<70>
さて、蒼色の火竜、リオレウス亜種は20メートル以上はある。
その火竜が通ってきたこの道は、当然ながらとても広い。
いや、道というのは間違いだ。
これはこの岩山の中心。
蒼竜が出てくる前に居たのは延大な広場だったのだ。
反対側が暗くなっていて、「鷹の目」を持ってしても見えないがざっと見て500メートル以上はある。
(ていうかね。飛竜がいっぱいいるんですね。)
その中に眠ったり、じゃれあったりと平和に過ごしている飛竜がたくさんいた。
上に開いた大きな吹き抜けから、今も一匹降りてくる。
これでこの岩山の中にいる火竜は7匹。
正面切って戦うにはきつすぎる数である。
しかも亜種が蒼・桜・桜と3匹。希少種である、銀のリオレウスと金のリオレイアが一匹ずつ居る。
(できれば……一匹ずつがいい……。)
そして希少種はレベルが上がってからが良い。
レベル10の時にレベル11の敵を倒したら経験値はどうなるか分からないが、少なくともチャチャブーよりは多いはずだ。
きっと4体くらい倒せばレベルアップするはず。するんじゃないかな。すれば良いな。
その成体竜の傍らに、幼竜も居た。ギィギィと鳴いて、今降りてきた桜色のリオレイアに餌をねだっている。
その桜竜が咥えているのはランポスみたいだ。
ランポスって旨いのかなァ……肉がドロップしないから僕は食べれないけど。
そんな様子をハルマサは岩に隠れ、さらに「暗殺術」を発動しながら見ていた。
(ていうか、無理に岩山の中から攻略しないで、外に出てきた竜を一匹ずつ相手にする方が楽なんじゃ……?)
今さらながらに、ここに居る理由をなくしそうなことに気付くハルマサ。
どう考えてもその思い付きを否定できない。
(出ようか。)
ハルマサは岩の横から出していた首を引っ込め、踵を返して――――――素早く横に跳んだ。
次の瞬間、地面から岩を割りつつ紫色の剣が飛び出してくる。
(チャチャブーかッ!)
「空間把握」を持ってしても、地面の下は深いところまで探れない。
だが、この竜の巣では足場が堅いから安心していたのだ。
まさかこんな堅い岩を掘り進んでくるとは思いもよらず、少々不意を突かれた形になった。
紫の剣に続いて本体も飛び出してきて……首を傾げた。
「ピャ?」
僕を見失っているようだ。
戸惑っている姿は可愛くないことも無い。
先ほど問答無用で殺しに来ていなければそう思うこともあったかも。
「ピャー。」
チャチャブーはしばらく首を傾げていたが、やがて剣を地面に立て、ぱっと手を離した。
当然剣はパタンと倒れる。
「ピャ!」
その倒れた方向に向かって、剣を拾ったチャチャブーは走っていった。
(なんだったんだ……!)
呆れてその姿を見送っていると、後ろから生臭い息がかかった。
そう、まるで今まで肉を噛んでいた様な……
「グルルルルル……」
(うわ―――――ッ!)
そこで駆け出さなかった自分を褒めてあげたくなったハルマサである。
彼の背後には至近距離では視界に入りきらない桜色の巨体があった。
何時の間に……、チャチャブーの音に反応したのか!?
数秒確かにチャチャブーに意識を取られはしたけど……ちくしょう!
もっと速く気づけよ僕!
動きの取れないハルマサが見ていると、桜色の竜は、つい、と顔を上げ、スンスンスンスンスンスン……、と鼻を鳴らして、どんどんどんどんハルマサの方へ顔を近づけてくる。
有体に言って、怖い。
(…ッ!…ッ!…ッ!…ッ!…ッ!…ッ!)
ハルマサは怖いヤーさんに絡まれた純朴かつ気弱な中学生の心境である。
あの、帰っていいですか……あ、だめですよねそうですよね。生言ってすいませんでした――――――ッ!
今にも土下座してしまいそうな心境で、しかしハルマサは自分を押さえつける。
(透明人間がこの巣に入り込んだことは知らないに違いない、きっと気のせいだと思ってくれる! そうさ! そうに決まっているんだよ! ちびるな僕ッ!)
ハルマサは自分を叱咤し、鋼の精神力で動くのをこらえた。
今動けば、さっきからこっちをじっと見ている他の火竜たちによる、火炎祭りが始まるに違いないのだ。
(そ、そうだ! 他の事で意識を逸らせばァ――――! ハスタァさーん!)
【なんじゃおらぁあああああああああああ! 何度も呼び出しおってぇ―――――!】
ご、ごめんなさーい!
【雷でよいのだろう!? 返事はいらん! 死ねぇえええええええ!】
(イライラしすぎだよ! って標的僕かァ――――――!)
最近ハスタァさんが何処を狙っているか分かるようになってきた事が、こんなところで役に立つとは!
最悪のタイミングでもあるけどねぇ――――!
(か、雷操作ッ!)
バチバチバチィ!
「グギャッ!」
つい目の前の怖い怖いモンスターに当てちゃったんだ。
火竜は驚いたようではあったが、硬直時間はやっぱり凄く短かった。
「グルォオオオオオオオ!」
怒った火竜は、ブォ、と辺りをなぎ払うような勢いで羽ばたいて浮かび上がり、その瞬間他の火竜がハルマサの恐れていた火炎祭りを始める。
「グォアアアアアアアアアアア!」
「ゴァアアアア! ガォアア! グォガォアアアアア!」
「ゴォアアアアアアアアアアアア!」
声高に鳴きつつドッカンドッカン!
