<9>
視界を埋め尽くす怪鳥の大きな翼。
それを見上げながら僕は体が震えるのを感じていた。
ちなみに、まだ這い蹲ってます。
クック先生の強大な敵意とプレシャーの前に、体が硬直しちゃってて動かないんだ。
精神力が30もあるのにそれはないだろうって?
たかが大人三人分じゃ、クック先生には不十分だったってことさ!
「穏行術」で精神力が増幅されているかもしれないけど、それでも状況に変化なし。
という訳で、蛇に睨まれたかえるの如く見事に体が動きません。
「フンゴー! フゴォオ!」
ああ、ドスファンゴさんも忘れてませんから、そんなに興奮しないで!
そっちに割く余裕がないだけなんだ!
ズシ……ン!
イャンクックは地響きと共に着地する。
うお、胃に来る!
ぶわわ、と土や葉っぱが舞い上がり、地面が揺れて、「姿勢制御」によるよろめき耐性を持つはずなのに体が揺れる。
風も来たけど伏せていたから大丈夫だった。
三者の位置は、僕とイノシシと怪鳥で一辺10メートルの正三角形を作っているという状況である。
10メートルとか目と鼻の先なんだけどね。
イャンクックは立派な顎(クチバシ?)と襟巻きみたいな耳が特徴的な、鳥のような竜のようなモンスター。
聴覚が優れる反面、大きな音にはめっぽう弱い。
確か、飛竜の中では小柄っていう設定があったと思うんだけど……
でかい。
「観察眼」によれば、体長は12メートル。つまり翼の先から翼の先までが12メートル。
頭の位置は地面から3~5メートルのところにあるような、絶望的な大きさである。
クチバシの中に僕がすっぽり入りそうだよ。
詳しく見ようと思ったら案の定≪ポーン≫と弾かれる。「観察眼」のレベルが7は必要らしい。
で、僕が硬直している間に、状況は推移する。
「ギョワァアアアアア!」
「フンゴォオオオ!」
ドカーン! ドカーン!
怪鳥(12m)とイノシシ(8m)による怪獣大決戦が始まってしまったのだった。
最初イャンクックはこっち振り向いて、僕は\(オワタ)/って思ったんだけど、この少し開けた場所そんなに広くないんだよね。
僕以外の2匹が異常に大きいから、クック先生の広げた翼がドスファンゴを叩いちゃったみたいで……
怒ったドスファンゴが、イャンクックにぶちかましを食らわせたんだよね。
12メートルもあるクック先生がぶっ飛ぶような威力で。
それに対してイャンクックもすぐさま起き上がり火を吐き返したりして……余波で、余波で僕が死ぬから!
と言うか二匹とも挙動が素早すぎるよ!
モスがアレだからって、強いモンスターたちの身体能力もそのまま強くさせなくても!
強さのインフレ起こってない!?
クック先生のクビの動きとか、残像残ってますからー!
そしてドスファンゴさんの突撃で、衝撃波起こってますから! 音速!?
咆哮と敵意と暴力が溢れる空間。
以前の僕なら不用意に動き出して、怪獣たちの注意を引いてしまったかもしれない。
しかし僕は叫びだしたりせず、その場に伏せ続けていた。
それは一重に「穏行術」のおかげだった。正確には「穏行術」の熟練度上昇ボーナスによる、精神力上昇のおかげだ。
「穏行術」の取得条件を覚えているだろうか。
モンスターにある程度近いところで、一定時間移動せずに、攻撃を食らわない、である。
スキルの熟練度は取得条件のような行動をとっている時に、上がりやすい。
そして僕は今、ドスファンゴにビビッていたときから場所を一度も動いていない。
もちろん攻撃も受けていない。
そして先ほど、危険な場所ほど、熟練度は上昇するという仮定を思いついたんだけど、多分それは正しいと思う。
この2大怪獣が暴れていて危険が倍倍に膨れ上がっているこの状況!
「穏行術」が凄いことになってるんだよ!
あ、またファンファーレ。
≪チャラチャンチャンチャンチャラチャーン♪「穏行術」の熟練度が75.0を越えました。熟練に伴い、精神力にボーナスが付きます。≫
おおう、ファンファーレが鳴りっぱなし。
上がり過ぎだよ! またまた嬉しいから構わないけど!
