<33>
ハルマサは、焦っていた。
(モンスターが足りない!)
森丘中を回っても、ランポスは3匹しかいなかった。
通りすがりに、アプトノスを倒しているが、アプトノスに至っては、経験値はたったの1。
(あと、たったの2でレベルが上がるのに!)
やがてアプトノスの気配も絶え、ハルマサは歯噛みする。
クシャルダオラは、今この瞬間に動き出してもおかしくない。
くそう、早くリポップしろ! …………リポップ?
(異常に早くリポップする奴がいたじゃないか!)
僕を何度も何度も殺してくれた最速のブタが!
あいつのレベルは……4?5?
まぁ3ではなかったと思う。
だから、いずれにしても経験値は貰えるだろう。
(よし! 急げ!)
ハルマサは走りだした。
いまだ、クシャルダオラは雪山の頂上にいた。
彼はこの階層の最終関門。
渦巻く暴風の守護龍は、最も高き頂きにて地上を睥睨し、挑戦者を待つ。
「聞き耳」によって獲物を見つけ出したハルマサは、猛然と迫り、通り抜けざまに一閃。まさに鎧袖一触。
モスに何もさせないまま、速やかにその命を絶った。
(あと1!)
ハルマサの見ている前で、立ち上るもや。
もやが形を作る前にハルマサは近寄り、ソウルオブキャットを振り下ろす。
ズン、と地面にめり込む漆黒の刃は、生まれたばかりのブタを両断していた。
今や全力で剣を振れば、スキルや特技によるプラスや補正が無くとも、容易く地を割るハルマサである。
耐久力が1しかないモスは、彼にとって豆腐と同じであった。
≪チャラチャラチャーチャッチャー! 魔物を撃退したことにより、経験値を1取得しました。レベルが上がりました。全ステータスにボーナスが付きます。≫
今回のレベルアップボーナスは640。
加速度的に取得ボーナスは大きくなっている。
ステータスで確認すれば、持久力・魔力・筋力・器用さが2000ポイントを越え、敏捷などは4000ポイントに届こうとしている。
これで、何とか戦えるだろうか。
……分からない。敵の強さは霞の向こうにあるように見通す事が出来ない。
ならば、「観察眼」の熟練度を上げて、強さを確認してから行くのか?
そんな悠長なことをしている暇があれば良いけど。
フゥ、と息をつく。
とりあえず「観察眼」を発動させつつ、辺りを見渡す。
熟練度はほとんどと言って良いほど上昇しない。
五分で、1上がるか否か。
ハルマサのレベルが9に上がる時、必要とした経験値は1000を越える。
スキルのレベルアップがほぼ同じ形式であることを鑑みれば、一日かけても200程度しか上がらない現状、レベル11のクシャルダオラを「観察」することはいつまで経っても無理だ。
(何時までもウダウダ言ってられないね!)
ハルマサは魂の剣を背中に背負うと、密林の地を蹴り、駆け出した。
――――――敵が接近しているッ!
守護者は、その長大な体を歓喜に震わせる。
守護龍の目は千里を見通す眼球でできている。
その目に映る、小さく、しかし疾い生き物。
草の短い土地を走る魔物ではない『強者』を認め、龍はゴォオと風を吸う。
そして放たれる無色のブレス。
額に生える角を起点として風を制御するこの龍にとって、風の制御は呼吸よりたやすい。
その吐息は何処までも、拡散せずに届くのだ。
龍の口から放たれる圧縮された風の奔流は、わずかな時間で大陸の空を渡り、ハルマサへと襲い掛かった。
森丘を走っていたハルマサは目を疑った。
煌く視界。この光景は疑うべくも無い「回避眼」が発動したモノだ。
だが、視界を占める攻撃予知範囲の広さが異常。
見渡す限り全て攻撃範囲。前後左右、上空も!
そして攻撃距離も異常。
攻撃元は、雪山にいる!
(な!? 30キロあるのにッ! ふざけてるッ!)
膨大な風が周囲の空気を飲み込みつつ、迫る。こんなの、出来ることは一つしかない。
ハルマサは、攻撃範囲を離脱しようと左に飛びつつ、思考で「神降ろし」を発動する。
(女神さん! 何とかしてくださいッ!)
ズギャーン! 風の奔流に勝る高速で、緑の女神が身に宿る。
【また斯様な状況か。まったく貴様は退屈させんの。しかしまた10秒しかもたんぞ?】
(く、その時間内に攻撃範囲を離脱します!)
ヒィン! と体が、濃い緑色に包まれる。ドドブランゴ戦で命を救ってくれた、周囲の植物に優しくないバリアーだ。
【ふむ、まぁ場所を移ればもう少しは持つからの。精々足掻くが良い、人間。】
直後、風の奔流が地を抉り、ハルマサを枯葉のように吹き飛ばす。
(じょ、冗談じゃない!)
ハルマサと一緒に巻き上げられた、土つきの大木が、何かで――――――恐らく圧縮されて生じた真空刃で真っ二つになる。
何とか「身体制御」「空中着地」で態勢を立て直そうとするハルマサ。
だが、永遠に続くと思われるような風の奔流、その内部で断続的に発生する真空の刃がバリアーの上からハルマサの体を翻弄する。
もしバリアーが無かったら、すでにハルマサは細切れだ。そう、隣に浮かぶ元大木、現木片のように。
木片は直ぐにすりつぶされて塵になった。
【あと5秒じゃ。】
(く…………ッ!)
