<41・改定>
今になってもしっかりと口呼吸を続ける僕の前に落ちてきたのは、僕の机と椅子だった。
マジックによる下手糞な絵や、落書きが掘り込んであったりと、見るに耐えない仕様になっている。
「ひどい……!」
ああ、渋川さんが悲しんでいるッ!
ダメだ! 君は笑ってないとダメなんだ!
「あの、渋川さん!」
「は、はいッ!」
渋川さんはシャキッと背を伸ばす。ああ、何かすごく良い子だ。
僕は思わず微笑むと彼女の手を引っ張って、校舎に入った。
「え、あの? 机は?」
「まぁまぁ。」
「あぁ! 手ぇ!」
そのとき彼女は手を掴まれていることに気付いたらしい。顔を真っ赤にする。
「あ、ゴメン。」
「う、ううん! 違うのッ! 嫌なんじゃないのッ!」
彼女はそう言うと、離そうとしていた手を強く握り返してくる。
いや握り返されるのは嬉し恥ずかしな感じなんだけど……。
「……渋川さん、今から上履きを履くんだけど、繋いだままで?」
「………………。」
(悩んどる――――――ッ!?)
結局手は離しました。
さて下駄箱といえば、恋文なんかが入っていたりする嬉し恥ずかしなイベントの宝庫だが、僕の場合は少し違う。
イベントの宝庫って言うのは違いないんだけどね。
ちょっと鬱系っていうかね。
「おお……今日はまた一段と黒々としておる……」
僕の上履きは、僕が居なかった間に、青少年たちが持て余すパワーを代わりに受け止めていたらしく、水気満載で青黒ずんでいた。
マジックとかで卑猥な単語も書いてある。このマメないびり方には本当に頭が下がるよ。
気のせいかこのシューズから哀愁が漂ってくるようだ……
(上履き……僕が不甲斐ないばっかりに……ゴメンね。)
『兄貴……オレ…頑張ったぜ……』
(ああ、頑張った! 君は立派だったとも!)
『もう、ゴールして……良いよな……?』
(う、うわばき――――――ッ!)
そこで僕は気付いた。
今の器用さ(2万2千)と「洗浄術」をあわせれば、こんな汚れなんて!
(上履き! ゴールするなんて許さない! 君は今! これから輝くんだ! はぁあああああ!)
タタタタタタタタタタタタタタン!
一瞬にして上下左右から汚れ部位に指を打ち付けるッ! その回数、実に一秒間に30回ッ! 微細な振動を受け、汚れは一瞬で布から弾き飛ばされるッ!
シューズの布繊維の弾力を利用して、汚れを空中に拡散させ、僕は呟く。
「ふふ、綺麗になった……!」
僕の上履きは新品同様!
シューズも、これが……オレ? と驚いているに違いない。
つま先のゴム部分とか、僕の顔を映すくらい光沢が出てしまったよ。
……これ不埒なことに使えちゃうね。
まぁ僕は真摯な紳士だからそういうことには使わないんだけど。
「ど、どうやったの?」
気付けば渋川さんが覗き込んでいた。
シューズの洗浄に気を取られすぎていたようだ。
いや、油性インクは強敵だったんだよ。
彼女は、そんな強敵と戦う僕の意味不明すぎる技を見たらしかった。
「え、ええと……実はこの4日間修行してて、その成果さッ!」
まぁ間違っては無い……よね。
「え、早すぎて良く見えなかったけど……凄いッ!」
凄いで済ませられる君も結構凄いと思うんだ。
机は、新しい机を取りに行った。
もう机が使用不可能になるのは2回目だからね。
その辺は対応もバッチリだよ。
「あ、椅子持つよ?」
「いいのいいの。」
渋川さんの有難い申し出は、以前だったら即受けだったけど、今の筋力なら問題ない。
30しかないとは言え、以前の何倍もあるだから。
「掃除の時、机が重くて運べなくて、つまづいて教科書をばら撒いていた佐藤君が…………。修行したって本当だったんだね、凄いよ佐藤君!」
「ま、まぁね!」
ちょっぴり傷ついたことは内緒です。
で、教室に着いた僕は、盛大なニヤニヤ笑いに迎えられた。
なんという悪意に満ちた笑い方だ。ブランゴに囲まれた時より居心地悪いよ。
僕の机の在った場所には、机の中に入っていたであろう物がぶち撒けてあり、さらに水がかけてある。背中に隠れている渋川さんには見せたくない光景だね。
という訳で、ここでもスキルを無駄遣い。
敵対する対象がいるこの空間は、「撹乱術」が発動する。僕の動きは、速くなるぞ!
もともと速いけど!
さらに「身体制御」で移動後の衝撃を吸収。
「な、何処に行ったの!?」
「ここだよ。」
「ぅわぃッ!」
一瞬にして、僕はドリルさんの後ろに立っていたッ!