精神力はこれで81。なんか三桁も夢じゃないって思えてくるね。
そのおかげで、非常に心臓に良くないこの状況でも何とか冷静で居られるよ。
あわてて飛び出したら巻き込まれて死ぬのが分かるくらいは冷静になれている。
そういえば「穏行術」、熟練が30と70を超えたときレベル上がった。
レベルが上がるごとにカメレオン能力がドンドンパワーアップしていくよ……
僕の肌とか、下草の色と同化して真緑色だよ。正直キモイ……
ついでに「観察眼」の熟練度も上がって50越えたけど、それは今どうでも良い。
「聞き耳」のレベルも上がってるけど、それでどうしろと……?
いや、そろそろ逃げなきゃ!
クック先生の吐く火がところ構わず燃え移って、辺りが火の海になりつつあるし!
よーし! よよよよよよーし!
あの大木の陰とかから逃げると良い感じかな!
ちょうど怪獣たちはがっぷり組み合っているし!
その時頭の中で、またファンファーレ。
≪チャラチャンチャンチャンチャラチャーン♪ 一定以上の脈拍で一定時間目を閉じなかったことより、特性「桃色ウインク」を取得しました。取得に伴うボーナスはやっぱりありません。興奮しながらそんなにガン見、しちゃイヤン! 時には相手の目を見てウインクだ! がっつき過ぎなあなたにこの特性を送ります。幸せになれよー!≫
(またかぁあああああああああッ!)
なれよー! といって切れたナレーションはまたもやテンションがおかしかった。
さっきも思ったんだけど、なんか違う状況と勘違いしてない!?
キャッキャウフフな状況だと思ってない!?
確かに怪獣決戦を凝視してたけど、それは目を離したら死んじゃうからだよ!
おっぱいの魔力に惹き付けられていたとかじゃないんだよ!
だが、怒りすら感じる特性の取得で弾みがついた。
(………それッ!)
跳ね起きると、足にグッと力を込め、後ろに跳ぶ。
タン、タン! と二度ステップして大木の後ろに回りこむ。
その時感じた体の軽さは、僕の予想を超えていた。
というかこんなに体が軽いとか、なんか感動! 今なら世界が獲れる!
体のキレは先ほどイャンクックから逃げた時の比ではない。
「撤退術」スキルはもちろん、「撹乱術」が発動する条件も満たしているのだろう。
(よ、よし! うぉおおおおおおおおおおおおお! 逃げろぉオオオオオ!)
僕は先ほどの失敗を繰り返さないためにも、「聞き耳」で手に入る情報をしっかりと認識しながら、怪獣たちに背を向け駆け出した。
ドスファンゴが飛んできて背後の大木に直撃したりしていたけど、そのせいで大木(幹の直径が1m以上)がメキメキ倒れてきてたりするけど!
何とか逃げ切ってやるぜぇええええ!
て、うわ近い!
あつぅ!
火の塊が近くを通って、余波で耐久力が減ったため、僕はさらに必死になって走るのだった。
<つづく>
ステータス
耐久力:1/2
持久力:減少中/11 ……3 up
筋力:8
敏捷:10 ……4 up
器用さ:5 ……1 up
精神力:81 ……51 up!
特性
桃色鼻息
桃色ウインク
変動したスキル:熟練度(少数点以下省略)
姿勢制御Lv1 :5 ……1.64 up
穏行術Lv4 :75 ……51.0 up Level up!
撹乱術Lv1 :3 ……2.91 up
撤退術Lv1 :6 ……2.74 up
観察眼Lv3 :58 ……28.2 up
聞き耳Lv3 :36 ……14.0 up Level up!