地上数十メートルに巻き上げられたハルマサは突風に舞う木の葉のように、振り回される。
耳は絶えずビョウビョウと荒れ狂う風の音に占有され、視界はあちらこちらへと揺らされる。
その時、必死すぎて気付いていなかったナレーションを、偶然認識した。
結果的に言うと――――――それはハルマサの命を救う。
≪「風操作」の熟練度が698.0を越えました。レベルが上がりました。熟練に伴い器用さに――――――≫
操作系のスキルは、その系統の攻撃に晒されることで習得できる。
先ほどから足掻きまくっていて、聞こえるファンファーレは「空中着地」「身体制御」「空間把握」など既存のものだとばかり、ハルマサは思っていた。
だいたい、連続で鳴り過ぎて、しかも重なって鳴るものだから違う曲にすら聞こえるのだ。
だが、操作系スキルの習得条件を楽勝で満たす現状下ゆえ、何時の間にか「風操作」を習得していたらしい。
(しかも熟練度700!?)
この状況が、どれだけシステムに危機的状況だと認識されているのかよく分かる。
10秒以下でそんなに上がるとか。
つまりバリアーが無ければ一瞬で死ぬような状況なのだ。
(って別に今までと大して変わらないね。すぐ死ぬ状況っていうの。)
そう思うと余裕すら出てくる。
ハッハッハー! 違うスキルすら発動させて、熟練度を稼いでやるぜー!
【あと二秒……一秒……終わりじゃ。……じゃあの。死んでも達者でな。】
(ああ!? 調子乗ってる場合じゃなかったぁああああああああああ! か、「風操作」ぁああああああああ!)
明らかにこれから死ぬと見なしている女神が、ハルマサの体から出て行くその瞬間、ハルマサは体から魔力を放射する。
頭に描くのはハルマサの体を包み込む球形。
風を弾く魔力の結界だ。
(うぉおおおおおおおおお!)
前に掲げた腕から前に向かって進み、ある一点で放射状に広がる透明な波動―――魔力はそのまま弧を描きハルマサの体の後ろまで包み込む。
当たり前だが、「雷操作」の時とは消費魔力の桁が違う。
体から一瞬ごとに大量に減って行く何か―――すまわち魔力に、ハルマサは顔を青くする。
さらに「風操作」を使っている状況でも、濁流に飲み込まれた空き缶状態は変わらない。
このままでは直ぐに―――
その状況から救ってくれたのもまたスキルだった。
≪「魔法放射」の熟練度が1507.0を越えました。レベルが上がりました。熟練度上昇に伴い魔力に―――――≫
何時の間にか体中から魔力を出せるようになっていた。
何時の間にか魔力を効率的に使用し、循環させることさえ出来始めていた。
何時の間にか――――――熟練度上昇で魔力がアホみたいな数値になっていたッ!
この、いい加減長すぎだろうと叫びたくなるほど途切れない風の奔流は、既にハルマサにとってそよ風と何ら変わりないものになったのだ。
(お前は、僕に時間を与えすぎたんだッ!)
前後左右上下から来る真空刃を「風操作」で体の後ろ側に逸らし、その反動を利用して前に進みすらする。
吹き飛んでくる木の破片も「魔力放出」で柔らかく跳ね返す。
雪山との境まで進んでいたはずが、風によって森丘の端から端まで吹き飛ばされて密林の近くまで移動させられていた。
だが、これなら直ぐに距離を詰めることが出来るだろう。
ハルマサは、鯉の滝登りの如く、驚異的な速度で奔流の中を登っていくのだった。
その先にいるのはもちろん――――――クシャルダオラ。
<つづく>
佐藤ハルマサ(18♂)
レベル:8 →9 ……レベルアップボーナスは640
耐久力:1005→1645
持久力:1734→2374
魔力 :1894→7056
筋力 :1641→2283
敏捷 :3175→7795
器用さ:1851→7735
精神力:2248→4455
経験値:2548→2558 あと2560
変動スキル
両手剣術Lv7:872→874
身体制御Lv9:721→4459 ……Level up!
空中着地Lv8:874→2116 ……Level up!
風操作Lv9 :0 →4244 ……New! Level up!
魔法放出Lv9:266→4738 ……Level up!
神降ろしLv8 :982→2087 ……Level up!
戦術思考Lv7:411→873 ……Level up!
回避眼Lv8 :729→1609 ……Level up!
観察眼Lv7 :487→973 ……Level up!
鷹の目Lv8 :276→1871 ……Level up!
的中術Lv7 :637→638
空間把握Lv7:575→1055 ……Level up!
<あとがき>
ハルマサ君がピンチになったかと思ったら、全然そんなことは無かった。
レベルが2つ上の敵から即死攻撃をくらい続けたらこんなことになってしまったんだぜ。
<34>
龍は5分間ほど風を吐き続け、その結果を見て満足する。龍の風を受けても、挑戦者は生き残ったのだ。
久々に歯応えのある敵だ。
胸の内に湧くのは歓喜。
「キュォオオオオオオオオオオオオオオッ!」
守護者は、人の頭ほどもある牙が生え揃う口を開け、咆哮する。
雪山はブルリと振るえ、雪崩が巻き起こる。
空中遊泳楽しー!
