<103>
女性は、ウォン、とチェーンソーについた水滴を振り払いつつ、女性は少しだけ頬を緩ませる。
「これもついてくるか。もう、私にはこれ以上はないのだがな………うん? 待てよ―――そうか。」
女性はとんとん、とつま先で地面を踏む。
「うむ。リズムを忘れていたな。大事なことだ。―――行くぞ少年」
「―――――――いつでもどうぞ。」
「では直ぐに。」
ドパァン!
女性の後ろに起こる水の波。
踏み切っただけで地面が抉れ、しかし彼女はバランスを崩さず走りくる。
上からの一撃を受ける。―――――ガギギュギ! 骨が火花を上げる。
まずい、上から抑えられて体が――――――屈んで避けろッ!
ヒュオ!
左から。頭をかする剣先。唸るチェーンソーの回転刃。その音が奇妙にゆっくりと聞こえる。
もっと集中が必要だ。
もっと―――――――もっと!
右から。下から。フェイントを挟んで、左。右。蹴り。一回転して―――体の影から突上げる剣先!
体をねじり右下へ避ける。
そして顔を背けた直後、彼女の踏み落としの足が地面に激突。水を散らす。
軽やかなリズム。
彼女の攻撃にはリズムがあった。
時には大仰に剣を振り、跳び、片足で着地し、蹴りを放つ。
緩やかに回転し、かと思ったら鋭く薙ぐ。
ハルマサはどんどん押されて後ろに下がる。
亡骸の塔はもう直ぐ後ろ。
まずい―――――落ち着けッ!
焦燥がハルマサの判断を鈍らせた。
ドゥン!
右わき腹を抉る回転刃。
抉りこまれる痛みを気合で耐えつつ、ハルマサは一歩踏み出した。
接近。超接近。
息のかかるほどの距離で、ハルマサと女性は見詰め合う。
今さらながら、彼女の瞳はひどく綺麗だ。
「―――とても楽しいな少年。」
「ええ、――――とても。」
それは一瞬であり、しかし奇妙なまでに印象に残る映像だった。
二人は同時に動き出す。
ハルマサは彼女の腹部に拳を当てて、女性は膝を跳ね上げる。
―――――「無空波」ッ!
肘を蹴られてずらされた拳は、女性の腹横をこするだけだった。
しかしそれでも血潮が舞った。
「―――カハッ!」
数メートル飛びのいた女性がごぼりと血を吐く。
拳から伝う振動が、女性の肺腑を揺さぶったのだ。
しかしハルマサもただでは済まない。
一撃必殺の大技は、決まらなければ諸刃の剣。
大幅に持久力が減り、左の拳はもうダメだ。骨が飛び出てグチャグチャだ。
「恐ろしい技だ。かなり効いた。」
ゆらり、と女性が脱力する。
「もうあまり長くは動けない。お互い全力で――――――出し惜しみせずに行こう。」
「そうですね。」
では、尋常に勝負といこうか。そう女性は言うと、皮肉げに口を歪ませる。
そしておもむろに、ハルマサへとチェーンソーを投げてきた。
「!?」
とっさに弾き飛ばせば女性の姿はすでに無く―――――
(いや、下!)
地面を這いずるような動きで、女性の剣はハルマサの足を切りつける。
反応できなければ斬り飛ばされていたが――――ついてさえ居れば踏み込めよう。
傷ついた足で女性を蹴る。蹴りを空いている腕で受けた女性は、その勢いに持ち上げられる。
筋力ならこちらが上だ。
蹴り足をおろし、だん、と踏み込んだ左足から、「沸血」が噴出し、地面へ落ちる。―――ジュッ!
「――――ハッ!」
女性が体を捻りつつ、剣を斜めに叩き込んでくる。
もう――――逃げない。
ゴギュキキキキキッ!
左鎖骨を削り砕き、肺まで抉る剣を受けつつ、ハルマサは両手を広げ――――――彼女を抱きしめた。
骨が軋むほど情熱的に。
「こいつは照れるな。」
「必死ですから。」
―――――「極・雷弾」「雷操作」ッ!
―――――――バリバリバリバリッ!