□「桃色ウインク」
異性を魅了する魔性の特性。異性の目を見つめてウインクすることで、異性に好感を与えます。わざとらしくても大丈夫! 異性はあなたにメッロメロだぜぇー! ※同種の生物にしか効きません。
<10>
サァアァァ………
目の前を清らかな小川が流れている。
「平和、だなぁ……」
苔むした岩が敷き詰められている湿った場所で、僕は休憩していた。
頭上を覆う枝や葉の間から木漏れ日が覗き、水面に反射してキラキラ輝いている。
イャンクックとドスファンゴからどうにか逃げ切った僕は、耳をそば立てながらもリラックスしていた。
ていうかこのフィールドすごく広いよね。
僕、「走破術」(長い距離を走りきるスキル)の助けを借りて結構移動したんだけど、相変わらず森の中だよ。
そして、あえて言おう。
「水、うまッ!」
水場を探していたことを思い出して、川の水を飲んだ時、僕の脳髄に電流が走ったようだった。
……まぁそれは言い過ぎだけど、それくらい美味しかった。
考えてみれば「穏行」していた時もダラダラ汗出ていたし、そりゃあ喉渇くよね。
もう一度両手に水を掬ってみる。
透明な水は、当たり前だけど不純物も結構混じっている。
大きいものが沈むのを待ってから、細かいものは気にせず飲む。
「ング…ング……」
ふぃい……満足だ。
そういえばモンハンでハンターって肉食べてるけど水飲んでないよね。
まさか回復薬だけで喉を潤しているのだろうか。
塩分過多で小便とか茶色になるんじゃない?(←なりません)
ハンターは思った以上に過酷な職業かもしれない。
ていうか僕完全に生水飲んじゃってるんだけど、エキノコックスとかいたら悲惨だよね。
凄まじいまでにお腹を下しそうだよ。
僕は胃腸も弱いからなァ……。
耐久力低いから、毒とか、そういう継続ダメージで攻められるとすぐに死にそうだね。
ちなみに耐久力は、「観察術」で見つけた薬草を食べたことで治っている。
そうか、お腹に優しい薬草を食べれば良いのか!
という訳で、近くに生えていたそれっぽいものをモッシャモシャ。
まずい! もういらんね!
うーん、と伸びをする。
ふと、服の汚れが気になった。
少しニオイもする。
そういえば、閻魔様のところに死に戻るとケガとか体の汚れは消えるけど、服の汚れはそのままなんだよね。
近くにモンスター居なさそうだし、服洗おうか。
「~♪」
僕は鼻歌を歌いながら、ジャブジャブとジャージの上着を水につけてこねくり回していた。
表面に付いた、草の擦れた後や土なんかを軽く落とせれば良いからそんなに一生懸命やるのも何なんだけど、精神力上がったおかげかチマチマした行為が苦にならなくなってるから、ついつい本格的にやってしまう。
器用さが低いから手付きはぞんざいな感じだけどね。
結果としてスキルを得た。
■「洗浄術」Lv1
汚れを落とす技術。掃除、洗濯を素早く丁寧にこなせるようになる。熟練に伴い、器用さにプラスの修正。熟練者は、どんなにしつこい汚れも素手で取り除く事が可能となる。
クリーニングスキルきた―――!
なんとも実生活に役立ちそうなスキルである。
現代では、洗濯機とかあるから、よっぽど熟練させないと使う意味がなさそうな気もするけど、今はとてもありがたい。
とりあえず上着を乾かすついでにシャツも……………誰も見てないし全部洗おうか。
順次洗って、一つずつ枝にかける。
ついでに靴も洗って干した。
もちろん下着(ボクサーパンツ)も干しているので、僕はこの大自然の中、全裸。
―――凄い開放感だッッッ!
今、まさに束縛されない心と体ッ!
少し感じる羞恥心が、ほどよいスパイスとなって心を盛り上げる。
「ヒャッッッッハァアアアアアア!」
奇声を上げつつヤッタヤッタと葉っぱ踊りをかましていたら「舞踏術」の熟練度が上がった。
≪「舞踏術」の熟練度が(以下略)≫
熟練度が2.0になり敏捷がアップしたらしい。
敏捷はコレで11である。
ついに大人の平均を越えてしまった。
やっぱりチートだなァ……。死に戻った時はたったの2しかなかったのに。
あの時の5倍の速さで動けるようになった僕。
この調子で行けば、今日中に人間の限界を超える事が出来そうじゃない!?