風操れるとか、クシャ戦余裕じゃなーい?
熟練度アップのボーナスでなんだか体も異常に軽いしね!
よーし!このままクシャのいる山にとッつげきだぜぇー!
とか思っていた過去の僕を殴りたい。
(み、耳が……!)
足に力が入らない。立っていられず、ハルマサは蹲っていた。
この状況になる数秒前。
雪を散らしながら走り、クシャルダオラの座す山の麓に達した時。
空を引き裂くような咆哮が聞こえたのだ。
(これはクシャの!? う・ぁ・あ・あああああああああああああ!)
脳をかき回されるような痛みが、耳から侵入してくる。いや、これは音だ。
ビリビリと雪山を揺らし、雪崩すら誘発させるような暴力的な咆哮だ。
瞬時に耳を手で覆ったが、音は容易く手の平を貫通し、パン、とハルマサの耳から血が吹き出る。
「聞き耳」が強力になった代償が、今払われた。
鼓膜を破壊されたハルマサは前後不覚に陥ったいた。
モンスターの咆哮―――攻撃としての咆哮を初めて受けたのも災いした。
そうでなければ、何らかの対策を取れたのに。
通じるかどうかは別にして。
鼓膜の破れた耳では、ズ―――……と一定の低い音しか聞こえない。
痺れたように思考がまとまらなかった。
音の無い奇妙な光景の中、雪山の上から雪の大波が押し寄せてくる。
まるでテレビの中のような。
現実感の無いハルマサは対策を打つという選択肢すら浮かばなかった。
彼の体は、あっけなく雪に呑まれた。
ォオオオオ…………
一面の雪原と成り果てた雪山の麓で、ハルマサは戸惑っていた。
(ど、どっちが上!?)
視界いっぱいまっ白で、どうやら雪に閉じ込められている。
ハルマサが超人的な耐久力を持っていなかったら、死んでいただろう。
耐久力は半分ほどになっているが、これはどちらかと言うと龍の咆哮のせいである。
口の中にも雪が入っており、それを飲み下しながらハルマサは混乱していた。
……このままだと酸素なくなるんじゃない!?
って言うか音聞こえないんだけど、これって何も音がしてないの?
それとも鼓膜がイかれてるの!?(鼓膜がイかれて周囲が無音です)
そ、そうだ!困った時には頼れるあの人!
(助けて女神えも――――――ん!)
【誰が女神えもんかッ!……また珍妙な状況じゃな。たまには何でもないところで呼んでも良いと思うのじゃが。】
バビュンと参上してくれた女神様は、不満そうに言ってくる。ちなみに頭の中で会話しているので、耳が潰れていても関係ない。
【それにしても……よく生きて追ったのぅ。確実に逝ったと思ったのじゃが。】
(ふふふ、まぁね! 何時までも君におんぶに抱っこじゃないってことかな!)
【ふ、生意気な口を。まぁ近くに弱っっちいが図体の大きな魔物も居るようじゃし、その言葉が嘘でないか見せてもらうとしようかの。】
気安く話しかけてしまったが、結構好意的な反応である。
嬉しくなる。
ていうかあのレベルの魔物って弱いんだ。驚きだね。
それにしても耳が痛い。女神の少女を憑依させたことで、オートドレイン(植物限定)が発動して回復するはずなのに全然痛みが引いていかないような……?
(女神ちゃん。耳治らないの?)
【ちゃ、ちゃんづけじゃとぉおお!? 貴様……、ま、まぁよい! 特別に許してやる!】
(あ、うん。ありがとう。じゃなくて、耳が痛いから何とかできない?)
うむ。と頭の中で、頷いている気配がする。
【植物がないから無理じゃな。】
ダメなのか!
(女神ちゃん……植物ないと何も出来ないの?)
【う……】
「う?」
【うるさいわ―――――――――ッ! 我は役立たずなんぞではないのじゃッ!】
突然怒り出してしまった。何か気にしている事があるのだろうか。
【凄いんじゃぞ!? 我はかなり凄いんじゃぞ!?】
(うん。そうだね。なんかゴメン。)
とりあえず、女神ちゃんは置いといて、何とかしようと、手を動かす。
なんか今向いてる方が上っぽいね。
ふん! ……お、結構簡単に動けるな。かなり重いと思っていたんだけど。そういえば筋力も高いんだった。
【き、聞いておらぬな!? 良いだろう見せてくれる! 腰を抜かすな……】
(え!? 何か嫌な予感がするよ女神ちゃん! 聞いてる!?)
女神ちゃんは僕の声を無視して叫ぶ。凄い嫌な予感がするけど、雪のせいで直ぐには動けない!
【『――――――』ッ!】
高音すぎて聞き取れない言葉を女神ちゃんが叫ぶ。
体の下から、ミシミシと嫌な音が聞こえ、次の瞬間。
ボゴォオオオオオオオ!
