<105>
少年、夜川丈一は暗い部屋に一人、歓喜に震えていた。
血液で描いた魔法陣から、黒い靄があふれ出したのだ。
「ふふ、やったぞ! ハハハハハハッ!」
たった一冊の本から、必死に解読し、試行錯誤を繰り返し、終に成功した。
この超短期間で儀式を成功させた彼を、腐肉使いたちが知ればこぞって弟子にとろうとするだろう。
彼の精神の有り様もまた、暗き光を崇める者たちにとって見れば、歓迎すべきものである。
魔方陣から、ふわり、と闇の色をしたローブを纏う、小さな影が浮上する。
黒光りする鎌を持った、骸骨である。
採魂の鎌と呼ばれるおぞましい凶器を持った影は、奇妙に美しい声で、喋りだした。
声は夜川の脳髄に直接響く。
【……用はなんじゃ。我は忙しい。さっさと言え。】
そのおぞましい姿にガリガリと精神が磨り減るのを感じつつ、なんでこの死神はとても不機嫌そうなのだろう、と夜川は思った。
ハルマサが眼を覚ますと、自分の部屋だった。
部屋着のジャージを着ており、何故か手には「収納袋」。重さからして金貨も入っている。あ、中にスプレーが入っているからそのためかな。
閻魔様からのメモは今回は無いけど、これを使って桃色を解除してきなさいと言われているようだ。。
ステータスはまたもや制限がかかっているらしい。
レベル: 18
満腹度: 79万
耐久力: 92万
持久力: 79万
魔力 : 30
筋力 : 30
敏捷 : 112万
器用さ: 127万
精神力: 76万
こんな感じだ。
「んー……と。結構時間かかっちゃったね。」
確認すれば、今日は金曜日らしい。
前に戻ってきた時から9日間ほど経過しているようだった。
第一層に比べると多くの時間がかかった。
難易度の違いかも、とハルマサは思う。
第一層をクリアした時はステータスが1万あったかどうか。
それが今では、一部は100万を越える程のステータスとなってしまった。そしてその上にさらにチートが組み合わされなければ、クリアは出来なかっただろう。
一層と二層で難易度の差がありすぎる。
普通のRPGで考えれば、1階でスライム殺しまくってレベル上げて意気揚々と2階に行ったらラスボスが居た感じだろうか。居たのは裏ボスかもしれない。
それをクリアしてしまう2号のシステムの凄さが良く分かる。
まぁそれはさて置き、時間は午前10時。
学校が始まっている時間だ。
母さんの部屋から、人の気配がする。
今は眠っているのかな。
母さんのお陰で学校に籍は残っているはず。
取りあえず学校には行くけど……その前になんか食べよう。
小腹が空いたので、冷蔵庫を漁る。
食材がとても充実していることに驚いた。
母さんは何時の間に大食らいになったのか。
自棄食いしてるんじゃなければ良いけど。
そして台所の上においてある布の包みが目に入った。触るとほんのり温かい。
四角く、匂いでお弁当だと知れた。
メモが挟んである。
『おかえり少年!』
そう一言書いて在った。
メモには裏に続きがあって、これを持って学校に行けということだった。
恐らく毎日作ってくれていたのではないだろうか。
ハルマサは少し泣きそうになった。
ハルマサは駅まで歩くが、定期が切れていた事に気付き、走って学校に行こうとする。
そこで「ママチャリDX」を思い出した。
「収納袋」の中からママチャリを取り出し、ハルマサは学校へと向かうのだった。チリーン!
教室に着いたハルマサは、休み時間だったのでしれっと混ざることにした。
「僕の席そのままなんだね。」
「あ、佐藤君おはよう。」
「うん。おはようタケミちゃん。」
タケミちゃんである。小動物的な雰囲気は変わっていない。そばに居るだけで癒されるような雰囲気もそのままだね。
「あのね、その席は森川さんが絶対動かしちゃダメって…………ほ、ほぁああああああああああああああッ!」
「ちょ……タケミちゃん?」
タケミちゃん。ほぁああああ、って女の子の上げる声じゃないと思うんだ。
「ご、剛川さん! あ、あれ! あいつ来てますよ!?」
「マジかよ……交通事故で半死半生だって……」
「ハルマサ君!?」
「ご主人様……!」
しれっと混ざる作戦は最初から失敗のようだった。
すぐにザワザワし始めた。ご主人様って誰が言ったのか凄い気になる。
タケミちゃんは目を見開いて僕を震える指で指差している。
「ほ、ほほほ、本物ぉ?」
「本物だよ。落ち着いてタケミちゃん。」
どうどう、と震える手を抑えてあげると、落ち着いてくれた。
「ね?」
「あ……う、うん。」
で、さっき聞こえたことから大体の事情は分かった。
「あのね……佐藤君ケガしたって聞いてね……良かった……。」
母さん。半死半生の事故は少し無理があったんじゃないかな?
