<84>
【第三層】
第三層入り口付近の森。
その空き地で、一人の少女が唸っていた。
「うーん。まいったなぁ……。」
ガシガシと後ろでひっつめにした髪の毛をかく。
少女の目の前に広がっているのは、20枚ほどのカードだった。
彼女はカードを睨みつつ、作戦を立て、しかし放棄する。
「あー! ダメや! 絶対無理!」
少女は森の上へと目を向ける。
そこに見えるのは巨体。
ゴジラとタメ張れるくらいの魔物に少女は思い当たるものがある。
ラオシャンロン。しかも体は若干蒼い。亜種だ。
なんでこんなのが入り口に居るのかと、少女は頭を抱える。
しかもどいてもらわない事には通れそうに無い。
「どうやって勝つのん? 勝てるわけないやん! 武器もほとんどボス戦で壊れてまうし……。」
第二層の終盤は、怒涛の連戦だったのだ。
期待していたポップも今はまだ使えない物だったし。
倒せるモンスターが居ないと新たな武器もポップしないので、現状は大変苦しいのだ。
手元に残っているのはレベル制限で使えないものだし。
強力なのになァ……。
そして死ねば、これらも全てが失われる。
代わりに全然使えない武器に変わるだろう。
ああ、デスペナなんて消えてしまえ。
「はぁ……。誰かお人よし来て、素材分けてくれへんかなぁ。無理やろなぁ。」
少女は寝転んで、叶うことのなさそうな願望をこぼす。
ぶつぶつと独り言を言ってしまうのは、やはり一人きりが続いて寂しいからだろうか。
ダンジョンに来てからの相棒も壊されてしまったし。
とにかく彼女の方針は、待ちの一手。
次来た奴に頼んでみよ、と彼女は眠りに入るのだった。
【第四層】
ビルが立ち並ぶ町並みの一角で、陰険な目つきをした女が悪態をついていた。
「聞いてない……聞いてないぞ……仲間が必要などと……!」
紙を持っている彼女の手がブルブルと震えている。
その紙には、この街から出るためにはプレイヤーのみで3人以上のパーティを組む必要がある、と書かれていた。
いつもはとことん無口だが、一人なら結構喋る彼女は、彼女ともう一匹しか居ない状況で、愚痴を繰り返す。
「ありえんだろう……ダンジョンに入る前に知らせるべきだ……金貨が居ることや、仲間が必要なことを入ってから知らされる、この絶望感をどうすれば良い……!」
神のクソ野郎が、と言葉に出さずに呟く。
言葉に出してはいけない。誰にも聞かれてはならない。
それがルールだ。彼女が力を失わないための。
いっそ死ぬか?
そして一層からやり直して……だめだ、またルールが増える。もう勘弁だ。
現在だって、毎日決まった時間に太陽に向かってお祈りをしなければならないし、髪も30cm以上伸ばせないし、おまけに魚が食べれなくなった。
ああ、お魚たべたい……。
とにかく八方塞がりとはこういうことか、と彼女は思うのだった。
「くぅ……。」
「カゲー!」
傍らで、チョウチョを追いかけるトカゲもどきを女は忌々しげに睨む。
ふりふりと振られるオレンジ色のトカゲもどきの尻尾の先では、小さな炎が揺れていた。
【執務室】
執務室で閻魔はポツリと呟いた。
「最近誰も戻って来ないな。」
「そういうこともあると思うッス。皆さん順調にクリアしてるんじゃないッスか?」
「ハルマサはそうかもしれんな。一層でも死んだのは最初のほうだけだった。だが、新しい階層に挑んだばかりの奴らが一度も死なないなんて事があるのか?」
「強くなってましたらあるかも知れませんよ。あと、2号さん。あと50メートルほど離れていただきたいのですけど。」
「そんなにこの部屋広くないんで無理ッス。」
閻魔が零した言葉に反応するのは、チャラい格好をした男と、清楚な格好をした女性だった。
2号、4号と呼ばれる、閻魔の配下だ。
ちなみに4号は2号に対して冷たい。
というか男性全般に対してかなり冷たい。2号はマシなほうだ。
彼女がまともなシステムを作るのは女性にだけで、2号が復職しなければハルマサが二層に挑むことも無かっただろう。
そんな彼女は、難しい顔をする。
「それにしても2号さんのシステムを組み込んだ……佐藤ハルマサさんでしたか。男性なのに良くぞ第二層まで。オスなのに。とても信じられません。」
「ハルマサ君の頑張りもあるッスけど、基本は真面目に作ったシステムッスから。」
「本当かしら。」
「ちょっとしかふざけてないッス。」
「そのふざけた部分が酷すぎるぞ。桃色特性とはな。」
「効力は低いんスけどねぇ。」
閻魔がため息を零す。
恋愛の神から昨日もその件で小言を言われたのだ。
あいつもいい加減張り倒してしまおうか。
