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【第二層・挑戦二回目】
ハルマサは体の周囲の風を制御しつつ、ご満悦だった。
(ふふ、快適……快適だァ――――――!)
しかも「暗殺術」も同時に発動して透明になっている。
彼は今、まさに風。
雲間に漂う、自由の体現者だった。
ついでに身に纏うのがローブのみと言うのも彼の開放感に寄与していた。
透明になった彼が見える人は、彼の見たくも無い大事な部分が丸見えだろう。
彼に新たな性癖が目覚めるのも……近い!
という戯言は置いておいて、ハルマサ君は果たして地上に着くまで透明で居られるのだろうか。
「暗殺術」スキルの持続時間は、『[持久力/(30-(スキルレベル))]秒、スキルは持続』である。
ハルマサの持久力は2897、地上に着くまでやや熟練度が上昇するとして、2900としよう。
そして「暗殺術」のスキルレベルは6である。
つまり2900÷24≒120[秒]
結構速めに地面に行かないと、また狙い撃ちされるということになるのだった。
ハルマサはそんなことを考えつつ、しかしゆっくりと空を滑空していく。
純粋に空を飛ぶのは楽しかった。
だが、空には彼の想像を超えるものが沢山あるのだ。
例えば、現在遥か前方から飛んでくる炎の塊とか。
「ッってこれ僕を丸焼きにしてくれた奴じゃない!?」
半径10メートルはあるような炎が唸りを上げつつ飛んでくるのだ。
誰か知らないが、殺す気満々であった。
しかも、その後ろにはもう一つ飛んできている。一つをかき消したとしても、意味が無いということか……
(じゃあ避ける!)
やはり降りていく運命にあるらしい。
ハルマサは今回の挑戦において一回目の「空中着地」を使用する。
ドォン、と空中を蹴って斜め前方へと移る。
これで攻撃はかわせるだろう。
何かにぶつからなければ、あの火の玉は炸裂しないと思ったのだ。
だが、数秒後にその考えを改めるハルマサ。
後ろから飛んできている炎の塊は、前方の炎の数倍のスピードであり、コースは二つとも同じだったのだ!
(ま、まさか二つを空中でぶつけて、範囲攻撃を――――――!?)
どんなモンスターがやったのか知らないけど、頭良すぎじゃない!?
ハルマサが幸運だったのは、「空中着地」二歩目を踏み込めたことだろう。
空気の壁を「風操作」で掻き分けて加速したハルマサの後ろで、二つの炎はぶつかり爆発する。
燃え盛る爆炎は四方八方へと飛び散り、ハルマサも爆風に押されて地面へと叩きつけられる。
(お、おお……毒の地面じゃなくて良かった……)
何時の間にか毒の範囲は超えていたらしい。
前に飛び込んだのが良かったのかもしれない。
周りには、生えていてゴメンなさいと言いそうなほどささやかに、はすの葉みたいな草がまばらに生えている。
後ろに数十歩も行けば、いきなり段差があり、毒の沼だ。
ギリギリだった。
(フゥ……)
足元はややぬかるんでいる。
歩くたびにぐちゃぐちゃ言う地面を踏みしめて、ハルマサは現状を確かめる。
植生が乏しいようで、「鷹の目」を持ってすれば、かなり遠くまで見通せた。
これは同時に、ハルマサの知覚範囲外から攻撃されることも意味する。
遠距離攻撃や、狙撃に対する守りが欲しいと切実に思うハルマサだった。
さて、周りを見渡して思うこと。
右には、ゲリョスや紫色のゲリョスがウロウロしている。というかハルマサが透明でなければ気付かれるだろう。
あの閃光は本当にしんどかったのでもう近寄りたくない。
一匹なら何とかなるとして、複数居てピカピカやられたらホント無理。
前転で回避できるわけでもないしね。
右斜め前方には小競り合いしている大きいモンスターたち。片方はイャンクックに似ているが、体は黒い。……イャンガルルガ? それが三匹。
もう片方は黒い体毛が尖っている……ヒョウのような顔をしたモンスターが一匹。尻尾が長く、四肢は太い。ナルガクルガっぽいね。でかいけど。
ナルガクルガは地面を這うような動きでイャンガルルガ3匹と対等に渡り合っている。というか動きが速い。影も見えない速度である。だが、イャンガルルガたちも連携して頑張っているのではないだろうか。どちらも速すぎて良く分からなかったが。
そして前方にはミジンコみたいな小ささでゲネポスっぽいものが見える。「聞き耳」で、地面にぽっかりと開いた洞窟の入り口から、「ホォアアアアアアアアアアアッ!」とかいう咆哮が聞こえた。なんかゲームで聞いたフルフルっぽいなぁ……。
そのさらに向こうは雨雲に覆われて見えない。
そして左前方。第一層でもみたような草の生えそろう平原が続いている。もちろん樹林もあるけど。
岩肌をさらす山なんかも有り、その上を十数匹の竜がクルクル飛んでいたりする。
あれは、リオレウスとかリオレイアとかかな。ピカピカの奴とかいたけど。希少種?