体の下から硬いものが出て、体が上へと突上げられる。
「あぶぶぶぶb……!」
雪が、雪が鼻に! 口に! そして目が――――――ッ!
雪の層を突きぬけ、飛び出した先は、ピーカンのお天気な空だった。
「わぁ……良い天気……」
相変わらず何も聞こえないし、やたら体が痛いけど、僕はとても良い気分だ。
なんか、空中に放り出される感覚って病み付きになるんだよね。この開放感!
ハルマサは空中でゆるい速度で回転しながら放物線を描き、落下する。そして雪に突き刺さった。
「オウフ!」
後頭部から……だと……。
僕が丈夫じゃなければ死んでいる……! 「空中着地」はもう使い切っちゃってるからどうにも出来なかった。
【どうじゃ!】
頭の中で元気な声が響いたので、奇妙なオブジェ状態になっていた体を腕の力で引き抜いて、さっき飛び出してきたところを見る。
大木が生えていた。いや、巨木か?
(え? あんなの生えてなかった……もしかして、女神ちゃん?)
【そうじゃ! 我は、実技の試験ではいつも一番なのじゃ!】
非常に気になる物言いがあったが、とりあえずスルーして、雪原に突き立つ巨大な樹木を見る。
いくつもの木が寄り集まり、無理やり絡まって上空へと伸びたような……桂の木を思い浮かべてしまった。
規模は全然違うけど。
なんというか……
(世界樹?)
【おお、よく分かったのぅ! 貴様の体力を呼び水に召喚してやったわ! まぁ貴様の体力がゴミみたいに少なかったゆえあの程度じゃがな。】
(へ、へぇええ……凄いね。)
【そうじゃろう、そうじゃろう! もっと褒めろ!】
そうか。体が痛いのはそのせいだったんだね。
800くらいあった耐久力がもう23しか残ってないよ。明らかにやりすぎです女神さん。
【そういえば、耳が聞こえんのか知らんが、後ろから魔物が来ておるのに気付いておるか?】
(―――――え?)
女神様の言葉と同時、空間把握に感じる風の乱流。
雪を身に纏う風で巻き上げつつ、ノシノシと歩いてくるのは鈍色の龍だった。
改めて近くにいると威圧感が凄い。
40メートルほどに接近した、金属質な外皮を持つ龍が翼を広げて顎を開く。
「―――――――――――――!!!!」
なんか咆哮してるみたいだけど、顔とかにビリビリ来るだけで何を言っているのか分からない。
耳が聞こえないと困ることも多そうだけど、今はこれで良いかなァ。
【我はあと2分ほどしか居れん。その間に倒してみよ!】
女神様がわりと無茶なことを言っているのを聞き流しつつ、僕はソウルオブキャットを構えながら、クシャルダオラと対峙するのだった。
<つづく>
現在のダメージッぷり。
耐久力: 23/1645
持久力:2374/2374
魔力 :3411/7056(減少中)
インフレ過ぎて誰もついてこれないのではと思いつつ。
次の話をどうぞ。
<35>
いやぁ、音が聞こえないと変な感じだね。
クシャルダオラが僕の体より太くて長い腕を振り下ろして、雪原を盛大に掘り返しても、何も聞こえないよ。
僕はといえば、スキル発動してクシャより速く動けているから結構余裕です。
こうして対峙しているだけで、またスキルがチャランチャラン上がっているし。
相変わらず耐久力は低いけど。
でも、クシャルダオラって風を纏わせて攻撃範囲を増やしたり、風を使って早く動いたり、風を使って範囲攻撃をしてきたりと、風しか使ってないのに、かなり厄介です。
近寄れないんだ。
現在進行形で「風操作」を使って体を守っているんだけど、かなりの量の魔力を常時噴出さないとクシャが叩きつけてくる風を裁けない。
拮抗しても気を付けないと風にもみくちゃにされて吹っ飛ばされそうなんだよ。
しかも近寄るにつれて風の勢いが強くなって、剣で攻撃するなんてとてもとても。
敵のリーチってこちらの10倍くらいあるし。
近づく前に、風で動きの鈍った僕を、クシャルダオラが叩き潰すだろうね。
その内スキルが上がっていけるようになるかもしれないけど、2分以内はちょっと無理かも……
【なんじゃ。大口を叩いた割にはその程度か。失望したわぃ。】
と思ったけど、そんなことはないんだよ!
女の子に罵られる僕はもう死んだ!
ソウルオブキャットに誇れる男は、女の子に罵られたりはしない! 僕はやるよヨシムネ!
(いや、ここからが本番だよ! 奥の手の一つ!「天罰招来」を使う! ……あのモンスターに天罰をッ!)
