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空を飛ぶハルマサの横で、ぽん、とビックリ箱が顔を出す。
『プレイヤーの皆様、お元気でしょうか! クエスト「プラチナ甲殻種の護衛」も残り12時間とあいなりまシタ! 当方、一度プレイヤーNo.54:佐藤・ハルマサの姿を見失いまシタが、定時報告の際に生存を確認! クエストを続行しマス! それでは、ご健闘をお祈りいたしておりマス!』
「ぉおおおおおおりゃああああああああああああ!」
ハルマサは、半分以上を聞き流し、さらに足裏から放出する魔力を強めた。
止め処なく血が魔力と噴出していく。
樹海はもう、眼と鼻の先だ。
【第二層 火山 最上の間】
エコーズとマリオネは長いこと時間をかけてぐねぐねとした通路を登り、時にはシェルターを張って休んだりしながら進んでいた。
「くそぅ、喉渇くな……。」
「君には計画性が欠けていると、ワタシは思う。」
「ああ、確かにそうだよ。オレが熱いからって水を飲み干しちまったんだもんな。これは罰だと思って頑張るぜ。」
「ふぁいと。ゴクゴク。」
「何飲んでんの!? ねぇ美味しそうに何飲んでんの!?」
「……水?」
「聞くなよ! お前さっき俺に渡したので全部じゃないの!?」
「袋の中にいっぱいある。あと一月は余裕でいけると、ワタシは思う。」
「こ、このヤロぉおおおおお!」
エコーズは済ました顔のマリオネを睨みつつ拳を震わせて、そしてガバッと地に頭を着けた。
「僕にお水恵んでくださぁいッ!」
「頼むにしては、頭が高い。そうワタシは思う。」
「今俺土下座しましたよね!?」
「もっとこう、シャチホコ的な誠意が欲しいと、ワタシは思いまして。」
「はーいはいはい分かったよ! これで良いんだろ、シャチホコ土下座ぁ―――――! よろしくお願いしまぁす!」
「……まさか本当にするとは……!」
「てんめェ――――――!」
ギャーギャーと(エコーズが)騒ぎつつ進んでいると、火山にそぐわない大きな両開きの扉に行き当たった。
「……開けるぞ。」
「(コクリ)」
一気に表情を引き締めて二人は扉を押し開ける。
扉を開けると、そこは下から上へと幾筋もの溶岩が遡る不思議な空間だった。
ゴォオオオオオオオオオオ! と溶岩の柱が立っているように見える。
空気が赤く染まるような、とてつもない熱さだ。
遡る溶岩流に囲まれるようにして、扁平で巨大な岩が赤い溶岩の上で浮島のように存在し、その中央に奇怪な生物が鎮座している。
―――――――ギォ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!
奇妙に二つ重なったような咆哮を発する魔物は、それもそのはず、頭が二つ付いているのだ。
左に赤い首に右に青い首。
赤い首は悪魔のようなねじくれた角を持ち、青い首は気品溢れるたてがみを持つ。
体長が20メートルを越え、体を包む赤い龍鱗はそれ自体が強大な熱を放っていた。
エコーズは溢れ出る汗を拭いつつ、呟く。
「おいおいおい、キメラかよ。」
「このダンジョンでは初めてと、ワタシは思う。」
最高神の作るダンジョンにはよく登場していた自然界にはあらざる生態。
獣と獣を無理矢理合一させたような外見は賛否が分かれ、しかし最高神はその両方の意見を無視し、好きなようにダンジョンを作ってきたのだ。
だが……
「キメラが出るのはもうちょっと下なんじゃねえのかよ?」
「さっきの獣と言い、このダンジョンは難易度が高過ぎると、ワタシは思う。」
「まぁどっちにしてもやるっきゃねぇんだが、よ!」
エコーズが言葉と共に投げつけた岩塊は、しかし、キメラの体に届く前に赤熱し、ぶつかると同時に脆く砕けた。
キメラはバサリと翼を打ち、翼の間から漏れたキラキラと輝く粉塵が、赤熱した岩に触れてバンと軽く爆発した。
――――――キォオオオオオオオオオオオ!