「ダンジョンの中だけッスから大丈夫かと思ったんスけどね。基本治外法権らしいッスから。」
「ダンジョンの中だけならそうでしょう。責任は全て最高神に行きますから。」
「まぁ現世に行かせたのは私が浅はかだったかも知れん。ハルマサも迂闊だった。そう思えば、貴様への罰は重いな。」
2号が失ったのは、神になる道への挑戦権。折角折り返し地点まで行っていたと言うのに。
厳しすぎる罰だ。これもほとんどの罪を自分から被った結果だった。
「そうでもないッスけど。オレっちは神とかどうでもいいんで。挑戦したのも何となくッスから。」
「まぁ。」
「……あまり往来でそのようなことを言うなよ。神であるという事にプライドを持つ輩も多いからな。」
閻魔はまたため息をつく。
個性的な部下が多いことは良いことだ。
退屈がまぎれる。
ただ、最近苦労がな……と少し滅入ってきている閻魔だった。
その手は自然と、膝の上においていたアイルーのぬいぐるみを撫でている。
「あ、そういえば、終わったッスよ。ハルマサ君の剣の修繕。」
「ほぅ。」
「あら、2号さんが手を加えたのなら、きっと他にも色々したのでは?」
嫌味たらしく4号が言うが、2号はむしろ、当たり前だと胸を張る。
「魂が素材だったんでちょっと興奮したんッス。持ったら髪が伸びるようにしてやったッス。」
「まぁ! 獣の槍ね!」
感動したように腕を組む4号。閻魔は全く分からない。
「他にも色々と改造したんで、ハルマサ君のリアクションが楽しみッス。」
「まぁ………程々にな。」
ハルマサも苦労が絶えないな、と閻魔は思うのだった。
【第二層】
「あ、お兄さん! いらっしゃい!」
「……うん。君は何時も元気そうだね。」
「えへん! ……そうだ!今日はお客さんが来てるよ!」
「へぇー。」
眠ると、またこの変な世界に来ていた。
すねにぽよんぽよんと体当たりを繰り返してくるひまわりを見つつ、ハルマサは疑問を口にする。
「ねぇ、ナレーションって君が?」
「そうだよ! このAIひまわりの仕事だよ!」
葉っぱで胸辺りの茎を叩きつつAIひまわりは誇らしそうに言った。
ちなみにAIサクラは別人格のようなものらしい。
他の人格にAI桃ちゃんが居るとか。
そいつだッ! とハルマサは犯人を確信した。
もちろん桃色ナレーションの犯人である。
「あ、お客さん! こっちこっち!」
「お客さん?」
「は、ハルマサか?」
AIひまわりがぴょんぴょん跳びはねるのを見ていると、後ろから聞き覚えのある声がした。
「その声は! …………誰?」
「こ、この姿を見ても分からんのか!?」
わかりません。
振り向いたハルマサはそう言おうとした。
何故なら、目の前に居るのは、薬局の前に立っているカエルだったからだ。
またマネキンか。とハルマサは思った。
赤い「+」が入ったナース帽を被っており、スカートも履いている。
一応メスのカエルらしい。
カエルの視線はマネキンらしく斜め上で固定されていた。
もちろん表情も固定されている。
一見すると、妖怪だ。
だが、ハルマサはその声に、とても聞き覚えがあったのだ。
「………カロンちゃん?」
「ふんッ! 女神と呼べぃ!」
嬉しそうな声で、カエルの外装を纏ったカロンちゃんは腕組みして言った。
マネキンが滑らかに動くのって少し怖いね。
「カロンちゃんってカエルなの?」
とても意外!
「違うわ――――! これは仮の姿じゃ! もっと我は美しい! あ、それほどでもないッ!」
どっち。
とにかくカエルじゃなくて良かった。
「アヴァリアートの奴が貴様に会ったと言うでな。我も来てやったぞ!」
ここって簡単に来れるのだろうか。というかカロンちゃんは暇なのだろうか。
「アヴァ……誰?」
「む? 古月の……いや言うても知らぬか。ならば、そうじゃな。恐らくは奴は盾の精霊と名乗ったであろうな。」
「ああ、カーネルおじさんか。」
「カーネル? 軍隊の知り合いでもおるのか?」
カエルと話していると凄い違和感がある。
視線が斜め上だし。
外装があるから惑わされるんだな。
心の目で見れば良いんだ。
ここはなんでかスキルも発動しないから「空間把握」もないし。
「……なんで眼を瞑っておるのじゃ?」
「カロンちゃんの声が綺麗だからさ! 必死に聞き取ろうとしているんだよッ!」
「そ、そうか。」
嘘ですゴメン。
カロンちゃんが常に斜め上を見ながら喋る人に思えてきちゃって。
でも、声だけ聞いてると、なんだか姿が浮かんできそう。
こう、黒髪で、背が低くて。
あと、貧乳。
ダメだ! 想像じゃ限界が有る! 姿見てぇー!
