<38>
おはようございます。
現在電車の中にいるハルマサです。
どう感じるか楽しみだ、とかいった罰でしょうか。
すんげぇ密着度高いです。
熱い。暑いじゃなくて、熱を感じる。背中から。
(や、やっぱり近くない!? このお姉さん近くない!?)
身長が僕より背の高い女の人が、ドアの近くにいる僕の背にもたれかかって来ます。
僕は扉に押し付けられる状態だ。いや、僕筋力は無駄にあるんで別に苦しくはないんですけど。
通勤ラッシュの時間帯といえど、これはセクハラなんじゃあ……?
いつもはおじさんがお尻を揉んでくることが多かったのに、この女の人は一体…………? って、鼻息荒いよこの人―――!
女の人だからか、なんだか良い匂いするし、くっ付かれても嬉しいくらいなんだけど、どんな顔してるのか(いろんな意味で)怖くて確かめられない……!
「ふふ、ボウヤ。緊張してるの……?」
(なんかAVっぽいこと言い始めた――――――!)
おかしい。明らかに変だよ! まるで発情期みたいな……あ、ぁあああああああああああああああああッ!!
□「桃色鼻息」
異性を魅了する魔性の特性。鼻で息をする時、あなたの体からは異性をとりこにするフェロモンが溢れ出ます。たらしと呼ばれること間違いなし! 異性はあなたにメッロメロだぜぇー! ※同種の生物にしか効きません
(こ、こいつかぁあああああああああああ! く、口で呼吸するんだ! ち、違う、お姉さんのせいで興奮してハァハァ言ってるわけじゃないんです!)
「ボウヤ……私……!」
(み、耳を舐めないで!? ぼ、僕たちにはそういうプレイは早いと思います! じゃなくてッ! なんか打開策を!)
僕は動揺しまくっていて認識していなかった周囲の状況を、「空間把握」を用いて認識する。
しかしお姉さんの攻撃は止まらない。
(く、何か……ああ!? お姉さんそこ触っちゃダメです!)
「ウフフ……恥ずかしがっちゃって……可愛い♪」
(妖艶だ―――――!)
混乱しまくる中で、僕はあることに気付く。あれ? あっちのあの子、もしかして……。
僕は意を決して振り向いた。女の人は、頬を染めており童貞の僕には刺激が強すぎる顔をしていた。
「(うわぁ……!)あ、えっとすいません。通してください。」
「え? プレイを楽しんでいたんじゃ……? ここでまさかの放置に入るの!?」
「な、何の話ですか!?」
お姉さんが小声で叫ぶのを聞き流しながら(流せなかったが)、僕は狭い車内を移動する。
舌打ちや、無駄に暑い視線(多分「桃色鼻息」のせい)を受ける中、なぜかお姉さんも付いてきた。な、なんで僕の服掴んでるの!? こわッ!
桃色は危険すぎると思いつつ、電車を横切った僕は、体を縮こませている女の子に声をかけた。
「やぁ久しぶり。朝会うなんて奇遇だね!」
無理やりすぎる話しかけ方だと理解はしている。ついでに言えば、初対面だ。学校は同じみたいだけど。
女の子は驚いてこちらを見る。その後ろで息を荒くしていた男の人も、驚いたようだった。
「なんか人多くて苦しそうだね。こっち来る? まだ圧力少ないし。」
「……?……!?」
手を伸ばすと、女の子は僕の顔と手を交互に見て困惑している。
女の子の後ろの人は、驚いた後気まずそうな、悔しそうな顔をしてどこかに行った。
その瞬間、ほぅ、と息を抜く少女。
「あ、ありがとう……。」
消え入るような涙声で、女の子が話しかけてくる。
「いや、痴漢怖いよね。よく分かるよ……本当に。」
「ボウヤかっこいい……!」
いや、今の結構あなたへの当てこすりだったんですけど……全然効いてないですね。
まぁ僕が本当に怖いと思っていたのはおじさんの鼻息とかケツをまさぐってくる感じとかだったんだけどね。
僕のささやかな反撃では、まるでダメージを受けなかったお姉さんは僕の腕を握り締め、こちらを見てうっとりしている。
桃色ホントこえぇ……!