「天罰」の精霊さん僕のこと嫌いっぽいからあんまり使いたくないんだけどね。
この状況を何とかできるのは彼だけなんだよ。
ちなみに奥の手のもう一つは「暗殺術」によるステルスアタック。
でもこの状況では、もみくちゃにされて持久力切れて終了です。
「天罰」の精霊は、こちらの声に反応した。
【ことわるぅううううううう!】
野太い声で帰ってくるのはやはり否定。
まぁそうですよね。さぁてやっぱり僕を経由して――――――
【おんどれぇええ! 断るとはどういう事じゃぁアああああああああ!】
「雷操作」のコンボでいこうと思ったら女神ちゃんがかなり口悪くキレた。
【え、な、何でカロンさんがそこに居るんッスか――――――!?】
【そんなことはどうでも良いじゃろうが! それより、ハルマサの頼みを断るとはどういうことじゃと聞いておるのじゃ!】
(いや、そんな女神ちゃん。別に僕は―――――)
【はぁあ!? 女神ィ!? カロンさんが女神だとぉ!? てめぇふざけんなよ!? カロンさんはなァ―――――】
【だまれぇええええッ! ハスタァ、貴様それ以上言うとどうなるか分かっとるんじゃろうなァ!?】
【ヒィ!】
頭の中でコントみたいな事が起こっている。
女神ちゃんってカロンって言う名前なんだ。今度からカロンちゃんって呼ぼうかな。
【――――――分かったか! 貴様は願われたことを黙って叶えておればよいのじゃッ!】
【はい、それはもう。誠心誠意やらせて頂きますッ!】
なんか話が纏まったみたいだ。
「天罰」の精霊、ハスターさんだっけ。立場が低い人っぽくて、逆らえない気持ちは良く分かる。
共感しちゃうなァ。
「―――――――!」
「と!」
クシャルダオラの尻尾が雪面を叩いて、また爆発させる。
舞い上がった雪は風で吹き暴れ、雲もないのに暴風雪状態だ。
尻尾長すぎ! 攻撃範囲の広さがふざけてる!
クシャルダオラから、一足飛びで距離をとった僕の頭に咳払いが響く。
【う、オホン! それでは、ゆくぞぉおおおおおおおおおおッ!】
(あ、よろしくお願いします。)
【ぬぅうおおおおおおおおおお!】
野太い唸り声と共に、天が突如として暗くなる。
何もない空に染み出してくるように雲が出来、雷光が雲間を走る。
【天ばt――――――】
「―――――――――――!」
今まさに雷が落ちようとした時、クシャルダオラが空に向かって風を吐く。
流石はボス。
異変を感じて潰しにきたか。
雲に大きく穴が開き、電撃は空中に拡散していこうとする。
【なにやっとんじゃい! しっかりせんか!】
【いや、でもあれは仕方ないって言いますか――――――】
(それなら――――――)
僕はクシャルダオラに向かって走っていく。
(僕がひきつけている間にお願い!)
【お主……ふッ…。よかろぉおおおおおお!】
僕のときだけ声を変えて応じてくるハスターに、僕は苦笑しつつ、雪面を疾走する。
倒すことは出来ないけど、足を止めるくらいなら!
雪を蹴り、走る。
本来なら、脚は容易く雪を踏み抜くが、足を下ろすあまりの速度に、雪は鋼のような感触を返す。水の上を走れるあの原理だね!
「だぁりゃぁあああああああ!」
「風操作」を覚えてから良いことはたくさんあったが、一番嬉しいのは本気で走ってもダメージを食らわなくなったことである。
自分から空気にぶつかって自爆していたため今まで「風操作」を覚えることはできなかったが、覚えた今なら風の通り道を示してやれる。
すなわち空気を掻き分け走る事が出来る!逆に真空状態を利用して速く走ることすら可能だ!
クシャルダオラの動きを上回る最高速度で、一気に距離を詰める。
「突撃術」が発動し、体が青く発光する。
空気の壁をいくつも破り、体は加速。
その姿は霞み、0.001秒以下というインフレのし過ぎな時間で二者の間を0にし、そのままの速度でハルマサはクシャルダオラに突っ込む!
ガ、キン!
渾身の力で振り下ろした剣は暴風のせいで勢いを削られて、しかしそのクシャルダオラの頭の鱗を叩き割る。
そのような感触を手に持った。
でもやはり硬い。見た目から何となく分かってたけど。これでは予想通り攻め切れない。
「キュアアアアアアアアアアアアア!」
直後、龍の巻き起こす突風に吹き飛ばされるハルマサだったが、彼の役目はまだまだこれから。
「風操作」「魔力放出」「身体制御」その全てを使って体勢を立て直し、直ぐに突っ込む。
剣を打ちつけ、すぐに風で跳ね飛ばされ、しかしまた突っ込む。
その攻防の中、ハルマサは手ごたえを感じた。
クシャルダオラ、どうやらほとんど反応できていないねッ!?
「だぁあああああああああ!」
着地の瞬間直ぐに走り出すため、着地した態勢の残像すら残して、ハルマサは攻め続ける。
クシャルダオラの体は硬い。
鱗を抜いたのは最初の、「突撃術」を使った一撃だけだ。
ソウルオブキャットは攻撃の度に刃が毀れ、すでにナマクラ状態だ。
だが、まだまだ!
ギギギギギギギギギギギギギギンッ!!!!!!
10秒に渡って行われたクシャへの斬撃は実に800を超える。
超高速で行われるヒットアンドアウェイはハルマサの持久力を著しく削るも、クシャルダオラの意識をひきつけることに成功した。
そして、ついに準備が整った。
【離れろォオオオオオオオオオ!】
ああ、ちゃんと言ってくれるのか!