そして左。ゲリョスがいっぱい居ます。
そして後ろ。左後ろには毒の沼の上で虫みたいなのがブンブン飛んでいる。ランゴスタだ。虫のくせに大きすぎるよね。
真後ろには大雷光虫がいっぱい居るし、右後ろにはたくさんのランポスを赤くしたようなモンスター、イーオスがはしゃぎまわっている。仲間のくせに毒を吐き掛け合っているのはなんだろう。親愛の証?
とにかくこれらを見て思う事があった。
(モンスター、多すぎるよ! 包囲網が敷かれてない!?)
唯一の幸運は、この付近にはモンスターが見えないことだろうか。
半径数キロレベルでモンスターが居ない。
これ幸いと、ハルマサはさっと身を伏せて、「暗殺術」を解除する。
地面は最高にぬかるんでいるが、プライドとかは元々ない。
閻魔様のローブが汚れちゃうのが何とも残念だが仕方ないだろう。
ステータスを確認してみると、持久力は残り82しかない。あと3秒しかもたなかったのか。
どのモンスターもハルマサなんか気にしないかも知れないが、用心に越したことは無い。
ハルマサが見た中で、ステータスを確認できたのは、ゲネポスとイーオスだけなのだから。
一番レベルが高いモンスターはナルガクルガで、≪「観察眼」Lv12が必要です。≫と言われた。
Lv14かー。レベル下がったばかりの僕には厳しすぎる相手だ。下がって無くても厳しいけど。
大陸の半分も見えてないのに、このモンスターの詰まりっぷり!
殺る気満々だね!
しかぁし、僕はこの程度では諦めないよ!
さぁ、まずは左前方、竜の巣へ突撃だぜ!
前に進んでも良いけど、隠れるものが少なすぎて、きつそうなんだよね。
右に行くのは却下ね。ナルガクルガとか、気付いたら死んでるよ。
でかくて強くて速いとか。
ここは、頑張ってリオレイア、リオレウスを倒して経験値を得て、ついでにスキルアップも狙って、対抗できる速さを得るんだ。
どうしても無理ならスルーで。
幸い障害には今のところなっていないし。
グダグダ考えて居ても仕方が無い!
いっけぇ―――――!
と思いつつ、ハルマサは匍匐全身でシャカシャカ進んでいくのだった。
ところでもう一つ考察しておく事がある。
先ほどの火球二つによる範囲攻撃、あれはハルマサがあの付近に居る事が分かっており、かつ詳しい座標は分からないということではないだろうか。
やはり熱源反応だろうか。
火で攻撃されたことから、熱へと意識が行ってしまう。
でも、これなら毒の沼で火の玉が降ってきた事も分からないでもない。
最後の火の玉は直撃ではなかったことも確信を深める材料である。
そしてさっきの炎の爆発で、温度の分布はグチャグチャになったはずだ。
僕を見失ってくれていると嬉しいなぁ。
閻魔様から貰ったローブどころか、全身を泥で汚しつつもハルマサは森丘フィールドへとたどり着いた。
現在30秒に1ずつ回復する持久力は80ほど溜まっている。
つまり20分くらいで数キロ(6キロくらいです)の距離を匍匐前進してしまったハルマサだった。
本当、無駄に凄い身体能力だ!
