<42・改定>
一時間目は現代国語の授業です。
老教師が、黒フレームの眼鏡で矯正された老眼を、教壇の上の問題集に落として問題の回答の解説をしている。
「えぇ――――――……とだねぇ。どこまで話したかねぇ……。」
(だ、ダメだ――――――ッ! 耐えられなぃいいいいいいいッ!)
「が、頑張って佐藤君ッ! あと半分だよッ! そ、そうだ、あの……眠くならないように、お手紙でお話しとかしない?」
苦しむ僕に、隣の席だった渋川武美さんがコソッと話しかけてくる。
ていうか、隣の席だったんだね。ホント僕の目は節穴だったみたいだ。
現在ゴミ箱の中にある僕の教科書を悲しそうな目で見ていた彼女は、現在僕と机をくっつけて今回の問題の載っている問題集を見せてくれています。
ええ子や……!
それにしても手紙、手紙か。
確かに私語ばっかしてると目立っちゃうもんね。
成績下げられたくないから、皆頑張って色々趣向を凝らしてこの授業を乗り切っている。
授業そっちのけで宿題したり、ケータイをいじったり。
手紙での会話もその一つ。
僕はいつも寝ているんだけど、今日が最後と思うと真面目に授業を受けてみようという気になった。
その結果がこれだよッ!
精神力の向上によって集中力が増したはずの僕を、簡単に眠りの世界に誘う、この声の調子! 音階! 大きさ! 全てが完璧な睡眠音波だッ!
そういえば、剛川は大したことは無かったらしく、朝のHRの間に教室に帰ってきた。
その剛川が僕のほうをすごく睨んでいるようだった。
ふふ、そんな敵意、軽い軽い。
僕をビビらせたかったら、その千倍は持ってこいッ!
……カッコ付けた所で眠いのは変わらないんだよね……。
ちなみに、かなり熱い視線も3つ感じている。ドリルさんたちかな。
前から2番目に座っている僕は、良い視線の的になるみたい。
それらはさて置き、手紙か……何を話そうか……と思案していると、後ろから机の上に紙片がとんできた。
折りたたまれたそれには、正面に「読め!」 と書いてある。
なんて横柄なセリフなんだ。
まぁ空間把握で誰が投げてきたかは知っている。
僕はそれをそのまま窓の外に投げ捨てた。
「なッ――――――!」
「んん? 誰か何か言ったかぁ?」
後ろから聞こえるドリルさんの声に、教壇の上にある教科書に目を落としていた老教師が反応する。
「いえ、消しゴムを落としてしまいまして。もう大丈夫です。」
僕が如才無く答えておく。老教師は「そうかぁ、気ぃつけろぉ」と言って、また催眠音波を発し始めた。
僕は手紙の内容を考える作業に意識を戻す。見ると、渋川さんはせっせと何かをノートの端に書いている。彼女から手紙を送ってくれるのだろうか。
手紙の綺麗な畳み方とかを学ぶためにも、その方がありがたいかも。女子の作るあの形はもはや芸術だと思う。
それが僕に送られてくるのは初めてで、少しドキドキする。
あ、さっきのドリルさんのはノーカンです。何となく。
また後ろから手紙が飛んで来る。
表面には「読んで」と書いてあるのを空中で読み取る。
今度は机に着く前に、筆箱で弾き飛ばし、場外(窓外)ホームランにした。
「空間把握」で、プルプルしているドリルさんが感じ取れた。
ドリルさん教師の前では良い子だから大変だね。
いっそハッチャケちゃえば良いのに。髪型はあんなに激しいんだから。
あー。渋川さんから手紙が来るまで暇だ。鼻呼吸できないし。
意味もなく「暗殺術」発動してやろうかな。
いきなり透明になったら渋川さん驚くだろうなァ。
……ていうかね、近いです。
今日会ったばかりなのに(違うけどそんな気分)、この距離は半端ない。
机同士をくっつけて、隣からふわふわ良い香りがしたら、当たり前だけどドキドキするよ!