そして、ふと、冷静になった。
今日中って……最初に来たときから太陽の光の強さあんまり変わってないんだよね。
夜とかないかも。
で、太陽の光で思い至ったこと。
よく考えたら、木漏れ日しかないような森で、衣服が乾くわけがない。
僕は全裸で頭を捻る。
「うーん。」
とりあえず服を持ってバサバサと振ることにした。
もしかしたら、布を乾かす的なスキルを取得するかもしれないし。
上着の肩を持って振ってみる。
ワッサワッサ。
何か暇だな。
そうだ、この振る事で生まれた風を、枝にかけた服に当てるのはどうだろう。
どっちも乾いてグッドな感じだ!
今日は冴えてるな僕。
早速シャツに向かって強めにバサバサと振っていると、例のチャンチャラ鳴るファンファーレが響いた。
(ええ!? 布を乾かすスキルとか本当にあったの!?)
と思っているとナレーション。
≪一定時間内に一定面積以上の布を強振したことにより、スキル「布闘術」Lv1を取得しました。習得に伴い、器用さにボーナスが付きます。≫
布闘術? 布?
何だろう。
どうやって闘うのか見当が付かないな。
まぁいいか。
布を振るのが何か楽になったし。
コツっていうの?
まぁ器用さの上昇もあるだろうけど。
微妙な効果だけどないよりはあった方が良いよね。
バッサバッサ。
火があれば楽なんだけど……起こしたらモンスター寄ってきそうだよねぇ。
早く乾かないかなァー。
バッサバッサ。
こうやってバサバサやっている間にも出来ることないかなァ。とりあえず「観察眼」と「聞き耳」は使ってるんだけど。
口笛とか吹いてみようか。いや、吹けないんだけど。
バッサバッサ。
あ、「布闘術」の熟練度上がった。
おめでとう僕。
器用さもこれで11か。
いつの間にか強くなったね僕も。
バッサバッサ。
そろそろレベルあげたいな。
何時までもマイナスじゃぁなぁ。
あ、耐久力もなんとかしたい。
バサー、ブワサァー。
おっと強く振りすぎた。
パンツが飛んで行ったよ。
ああ、あんな高いところに引っかかっちゃって!
そんな感じでノンビリ服を乾かしたり器用さを上げていたりするハルマサは、背後に迫る危険にも気付かないのだった。
<つづく>
ステータス
耐久力:2/2
持久力:12/12 ……1 up
筋力 :8
敏捷 :10
器用さ:11 ……6 up
精神力:81
変動スキル :熟練度(小数点以下省略)
布闘術Lv1 :3 ……3.28 up New!
姿勢制御Lv1:7 ……2.87 up
観察眼Lv3 :63 ……5.81 up
聞き耳Lv3 :41 ……5.22 up
洗浄術Lv1 :2 ……2.84 up New!
■布闘術
布を用いて闘う技術。布を凶器として扱うことが出来る。熟練に伴い器用さまたはその他のステータスにプラスの修正。熟練者は、布を用いて鉄を断つ。
■「洗浄術」Lv1
汚れを落とす技術。掃除、洗濯を素早く丁寧にこなせるようになる。熟練に伴い、器用さにプラスの修正。熟練者は、どんなにしつこい汚れも素手で取り除く事が可能となる。
<11>
どうも。
なんかずっと一人で居るから寂しくて、テンションがおかしくなっている佐藤ハルマサです。
パンツが吹っ飛んでいったので回収したらパンツは結構乾いている事が分かりました。
「……下着だけでも履いておこうかな。」
という訳で、プット・オン!
シャキーン!
ハルマサは下着を装備した!
胸中に安心感が広がった!
いやぁ、確かに全裸で居るのも悪くはないけど、やっぱり急所を丸出しにしておくのは良くないよね。
それに対して、このボクサーパンツ!
黒のポリエステルで出来た安物だけど、このフィット感!
ユニク○もバカには出来ないよね!
というか僕は大好きだよユニク○! 肌着しか買わないけど。
そんな訳で少し防御力を上げた僕はさらに身につける衣服を増やすため、もう一度上着を持とうとして、
(――――――――!?)