「半端じゃねぇな……!」
「全力で行くべきと、ワタシは思う。」
「そうだな。……二層はこいつで最後だしな!」
キメラが二つの口から巨大な蛇のような炎を吐き出し、マリオネが歩法で作り出した結界で防ぐ。
その上からエコーズが飛び掛り……2本あるキメラの尻尾に弾き飛ばされる。
死闘が始まった。
【第二層 樹海中央部】
ババコンガはふと何かを感じて空を見上げる。
空に出現した黒の一点は、やがて大きさを増し、人の形を作り、猛烈な勢いで飛来する。
「その手を離せェエエエエエエエエエエッ!」
ギュドオッ!
「突撃術」の赤い光に包まれたハルマサが、参上した勢いのままプラチナザザミを襲うババコンガを殴りつけた。
デスペナがあったとは言え、彼の筋力数値は17万。
突撃術によって50万にまで上昇し、その拳はババコンガを一撃で粉砕する。
(くっさ………!)
一瞬鼻が曲がるような悪臭が辺りを覆い、直ぐに特性「臭気排除」が働いて、ニオイが消える。
「そうだ! ギザミは……平気そうだね……。」
ザザミとギザミはコンビネーションによって、ババコンガと戦っており、戦いが終わると、周りを取り囲んで様子を伺っていた草食モンスターへと襲い掛かっていた。
「ギィイイイイイ!」
「ギュイ!」
捕獲されて食べられるケルビやマンモスのようなモンスター。
ここらには、もうこのカニたちの相手となるようなモンスターは居ないはず。
居るとしたら、北からやってくる金獅子と鎧竜。
南のゲリョスも危ないか。
だが、南には頼りになる火竜がいる。
僕は、北へ。
モンスターを倒す!
それに北には多分死んだ時に落としたであろう「収納袋」と骨もあると思うし。
道具を回収したハルマサが、強敵たちとぶつかったのは砂砂漠のさらに北、岩石砂漠と呼ばれる、岩れきがゴロゴロとして足場の確保が難しいところであった。
足の裏がじくじくと痛み、本気で踏む込む事を躊躇してしまった。本当ならもっと火山側で戦いを始められたのに。
「ォオオオオオオオオオオ!」
ハルマサが骨を振り下ろそうとした時、黄金の毛並みを持つ牙獣、ラージャンが13メートルの体躯を震わせて、咆哮した。
広げればハルマサの身長くらいあるような口から飛び出るのは、震え上がるような低音と、高音の入り混じる特異な声。
相変わらずハルマサの鼓膜は簡単に破けたが、ここで新たな特性を得た。
≪チャラチャンチャンチャンチャラチャーン! 一定期間内に一定回数以上同じ部位を失ったことにより、特性「欠損再生」を取得しました! いつもいつも同じところ直しては失い、直しては失い……いい加減にしなさい! このおバカ! この特性を受け取りなさい!≫
(なんか怒られた――――――! あと今ゾンビじゃないよねッ!)
□「欠損再生」
体の欠損部位を再生する身体機能。あなたの体はいつでも新品! もう中古とか言わせません! 直す時に持久力と魔力が減るので要チェックやで!
(口調がもうグチャグチャだ!)
最近聞かなかった桃ちゃんボイスだったけど、彼女は迷走しているのかもしれない。
何はともあれ、嬉しい特性である。
ギュン、と鼓膜が再生し音が戻る。桃色寄りではないようだ。
そのハルマサの前で、ラージャンは動いた。
「ゴァアアアアアアアアアア!」
(――――――――疾いッ!)
「回避眼」が出現してから攻撃が到達するまで瞬きほどの暇もない。
ハルマサが初見で攻撃を防御できたのは、ナルガクルガと戦った経験があるからだった。
―――――――ゴッ!