爆発、炎上、爆発、炎上、爆発、溶解、爆発、炎上、爆発……
数秒しか続かなかったのに、岩山にはもう一つの大きい入り口が出来ていた。
周りの岩は赤熱し、ドロリと溶け落ちている。
ぴ、ピリピリしてるんだねッ!
まぁ巣だからね! 子どももいるし、親は強しって奴かな?
幼竜はなんか喜んでるけど。
そんなハルマサがいるのは、桜火竜の背中だった。
「グァ? ゴォ、オオオオオオオオオッ!?」
桜色のリオレイアは、もうしっちゃかめっちゃかに体を振り回し、尻尾で背中を叩きまくり、岩に擦りつけ、背中にへばりつく何者かを剥がそうとしている。
ゴリゴリィ!
「イ……ッ!」
僕は桜竜の背中に生えている長い棘を引き抜く勢いでしがみ付き、尻尾や岩に耐える。
(こ、ここまで来たら殺すか殺されるかじゃぁアアアアアア!)
恐らく一度離れたら二度とはこれない好ポジション。
ここを逃すつもりは無い。
ハルマサが攻勢に転じようとした時、桜火竜は剥がせないことを悟ったか、ゴゥ、と一つ大きく羽ばたく。
突然の移動にひるんだハルマサが身を持ち直した次の瞬間には、リオレイアはハルマサともども岩山を飛び出している。
さらに、二回三回と翼を打てば、もうそこは岩山の遥か上空だった。
(たかぃ……ッ!)
このダンジョンに落ちてくるときと同じくらい、すなわち、水平線が丸く見えるくらい飛び上がった桜火竜は、すぐさま空を翼で打って翼を畳み、下降に転じていた。
(ぬがぁ――――――ッ! はやいよ――――ッ!)
「風操作」がなければきっと空中に放り出されていたであろう速度。
この速度は、桜火竜でも無謀ではないか?
見ろ、顔の鱗が剥がれ、翼爪は折れて……まさか。
(一緒に死ぬ気かッ!?)
母親の覚悟がこれほどか。
倒せないと見るや……身を捨ててきたのか!
すでにスピードは最高潮。
手を離すことなど……
ハルマサは母親の決意にビビッていたが、空の王者とも言われる火竜がハルマサなんかのために命を捨てるわけが無かった。
(あれ、このまま行くと……)
ドボォオオオオオオオン!
(ぐぼぉおおおおお!)
リオレイアはお邪魔な虫を引っ付けたまま、大陸の外側を囲う海へと飛び込んだのだ。
身を打つ水の堅さはとてつもない物であり、しかしハルマサは手を離さなかった。
きっとダメージは火竜も同じ。
(こ、この程度!)
かなり深いところではあったが「水操作」で水圧を和らげ、ハルマサは寄りいっそう桜火竜の背にへばりつく。
火竜は飛び込んだ勢いが弱まると同時に、体を反転させ、見事な泳ぎを見せる。
翼を畳んで、尻尾まで使ったドルフィンキックを披露したのだ。
何でもありだと毒づくハルマサを引っ付けたまま、水面へと高速で泳ぎ、海上へ飛び出したリオレイアは、水を振り飛ばしながら空中で静止し、その場で一つ咆哮をかます。
「ギャォアアアアアアアアアアッ!」
(鼓膜が)パーン!
(痛ぁあああああああああああッ!)
地味にこれがハルマサに一番のダメージを与えていたが、リオレイアの咆哮はそれが目的ではなく、岩山から飛び出してきた仲間に向けてのメッセージだった。
そのメッセージ、人語に直せば『さぁ、私を撃て』というものである。
(ちょ、痛ァ……また鼓膜……)
耳血に苦しんでおり、しかも「聞き耳」の使えないハルマサは、決定的な距離に炎塊が近づくまで察知できなかった。
「空間把握」で知覚し、ハッと眼を向ければ、風を巻きつつ飛んでくる炎塊は12個もあった。
全て直撃コース。
おまけにそれは第一陣で、第二陣も第三陣も飛んでくる。
もうこれが火竜だ、と言わんばかりに炎を吐きまくる金色・銀色・桜色・蒼色・緑色・黒色の12匹の火竜たち。
正直勘弁して欲しかった。
(ちょ、タイム! ターイム! このザ、理不尽空間めぇ―――!)
しかも、ハルマサの引っ付いている火竜は火に突っ込んでいくのだ。
あんまりな状況に、ハルマサは終にキレた。
(こ、こいつを倒してから降りてくれるわァ――――――!)
高速で飛んでくる炎塊が直撃するまで約一秒。
ハルマサの集中力はその時極限に高まった。
で、集中しまくったハルマサには聞こえていないが、一つのスキルがここで発生する。
≪一定時間以上、魔物と触れ合っていたことにより、スキル「ポケモントレ――――――
このスキルの出番は……まだない。
<つづく>
70話だし、火竜いっぱい居るし、折角なのでチームプレイを披露してもらうことにしました。
戦闘中なのでステータスは後回し。