その場を飛びすさった。
(この身軽さ! 「撹乱術」が発動してるの!?)
直後、地面から飛び出す突起。僕の胴体ほどもあるような赤と白のまだら模様のそれは、数瞬前まで僕が居た場所を貫いている。
「聞き耳」で地面から響く不穏な音を捉えなければ、ケツの穴が増えるところだった。
というか確実に即死だった。
でもこんな避け方が出来るようになった僕って、カッコよくないだろうか。誰も見ていないので寂しいけど。
というかまた、モンスターなのか。
僕は急いで放り出してあった骨棒を拾い上げる。
僕の目の前で、地面からさらにもう一本突起が突き出す。
(いや、あれは突起じゃない――――――)
「鋏(ハサミ)?……あのカニみたいな奴か!」
マズイマズイマズイ!
あのでっかい盾のカニ(ダイミョウザザミです)だったら……
モコモコモコ!
ドロを跳ね飛ばしながら、白い甲殻を背負ったカニ(?)が現れる。
――――――でかい!
僕の身長(165cm)以上あるよ!?
まさかほんとにあのボス級の盾蟹モンスター!?
いや、「観察眼」がそれに異を唱える。
ついに「観察眼」がモンスターの名前を読み取ったのだ!
≪モンスター情報の取得に成功しました。
【ヤオザミ】:硬く厚い甲羅を持つ小型の甲殻種。弱点部位、弱点属性その他の情報を得るには、スキル「観察眼」Lv5が必要です。≫
まぁ弱点とかは良いにして……
小型の甲殻種……?
(どこが小型なのッ!? 人より背が高いんだけど!?)
ヤオザミは飛び出した黒い目をクルクルと動かしながら。両手の鋏を掲げてこちらを威嚇する。
ヒィィ! なんという絶望的な大きさ!
僕は、ヤオザミをモンハンのゲームにおいて、ガンナー装備でクエに行った時に、鬱陶しい敵だと言うくらいにしか認識していなかった。
しかしその認識は改めた方がよさそうだ。
だって見なよ! この圧迫感!
両の鋏を広げるとその感覚は3メートルを越え、一本一本がこちらの太ももよりも太い多脚が圧倒的な機動力を想像させる。
プレッシャーが体に纏わりついてくるようだ!
(くう……!)
骨を握り締め、唇を噛む。
いや、これは跳ね返せるプレッシャーだ!
さっきのイャンクックに比べれば何てことないはずだ!
そうだそのはずなんだ!
僕は強い! 僕は強ぉおおおおい!(自己暗示)
「観察眼」で名前が読み取れたと言うことは、こちらと実力が近い証拠!(←別にそんなことはない)
僕は気合を入れて叫ぶ。
「負けるかぁああ、ってうぉおお!?」
走り出そうとしたところで、ヤオザミが動き出す。
カニという特性か、回り込むように近づいてくる――――――疾ぁああ!?
(ひぃいいい!)
鋏を振り上げながら弧を描きつつ走り寄ってきたヤオザミが(いや走るというより最早滑っているように見える速度である)、
振り下ろした死神の鎌を間一髪、跳びすさって避けることに成功。
鋏は恐ろしいことに地面の岩に突き刺さり、しかしおかげでヤオザミに隙が出来る。
黄色い液体がチョチョ切れそうだよ!
しかし相変わらず会うモンスター会うモンスター強さがおかしい。
今のも、「撤退術」と「撹乱術」がなければ体を両断されているような、恐ろしい勢いの攻撃だった。
きっと耐久力が10あっても即死だね。
なぜなら成人男性は岩より柔らかいカラデス。
僕が食らったら頭がパーン! てなりそう。
だが、避けるだけなら僕にも出来る!
「撤退術」(離れる時スピードアップ)または「突進術」(近づく時スピードアップ)と、「撹乱術」(相手の近くでスピードアップ)。
常に敏捷系のスキルが二つも発揮されている現状、僕はいつもより早く動けている。
この状態なら――――――!
跳び退って空中に居た僕は、着地すると同時にヤオザミが振り切った鋏のほうに回り込み、骨を振りかぶり、
「だぁあああああ!」
強振!――――――ガンッ!