タケミちゃんに腕をつかまれて、動けなくなったハルマサはぼんやりそんなことを思うのだった。
「あの、もう怪我はよろしいのですか?」
「……。」
ドリルさんの質問にハルマサは口を噤んでしまった。
なんて答えればいいのだろう。また直ぐに居なくなっちゃうし……。
「まぁ大分治ってきたし、様子見かな?」
ということにした。
「む、無理しちゃダメだよ?」
「そういうあなたが何故ハルマサ君の腕にひっ付いているの!? ミドリも! 秋まで!」
「ご主人様の匂い……」
「おいおい、ミドリ、一気に嗅ぐと意識が飛んじゃうぜ? ここは袋に入れて何度も楽しむんだよ。」
「秋ちゃん頭良い!」
「あの……離れてほしいなぁ……って思ったり…」
約3人の女の子に引っ付かれて、僕は疲れていた。
ドリルさんも色々言いつつ、周りを衛星のようにクルクル回っている。
2号さん。確かに桃色は凄いけど、とてもシンドイと思うんだ。
素人には向いてない職業だよね。
ていうか申し訳ない。
という訳で、桃色解除薬~! 桃色の説明してからにするか迷ったけど、今説明したら全力で断られそうだし。
「あの、君たちにちょっと試して欲しい香水があるんだけど。」
「?」
女子たちに手首を出してもらい、シュッ(×4)とね!
「……? 何も匂いしないよ?」
と言ったのはタケミちゃんで、その他の三人は大きく反応した。
「………!? なんであたしは佐藤の息なんかを袋に詰めているんだ!?」
「わ、私は今まで……?」
「……」
ちなみに一番凄い反応は、無言でorzしている女の子である。
さっきまでご主人様とか言ってた子だ。
3人は複雑な表情をして、そそくさと離れていった。まぁ普通は戸惑うよねぇ。
(タケミちゃんはなんで何も変わらないんだろう。)
「佐藤君、やっぱり匂いしないよ?」
さっきからしきりに手首の匂いを嗅いでいるタケミちゃんは、態度が変わっているようには見えないのだった。
スプレーが効いてないのだろうか。
「佐藤君。もっとつけて見て良い?」
「あ、うん。どうぞ。」
シュッ! とかけたけどやっぱり態度は変わらなかった。
タケミちゃんが向けてくれていた優しさは、桃色のお陰じゃないのだろうか。
それは嬉しいな。
「なんで笑ってるの?」
「タケミちゃんが可愛いなって。」
「も、もう。またからかって……。」
時間はそろそろ四時間目が始まる頃である。
今日こそはお弁当を食べるんだ!
そう思っていたハルマサに最強の刺客が訪れようとは、誰も予想していなかった。
ちなみに四時間目は英語だった。
「Hellow everyone!」
「はい先生……ッ!」
隣のタケミちゃんが憧れの視線を英語の先生に向けている。
どうしてだろう。胸が大きいから? いや、タケミちゃんもそれなりだし……
「? 何か服についてるの?」
「ぽ、ポケットが。」
「そうだろうけど……」
「Shut up!」
先生が叫んだのでなんとか誤魔化せた。危ねぇ!
ちなみにタケミちゃんは席替えを挟んでいるはずなのに位置が変わっていない。
そして周りがドリルさんとその取り巻き二人に固められていた。
きっとドリルさんが強権を発動したのだろう。
まさかこんなに居辛い空間になるとは。
左隣はドリルさんだったが、彼女は座る時に、「か、勘違いしないでよね!」と言った。なんか可愛いと思ったのは秘密である。
スキル「言語理解」とか出れば良いのに、そんなことは全く起こらず、タケミちゃんの見せてくれた教科書を見て唸っている間に授業は終わっていた。
タケミちゃんがじりじりとにじり寄ってきて、集中できなかったことも大きいかもしれない。
ずっと黙っていたサクラが、≪マスター! 危険です! この女……隠れ猛禽です!≫と叫んでいたのがとても気になった。
何それ。
<つづく>
「隠れ猛禽」は「臨死!江古田ちゃん」に出てくる女の子の分類……だったっけ?(うろ覚え)
タケミちゃんとはタイプが違うけど。