「あとどれくらい精神力上げたらカロンちゃんと向き合えるかなぁ……。」
この空間ででも、向き合えたら最高なのに。
「さぁの。ただ、普通の人間には声だけで失神するものもおる。こうして仮の姿とは言え我と向き合い、話せるだけでもそれなりじゃの。あと一歩といったところか。」
なんということだ! 早く強くならなきゃ!
「ぬぁああ! 君の姿を、見たいッ!」
「と、突然なんじゃ……恥ずかしい奴め。」
そういいつつ微妙に顔を逸らしているのはなんでなんだいカロンちゃん!
またの、と言ってカロンちゃんは去り、辺りは静かになる。
気付けば足元のひまわりは寝ていた。
スピョスピョと寝息をたて、やっぱり鼻ちょうちんを出している。
突付いて割ってみたがひまわりは起きなかった。
すぐに第二弾の鼻ちょうちんが出現した。
(……ハッ!)
頭痛がする。
夢でカエルに会ったような、そうでないような。
なんか良いことあったような、そうでもないような。
まぁ早く強くならなくちゃいけない気がするね!
そんな僕の前に、突然、ぼわん、と虚空から立方体が現れる。
あの、クエスト開始を知らせてきた奴だ。
今度も前と同様、蓋が開いて中から大きな顔が飛び出してくる。
びよん、びよん、と揺れていた頭はやがて不自然に停止すると、口のギミックをカクカク動かしつつ、喋りだす。
『プレイヤーの皆さんダンジョンをお楽しみでしょうカ! 定時報告の時間デス! クエスト「うお、カニ合戦」より24時間が経過しまシタ! 現在、最も多く魚竜種を倒したプレイヤーは プレイヤーNo.49:エコーズ・サムマリ デス! 記録は 二体 デス!』
お、意外と少ない! もしかしたら、僕にもまだアイテムゲットのチャンスがあるかも!
ハルマサが喜んでいると、ビックリ箱は続ける。
『また、味方とする陣営、魔物:甲殻種 の個体数が50%以上減少したことにより、敵対する陣営、魔物:魚竜種 が強化されマス! 敵陣営の魔物が自己進化を遂げ、魔物:ガレオス は魔物:ドスガレオス に、魔物:ドスガレオスは魔物:ガレオスキングに、なりまシタ! 魔物:ガノトトスの数が―――――
な、なんだって――――!
驚くハルマサをよそにビックリ箱の声は続いていた――――。
<つづく>
>1Jは1N(ニュートン)の力で1m押し込んだ時の仕事量ですね。
ありがとうございます。無知で申し訳ないです。きっとみんなこう思ったことでしょう。ググレや、と。
>「ときをこえろ そらをかけろ」のほうがいいかも
ありがとう窓さん。アトムの歌がうろ覚えだったことが露見しましたね。
>月歩って何?
ワンピースで出てくる六式と呼ばれる超人体技のひとつです。空中を蹴って移動するとか無茶なことをわりと軽くやってくれています。
>笹さん
ひwどwいwwwww
響鬼が俄然見たくなりますな。誰か時間くれぇ―――!
>【sm7991081】で検索してヒットするニコニコ動画の『8:58~』
なんか出たwww
リアルに見せられると効きますね!
>今回の更新で作品内に新しい風が吹き始めた!
書くのが苦しくなってきたので、作者が作品に飽きないように新要素を投入しました。テコ入れですね。
>「肩の後ろの2本のゴボウの(ry
懐かしいwあれと同じことをやっていたのかと指摘されて気が付きましたね。
サラッとパクッている自分が怖い。
>ヘルシングですねわかります
完全に意識しちゃいましたね。夢といえばあれだろう、と。
>同日更新の分は1つにまとめてはどうでしょう?
まとめてみたんだぜ。
分けていたことにいろいろ理由はありましたが、些細なことなので割愛。
問題ないようでしたらこれからもこれでいきます。
>相変わらず作者様はハルマサ君が嫌いなようです。
彼が調子に乗り出すとつい。
>リオレウスを人化させて、うほっ!
しないよ! 絶対しないんだからぁ―――!
>ドラゴンナイト・・・・現世に連れて行けば嫁じゃね?
破壊されちゃうよ! 災害的に!