「クッ!」
ヤドに当たった骨は簡単に弾き返される。硬い!
「じゃあこっちだ! でい!」
ヤオザミの飛び出している目を叩く。
バシリと目に直撃し、ヤオザミは叫んだ。
「ギィイイイイイイイ!」
効いて……いるの?
反対側の鋏を振りかざして怒っているようにも見える。
効果があるかは分からないけど反応があったから殴り続け……ってやばい!
またその場を跳び退く。
ヤオザミは鋏が突き刺さったままの岩を持ち上げ振り回してきていた。
そのまま岩はすっぽ抜け、放物線を描きながらどっかに飛んでいって、後ろからバキバキと太い枝か幹が折れる音がした。
岩大きかったからなァ……
やはり、強い。
こちらは何発当てれば良いのか分からないのに、向こうは一発当てれば終了だ。
その上向こうはかなり速い。
ずるいじゃないか! G級クエレベルだよ! 僕はチートなしだと素材収集しかクリアしたことないんだよ!
……ちきしょう!
どうやったら、この状況を変えられるんだ!?
歯噛みする僕の前でヤオザミは、鋏を打ち鳴らして威嚇行動をとっていた。
<つづく>
ステータス変化なし
変動スキル :熟練度
聞き耳Lv3 :42 ……0.22 up
撹乱術Lv1 :3 ……0.90up
撤退術Lv1 :6 ……0.90 up
装備
棒状の骨
パンツ
<12>
「……くッ!」
横に転がるように避けた直後、鋏が地面に叩き込まれる。
すぐに起き上がって、また迫った鋏を避ける。
もう何度避けただろうか。
地面は穴ぼこだらけである。
このカニが単純な思考しか持っていないのでかなり助かっている。
攻撃パターンは、走り寄って鋏を振り下ろすのみ。
それでも避けるのはギリギリだ。
フェイントを入れられたら、もうとっくに詰んでいる。
実はもう打開策は思いついている。
スキルのレベルアップを狙うのだ。
「撹乱術」の熟練度アップのファンファーレで思いついた。
まぁ熟練度上がって、少し余裕が出来なかったら思いつきもしなかっただろうけどね。
スキルアップといっても、狙うのは逃げるためのスキルアップではない。
ヤオザミの直線距離の移動スピードははっきり言って越えられる気がしない。
モスの突進よりも速い気がするから。
避けれているのは、一重にヤオザミの旋回性能が低いことを利用しているからだ。
逃げたら、その瞬間追いつかれて脳天唐竹割り確実だ。
よって狙うのは攻撃スキルのレベルアップ!
もういっそ倒してやるぜ!
倒せなくても、足の一本でも奪ったら逃げやすくなるし。
しかしさっき「観察眼」で見たところ、骨バットの耐久値がかなり低い。3/20だった。
二回しか叩いていないのにこれはない。
このカニ、どれだけ硬いの!?
そして低くなった耐久値でもこの骨は僕の耐久力を上回っているという、ね!
僕ドンだけ柔らかいんだよ……。
という訳で骨バットが攻撃に多用できないことで、何か策を考える必要が出た。
ヤオザミが叫びつつ鋏を振り下ろす。
「ギィイイイイイイ!」
ガツン!
(よし! 上手く行った!)
ギリギリで鋏を避け、髪をかする攻撃に冷や汗を流すハルマサ。
だがそのかいあり、ヤオザミの鋏が岩に刺さるよう誘導するのに成功した。
さっきこれで隙が出来たのなら、また同じ事をすれば良いのだ。
この隙にハルマサは離れていたところに落ちていた50cmくらいの木の枝(腐りかけ、耐久値1/2)を取り、
「でりゃぁあああ!」
ヤオザミに突きを放つ。
当てるのは何処でも良いんだ。
熟練度を上げるのが目的だから。
今回はヤドに当たった。
耐久値が少ない枝は、一回の攻撃でへし折れる。
ダメージも通ってないだろう。
だがこれで良いのだ。
頭の中で、警告とファンファーレが連続して響く。
≪ポーン! 特技「突き」を使用するには、スキル「棒術」Lv2、もしくは他のスキルを習得する必要があります。≫
≪チャラ(中略)ーン♪ 「棒術」の熟練度が7.0を越えました。筋力にボーナスが付きます。≫
相手に攻撃することで、「棒術」の熟練度がぐいぐいと溜まっているのだ。
今の攻撃で最初に叩いたのを含め八回攻撃した。
一回で約0.25の熟練度が溜まっていると見て良い。
(フフフフ! この完璧な策! スキルレベルが上昇した時こそ、この骨バットを使ってあのカニに目に物見せてやる!)
