第十一話 これが僕らの全力全開 前半……さて来ましたよ。最難関の戦闘といわれているミッションがある章に。現在この僕、ラクレット・ヴァルターは精神統一中です。今回の戦闘ばかりは本当にかなりきつくなると思う。初回プレイの時には4回以上やり直したから。ただ今回は、一回のミスも許されないんだ。やるしかない。そんな悲壮感溢れる覚悟を決める僕ってカッコいいかも。────────その日、エルシオールは久しぶりの吉報に沸いていた。味方からの連絡が入ったのだ。合流ポイントが明記されていたそれは、エルシオールスタッフの顔を綻ばせるに値するそれであった。しかし、艦長であり司令でもあるタクトは、自分の直感が何かあると告げていたため手放しに喜べないでいた。同じく彼の副官のレスターも相棒の直感が良く当たるのを今までの経験で知っていたので、密かに警戒をしていた。今まで幾度となく彼らの危機を救ってきた直感だ。そもそも人間の勘と言うのはなにもオカルト的な運命論で語るようなものだけではない。今までの経験に基づく違和感や既視感を無意識レベルで感じ取り通達するといったものだという説もある。『これは何か変だ、いやな感じがする』新たな状況に対する、そういった感覚と言うのは、無意識下での警報、統計的なメカニズムでもあるともいえる。事実、確実な危機が彼等にはせまっていた。現在はクロノドライブで、指定された合流ポイントに向かっているところだ。もうすぐクロノドライブが終了するというところであり、30分ほど前に警戒態勢をしいてエンジェル隊の面々とラクレットに待機命令を出したところである。「で、だ。タクト実際のところ襲撃はあると思うのか?」「ああ、俺の勘だと十中八九あるって言ってる」「そうか……アルモ、ドライブアウトまで後どれくらいだ?」「およそ150秒です」レスターはタクトに最終確認をした後に、いつもよりも険しい顔付きでアルモに尋ねる。アルモはその問いに対して一瞬だけウィンドウに目線を送った後にあくまでも事務的に答えた。「レスター」「……なんだ?」「……なんでもない」「そうか」それだけのやり取りの後沈黙がブリッジを支配した。「ドライブアウトまであと10秒」アルモのカウントダウンを聞いて二人は、さらに体を身構える。カウントが読み上げられていく中、二人は前方のスクリーンに意識を集中した。「1,0.ドライブアウト。周辺の宙域をスキャンします」「……スキャン完了! 周辺にガスを確認しました! 戦闘が行われていた形跡があります!」「なっ! ……いや、ここは良く皇国軍の訓練に使われる場所だ。まだ決まったわけではない」「……アルモ、正面前方のポイントをサーチしてくれないか?」「了解しました」タクトと、レスターはひとまず、出た瞬間に狙われることがないと安堵し、溜息をついた。しかしいまだに警戒を緩めてよい状況ではないことは二人とも重々承知していた。古来より、戦争においては、味方と合流するなどによって、気が緩んでいる時が一番危険であるからだ。しかしながら、彼らの緊張は一本の通信によって、壊されることになる。それも、味方からのものによって。────────ラクレットですが、通信内の空気が最悪です。要約すると、エンジェル隊が、襲撃来ないなら早く解散にして欲しい、それぞれに用事があるから。と、文句をつけたからだ。にしても、眠いとか、パンが発酵しちゃうなどの理由で、上官に戦闘態勢を解除しろというのはどうなんだろう?ここだけ疑問なんだよね。特にミルフィーなんて、士官学校の首席なのに。わがままが過ぎる。設定的におかしいでしょ? 「しっかりしてくれよ、みんな」ああ、タクトそんな言い方したら……皆が反発するよ。一応この後すぐに襲撃があってやっぱり彼が正しかった、みたいになるからいいけど。さすがに好感度が下がるようなイベントをそのままにしとくのはとも思う。だから……できる僕はフォローに回る。これが自己犠牲ってやつだね「そうですよ、みなさんは職業軍人なんですから、きちんと即応体制をとるべきでしょう。それにアッシュ少尉を除いては僕より年上なのですから、模範となるような行動をしていただきたいものです。十中八九敵の襲撃はあると見て間違いないのですから」「えー、私はちゃんとやってるもん」「そうよ、私だって、この通り待機しているじゃない!」「模範となる行動と仰りましたが、それは私達の普段の行動が模範ではないと?」「なんだいなんだい、二人ともこちとら真面目にやってるのに、その言い方はないだろう」「……」あれ? なんか余計怒った? うーん、まあ、いいか、アルモのサーチももう終わるみたいだし。「司令!! 前方より敵艦隊が!」「っく! エンジェル隊!! 出動してくれ!!」ほら、予想通り、確か乗ってるのはシェリーだっけ? ここでの戦闘は飽く迄ブラフみたいなもので、ココからいける、クロノドライブ先に敵の本陣が待ち構えているとかそういう話だったはずだ。嫌らしいけど有効な手段だよね。いや、いやらしいから有効な手段なのか。────了解!!「了解!! 」「司令、敵艦からの通信です」「スクリーンに出してくれ」タクトがそう言うと、スクリーンに出てきたのは、シェリーであった。5年前にエオニアと兄さんと一緒に写っていた時の顔とほとんど変わりがない。そういえばこの人って、シャトヤーンと同じで年齢がわからない数少ない女性キャラの一人だった気がする。ギャルゲーで年齢でないキャラって30代と思うんだけどどうよ?