人には、知ろうとする知識欲、好奇心といった、非常に強いものが存在する。疑問や疑念などが残ったままでは、人間の心身の衛生上で非常に重要である三大欲求の一つ睡眠が満足にとれなかったりするのだから、相当なものである。「じゃあ、ヴァル・ファスクにも文化的な行動はあると、そういうわけなのね」「はいそうです。ノアさん。彼らにも『先祖が行っていた効率的な行動』という週刊や風俗があります。現状それが無駄であっても、時間や社会的な余裕があり、それ自体に現状デメリットがないもの。そういったものは彼らの中にあります」「解りにくいわね、要するに無害な習慣があるってことでしょ」「ええ」トランスバール皇国本星。数年前まで、厳密には1年ほど前まで、臨時の宮殿として利用される程度であった、過去の皇族の造った宮殿。そこの謁見の間の奥にある私室。その場所にノアは、個体名ラクレット・ヴァルターと呼ばれる少年とともにいた。二人きりで、私室のティーテーブルに向かい合っているのに、そこには色気といったものがまるでない。二人の美少女と野獣のような外見もあるが、それよりも話の内容と場の空気が非常に硬いものであるからであろう。先ほど皇国の主要人物。否、最重要人物達のもとへと謁見したラクレット、エメンタール、ダイゴの三人。彼らがもたらした情報は、それこそ歴史を覆すようなものであった。異種族であり、扱いとしてはエイリアンのようなものであった、ヴァル・ファスクに対する当人から、生のそして非常に精度の高い情報。そして皇国の最高戦力である隊エンジェル隊のサポート任務に就くような、少年の出自である。今まで、ルフト達政府高官や、世論なども、ヴァルターというここ数年台頭してきている一族について、非常に優秀な血脈の家系なのであろうという見方は一致していた。長男は押しも押されぬ大商会の長であり、次男は、知る人ぞ知る工作員にして研究者。そして三男は、若干14歳にして皇国を救ったエースである。そのヴァルターという家系のルーツは、過去に亡命してきたヴァル・ファスクのハト派の重鎮であったのだ。科学者であり、直接的な被害者であるEDENの民でもあるノアは、許可されたので即ラクレットを引き連れ、提示されたデータに基づいた質問をしていたのだ。「それにしても、アンタがヴァル・ファスクねぇ……納得だわ」「そうですか? 多くの人はきっと、逆に驚くと思いますが」ラクレットの普段を知っている人からすれば、現状のヴァル・ファスクのイメージである、冷酷無比の合理主義者などは、彼のそれとは一切結びつかないどころか正反対のものであると、一笑されてしまうようなものである。「私が知っているアンタは、人形みたいな顔をした、トレーニング馬鹿だったのよ? 」しかし、ノアからしてみれば、初対面の時から冷静に自分の兄は工作員であった(ノアはこれも疑っている)という事実を告げ、その後も事務的な対応を繰り替えし、戦闘では効率よく敵を刈る。自由な時間は訓練と。ストイックな人間に見えていたのである。もちろん最終決戦の彼の『解放された抑圧』(ちゅーにいしょう)を見て薄れたものだが。「僕がヴァル・ファスクということは、置いておくとして。兄さん……ああ、カマンベール兄さんにはこの事はしばらく内密でお願いします」「……理由を聞くわ」ノアの反応は、まるでそのことを忘れていたかのようなものであった。「あなたほどの人が、それをわからないとでも? 」「……いえ、わかってはいるけどね」「これは長兄からの通達ですので、意見があるなら彼に」ラクレットでも、わかるような理由なのだ。ノアが理解できないわけがなかった。カマンベールの現状の立場はやはり危うい。いくらバックストーリがあっても、エオニアと黒き月に加担したのは事実なのである。そんな彼自身がこのことを知ったらどうなるのか。そして何よりも、この事実を知る人物はなるべく少ないほうがよい。