両者を包む極大の雷光の後、立っていたのはハルマサだった。
ハルマサは左肩に食い込む剣を抜き取り、血を払う。
「フゥ……。」
グゥウ、と腹がなる。
体の酷使の後にいつも来る、酷い飢餓感がハルマサを襲う。
血が足りてない。
「何か食べなきゃ……。」
フラリと頭が揺れる。
直ぐ近くに倒れる人をハルマサは見る。そして「何考えてんだか」と呟き頭を振った。
女性が眼を覚ましたのはあれから二人のハンターを倒した時だった。
一人は片手剣使いで、正面から全力で盾ごと殴ったら飛んだ。
もう一人は槍使いで、正面から全力で盾ごと殴ったら散った。
肉体と装備は埋めた。
ピアスを「観察」したら≪Lv1290必要です≫って言われたので、何かに使えると思い、それは2セット手元に残してある。
土で作った屋根の下で雨宿りしていると、女性はうめき声を上げ、眼を開く。
「む……生きているのか?」
内臓が痛むのだろう、顔を顰めて起き上がる彼女に、ハルマサは苦笑する。
「殺す理由がないので。」
まぁ嘘だ。
殺したら多分レベルが上がっていただろう。
でも殺す気にはなれなかったし、今もなれない。
「……どのくらい眠っていた?」
「二時間くらいですかね。」
倒した人数からしてそのくらい。
「そうか。この塔が崩れていないということは、まだ、誰もこの試練をクリアできていないのだな。」
亡骸の塔を見上げつつ、彼女は言った。
「………試練?」
「む、少年は知らないのか? まぁそうか。ダンジョン攻略者の中で我々を知るものは少ないしな。」
まさか。
「ダンジョンに挑んでいる人たちなの?」
「そうだ。……いや、正確にはそうだった。我々の半数が3階に挑み帰らなかった時から、クリアは諦められている。その折に最高神からダンジョンのシステムとして働いてくれと連絡が来てな。」
詳しいことは良いとして、僕はあのスキンヘッドの人を、ダンジョンのシステムではない人を食べてしまったことになる。
なんて言うこと。今さら吐いても遅いだろう。全部吸収されてるだろうし。
そもそも吐く気持ちに全くならない。
「報酬が良く、美味しいものも食べられるからと皆乗り気で請負い、これまでは問題が無かったのだが……今回はどうやら少年に突破されてしまいそうだな。」
精鋭の6人だったのだが、と彼女は複雑そうに呟いた。
彼女を除き、皆相手にもならず殺してしまっているハルマサはひたすら肩身が狭い。
もう、この女性に苦戦することも無いだろう。
レベルが上がっているし。
ていうか殺して死体が消えなかった時点で疑問に思うべきだった……。
「このピアスをしていれば好きな時にココに来れて、しかも魔物に襲われないんだ。」
彼女は耳にしているピアスを弾く。
「少年も一つ確保しておいたほうが良い。攻略に役立つかも知れんからな。どうやら下の階層では効かなかったようだが。」
この人は、仲間を殺した僕に何も思わないのだろうか。
凄く普通に話しかけてくる。
「我らは傭兵だし、任務で死ぬことはままある。あまり君が気にすることではない。襲い掛かられて、反撃したようなものだ。」
うーん。よく分からない。
ハルマサが悩んでいると、女性はずい、と身を寄せてくる。
「それよりも私は君に興味がある。正直力をつけてから負けたのは今日が初めてでな。負けたのに死んでいないし、これはもう君に一生仕えるしか……」
あれ、おかしな展開に。
桃色使ってないよね? ブレスレット確認! 装着済みです!
………なんで!?
「ふふ、まぁ突然言われても困るか。まぁ私も無理強いはしたくない。また会ったらその時は……」
言いかけて女性はハルマサへ顔を寄せ…………近い近い近い!
だが、彼女は途中で顔を止め、困ったように呟いた。
「むぅ、やり方がわからん。少年は……というか君の名前は何だ? 私はククリ・ナヤだ。好きに呼んでくれていい。」
「あ、佐藤、ハルマサです。ククリさん。」
「ふむ。ではハルマサ。君と接吻がしたいのだが。」
「あ、うん、そうですか。ところで顔近くないですか?」
めっちゃ近い。「沸血」状態かって言うくらい体が熱い! 何だこれは! スタンド攻撃的なサムシング!?
「離れていて出来るとは思えん。仕方ない、ハルマサの頭を固定して……」
「およーぉ! ネエさんじゃねぇッすか! そんな頭の悪そうな子を追い詰めて何やってるんすか? 早くカニ持って返って食べましょうよ! 雨降りまくってるじゃないッすか。」
元気な声が乱入してきて、ククリはため息を吐き、ハルマサから離れていった。
ふぅ、とハルマサも安堵する。
ていうかさっき岩食ったばっかりだし、初めてが土の味って正直どうなん? って思うよね。
いや、したくなかったといえば……もちろんしたかったけどね!
どうせ「チャンス×」の男だよ!
