ、そうですとも」「いやいや、これで戦後の褒賞は決まりましたな」「それでは解散」タクトはここに来てもう何も言えなかった。この部屋に居る者は全員現実をきちんと認識していない。無人艦隊など恐れるに足らずということなのであろう。それが、この前の勝利で促進された。恐ろしいことに、恐らくそれら全て、エオニアの策略なのだ。前回の勝利はこちらに譲られた毒入りのワインだったのだ。「タクト……すまんのぅ。これが現状なんじゃ」「いえ、ルフト准将、仕方が無いことなのでしょうね」誰もいなくなった。というのには語弊があるが、ルフトとタクト以外が退出した会議室で二人は漸くまともな言語をしゃべることができたと言える。「彼らは、完全にエオニアの策に嵌っている。俺達が包囲網を突破できた? 少なくとも皇国軍として配備された戦力だけでは無理だったじゃないか!!」タクトの中でのラクレットの評価は決して低いものではない。というか、彼がいなかったら、今自分はここにいないというレベルだ。もちろんエンジェル隊のメンバーどころか、エルシオールスタッフ全員にこのような評価でもあるのだが。なにせ『ラクレットがいなくても、別にゲームではここまでこれたではないか』問うのはあと知恵バイアス(Hindsight bias)でしかなく、そんな事を知らないタクトからすれば、一人でもかけていたら、無理だったと断言するには当然のことだ。「それらすべてエオニアの策……そう考えるか」「はい」ルフトはタクトの言葉を聞き、右手であごの部分に触れた。そしてしばらく考え込むような仕草をする。状況が不利ではあるが手はない事もない。「ワシの方でも、なるべく注意を払うように言っておく。もっとも、ジーダマイアがあの調子だ、どれだけ効果があるかわからんがの」「お願いします」そこでルフトは話を一端切った。そして再び、しばらく考え込むような仕草をした後に、何かを決意したような表情でタクトに向き直った。「それではタクト・マイヤーズ。次の指令を言い渡す」「はっ!」タクトはルフトにフルネームを呼ばれ、居住まいを正す。ルフトの真剣な表情に、感じ取るものがあったのだ。そう、彼の鋭すぎることに定評のある直感が、いやな予感を告げていたのだ。「三日後の舞踏会にエンジェル隊のメンバーと共に参加せよ」「はっ!…………はぁ?」あまりの予想外な命令に間抜けな声が出る。まあ、それは仕方が無い事であろう。決意を改めたとことであったのだから。しかし、次のルフトの言葉に、今度は完全に思考停止をせざるを得なかった。「そしてそれがお前の、エルシオールの司令官として最後の任務となる」────タクト(さん)がやめる!? エルシオールに戻ったタクトは、ブリッジにエンジェル隊メンバーを集めて先ほどまでに決まったことを素直に打ち明けた。「うん、三日後の舞踏会を最後に、別の艦隊の指揮をすることになってるんだ」「そんな…………もうどうにもならないのですか?」タクトの衝撃発言にエンジェル隊の面々は、まあタクトの予想通りの反応をした。そんな彼女達のリアクションを見て苦笑しつつ、ミルフィーの質問に答える。「うん、すでに決まったことだからね」「そんな……寂しくなりますね」「ああ、せっかく、いい感じだったのに」別れる事が決まったからか、心中を吐露する彼女らを見て、自分が今までやってきたことが無駄でないと改めて認識しつつ、どこか寂しい気持ちになりながらもタクトは答える。いつもどおりの笑顔を浮かべて。「ありがとう」ここらの感謝の言葉告げるのであった。彼女等にはこれですべてが伝わるという確信しながら。「さて皆、三日後の舞踏会では存分に楽しんでくれよ。経費は全て軍から下りるみたいだから」場の空気を切り換えるように、大袈裟な動作と共にそう言った。エンジェル隊もそのタクトの雰囲気を感じ取ったのかそれに合わせるように、喜んだ。「本当!?じゃあ、早速ドレスから靴まで新調しなきゃ!」「新調って、ランファ、持って来てたの? ドレス」「当然じゃない?」「ヴァニラさんのドレスは私が選んで差し上げますわ」「ありがとうございます」「まあ、タダというのは、ありがたいね」いつものような和やか雰囲気に戻ったブリッジ、しかし先ほどから沈黙を守っている人物がいた。ラクレットである。彼は、タクトの持ってきた招待状の文面を食い入るように見ていたのである。その必死さは、微妙に一歩引いて見ていた、ココとアルモが文字通り引くぐらいであった。「あの、タクトさん」「……なんだい、ラクレット」タクトもラクレットの言いたいことを、なんとなく察しているのか、微妙な表情で返す。「招待されているのは、エルシオール司令、並びにエンジェル隊……だけですか?」「…………そうだね」「……僕は?」「…………ははは」そう、招待されているのはタクト、ミルフィー、ランファ、ミント、フォルテ、ヴァニラだけなのである。舞踏会はオリ主的イベントの筆頭だよね。とか考えていたラクレットは、すでに脳内で、エンジェル隊どころか、(原作に登場するエルシオールの全ての女性クルーと行く場合のシミュレーションは済ませていた。ラクレットの段々悲壮感溢れていくその表情を見て何を思ったのか、レスターが一歩、ラクレットに歩み寄る。「おそらく、向こう側がエルシオールとその搭載している紋章機並びに『エタニティーソード』のパイロットを評価して招待したのだろう」「それならなぜ!?」ただでさえ、近かった距離を詰め寄るラクレット、興奮している彼は周りが見えなくなっているらしい。お互いの吐息がかかりそうな距離に反応した女性がいたのはスルーしておこう。ちなみに、トランスバール皇国では衆道の文かは廃れています。マイノリティではいますが。ラクレットの当然な疑問にレスターはいとも簡単に答えた。「向こう側の勘違いであろう。そもそもあのレベルができる戦闘機のパイロットが、エンジェル隊外にいること自体想定してないのであろう。まあ、恐らく確認を怠った怠惰な者が責任者にいたのであろう……どういった生まれなのかは口にしたくもないがな」「そんな……」愕然とするラクレット、そんな彼に追い討ちをかけるレスター。「その証拠に、買い物用のクレジットカードは、きちんと7枚届いている」「畜生!! ぐれてやる!!」あまりにもあんまりな言葉に、普段作っているキャラが崩れるラクレット。その言葉に地味にミントが反応した。「ぐれるとどうなりますの? 」「ゴミの分別をしません !!」瞬間的にそういいきった。彼のぐれるイメージはそんなものである。「ごみの分別は、宇宙空間においては重要です」「そうだよ。ちゃんとしなきゃだめだよ!」「……うわあぁぁぁぁん!!!」ヴァニラと、ミルフィーの止めに固まったラクレットは、そのままブリッジを走り去った。半分泣きが入りながら。その姿につい、同情してしまった者がいたそうな。