この心を読む超能力者が普通に存在している世の中ならばなおさらである。そういったわけで、ノアは、カマンベールの秘密を知りつつも、彼にそれを伝えることができないという状況にあったのだ。回想終わり。「ようやくついた。やっぱり田舎だな。そして変わらないな」「そうなの? 」「ああ。俺がいたころから全く変わっていない」カマンベールとノアの二人は、現在クリオム星系第11惑星へと訪れていた。いわゆる里帰りである。高度な文明の中にここしばらくの間居た二人は、片田舎の星系の名前もないようなド田舎の惑星の土を踏んでいる。牧歌的な風景で、風に土と植物の臭いがついている。そんな誰もが想像する原風景だ。そんな田舎の少し大きな丘の上に立つ、なかなか大きな邸宅ともいえるそれが、カマンベールの実家である。「ただいま」「おお!! カマンベール。お帰り」「……お邪魔します」大きな玄関の扉を開くと、そこに待っていたのは、ちょうど玄関の前の廊下を歩いていた、父親であるモッツァレラであった。ノアはいつもの無遠慮な態度ではなく、少々借りてきた猫のようにおとなしい挨拶であったが、きちんと相手の目を見てそう告げた。「そちらのかわいいお嬢さんが? 」「ああ、今の研究仲間だ」「ノアよ……カマンベールには世話になっているわ」「あら、お客様? 」そんな風に玄関で足を止めて、会話していると、玄関ホールにまたもう一人個々の家の住人が現れた。といってもこの家には基本的に掃除の業者が来る以外は、二人しか住んでいないので、人物は限られる。「ああ、母さん。カマンベールとその同僚のノアさんだそうだ」「あら、お帰りなさい、カマンベール。そしていらっしゃい、ノアちゃん。話に聞いていたよりももっとかわいらしい子ね」「あ、ありがとう……お邪魔するわ」「なにもないけど。自分の家と思って寛いで行ってね」ヴァルター三兄弟の母である、クチーナである。彼女はちょうど洗濯物を干し終わったのか空の籠を手に持っている。数年ぶりの感動の対面というには、ある意味で適任であり、そして同時に場違いでもあった。カマンベールはとりあえず、変わっていない我が家で自室のあった場所に向かうのであった。背後に借りてきた猫のようにおとなしくついてくるノアを従えて。そこは、ノアにとって針の筵とまではいかないが、非常に居心地の悪い場所であった。家のつくりは別段文句などはない。少々ノアのもともと住んでいたEDEN文明とは違うが、類似するところはむしろトランスバール皇国本星の一般的な住居よりも多い。これは、ダイゴが星を発展させるにあたって、EDENを参考にしたからであろう。それ自体に文句はない。立地条件も田舎にあるということで交通の便が悪いわけではない。本星からは遠いがそれだけだ。30分もあれば大気圏から出られる。食事も悪くはない。家庭料理というものを、体感時間はともかく久方ぶり食べたのだが、大変おいしく。そこに文句なんてあるはずもなかった。ではなにか、それは一つだ。「あらぁーやっぱり似合うわー。かわいい娘がほしかったのよ、私。お洋服を作っても着る子供がいないのですもの」「そ、そう」クチーナの存在であった。彼女は1年ほど前に結婚した第一子であるエメンタールの二人の妻である義理の娘はいる。そして彼らの間に生まれたばかりの孫娘もいるのだが、ノアのように少女というような年の少女はいなかったのだ。数年すれば孫娘のマリアージュもそういった年になるであろうが、彼女の趣味の一つで作りすぎてしまった少女ものの服をようやく着せるモデルが来たのは、彼女の心の関心を大いに買う出来事であったのだ。ノアは、強く抵抗するわけにもいかず、されるがままになっていた。彼女としても興味がないだけであって、服等で自分をきれいに飾る女性のことに関してはべつに好悪の感情がない。しかし、それが自分になるとどうしても恥ずかしさや、居心地の悪さを感じてしまわざるを得ないのだ。