「あの子なんで突然地面を叩いているんすか?」
「さぁな……ふふ、ハルマサ、悔しいのは私も同じだ。まぁ機会があればまた会おう。それではな。」
「ええ!? ネエさん帰るんすか!? ちょ、カニは!?」
「アティ、私は彼に敗れたよ。完敗だ。お前も挑んでみるか?」
「ど、どうしたらいいッすかねぇ。ちょっとやってみたいなァ……って。」
「好きにすれば言いと思うが。」
アティと呼ばれた少女は、緑がかった黒髪が綺麗な元気印の少女である。
武器は弓。
どうやら戦うことにしたらしい。遠距離武器なのにこんな近くに居る時点で色々間違っていると思うが。
「じゃ、じゃあ行くッすよ! トリャ――――――ッ!」
アティは一息で弓を構え、5本の矢をつがえ、打ち出してくる。
やはり手錬なのだろう。撃つと同時にさらに矢を取り出しつつ距離をとっている。
ハルマサは、どうしようかと悩んで……取りあえず風を吹かせた。
ビョォオオオオオオ!
上から下へのダウンストリーム。
矢は全て地面へと叩きつけられ、アティが驚いている。
「ちょ、魔法使いなんすか!? ウチにスカウトしたいッす!」
「魔法も使えたのか? そういえば最後のあれ……」
「ちょ、ネエさん!? ま、まあいいッす! 魔法使いには接近戦と相場が―――――へ?」
そこまで喋った時、アティは目の前に居るハルマサに気付いた。
「―――――――アティ。私は接近戦で負けたのだが。」
「それを早く言ってほしかッたブゥ!」
ハルマサがチョップをかまして、アティは気絶した。どうやら耐久力はそれほど高くないらしい。
ククリが苦笑しつつ、「またな」と言って、アティを担意で転移していった。
喜べ! 王が無事生まれるぞ!
体を支える力もないほど憔悴したプラチナザザミは、白い卵を優しく撫でる。
すると、その硬い鋏が一瞬にして萎み、中身が卵の中に吸い込まれていく。
やがて残った甲殻も、卵の中へと吸い込まれる。
「ギィ……」
相棒の、プラチナギザミはもう死んでいた。ザザミの、つまりは王の栄養となったのだ。
足元の亡骸がドンドンと、王の卵に吸い込まれていく。
徐々に下へと降りていく光景の中、プラチナギザミは満足そうに卵の上へと倒れこむ。
最後のカニが消え、そしてこの地に王が生誕した。
どうやらこのクエストも終わるようだ、とハルマサは思った。
目の前のビックリ箱がカクカクと喋る。
『お疲れ様でシタ! クエスト「プラチナ甲殻種の護衛」及び、第二層クリア、おめでとうございマス!』
「へ? いや、まだボス倒してないよ?」
『それはいずれ分かるでショウ! それでは、報酬アイテムの贈呈デス! ダララララララ!』
ダラララと言いつつ口をカクカクさせている人形の横に、宝箱が飛び出してくる。
また小さめだった。
パカッと開くと、入っていたのは赤い布だった。
『こ、これはァ―――――! あの伝説の「おとこぎふんどし」ぃいいいッ! 毎年カウント不可能な数の漢たちがこれを夢見てソルグラントへ集うと言われる漢祭りでの、MVPへの贈呈品ッ! レア中のレアデス! おめでとうございマス!』
「そんなに凄いの?」
『売れば物凄い価格が付き、物凄い数の中傷があなたを襲うことでショウ!』
≪対象の情報が送られてきました。
【おとこぎふんどし】:あなたの体をほぼ全ての状態異常から守る、脅威の赤フンドシ。漢の証。これ以外に衣服を着用している場合、効果は消滅する。≫
ふんどし一丁で居ろって事!? 嫌がらせじゃない!?
『それでは、これからもダンジョンをお楽しみくだサイ!』
どろん、とビックリ箱が消えると同時に、後ろから、ギ、と言う音が聞こえた。
百年くらい放っておかれたつり橋のような音だった。
気付けば雨は止んでおり、辺りを水浸しにしていた雨水が後ろへと流れているようだ。
その中で、視界を埋める巨大な柱があった。青い柱だ。
おかしいな、そこにはカニの亡骸の塔があったはずなんだけど。プラチナ甲殻種どうなったの?
ギ、とその柱は軋み―――――浮いた。
(いや、そうじゃない! これってまさか……!)