あまりの素早さに、教室内で突風が巻き起こり、今時の女子のあれは極端にアレだから……分かるよね。
まぁ僕は紳士だから見なかったけどね! 渋川さんの薄い青のが一瞬…………見てないんだよ!ホントだよ!?
とりあえず渋川さんは教室の入り口に居るままです。
これから行うことの効果を万が一にも及ばせたくない相手だからね。
そんな僕は現在しっかり「鼻息」使用中。
そして早速使うぜ!「桃色ウィィィンク」!
「え、あんた、何時の間に――――――!」
振り返ってきたドリルさんに向かってパチンと片目を瞑る。
「さぁ―――ね!」
ズキュゥ―――――――ンッ!
「はぅあああああああああああッ!」
次の瞬間妙な効果音が頭の中に響いて、ドリルさんは服の上から心臓を抑えて仰け反っていた。
ウインクは予想以上に恥ずかしいけど、これはすごい威力だな。
そしてここで駄目押しの「桃色鼻息」! フンフフーン!フンナー! フンー! フンー!
ここは「風操作」を使って窓から吹き込んでくる風を循環させ、効果範囲を調節させるぜッ!
ああ、少ない魔力がゴリゴリ減っていくッ!
ちなみに6月ともなると窓は全開である。虫とかもフリーパス。網戸つけてー!
ともあれ、「桃色」系の説明を信じるなら、これで彼女は僕に好意を抱くはずだ。
「な、え? 何であんたなんかに……!? ウソよぉ!」
ククク、何処まで抗えるかなッ!? お前の頬はもう赤いぞ!?
僕は君の事は結構どうでも良いけど、君には僕のことを好きになってもらうよ!?
黒い、黒いなぁ僕!
そういえば風を循環させている範囲内にはドリルさんと一緒に机を投げ落としていた女子二人も居る。
黒髪ポニテというフェチ心をくすぐる女子と、茶髪の小柄な子だ。
黒髪ポニテの子は何でかへたり込んでいて、もう一人の短い茶髪の女の子は僕の方を見てなんだかモジモジしている。
そんなにモジモジしないで! されても僕は何も返さないよ! 放置プレイを楽しんでくれたまえッ!
二人の反応を見て気付いたが、「鼻息」を結構強烈に使っても、すぐさま暴走するわけではないらしい。
電車のお姉さんみたいになるかも知れないという一抹の不安は、杞憂だったみたいだ。
こう、仄かな恋心的な強さみたいだし、それくらいなら僕の心も痛まない。
もともとドリルさんの金魚の糞的な存在だったし、あとで個別に話せば何とかなりそう。
……まぁドリルさんを何とかしたあとに、だけど。
さてドリルさん。
ドリルさんには悪いけど、桃色に書かれているように、「メッロメロ」とやらになってもらう!
僕の言うことをすんなり聞いてくれるくらいには、魅了されてもらうよ。
その後は……どうしよう。正直考えてなかった。でももう魅了しちゃったしなぁ……。まぁなるようになるよね。
僕を凝視しているドリルさんに、話しかける。
「あの、花咲さん?」
「………はぁ!?」
あれ、なんか反応がおかしい。
「花咲さんじゃなかったっけ?」
「誰よッ! 私は森川ッ!」
「ああ、そう……」
花咲改め森川ドリルさんは、両手を握り締めて叫んでくる。
「ああ、そうって何よッ!」
「ごめん、あんまり人の名前に興味なくて。まぁもう覚えたから大丈夫。森川森川ドリ川さん。うん、よしッ!」
「良くないわよッ! 間違ってるじゃないッ!」
森川ドリルさんは何だか怒っているような反応である。
いつものドブ鼠を見るような視線を作るほど余裕は無いみたいだ。
「それで、あとで話があるんだけど。時間作ってくれない?」
「ふ、二人きりになって何するつもりッ!?」
いや、ウインクくらいしかしないけど。
自分の体をかき抱くようにするドリルさんは一体何を考えているのやら。
「まぁ大事な話だから考えといて―――ね?」
ドキュ――――――ン!
「ほうぁあああああッ!」
パチン、ともう一つウィンク。
ドリルさんは絶叫しつつ、きをつけをしながら後ろに仰け反って後頭部から床に落ちた。
凄い……首ブリッジだ。
ドリルさん、スカート短いもんだから、意外と可愛い趣味のパンツが見えて僕は目を逸らした。
紳士だからねッ! 別にドキドキしたとか……! ああ、したよッ! しましたァ―――! 僕をいじめていたドリルさんのパンツなんかにッ! 僕は悔しいッ! でも、僕も男なんだよッ!