かなり感動しながらハルマサは即座に距離をとる。
次の瞬間、ハルマサの体からゴソッと魔力が流れ出し、
代わりに天から黄金色の瀑布が流れ落ちる。
―――――――――!
音のしない中、視界を埋め尽くす電流がクシャルダオラの体を丸ごと包み込み、衝撃が周囲を震わせた。
中心の雪は一瞬で蒸発し、放射円状に雪が吹き飛ばされていく。
「風操作」「魔力放出」でそれらを防ぎながら、僕は薄目を開けていた。
クシャルダオラは――――――
「キュ、オ、オオオオオオオオオオオオオ!」
生きている。
完全に雪が消えうせた円状の空き地の中心で、体中に電流の残滓を纏い、焦げて剥がれた鱗を落としつつも、暴風の龍は動いていた。
だが、その動きは鈍い。
体力を削られ、しかも雷で痺れている!
(決めるなら――――――今!)
彼我の距離はおよそ120m。
「突撃術」が発揮される距離だ。
剣を構え、力を込める。ピカリと赤い光がネコの黒剣を包みこむ。
「溜め斬り」なら、龍の防御を抜けるだろう。
しかしこれで、この剣は折れてしまうかもしれない。
でもヨシムネなら笑って許してくれそうな、そんな気がする。
「全く、しょうがない奴だニャ」などと、こなれた仕草で肩をすくめそう。
二段階。赤く光る黒い剣を掲げ、タイミングを計りながら走り出す。
「お、り、ゃああああああああああああああ!」
踏み切った地面は爆発。
背後に砂塵を置き去りにし、ハルマサは、走る。
空気の壁をスタート直後に突破し、ハルマサは一筋の赤黒い稲妻となり、直ぐに「突撃術」が発動、青い色も後を引く。
今だ痺れるクシャルダオラに到達し、ハルマサは禍々しく光る剣を振り下ろす。
バキン、と砕ける感触。
ほぼ同瞬、轟音が響き、クシャルダオラの頭は砕かれながら、地面へと叩き込まれる。
ハルマサの腕は止まらず、地面に埋まった龍の頭を両断。
土を抉る感触を覚え、ハルマサは手を止めた。
硬い龍の頭は両断され、それはいくら体力のある龍といえど、致命傷だった。
荒い息を整えつつ、ぐ、と剣を引く。
引っかかった龍の頭から引き抜いた剣は――――――折れていなかった。
刃は幾箇所も毀れ、それどころか亀裂が走り、何で繋がっているのか分からないようなひどい状態だ。
だが、折れていない。
それがヨシムネの心の強さの証明のように思えて、ハルマサは嬉しくなる。
もう一度使えるように、なにかスキルを得ようか、と考えた。
ヨシムネと共に戦い抜いたような奇妙な一体感を覚えたハルマサだった。
≪魔物を撃退したことにより、経験値を2560取得しました。レベルが上がりました――――――
クシャルダオラの体は徐々に薄れ、あとの残ったのは、指輪であった。
キラキラと煌きつつ、ゆるく回転しながら輝く、シンプルな作りの銀の指輪。
外側に一つ、傷のようにも見える小ささで、宝石が埋め込まれている。
ハルマサは指でその指輪をつつく。
『キィ―――ン!』
脳に直接響く、硬質な音をたてるが、指輪は揺れるだけでそれ以外の反応は無い。
恐る恐る手に取ってみると指輪を覆っていた光は消え、ただの目立たない結婚指輪然としたものになった。
まじまじと見てみても何が分かるわけでもない。
≪ポーン!対象の情報を取得するには「観察眼」Lv1280を習得する必要があります。≫
眺めていてもどうしようもない。
ハルマサは覚悟を決めて右の人差し指に嵌め――――――
「……!?」
次の瞬間に、ダンジョンの入り口に居た。
入り口の穴がぽっかりと黒い穴を開け、その近くにハルマサが
穴の外に投げ出したキャシー(立て看板)が倒れており、入り口で間違いない。
(いったい……?)
そう思い、とりあえずキャシーを元々刺さっていたところに突き立てる。その時立て看板に書いてある文字が増えていることに気付いた。
『ダンジョンNo.23
第二層に転移する方は、下の枠内に指輪を触れさせてください。』
文の下には、四角い線で囲まれた、「2」という数字がある。
「えーっと……」
恐る恐る指輪を触れさせようとして――――――肩に柔らかい感触があった。
「――――――。」
振り返ると閻魔様が居た。
艶やかな笑顔の閻魔様を見て、僕はようやくダンジョンの第一層をクリアした実感が湧き始めるのだった。
<つづく>
佐藤ハルマサ(18♂)
レベル:9→10 ……レベルアップボーナスは1280
耐久力:1645→3499
持久力:2374→6049
魔力 :7056→17339
筋力 :2282→8349
敏捷 :7795→25916
器用さ:7735→22176
精神力:4455→12782
経験値:2558→5118 あと5120
スキル
両手剣術Lv9:874 →3609 ……Level up!
身体制御Lv10:3459→8634 ……Level up!
突撃術Lv9 :585 →4690 ……Level up!
撹乱術Lv10 :1023→7711 ……Level up!