ハルマサは空を見上げる。
すると柱はズーッと上まで続いており、やがてちょっと折れ曲がったりしつつ、上の何かに繋がっていた。
そう、上の方には逆行でよく見えないが大きな何かがあったのだ。
その大きな何かから、6本の柱―――いやこれは節足、つまり脚だ――――が降りており、さらに二本の細長い鋏が折りたたまれていた。
その鋏が地面に向かって伸ばされ、ズドン、と地殻を抉る。
長い鋏が60メートルほどズズズ、と地面に入ったときだろうか。
鋏はそこから、轟音とともに巨大な骨を引き抜いた。
あまりに巨大すぎてどれくらい巨大であるか認識できないが、その骨は竜の頭蓋骨のようだ。
ハルマサの前に居る巨大な何かはその大きな大きな頭蓋骨を背中に被り(この時また轟音がし、さらに頭蓋骨から堕ちてきた土で生き埋めになりそうになった)、ギギ、ゴゴ、と轟音をさせつつ、ゆっくりと旋回しだした。
もしかしたら、これがプラチナ甲殻種の生み出したものだろうか。
これってあれだ。シェンガオレンとか砦蟹とか呼ばれる奴だ。多分。
その超巨大生物はずしん、ずしんと重い体重を6本の脚で分散しつつ、大地を揺らしながらクルリと回ろうとしている。
こんな近くにいたら踏み潰されてしまう、とハルマサは思い、離脱しようと地を蹴るが、その前に長くて細くて巨大な鋏がハルマサを捕まえ、ひょい、と背中の上に乗せてしまった。
いや、「ひょい」なんてものじゃなく、「ひょ――――……い」位の間隔はあったが、恐らくとても気を使われたのだろう。背中を挟み込む巨大な鋏はソフトタッチだった。
(なんだろう。死ぬのかな。)
こっから地面に向けて叩きつけられるとか。
ハルマサが半ば覚悟を決めていると、サクラが喋りました。
≪マスター。この魔物の宿部位に高密度の魔力が、莫大な量収束しています。恐らく暴発すれば、細胞レベルで塵になります。それが今――――――発射されました。≫
世界が崩壊するんじゃないかって言う轟音とともに発射された魔力砲は、着弾と同時に世界を白一色に変えた。
カッ―――――――!
シェンガオレンが、宿部位、すなわち竜の頭蓋を向けたのは、火山だった。
宿から発射された白色の光は火山一体を襲い―――――
「た、大陸の形が変わってる……。」
山を消し飛ばしたのだった。きのこ雲が巻き上がり、それのはれた先には円形にくぼんだ大陸が残るだけである。
シェンガオレンのレベルは26相当。
そのくらいになれば、大陸を削れるらしい。
戦慄するハルマサだった。
そして頭上からキラキラと指輪が降ってくる。
(なるほど。このクエストをクリアすれば、自動的に第二層はクリアになるのか。)
納得したようなしなかったようなハルマサは、取りあえず指輪を手に取る。
その時彼の乗っているモンスターが動き始めた。ギギ、ゴゴゴ、と軋みを上げつつ、シェンガオレンは海へと入る。
ハルマサは慌てて飛び降りた。
「そうか、君にこの大陸は狭すぎるね。」
多分、何処でも狭いと思うけど。
海に向かっていくハルマサの周囲では、次々と、新たな生を受けたモンスターたちが生まれているのだった。
<つづく>
ククリさんとの戦闘書くのは楽しかった。
その楽しさが伝われば良いなぁ。
人間食ったので少し人間っぽい概念を取得しました。
レベル: 17 → 18 ……Lvup Bonus327680
満腹度: 385803 → 799319
耐久力: 554304 → 920591
持久力: 384701 → 798217
魔力 : 592536 → 1075206
筋力 : 613642 → 1186530 ……☆355万
敏捷 : 645499 → 1127386 ……☆338万 ……★507万
器用さ: 673731 → 1279876
精神力: 393824 → 76185
経験値: 657908 → 1477108 ……残り:1144330
金貨 : 582枚
○スキル
拳闘術Lv15 : 85740 → 189230 ……Level up!
心眼Lv15 : 81123 → 178202 ……Level up!
雷操作Lv14 : 39840 → 130293 ……Level up!
魔力放出Lv15: 177729 → 267322
棒術Lv15 : 80384 → 169932 ……Level up!
空間把握Lv15: 90075 → 167492 ……Level up!
観察眼Lv14 : 77849 → 149382 ……Level up!
概念食いLv15: 134784 → 200984 ……Level up!
魔力圧縮Lv15: 178493 → 243890 ……Level up!
突撃術Lv15 : 103492 → 168293 ……Level up!
水操作Lv13 : 13338 → 77281 ……Level up!
風操作Lv15 : 176629 → 239211
炎操作Lv13 : 16704 → 78190 ……Level up!
撹乱術Lv15 : 123395 → 182938 ……Level up!
PテイスターLv15: 210353 → 268473
的中術Lv14 : 30992 → 87309 ……Level up!
撤退術Lv14 : 76672 → 123984 ……Level up!
戦術思考Lv14: 118392 → 158273
暗殺術Lv13 : 17421 → 40993 ……Level up!
剛力術Lv14 : 110453 → 130223