そういうわけでさりげなく(残像が残るような速度で)顔を背けた僕は、ドリルさんを引っ張り起こすと椅子に座らせてあげた。
ドリルさんはドラッグきめたみたいな顔になっていて若干怖かったけど、こうさせた僕のウインクの方が怖いよね。
もう人前でウインクするのはよそう。
絶叫+ブリッジ+パンもろ、の三連撃は多感な女子には厳しいと思うんだ。
別に報復がしたいわけじゃないし。
僕は、こちらをぼぅと眺める残りの女子二人の視線を感じつつ、「鼻息」を止め、残りの魔力を全部使って教室の淀んだ空気を追い出した。
さて、あとは次の休み時間にでも決着だ!
と思いつつ振り返ろうとして――――――ぐわしと肩を掴まれた。
「よぅ、久しぶりだな。オレ様に挨拶は無しか?」
「あ、剛川君。おはよう。」
剛川君でした。
相変わらず大きいな。僕より30cmは上背があるしね。
だけど、もう君の大きさにビビッたりはしないんだ。もっと大きくて怖いものと戦ってきたし。
普通に返したら面食らっているみたいだけど、隣に居た痩せぎすの腕がひょろっと長くて前歯が突き出している男が、代わりに答えてくれた。
「タメ口きくなんて、生意気な奴だ! 剛川さんやっちゃってください!」
「うわぁ……」
思わずうわぁなセリフだったが、硬直していた場は動いたようだ。
剛川君はボキボキ指を鳴らしながら、僕にすごんでくる。
「ヘッその通りだな細川。お上品に挨拶交わすなんてオレらしくもなかったぜ。俺の挨拶といえば」
「へぇ凄いね。あ、机運んでくれたんだ。ありがとう渋川さん。」
長くなりそうだったので生返事を返しつつ、密かに机を運んでくれていた渋川さんにお礼を言うことにした。
この騒ぎの中でも淡々と作業できる君って意外と凄い。
「ちょ、私のことなんていいから! 佐藤君後ろ後ろ!」
さとぉ―――! 後ろ―――!
という具合に渋川さんが指差すのは、僕の後ろでプルプルしている剛川君です。
空間把握で見えてるから大丈夫なんだけどね。
彼はきっとトイレでも我慢しているのだろう。
顔も赤黒いし大きいほうかな。
他人の下の心配までしてあげる渋川さんには頭の下がる思いがするよ。
「渋川さんの優しさに、僕は思わず惚れちゃいそうだよ。」
「えぇ!? あ、えと……私……」
渋川さんがモジモジし始めて、失言だったかと不安に狩られたんだけど、剛川君がこの空気を振り払ってくれた。
空気読めてるよね。方法は野蛮だけど。
「聞けぇええええええええええッ!」
痺れを切らしたとばかりに殴りかかってくる剛川君。
しかしその動きは遅く、避けるのもさばくのも容易い。……周りに机と渋川さんが居なければ。
よってここは――――――防御だ!
メキャアッ!
普通に腕でガードした。机を使うという選択肢もあったけど、また新しいものを取りに行くのもいやだし。
で、拳を受けてみた感触は……
うぉお、予想以上に重たい……!
それもそのはず。「観察眼」で見た剛川君の筋力は、48あった。
大人の平均の4.8人分。
普通の人はパンチ力どんくらいなのか知らないけど……
ウエイトリフティング200キロくらい上げれるって言う噂は、嘘ではなかったらしい。
でも、まぁ僕の耐久力はアホみたいに高く、耐久力が高いということは、すなわち皮膚や骨や筋肉がやたら頑丈であるということである。
ついでに「防御術」スキルもある。
メキャッたのは剛川君の拳でした。
「おおお!?」
拳を抑えてしゃがみ込む剛川君。
凄い力で殴るから……
骨折とかしてないと良いけど。面倒だし。
あ、「身体制御」で衝撃吸収してあげたらよかった。後の祭りだけど。
「ご、剛川さん手が!? お前、鉄板でも仕込んでやがるのか!? この卑怯者め!」
「あー……うん。そうそう。危ないからもう叩かないでね。」
そういう僕の後ろでは、興味深そうにぺたぺた僕の腕を触ってくる無言の渋川さんが居たりする。
鉄板とか仕込んでないのばれちゃうから程々にしてね。
というか、さっきからちょいちょい気になることをしているけど、君の恥ずかしがりっていう設定はいったいどうなってるんだい?
君に触られて僕としてはドキドキするんだけど。
なんか近くにいるだけで良い匂いもするし……
「こんな細身なのに……なんてしなやか……ラケットを持たせたら……」
なんかブツブツ言ってる――――――!
表情こわッ! 君の隠れた一面、たくさんありすぎだよ!
評価が二転三転するわッ!
密かに戦慄する僕はさて置き。
唸っている剛川君を細川君が保健室に連れて行って、朝の時間は終わるのだった。
<つづく>