「ねえ、カマンベールは貴女から見て、どういう男の子なの? 」「カマンベール? 」もう、男の子という年ではないのだが、それに関しては彼がこの家を長く開けるようになったのは5歳からであり、16歳の時には完全に行方不明になっていたのだから、クチーナの感性が微妙に狂っているのは仕方なないであろう。そもそも、少女であるノアに聞くのだから、その言葉で間違ってないともいえる。「一緒にお仕事してるんでしょ? あの子ったら、相方候補を連れて帰りますって連絡をよこしてたからすごく楽しみでね」「あ、相方……? 」そして、クチーナの子供は全員転生者というか自立した精神を幼少期のうちに獲得している(ラクレットは自立といえるが微妙であったが)その結果、子供の恋バナといったものなど、ほぼなかったようなものなのだ。普通とはいえ、どこか冷めていたエメンタール。研究一筋だったカマンベール。どこかおかしかったラクレット。エメンタールには幼馴染がいたし、ラクレットも、どうやら学校で仲良くしている女の子がいたようだが、エメンタールは気が付いたら結婚していたし、ラクレットは全く関係ない方向に自分の進路を進めたのだ。そういう意味でもクチーナ夫人の興味は尽きないというわけだ。「あなたから見て、あの子はどうなの? おばさんに教えてくれない? }「ア、アイツは……よくわからないわ、でも嫌いじゃない……大事な仲間よ」ノアからすればそうとしか答えられなかった。生まれがどうということは気にしていないといえば嘘になる。しかしそれを差し引いても、まだそういった方向に考えることはできなかった。ノアは内心そう結論付けていた。「そう……ああ、将来の楽しみがまた増えたわ」クチーナは何かを感じ取ったのか そう呟いた。「お、似合うじゃないか。母さんの自作だろ? 」「ええ……いい親ね。あなたの両親は」「まあな、兄弟三人そろって異常者だっていうのに、育ててくれたからな」ノアは着せられた衣装をそのままに、自分のゲストルームではなく、カマンベールの部屋に来ていた。結局あきらめたのか開き直ったのか、何着かもらって、紙袋に入れて今左手に持っている。紫と白を基調とした彼女に良く映えるドレスである。どう見ても普段着にそぐわないそれであったが、ノアは今後もそれを着ていくことになる。「結局、差なんてないのかもしれないわね、私たちに」「ん? ああ、EDENもトランスバールももうあんまり変わりはないんじゃないか? 」ずれた回答だが、無邪気に肯定しているカマンベールをノアは横で感じながら、月を眺めていた。「俺が……ヴァル・ファスク……? 」「ええ……そうよ、否定はしないわ」「どうして黙ってたんだよ……」カースマルツゥが、ラクレット正体を得意げに話した戦闘のあと。タクトがラクレットの生まれを笑いにして軽く済ませた直後の戦闘が終わった後だ。白き月でも、その状況は伝わっていたのである。カマンベールは、ラクレットがヴァル・ファスクというよりも、自分たちの先祖が、近所に住んでいた駄菓子屋のおじさんであったダイゴであり、そして彼がヴァル・ファスクであるという事実、その両方に驚愕の表情を浮かべていた。「俺はな……散々自分の好きなように生きてきた。そして、今もそうだ。だから俺がヴァル・ファスクだということで何かかわりがあるわけではない」「そうよ、その通り」「だがな!! 頭でそうわかっていても、もう気にしないように演技するのは精一杯なんだよ!! 」カマンベールはエオニアのことを利用していただけだ。そう自分に言い聞かせている。べつに敬愛する主君ではない。ただ行動をともにしたスポンサーに近い感覚だ。そう、そういった関係であるように自分に言い聞かせてきた。しかし常識的に考えてほしい。数年間苦楽を共にした人物だ。