骨を斜めに構え、打ち降ろしの前足を横にずらす。
シュア―――と摩擦熱で骨の表面を火花が走り、足もとの地面が陥没する。
攻撃の衝撃が遅れてやってくる。体内に響く衝撃に、ハルマサの内臓が揺れ、微細な血管が断裂し、口に血の味が登ってくる。
「―――ォアッ!」
「―――――ふっ!」
ハルマサは「回避眼」により、次撃の横薙ぎの爪、さらにその次の雷の放射を察知し、のけぞるように後ろへ倒れこむ。
次の瞬間、ハルマサの前髪が爪に刈り取られ、さらに雷が襲い来る。
――――――バチィ!
雷光がハルマサを弾けさせ、髪が逆立ち、ジャージが一気に溶け落ちる。
しかし雷撃の大半は、骨をアースに地面へと走らせた!
「――――――――――ゴォアッ!」
「――――まだまだッ!」
即死さえ免れ、僅かにでもスキルを発動する余地さえあれば、ハルマサの敏捷は一気に引き上げられる。
ハルマサは後ろに跳ぶことで「撤退術」「撹乱術」を発動する。
ラージャンが敏捷32万を雷光で速度ブーストして96万。
対してハルマサの敏捷14万が、腕輪「メビウスリンゲージ」で約1.5倍され21万。
スキルが発動して約47万まで上昇する。
さらに着地の直後は「空中着地」の前身、「跳躍術」の効果でさらに敏捷が増加し、65万を越える。
そのような数値は知らないハルマサだったが、何となく感じ取ってはいる。
基本性能の差はかなり大きくて危ない場面ばかり。
だが、
「回避眼」「心眼」による未来予知にも似た行動選択。
決して折れない「セレーンの大腿骨」による「防御術」。
「身体制御」による衝撃吸収。
「戦術思考」による戦場の俯瞰。
さらに「魔法放出」で行動速度の上昇。
これらのに加え、防御に徹すればなんとか凌げる。
そうハルマサは感じていた。
しかし雷光を纏ったラージャンの攻撃は、防御の上からでも確実にハルマサにダメージを与える。
受け止めるたびに手は痺れ、膝が軋む。
雷光を「雷操作」で逸らす必要もある。
一時たりとも気が抜けない。
顔をしかめつつ、ハルマサは戦いを続けた。
一撃即殺の状況はスキル熟練度を引き上げる。
それだけでなく、ハルマサは自分の体の使い方を知り始めた。
これまでの経験が、死闘の中で育んだ感覚が、ようやく形になりつつあるのだ。
例えば、足の運び方。
「ゴァアアアアアアアアアア!」
「―――――ッ!」
迫る豪腕を見つつ、ハルマサはぐ、とつま先を踏み込んだ。
つま先がバネで、踵はブレーキ。
体重を乗せない動きなら、つま先で着地し、指先で跳べば良い。
素早い動きに踵はいらない。
それだけで数瞬、動きの初動が速くなる。「空中着地」の敏捷補正を、余すことなく活用できる!
ドォ!と地を蹴り、ギャギャギャ、と今までの数倍の動きでハルマサは動く。
金獅子の横薙ぎの一撃を、同じ方向に跳ぶことで避け、さらに回り込み――――――
「―――――だぁッ!」
初ヒットッ!
腰のひけた「突き」は、ラージャンの体をよろめかす事もない威力ではあったが、ついに隙を見つけ出すことが出来た。
脱力や、重心の移動。
戦闘の中で気付いたことは、ハルマサの血となり肉となり、相手を倒す矛となる。
≪……「突撃術」と「撹乱術」と「撤退術」と「空間着地」と「魔力放出」と「棒術」の熟練度が、あ、「舞踏術」もだ! あっちもこっちも熟練度が上がって上がって…ええ!? もうレベルアップ!? はわわわ! か、「撹乱術」の熟練度ぎゃッ! し、舌かんだよ――ッ!……≫
どうやらスキルもドンドン上がっているらしい。
「―――――ォォオオオオオオオオオオオッ!」
(これからだ……!)
ハルマサは轟音を立てる一撃を避けつつ、緊張で乾いた唇を舐めた。
<つづく>
シャチホコ土下座が分からない人はハマーさんのシャチホコ土下座を誰かにやってもらうと良い。感動するかも。
ステータスとスキルの成長っぷりは次回!