とにかく、僕は自分の精神力の向上を実感した。
この、勇気が恐怖に押し負けないというのは、いい。
女の子を痴漢の魔の手から救い出すことが出来たのだ。
これだけでも、僕が戻ってきた価値はある。
本来の目的である、エロ本とハードディスクはまだ処分できてない。母さんがいて、そんな気にならなかったし。
帰ったらしよう。
僕が感慨にふけっていると、涙目になっていた女の子がもう一度お礼を言ってきた。
「あの、ありがとう。私あの人に付き纏われてて……。」
「何ですって!?」
僕が何か言う前に、僕の腕を掴んでいるお姉さんが眉を吊り上げる。
「こんないたいけな子を……! ふふ、いいわ。お嬢ちゃん、私に任せなさい。決して這い上がれないような穴に突き落としてやるわ……!」
完全に自分のことを棚にあげているとしか思えないセリフではあったが、その表情は非常に頼もしい。
「だってさ。よかったね。」
「……うん。ありがとう、ございます……!」
「あら、いいのよ。私が気に入らないだけだから。」
あの、お姉さん? 世の中には他人の振り見て我が振り直せという言葉があってですね?
「もうメールを送ったから、これで大丈夫よ。だから私たちは続きを……あら、残念。着いちゃった。」
『間もなく~北十八条駅~お降りのお客様は……』
車掌の気怠い声が響く中、お姉さんはメモ帳を取り出して何かを書くと、僕に渡してくる。
数字の羅列と、「どんな時でもOKよ」と書いてある。ハートマーク付きだ。名前すら知らないのに……!?
地下鉄駅に滑り込んだ電車の扉が、開いた。
「お嬢ちゃんは自分から嫌って言う勇気を持ってね。私やボウヤがいつも居るとは限らないんだから。」
「は、はい。ありがとうございました。」
「じゃあね。またねボウヤ。」
女の人は颯爽と去っていった。
桃色さえ絡まなければすごく頼りになる人だ。ああいう人もいるのか……。
僕は思わず呟く。
「良い人だったねぇ……」
「え、知り合いなんじゃないの……?」
「ええ!? なんで!?」
「えっと、仲……良さそうだったし……」
「いや、初対面なんだけど、なんか気に入られちゃって……」
桃色のお陰でなッ!
いやぁ、全く……この桃色封印できないかな!
そういうモテ方してもかなり寂しいよ! いや、少しは嬉しいんだけどね! あ、ちょっと! ほんのちょっとだよ!?
でも鼻息か……。
この特性を発動させないためには口呼吸を続けるしかないんだけど、そんな、常時口で呼吸する人とか見たことないよ。
周り中の女の人発情させて、この特性は一体何がしたいんだろう。確実に僕が不幸になるでしょ。
ついでに周りの女性の人生もグチャグチャになりそう。
なんだこの完全な地雷……! 踏んでも居ないのに爆発しよるわ。
僕が唸っていると(さっきからずっと口呼吸だぜ!)、女の子が言いにくそうに話しかけてきた。
「あの、佐藤君だよね……?」
「あ、はい。確かに佐藤君ですけど。」
「体が細くて勉強も運動も出来なくて、いつもいじめられている佐藤君だよね……?」
「(遠回しに罵倒してるのか!?)そうですけど、あの、どこかで会いましたっけ……?」
「えっと……一応同じクラスなんだけど。……私影薄いし仕方ないよね……フフ…」
煤けた笑みを浮かべる女の子。
うわぁ、凄い申し訳ない。
いや僕が記憶力悪いとかじゃなくて、僕にとっては学校って耐えるところだったから、常に下を向いていたって言うか!
「あの、ごめ……じゃなくて、その、あまり目立たないだけで、君は可愛いからそんなの気にしないで欲しいッていうか!」
ペラペラ早口で僕の口は何を言ってるんだファ――――ック!
「そ、そうかな……てへへ。」
ま、まんざらでもないようだ。セーフ!
でも実際可愛いと思う! こう、小動物的な魅力で。
「私ね、佐藤君っていじめられても笑って誤魔化してるみたいで、私みたいに勇気のない人だと思ってたの。でも全然違うんだね。……助けてくれてありがと。」
女の子は申し訳なさそうに微笑む。
「い、いや……まぁね!」
全然間違ってないよ! 完全に意気地のないヘラヘラBOYだったんだよ!
笑ってやり過ごそうとしてましたァ―――! だってすごく怖いんだもんあの人たち。
で、勇気が出るようになった理由がアレだから本当のことも言えない。……チートのお陰ですとでも言えと!? 頭のおかしい子だと思われるわッ!
でも、もういじめられることを良しとはしないよ。
今日が最後の登校日になると思うけど、キッパリと撥ね退けてやる!
そして最後の学校を満喫してやるんだァ――――――!
『間もなく~……』
と、そうこうする内に学校への最寄り駅に着いたらしい。
ハルマサは鼻息荒く電車を降り、その過程で罪も無い女性をメロメロにして去っていくのだった。
<つづく>