自分が世間の反対でうまくいかないですみに押しやられていた時に、唯一背中を押してくれた人物を、そんなに淡白な関係でいられるであろうか。彼自身は『なぜかエオニアには忠義を感じない』ような気持ちになり、そして彼自身もただでさえ自分の犯した罪に関する罪悪感と見つめ合うのに必死であった。彼は合理的とはいえ、精神はもちろん人間だ。ヴァル・ファスクというのは今の皇国においての悪の象徴である。反逆者で大ウソつきで、自分のために平気でほかのものを切り捨てるような男だ。しかしそれは自分が人間であるという意識と、人間は誰しも自分のやりたいようにやるべきだ、その後責任を取ることを含めて。といった偏った考えのもとにあるのだ。今までのまるで誰かに強要されたかのような自分勝手な行動。それについて深く考えることはなかった。しかし自分がヴァル・ファスクだということを知って今までの自分を振り返り、自分のしてきた行動についてもう一度思考したのだ。その結果、彼は自分がいかに自分のやりたいようにやり責任を取らなかったのかを、強く自覚してしまったのである。「俺は、やりたいようにやった。自分ではそれに対して責任を取っていたつもりだった!! だがな!! よく考えれば俺は何もしていないんだ!! 」カマンベールはノアではなく、自分に向かってそう叫ぶ。彼にも色々思うところはあったのだ。しかしそれ以上にあまりにも彼は自分が格好悪く思えた。やりたいように事を好きなだけやり、自分の才能を鼻にかけ、そして挙句の果てには、戦争を自分の発明で有利に進めようとしている。しかし正体はヴァル・ファスクであって、主君を裏切った男でもある。まるで道化のような役柄だ。「……カマンベール、アンタ」「俺は……やらなくちゃいけない」そう言い残してカマンベールは自室に戻っていった。EDEN がおよそ400年ぶりに解放された。600年前のクロノクェイクが200年ほど続きその後すぐに占領されたのだ。そしてそれは、トランスバール皇国という、EDEN の子が独り立ちできるほど育つのに十分な時間であった。今後数百年以上語られていく。英雄が解放したスピーチおよび、その懐刀の突発的なヴァル・ファスクの解説。そんな歴史的なイベントが終わった直後から、トランスバール先端科学担当の3人は、ライブラリーに招待されていた。銀河全ての英知をそこに保管している。過去現在どころか、未来のものまで存在する。それがEDEN のライブラリーである。EDEN文明よりもはるかに進んだ文明の産物である。それこそ神々が作ったといっても信じざるを得ないようなものなのだ。そこは入口のスペースがプラネタリウムの客席の葉にドーム状になっている。しかし壁や天井全てに本棚のようなものと、実体のあるなしかかわりなく大量の本が格納されているのだ。真ん中の昇降機から数キロメートル下まで円柱状のこの建物の下部に行くことが可能だ。そしてその底の部分に操作用のコンソールが存在していた。「これを十全に使うことができるのは、ライブラリー管理者だけです。その管理者もあくまで索引機能などを参照できるだけです。本格的な調べ物をするならば、専用の訓練を受けたスタッフを手足のように使いながら、管理者の統率の下に動くべきでしょう……」「ですが、その管理者であるルシャーティさんは身柄を押さえられている……そういうわけですね」ルシャーティが説明をしている女性スタッフに対して、一応の確認をとる。ルシャーティという存在がいかにEDENにとってのジョーカーであったかというものの確認だ。ライブラリー管理者というのはそれだけで一種の信仰の対象になるのだ。「はい……一応スタッフのほうはそれなりの人数確保することはできますが……」「ノア? どうですか?」「……システム自体は使えなくないわ……黒き月や白き月のシステムもここを参考にしているから……でも良くて稼働率は5分、意味通りの5%ってところよ」ノアは目の前の機会をさわり点検しながらそう報告する。