こんなに女子と近づいた事があるだろうか! あ、朝の電車があったか。
あれもドキドキしたなぁ……。
そしてそのドキドキすら凌駕する先生の催眠音波は、なんか特殊な域にある才能とかじゃないだろうか。
「あの、佐藤君、これ。」
くだらない考察をしていると、隣から声がかかる。
見ると、プルプルしている手で渋川さんが手紙を差し出している。彼女にはもしかしたら手紙でさえ重いのかもしれない。
文学少女っぽいし。いや違うか、卓球部だったな。
そして手紙って投げ合うのが習わしだと思っていたけど、手渡しもありなんだ。(むしろ手渡しが主流。)
受け取り、その複雑な折り方を覚えつつ開く。
中には、書いては消し、何度も書き直した跡が見え、結局書いてある文はたった一つだけ。
『タケミって呼んで欲しいです』
(甘酢っぱァ―――――――――――イ!)
思わず振り向いて目に入った渋川さん、いやタケミちゃんが、目を逸らしつつ頬を染めていたので、僕は一撃で悶絶した。
こ、これが青春と言う奴かァ!
破壊力抜群だ……!
ズルイ、ズルイよ! 皆こんな良いものを経験していたなんてッ!
チクショウ、今日一日とはいえ、取り返してやるッ!
……いや、辞めとこうかな。すごく未練が出来そうだ。
良く考えろ僕! 帰ってこれるのはあと9回しかないんだぞ!?
ここに未練が残ったら、すごく辛いだろぉ!?
……でも、目の前のにんじんに齧りつかないで居られる馬は、あんまり居ないんだよッ!
そして僕の知能は馬とどっこいどっこいなんだ。
『了解。タケミちゃんって呼ぶね。』
試行錯誤の後、なんとか折り方を真似して(その時新スキル「折紙術」を習得した)、手紙を返す。
受け取った渋川さんは、
「タケミちゃん……!」
と、蒸気が出そうなほど顔を赤くし、教科書で顔を隠していた。
もう、あれかな。
僕は逃れられないかもしれないな。
いや、しかしあまり仲良くなるわけにはァ――――――!
また後ろから、手紙が飛んで来る。段々折り方が乱雑になっているのが興味深い。
そして表面には「読んでください」と書いて在った。
段々丁寧になっているところがさらに興味深い。
敬語まで使われてしまったので読むことにした。
『体育の時間の前に校舎裏に来て』
纏めるとこのような事が、ツンデレっぽい文章で長々と書いてあった。
『もっと近いところじゃないと面倒です。』
僕は返事を書くと、「折紙術」を駆使して、精巧な紙飛行機を折り上げ、ふわりと投げる。
今日室内を半周して見事ドリルさんの筆箱に当たった。
「鷹の目」スキルの恩恵でもあるのだろう。投げた瞬間にドリルさんにたどり着く事が分かった。
とってもどうでもいい使い方だね。
死角からの強襲にドリルさんはビビッて居るようだった。そこまで反応してもらえると、そっと投げた甲斐があるね。
タケミちゃんから手紙が来る。
『何を投げたの?』
飛行機を投げるところを見ていたようだった。机引っ付いてるし当たり前か。
手紙を返した。
『なんか森川さんから手紙が来たんだよ。それの返事。』
「飛行機……良いなぁ……」
なんかポソッと聞こえたので、無駄にアクロバティックな旋回をする飛行機を作って、タケミちゃんへの手紙の返事を飛ばすことにした。
彼女は喜んでくれたようだ。
女の子を喜ばせられるなんて感無量ですね。
それと、お陰で「折紙術」が向上した。
そんなこんなで授業は無事終わった。
教師が出て行くと同時にドリルさんが突撃してきた。
「下手に出てたら調子乗りやがってぇえええええッ!」
パチン!