空中着地Lv10:2116→8083 ……Level up!
走破術Lv6 :79 →341 ……Level up!
撤退術Lv9 :437 →3555 ……Level up!
天罰招来Lv8:1072→1877 ……Level up!
神降ろしLv10 :2087→5336 ……Level up!
風操作Lv11 :4244→12230 ……Level up!
魔法放出Lv11:4738→12929 ……Level up!
戦術思考Lv9:873 →4671 ……Level up!
回避眼Lv9 :1609→5309 ……Level up!
観察眼Lv7 :973 →1022
的中術Lv9 :638 →2599 ……Level up!
空間把握Lv9:1055→3048 ……Level up!
<36>
久々に見る閻魔様は、何故だか後光が差すようだった。
「――――――、――――――!」
閻魔様が口をパクパクさせている。
そういえば、鼓膜が吹っ飛んだままだった。
体を治すならこの人、カロンちゃーん!
【女神と呼べぃ!】
素早くやってきた女神ちゃんは、僕の体に乗り移ってライフドレインを発動させてから、僕にぶちぶちと文句を言い始めた。
【なんで、勝負を決める時に我を呼ばんのじゃ! 一番良いところを見逃してしもうたではないか! 全くあの時ハスタァが無駄に魔力を吸い上げなんだら……!】
(あの、ハスタァさんには優しくしてあげてね?)
【…………いやぁ、やっぱりハルマサは良いのぅ。あいつらと来たら、あそこをシメろ、こっちを倒せと我に暴力ばかり強要してきおって……。】
(あの、元気出してね?)
【うぅっ……! 優しさが沁みるのぅ……!】
黙って頭の中でカロンちゃんと話していると、どうやら鼓膜が修復されたようだった。
「何故……何故、こんなに……ありえん…………」
モニョモニョ言う閻魔様の声が聞こえてきたのだ。
閻魔様の声はやっぱり綺麗だなぁ。
馬鹿なことを考えているハルマサに、閻魔様は気付いたようだった。
「お、おお。もう、聞こえるか?」
「はい。ご迷惑おかけしました。もうすっかり聞こえますよ。周りの草とかが犠牲になりましたけど。」
その言葉を聴いた閻魔様は周囲を見たあと、訝りながら聞いてくる。
「おい、そのスキル………もしかしてカロンとか言う奴に力を借りているんじゃないよな?」
「へ? 良く分かりましたね。そうですよ。カロンちゃんです。」
僕の返答を聞いた閻魔様は渋い顔をする。徐々に萎れていく周りの草原を不気味そうに見つつ、僕に言う。
「ちゃん!? ……いや、あいつの評判はあまり良いのを聞かなくてな。何か嫌なことされていないか?」
「いえ、結構良い関係ですよ。」
【なんじゃと!?】
なんで君がそこで驚くの?
疑問に思いつつ閻魔様を見ると、閻魔様は何故か固まっていた。
「あの?」
「い、いや。そうか……良かったな。祝福するよ。」
言葉とは裏腹にすごく辛そうな顔をする閻魔様。
「祝福? あ、いや違います。そういう意味ではないんです。かなり助けられているってことです。」
「そうなのかッ! 全く、紛らわしいんだよ、気をつけろ!」
おお、突如として元気に……。頭をペシペシと叩いてくる。
やっぱり閻魔様は生き生きとしている方が綺麗だね。
【ふふん。勘違いさせて置けばよいものを。あのような脂肪の塊は破裂すればよいのじゃ。】
(えっと……。カロンちゃんは胸部が控えめなの?)
【うるさいわ! 女神と呼べぃ!】
あ、そうだ。アイルーのことを伝えなきゃ。
「あの、閻魔様?」
「……なんだ?」
「アイルーのことなんですけど……どうにも連れてこれなくって。」
「どういうことだ?」
「実は……」
ココット村での出来事を、身振り手振りを加えて話すと、閻魔様は泣きに泣いた。
「ヨシムネぇ―――!」
叫びすらした。
【ハルマサ……お前という、やつはぁ……偉い! 偉いぞぉ!……グスン。あ、時間切れじゃ……】
頭の中でもすごく騒いでいた(すぐに帰っていったが)。
ちょっとヨシムネのことを強調しすぎたかも。
でも彼のことを知る人が増えるのは僕にとっても嬉しい事だから仕方ないね。
それにしても何で「舞踏術」の熟練度が上がったんだろう。謎過ぎる。
とまぁそんな経緯で、何故か閻魔様は僕に小さな袋を持たせ、穴から落とそうとしていた。
「ちょっと行ってそれを渡して来い。中には色々入れといたから。……お前はネコたちを救うべきだ。」
ここにはロープ吊るしといてやるから、という言葉の下、もう一度ダンジョン内へ行くことになった。
閻魔様が5分で用意して持ってきた小さな袋には、見た目と違っていくらでも物が入るそうで、実はかなり高価なものだとか。
それをポンと出す閻魔様ってすごい!