管理者となり旅立つ前に、この下に来たことはあるが、装置に触ったのは初めてである。そして精査の結果、使えなくはないという結論であったが、正直厳しものであった。「貸してみろ」「カマンベールさん……」ノアの横から手を伸ばして、コンソールに触れるカマンベール。先ほどまで無言であった彼がいきなり口を開いたことで案内役の女性や、スタッフの注目が彼に集まる。彼は目をつぶり集中し、自分のスイッチを切り替える。彼の能力を起動させるのは基本的にオートであり、ロストテクノロジーに触るだけで発動するのだ。それを意識的により深いところまで同調し、起源やら作った人物の意図といったものまで解析できる。今回はそのような情報は全く持って無駄なので、機能の解析に特化させる。「……ック……いや、大丈夫だ。俺でもある程度なら使うことができる。早速始めよう」「……本当に大丈夫なんでしょうね? 」「ああ、問題ない」カマンベールの体は、ヴァル・ファスクとしての能力を発動させる因子はない。しかし感覚としてはヴァル・ファスクが能力を発動させるのと酷似していた。彼の体にもしも、もう少しばかりの因子があれば、紅く発光し周囲の人間を驚かせていたであろう。カマンベールが管理者と同じように索引役を始めることで、何とかライブラリーの解析作業は始めることができた。目的はただ一つ。クロノクェイクボムについての対策だ。「あの、カマンベールさん。差し入れです……」「…………」「……ここに、置いておきますね」作業を始めて数時間経過した頃。ようやっと目的の時代の資料をまとめて発見した具合。外部からスタッフの交換要員が来ると同時に、現在作業中のスタッフに対しての差し入れが持ち込まれた。ノアやシャトヤーンもそれを片手に目の前のディスプレイに表示させたデータを読んでいる。しかしカマンベールはここ数時間一切の言葉すら発せずに、コンソールに手を当てたまま動かなかった。「あ、ありました!! ヴァル・ファスクについて書かれた項目!! 」「私のところにも回してちょうだい。カマンベールアンタはそのデータがあった書架を精査して」「……」「……カマンベール? 」特殊能力といっても結局は人間の領分である、銀河すべての英知を詰め込んだライブラリーの制御なんて、管理者にしかできることではない。そもそも管理者であっても、サポートをつけて数時間が限度なのだ。同じように数時間サポート付きで稼働させたカマンベールはとっくにオーバーワークであった。状態としてはESPの暴走に近い。自分でもう出力を絞ることができなくなってしまったのだ。反応がないことを不審に思ったノアがそれに思い当り、すぐに数人がかりでコンソールから引きはがす。「何馬鹿やってんのよ!! きついなら休憩挟む位しなさいよ!!」「ノア……その位に、すでに彼は意識がありません……急いで救護班を。あなたは彼に付き添ってあげてください。しばらくは既存のデータの精査だけですから」「……でも……いや、わかったわ。この馬鹿が起きたら文句を言うから、それまで頼んだわ」担架に乗せられ運ばれるカマンベールの横を併走しながら、ノアは昇降機に乗り込み、シャトヤーンたちにその場を任せたのであった。「…………っ」「ようやく、目が覚めた様ね」カマンベールが目を覚ますと、あまり目にしたことがないような豪華な天井と、視界の端に移る金色の髪であった。いつもより3割増しで不機嫌な顔をしているノアだと気付いたのは、およそ2秒あとの出来事であった。「ここは……? 」「EDEN首都の貴賓客用の部屋よ。しばらくここに滞在することになるわ。利用されるのは400年以上ぶりらしいけどね」「……そうだ、俺は」「黙りなさい。アンタね、倒れられるくらいなら、少し前に休憩を挟みながら長時間酷使するほうが使う方からしても都合良いのよ。わかる? 