「ヒファ――――――ッ!」
思わずブリッジさせてしまった。なんか彼女の怒った顔をみるとつい。
僕のトラウマ的なものなのかな。精神力上がってるから大丈夫だと思ったんだけど。
再度ブリッジしたドリルさん、今度は額で体を支えている。首を痛めそうだし、その内一回転しそうだ。
僕は急いで彼女を引き起こし、また座らせてあげる。
パンツのことは……まぁ、細部は分からなかったよ! ……正直ゴメン。
完全な無表情であらぬところを見ているドリルさんの姿に恐々としつつ、さっき書いておいた手紙を筆箱の上に置いておく。
次の休み時間に屋上の扉の前の空間で、ということで。
で、ドリルさんはこれで良いとして、もう一つの問題のほうだ。
授業中、バリバリと歯噛みをしつつこちらを睨んでいた剛川君が、ついに動き出すようだった。
細川君が「やっちゃえ!」と無闇に煽っている。
君はほんと……まぁいいや。実害はないしね。
「さっきは良くもコケにしてくれたなぁ! 腕に鉄板仕込んでようがなぁ、顔面殴ったらかわんねぇんだよ!」
「甘い、額受け!」
と言いつつ、僕は彼の拳が当たった瞬間、後ろに跳んだ。
一応額で受けたけど、彼の手にはほとんど感触が無いはずだ。
これ以上彼の拳を痛めるのもどうかと思って。
で、勢いつきすぎて黒板に当たってしまったわけですね。
ドバーン!と音がした。
「身体制御」による衝撃吸収が無かったら、黒板が割れていたかも知れない。
自分だけじゃなくて周囲も守る「身体制御」スキルは重宝します。
「す、すごいぜ剛川さん!」
「……?」
騒ぐ細川君と首を捻る剛川君。
僕はヒョイと起き上がると、グッと親指を立てた。
「ナイスパンチ!」
「な――――――!」
「テメェ……!」
細川君は驚き、剛川君は額に血管を浮き上がらせる。
でも僕はそれ所ではない。
服に黒板消しのチョーク粉がついてしまったのだ。
しかしここで「洗浄術」スキルが活躍する。
服を脱いで、一たたきするとアラ不思議! 見事にチョーク粉がとれているでは有りませんか!
「ふざけんな!」
さらに殴りかかってくる剛川君の拳を空間把握で見て、今度は手の平で受け止める。
パシッとね。
服を持っているほうを見ていたから、見もしないで受け止めた格好になってしまった。
「防御術」スキルを活用すれば、なんとか受け止める勢いである。
「ば、馬鹿な!」
まぁ驚くよね。こんな達人くさい事が出来るなんて僕も驚きだ。
そういえば彼は、柔道部だっけ。
これを利用して……
「ねぇ勝負しよう剛川君。」
「なん、だと?」
「柔道で勝負してさ、負けた方が勝った方の言うことを聞くんだよ。分かりやすいでしょ?」
「なんでわざわざテメェなんかと……オレは素人には柔道は使わないんだよ!」
だからって殴りまわってたらあんまり意味ないと思うけど。
まぁ、彼のような直情型には言うことを聞かせるテンプレのような言葉がある。
「自信ないんだ。僕が怖くなったとか?」
剛川君は乗ってくれたようだった。額に血管を浮かせた彼は、こちらに叫ぶ。
「ああ!? ふざけるなよッ! 良いだろう、受けてやるよ! テメエの首を裸締めで捻じ切ってやる!」
「じゃあ昼休みに、武道場でね。」
「いいんですか剛川さんッ!」
「黙れ!」
「痛いッ!」
とばっちりで殴られている細川君に同情しつつ、僕はヒラヒラ手を振ると上着を羽織り、唖然とするタケミちゃん隣の席に座るのだった。
「だ、大丈夫? 凄い音がしたけど……」
「ああ、修行したから。」
「そ、そうなの? そんな強くなれるんだったら私もしようかな……」
「何を言ってるの!?」
タケミちゃんは超人願望でもあるのだろうか。
若干の不安を覚えつつ、二時間目が始まります。
<つづく>
「折紙術」Lv2:11 ……New! Level up!
■「折紙術」
紙を折る技術。イメージした形を、紙の許す限り再現する事が可能となる。熟練度上昇に伴い、器用さにプラスの修正。スキルレベル上昇に伴い、造形し終わった紙の硬度が高くなる。