「こちら、正統トランスバール皇国、シェリー・ブリストル。エルシオールクルーの皆さん、御機嫌よう」「艦長、タクト・マイヤーズだ。いやいや、エオニア軍にも貴方の様な美しい女性がいたとは」「あら、ありがとう。それで、こちらの用件はわかってるわね? シヴァ皇子を渡しなさい」「だってさ、レスター」「俺に、振るな!! そして断れ!!」「だそうです。残念ながら、いくら美人のお願いとはいえ、聞けません」おお、ナチュラルに漫才をやってるよ。タクトはこういう通信で、相手を挑発する心理戦に強いんだよね。にしても、この一連のやり取りの間ずっと表情を変えないシェリースゲー、立絵がないとか、そういう理由じゃないわけだから、本当にタクトに対して全く興味がないのかな?「それじゃあ、力尽くでお願いするしかないわね」「オレとしては、宇宙空間での戦闘《デート》よりもむしろ、豪華なディナーを綺麗な夜景を見ながら食べるほうがいいんだけどね」「そんな余裕もここで終わりよ。それじゃあ次の通信は降伏宣言かしらね?」その言葉を最後に、通信が切られた。うーん、こっちには全く興味はなさそうだね。なんというか、エオニア一筋?「通信切れました」「よし、コレより作戦を説明する。タクトいいな」「ああ、皆! 頼んだぞ!」さて、頑張りますか。「何とかしのぎきったか……。アルモ損害報告を頼む」「了解しました」何とか、シェリーの率いる敵戦艦を退けつつ、クロノドライブのポイントまでついたのはいいけど。この後、ドライブアウトした時に挟み撃ちで、今迄で最多の戦艦を相手にしなければいけない。タクトはそれが十中八九来るという考えで行動をしているはずだ。僕もさっきの戦闘で疲れているから、なるべく休む感じで行動しよう。なーんか疲れるんだよね戦闘機の操縦って。そう思って、ティーラウンジに行ってホットチョコレートを飲んでいたんだが。『エンジェル隊が……来ない』うーん、なんか、前々から思ってたんだけど、僕エンジェル隊との接点薄い気がする。戦闘の時と、ミルフィーに料理を教わる時。主にその二つでしか会わない。なんか食事は時間が違うみたいだし。たまにティーラウンジに行くと居るけど。近づいても挨拶して終わりだし。まあ、気にしてもしょうがないか。まだ恋愛イベの時期じゃないしねー。とか、適当に考えてると、蘭花が来た。なにやらキョロキョロしている。そして、こっちに気付くと、近寄ってきた。「ねえ、タクト知らない?」「いえ、見てませんが……。タクトさんに何か用ですか? フランボワーズ少尉」「あ、いや、知らないならいいのよ。それじゃあ」そして、去っていった。あまりの自然な身のこなしに、全く反応できなかった。僕は、少し冷めてしまった、ホットチョコレートを一気に飲んで、そろそろあると思う、イベントを見にクジラルームに向かうのであった。しかし、クジラルームが閉まっていて、ショックを受けたのは余談だ。そういえば、誰もいないから平気だって、言っていたね。まあ仕方ないか。────────「わかったよ、フォルテ。ありがとう」タクトは、フォルテにそう言って、クジラルームを後にした。彼の心の中は、まだ完全に不安が消えたわけでは無い、しかしながら、先ほどまでフォルテと背中合わせに座って、語り合っていたタクトは、クジラルームに入る前のような、思いつめた顔はしていなかった。「敵の策略とか、奇襲とか色々あるけれど、司令官のオレがきちんとしないと。皆も支えてくれてるんだから」彼は基本的に、かなり前向きな人間だ。しかしながら、想定している以上の困難な状況に陥るといきなりネガティブになってしまう傾向がある。あと数年すればそのようなことも無くなり、海千山千と呼ぶに相応しい司令官になるのだが。それまで、やや後ろ向きになってしまった彼は、毎回仲間に支えられて再び前を向いて、進みだしていくのだ。そして、きっと今回のは、その始まりなのであろう。彼が仲間と支え合って前を向くという事の。「あ…………タクト」「あれ? ランファ?」そんなフォルテによって、幾分が気分が軽くなったタクトが早速後のことを皆に伝える為にブリッジに向かう途中、ランファに出会った。彼女の様子は、どこか、何かにたして躊躇っている感じであり、何時もの竹を割ったような彼女らしさというものはなぜか鳴りを潜めていた。「あのね……タクト」「なんだい?」「…………ううん、なんでもない」ランファは何かを言いかけたかが、タクトの顔を見て、言葉を濁した。二人の間に微妙な沈黙が流れる。周囲に人もいないし、時計も無いので、ほぼ無音だ。そんな中、タクトは、ふとなにかに気付いたような表情をする。「もしかして、励ましに来てくれたのかい?」「────っな!!」「ハハ、まさかね、でもありがとうランファ、オレはもう大丈夫だから」タクトは、ランファの顔を見ながら何時ものように笑ってそう言った。「これから、通信で言うつもりだったけど先に言うと、これから皆に待機してもらう。何がきても大丈夫な用にね」「つまり敵がいると、タクトはそう考えているのね?」「うん、だけど、ランファ達を信じてるから」「な……当たり前じゃないの!私に任せておけば大丈夫よ!」「はは、本当に頼りにしてるよ。それじゃあ」それだけ言うと、タクトは右手を肩越しに上げて去っていった。その場に残されたランファは、タクトの後姿をやや呆然と見送っていたのであった。「…………ウチの司令官も困った女たらしだね」そう、呟きながらフォルテは、ランファを通路の影から見つめていたのであった。