」「ああ、だが……いや、何を言っても言い訳だな」カマンベールは意味ありげに呟いて黙った。有体に言えばうざい。なんというか誘っているみたいである。ノアは小言をいったらもう気が済んだのか、その場を立ち去ろうとしている。「もう行くのか? }「ええ、アンタにはそのほうが効くでしょ? 身勝手に自分で責任を取ろうとしたヴァル・ファスクさん」「ああ、そうだな……」全て読まれていたようで、内心舌を巻いて肯定するカマンベール。自分を追い詰めたのは、結局今までの負い目からくるものであった。それは事実なのだが、ついでにそれを利用してみようと、意識が覚めてから思ったのだ。彼からすれば、先ほどまでの酷使ですでに贖罪は終わっているのだから。簡単に言うならば、責任感じて無茶している格好良い アピールだったわけだ。「アンタはね、どんなことにも真面目に取り組めてないのよ。研究だって、忠義だって、贖罪だって。私にもそうでしょ? }ノアの発言はもっともだ。カマンベールという男は、多くの方向に有能であり優秀な存在だ。そしてだからこそ、すべての方向のものにそれなりのも労力を割くだけで、十分な成果を出してしまっている。そして何より知恵が回ってしまう。その瞬間で最も自分が欲しい物がわかりその方法までわかるのだ。故に本気で取り組んでいない。今回だって罪悪感もあったし、責任感も自己嫌悪もした。それの解消に自らをコック視して銀河に貢献をした。それ自体を上手く利用すれば好きな女の関心を買えるから、すでにすっきりしているのに悔やんでいる自分を演じていた。どこまでも割り切れてしまうのだ。しかし、否定するところが一つだけある。「いや……ノア、君に関しては違うよ。俺の負けなんだから」「負け? どういうことよ」「最初から君には惚れていたんだ。そして今日まで一緒にいてわかった。俺は君が欲しい。いや君に欲しがられたい」「……あ、改めて言われると、その……」カマンベールは、中途半端であるが、ノアに関しては違った。彼女のことが欲しいと思ってしまった。彼女に欲しいと思われたくなった。それだけは彼の中で絶対の事実だ。そしてそのために自分の心残りや負い目をすべて清算していたのだ。それもあって他の行動が全力でなかった真面目ではなかった。「こっちに来てくれないか? 」「……なによ」不機嫌そうな顔を精一杯作りつつ、ノアはカマンベールに近づく。ベッドの上で上半身を起こしている彼は、手が触れる範囲に来たノアをそっと抱きしめて耳元でささやいた。「一緒になろう。俺たち二人で同じ所属にさ。好きだよ。ノア」「────っ!! わ、私も……嫌いじゃない……わ」「よかった、それじゃあ────」肩に乗せていた顔を離し向き合うと、そっとカマンベールはノアの小さな唇に自らのそれを重ね合わせた。この後二人は忙しい中時間を見つけてEDENの宝飾店に足を運ぶのはまた別のお話。「なあ、俺が言うのもアレだが……」「何? 」「俺でよかったのか? 中途半端な俺で」現在白き月はEDEN星系と、ヴァルヴァロス星系の間を航行している。決戦前夜というやつだ。「アンタね……散々やっておいて、自信無くすって本当……」「あきれてくれて結構だ、お前には勝てないからね、俺は」自分で本当に良かったのか、彼女が何よりもほしい、だれにも渡したくない。だが彼女はそれでよいのか? そんな気持ちがまたぐるぐる渦巻く、本当に中途半端な男であった。「私が面倒見てあげるわ」「え? 」ノアのその言葉に、カマンベールは一瞬思考を停止してしまう。彼は、ノアの呆れなた表情を浮かべながら、どこか頬が上気しているノアを見つめなおす。「アンタが果たせなかった、仕えるってことも、研究も、愛するってことも。全部アタシが受け止める」「ノア……」「アンタは、アタシのものよ。宙ぶらりんな二人同士、お似合いでしょ」「ああ……そうだな」二人はお互いの歪な存在を補完しあう。そんな関係でよいのだった。