「何が入ってるんですか?」
「うむ。つまりはネコたちが自衛を出来るようにすれば良いんだ。だから、聞いた話の技術レベルに合うような、武器の設計図や、防壁の強化案だな。あとは鉱石なんかも入れてある。重さはそのままだが……持てるようだな。」
「大丈夫そうですね。」
「よし、行って来い!」
「あの、この指輪一度外してつけたらここに戻ってこれるんじゃ……?」
「だめだ。外したら消えるんだそれは。」
「剣握る時に邪魔だなァ……」
ということで、ダンジョンに戻ることになった。
落下ではなく、「風操作」で滑空しながら上空を移動していると、「鷹の目」に映る影がある。
(イャンクック……! もうリポップしたの!?)
速すぎる。
こんなのではネコたちが蹂躙されてしまう。
僕は急いで地面に降り立つと、ココット村に急行した。
こんどは遅れないように。
しかし、現れた僕を、ココット村の人たちはかなり警戒してきた。
ネコにぐるりと囲まれる。ネコの手にはボウガンが持たれていた。
「誰だ! ここに何のようだ!」
「ええっと? ハルマサですけど……」
ココットが厳しい声で詰問してくる。
まるで僕のことなど知らないような声色だ。
「あの、ココットさん?」
「……なぜ私の名を知っている!?」
「だ、誰か知らニャいけど、この村に悪さをするなら出て行ってもらうニャ!」
ココットの横から現れたのは、すごく会いたくても会えなくなったはずの猫だった。
彼も手にボウガンを構えてこちらを狙っている。
僕は嫌な予想をしてしまう。
イャンクックの速すぎるリポップ。
ヨシムネの復活。
ここはダンジョン。
―――――――ボスを倒せば、全てはリセットされるのではないか。
ならば、僕の苦しかったあの旅は、猫たちの涙は、全て何の痕跡も残さず消えるのか。
「答えろニャ!」
いずれにせよ、もうここには用はない。
「以前助けていただいたネコの故郷がここと聞いて、御礼に来ました。ここに置いておくので、お確かめ下さい。必ず役に立つはずです。それでは。」
ハルマサは早口にまくし立ててから袋を地面に置くと、最後にヨシムネをチラリと見て、逃げるようにココット村を立ち去った。
「……何だったのニャ?」
「さぁな。それよりも……」
ココットが袋に手を伸ばす。
「いけませんココット! 何が起こるか……!」
「いや、彼の動きを見ただろう。その気になれば容易く殺せる我々に、回りくどいする真似をする必要はない。」
諌めようとする老ネコに首を振り、ココットは袋を拾おうとして――――――あまりの重さに持ち上げられなかった。
「どういうことだ……? む、なんだ? 中から……」
出るわ出るわ。袋には無限の物資が入っているようだった。
「この本は知らない文字だな……なぜか読めるが。」
「この石を見ろニャ! 信じられない純度だニャ!」
物資に群がる猫たちを見つつ、ココットは考え込んでいるヨシムネを見る。
「どうした?」
「いや……なんかあの生物に見覚えがあったような気がしたんですニャ。それに最後僕の方を見た時の目が……」
なんだかとても悲しそうで。
今にも泣き出しそうだったと、ヨシムネは思って、結局言葉にしなかった。
「……また会うこともあるだろう。その時に問いただせば良い。」
「そうですニャ……。」
でも、二度と会えない。
そんな気がするヨシムネだった。
禍々しさすら持つ漆黒の大剣を背負った少年の来訪は、ココット村へと技術革新という福音をもたらした。
猫たちは、試行錯誤を繰り返し要塞を強化、やがて完全自立式迎撃移動要塞フォゥラを作り上げ、密林における安住を獲得する。
しかし猫たちの記憶に、強烈に焼き付いたはずの少年の姿は、時と共に風化し、跡形もなく忘れ去られていく。
だが、その中で一匹のネコは、胸の痛みと共に少年の姿を記憶し続けた。
やがて、そのネコが丹精込めて打ち上げた最高傑作は、少年の持つ大剣と酷似していたという。
ネコたちはそれを、魂の剣と呼んだ。
しかしそれも、次の第一層クリア者が現れるまでのことである。
4年後にクリア者が出たとき、そこには少年の残滓すら、無くなった。
ロープを登って来たハルマサは無表情だった。
「渡してきました。」
「うむ。……何かあったか?」
「いえ、何も。」
「……そうか。」
言葉の通りには全然見えなかったが、閻魔は流すことにする。
無遠慮に触れないこともまた、時には必要だと長い経験の中で彼女は知っていた。
「では、お前を約束通り現世へと送る。きっかり24時間だ。行ったらすぐ時間を確認しとけ。」
ハルマサは頭を振って何かを振り払うと、こちらを見てくる。
随分と深い色を持つ目になった。
色々なことを飲み下し、自分の糧としてきた者だけが持つ目だ。
「わかりました。」
「うむ。では、やり残したこととやらを、やってくるが良い。」
閻魔の手から飛び出した光は、少年の体を包み込み、次の瞬間には跡形もなくなっている。
「まぁ、しっかり楽しんで来い。」
帰ってくれば、またダンジョンに飛び込む運命が待っているのだから。
閻魔は先ほどまで少年がいた場所を一瞥し、哀れんでいるような曖昧な笑みを零すと、執務室に戻るために踵を返す。
久しぶりにタバコが吸いたい、と閻魔は思った。
第一部:End
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