でもこの大陸では中途半端なんだよねぇ……
レベル9とは、雑魚系(レベル5)には楽勝だが、中ボス系(レベル11以上)には負け、というステータスなのである。
今までレベルの高い相手に勝てたのは相手が遅かったことで優位に立てたからであって、今後はそういう幸運も続くとは思えない。
でも、チラッと見えたドスイーオスはレベル8だから雑魚系と中ボス系のさらに間に位置するのかもしれない。
(とにかく絡め手を考えなきゃ……!)
絡めてと言えば、暗・殺・術ッ!
「暗殺術」を使って何が出来るだろうか……
そう思いつつ、ハルマサは川を目指す。
森丘の風景は簡単に言うと、草原!川!林!岩山! である。
川の近くには林が茂り、それ以外は草原である。
これは雨が相当少ないと言うことでもあった。
植生が成長する条件は、日の光、水分、あと土壌の栄養、である。
草食動物が多すぎて、植生が寂しくなることもあるが、基本的には先の3つである。
この地域の場合、雨が少なく草原が広がっているのだった。
現世で言う、モンゴルと似た感じの気候なのだろう。
新しい戦術を考えつつ、ハルマサは川にたどり着いた。
で、まぁそこには先客が居た。
「……ブフゥ。」
ドスファンゴの下位種、ブルファンゴであった。
レベルは5。
何気にモスと一緒なのが納得行かない。
(どうしよう……。)
格下である。
ステータスも偏っていると言うわけでもなく、平均的に180前後。
序盤にあったら死にまくっていただろうが、今の彼に取ったら、普通の雑魚だった。
倒してしまっても良いのだが、ここは考えていた戦術を試すのが吉! とハルマサは考えた。
素手の彼に出来る攻撃は「拳闘術」「蹴脚術」あと魔法の3種に限られる。
どれでも倒せるだろうが、戦術は格上の防御を突破できるものでないと意味が無い。
そうなるとやはり……
(貫通属性……! 君に決めた!)
で、彼は「暗殺術」を発動。
気分はカメレオンである。
モンハン的には霞龍とでも言うべきか。
臭いは大丈夫だからゆっくりと近づけば……。
(そろり……そろり……)
左側面からゆっくりと近づく。
だが、やはりそこは野生種。
第六感とも言うべきか、それとも他の要因か、彼の接近は2メートルくらい前であっさりばれた。
「フゴォーッ!」
やはりイノシシにあらざるべき軽快な動きでサイドステップなんかを披露するブルファンゴ。
(ステルス作戦失敗!?)
「クッ!」
この場で一番怖いのは、騒いで飛竜が寄ってくることである。
焦ったハルマサはハルマサは唇を噛みつつ、素早く近づいて「突き」を発動した。
スキル補助によって連動する各関節。
しなる腰部腱筋、広背筋、大円筋、勅下筋、小円筋、菱形筋、僧帽筋(総じて背筋ですね)。
隆起する太もも、地面を踏み抉る足の指。
体幹の回転によって打ち出される硬い拳。
体重の乗った一撃はブルファンゴの頭を――――――
パアン!
貫くどころか消し飛ばせた。
(あ、あれえ?)
プヒューと血が吹き出る元イノシシ。
かなりエグイ。食事中の方にはお見せできないね!
貫通属性の思わぬ威力を知ったハルマサだったが、新戦術には全く参考にならないと頭を捻ることにもなったのだった。
あと、ドロップ品は金貨二枚と肉でした。
お腹空いていたからちょうど良い!
でも焼いて食ったら煙で居場所ばれそうだし……飛竜来たら困るし……。
またというのは以前カニを生で食った経験があるからである。
あの時は火を通さないカニの味気なさを、しっかりと確認したものだった。
……また生かなぁ……。
微妙な顔で、骨付き肉を見るハルマサだった。
<つづく>
拳闘術Lv3:56→57
暗殺術Lv7:633→682 ……Level up!
観察眼Lv7:817→922
持久力:2897→2946
筋力 :4191→4192
説明ばっかりでぬるい話ですね。
意味もなく長くなったし。