全くダメージを与えられない戦闘でも、ハルマサの心は燃え盛っている。
鋏を引き抜いて襲い掛かってくるヤオザミ相手に、枝を投げ捨て、また回避行動をとるのだった。
ところで、避け続けるうちにハルマサはまたスキルを手に入れていた。
≪チャラチャ(略)ーン♪ 一定時間内で、自己の耐久力を上回る攻撃を一定回数避けたことにより、スキル「回避眼」Lv1を取得しました。取得に伴い、敏捷が上昇します。≫
■「回避眼」Lv1
攻撃を回避する方法を見出す思考。敵対する対象からの攻撃に対して、確率で回避に成功する道筋が視界に移る。レベル上昇に伴いスキル発動確率上昇。
やはり即死級の攻撃だったのかと、大事な玉が縮む思いがするハルマサ。
ただ、避け続けたかいはあった。
このスキルはかなり役に立ったのだ。
ヤオザミの攻撃が行われる数瞬前、攻撃の範囲が光る道筋として視界に映る。
ギリギリで避けることが、この「回避眼」のおかげで容易になり、ヤオザミの体勢を崩すように誘導しやすくなったのだ。
このように様々なスキルの助けを借りつつ、木の枝でヤオザミを突付きまくること20回。
≪「棒術」の熟練度が10.0を越えました。「棒術」のレベルが上がりました。耐久力、持久力、筋力、敏捷にボーナスが付きます。≫
(待ってましたぁ―――!)
待ち望んでいた「棒術」のレベルアップが起こった。
途端、手に持つ骨バットが軽くなる。手に馴染み、内部に歪みが生じていること、重心がどの辺にあるということなどが感じ取れた。
今度のレベルアップはとても分かりやすい。
(これならいける!)
でもその前に、チキンなハルマサとしては練習したかったので、走りざまに木の棒(耐久値1/1)を拾う。
そして死の鎌を避けざまに、足を踏ん張り――――――突き込んだ。
「突きィッッッ!」
瞬間、枝を保持していた手に、いつもに倍するほどに力が漲り、片手で持って突き込んだにもかかわらず、恐ろしい勢いで枝が突き出される。
そして今までとは違う感触。
カニのヤドにヒビが入ったのだ。
今までかすり傷が精々だったのに!
枝は威力に耐えられなかったようで、バラバラになった。
(凄い!)
スキルの、そして特技の威力を目に焼き付けるハルマサ。
突然の反撃に、ヤオザミは驚いたように距離をとる。
「ギチギチギチギチッ!」
泡を飛ばして鋏を鳴らし威嚇を繰り返すカニに対して、ハルマサは自分が優位に立ったことを知った。
なぜなら先ほどの攻撃でダメージが通ったことを確信できたからだ。
木の棒であれなら、骨バットで発動した特技の威力はどれほどだろう。
(うぉおおおおおお!)
ハルマサは棒状の骨を両手で腰だめに構えると、正面から突撃する。
正直、彼は調子に乗っていた。
だがこの時、この考えなしの行動派プラスに働く。
「突進術」と特技「突き」。
これらの相乗効果は彼の攻撃の中で、最大威力であり、また最速だったのである。
「ハァッ!」
地面を裸足で凹ませつつ、吶喊。
その時彼の速度はヤオザミの反応速度を凌駕し、振り下ろされる鋏がハルマサの頭をトマトのようにする前に、骨がカニの甲羅を突き破る。
速度と、両腕から湧き上がる力を全て乗せた一撃は、ヤオザミの甲殻を貫き、内部を蹂躙し、ヤドで守られた背中の急所を穿っていた。
ビクリと痙攣するヤオザミからすぐにハルマサは離れようとする。
だが、想定外なことも起こる。
(骨が抜けない!)
ヤオザミの、内部に詰まる筋繊維(?)が骨バットを締め付けているのだ。
ここでぐずぐずしていたら、ヤオザミの反撃で体の上と下とが生き別れになる。
事実、ヤオザミは動き出す。重心を前に動かし、鋏を振り上げようとしている。
ハルマサは慌てて手を離し、その場を飛びのく。
「ギィ……ギィイ………」
しかしヤオザミはそのまま倒れた。
「勝った……の?」
急所を貫いたことを知らないハルマサは、想定外の出来事に少し唖然とする。
その時脳裏で聞き覚えのある音が響いた。
ビヴァルディの「春」ではない。
もっと以前に聞いた―――
(これってドラクエのレベルアップの音じゃん。)
もしやと思っていると、脳内でお天気お姉さん声のナレーションが始まる。
≪魔物を撃退したことにより、40の経験値を得ました。レベルが上がりました。レベル上昇に伴い、各ステータスにボーナスが付きます。≫
体の中から力が溢れてくるような感覚。
あの、イャンクックとドスファンゴが暴れていた時は、混乱していた頭が冷えていくことで実感したステータスの上昇。
今度のレベルアップでは、一度に色々な事が起こりすぎて、「力が! 力が溢れてくるぜ!」状態だった。
(おお…………凄い!)
手を開けたり閉めたりだけでなく、垂直跳躍、反復横跳びとかしてしまうハルマサ。
こいつぁチートだぜ! と身体能力の上昇を実感したハルマサはステータスの確認を行う。
その上昇っぷりを見てさらに驚く。
ほとんどの数値が段違いに大きくなっている。
一番低かった耐久値ですら22になっており、もはや彼はただの人間ではなくなっていた。
(これなら……)
「聞き耳」によって拾われる、「フゴフゴ」という鳴き声。
聞こえてくる方向をにらみつけたハルマサは、何度も自分を殺してくれた、因縁の相手に再戦を挑むことを決意した。
<つづく>
ステータス
佐藤ハルマサ(18♂)
レベル:3 ……4 up レベルアップボーナスは19
耐久力:22/22 ……20 up
持久力:38/38 ……26 up
筋力 :32 ……24 up
敏捷 :39 ……29 up
器用さ:32 ……21 up
精神力:102 ……21 up
経験値:40 次のレベルまであと38
特技
突き
変動スキル :熟練度
棒術Lv2 :10 ……5.13 up Level up!
姿勢制御Lv2:10 ……3.39 up Level up!
突進術Lv1 :5 ……4.57 up
撹乱術Lv2 :14 ……9.32 up Level up!
撤退術Lv2 :12 ……5.81 up Level up!
回避眼Lv1 :6 ……6.48 up New!
観察眼Lv4 :71 ……7.12 up Level up!
聞き耳Lv3 :48 ……6.79 up
◆「突き」
拳または獲物を用いて、敵対する対象の体の一点に強烈な攻撃を与える。貫通属性。
■「回避眼」Lv1
攻撃を回避する方法を見出す思考。敵対する対象からの攻撃に対して、確率で回避に成功する道筋が視界に移る。レベル上昇に伴いスキル発動確率上昇。
スキル発動によるステータスのプラス補正は、
(スキルレベル)÷(補正のかかる数値個数)×0.1×(元の数値)
として計算しています。小数点以下は切捨てです。
上手く言葉が浮かばないため分かりにくいと思いますので、一つ例をば。
撤退術Lv1(敵から逃げる時持久力と敏捷にプラス補正)が発動している時、持久力10で敏捷10の人は、持久力と敏捷力に(1)÷(2)×0.1×10=0.5のプラス補正がかかります(そして切り捨てられる)。
さらにこの人に撹乱術Lv1(敵の近くで敏捷に補正)が発動している時、さらに敏捷に1のプラス補正がかかります。
数値低かったらそうでもないけどスキルレベルが上がればアホみたいなチートになっていきます。
レベルアップボーナスはレベルアップに用いた経験値です。