<102>
「加速」を使うとは言え、「雷操作」も「風操作」も熟練しているとは言えないハルマサである。
スキンヘッドの男はその姿を何とか見る事が出来ていた。
まぁ正直見えて居ても全く意味が分からなかったが。
スキンヘッドは目の前の白いズボンを履いた半裸の少年を、呆然と見ていた。
なぜなら、
唐突に髪が金色に染まり、
腕から血を噴出しつつ刃が飛び出し、
と思ったらその血が突然、異常に鮮烈な赤となり、水に触れるとそれを沸騰させ、
何時の間にか肌には青い鱗が浮かんでおり、
次の瞬間には筋肉が膨張し、
何故か体が消えて、
血が噴出している場所に4色の光が生まれたと思ったら、線となって高速で右腕の辺りを動き出し、
それが物凄い勢いで迫ってきたのだ。
当然だが頭が状況に追いついていない。
だから、その少年が刃で胸の辺りを切りつけようとし、そして急に崩れ落ちたことも、全然意味が分からなかった。
「ヒヘェ、フヒィ、死ぬ……!」
一瞬のことだったのに尋常ではないほど憔悴している様子である。
この隙に殴ってしまおうか、と考えていると、少年は男を見上げ、うつろな目でこう言った。
「あ、お肉だ。」
それが男の最後の記憶だった。
「で、気付いたら立派な食人鬼になっていた、と。」
目の前には何も残っていなかった。さっきまでスキンヘッドの人が居たんだけどなァ。
着ていた赤い鎧までなくなっているよ。
≪豪快かつ容赦のない食べっぷりでした。≫
そうですか。
一秒間に50ずつ持久力が減る「暗殺術」と「剛力術」。(毎秒100消費)
持久力消費速度が5倍になる「黄金の煌毛」、3倍になる「濃赤の沸血」。(毎秒1500消費)
消費速度が50倍になる「加速」。(毎秒75000消費)
さらにゾンビ状態なので消費速度は2倍。(毎秒150000消費)
ハルマサの持久力は3秒足らずで枯渇したというわけだ。
ついでに物凄い消耗だったらしく、満腹度もかなり減って残り少しだったらしい。
まぁ枯渇してたら今頃死んでいるのは僕のほうだっただろうけど。
ゾンビ補正が「×3」から「÷10」になっちゃうからね。
今はお腹も体も、動ける程度には回復している。
≪そして、おめでとうございます。新たな概念を取得しています。≫
サクラが透き通るような声で言ってくる。
いやだ。聞くの怖い。「照返す頭皮」とかじゃないよね?
サクラが言ったのは、予想したのより良いのか悪いのか。
≪「老いた聴覚」です。≫
「………なんで?」
意味が分からない。なぜ頭が丸い筋肉じいさんを食べて耳が悪くなるの?
≪あくまで良そうですが、彼は難聴気味だったのではないでしょうか。≫
思い当たることが無いでもない。
≪そしてこの概念、恐ろしいことに常時発動型概念です。やはり同属だったからでしょうか。≫
「………どうなるの?」
≪耳が少々遠くなります。「聞き耳」スキルが概念の効果により相殺されました。≫
な、なんということだ――――――――――――!
「概念食い」は諸刃の剣だと感じました。まる。
さらにハルマサが地面をもう3メートルほど堀り、岩盤に行き当たってボリボリと歯応えのある岩を齧っていると、空間把握に人の気配がした。
ハルマサが穴から飛び出すと、それを見ていたらしい人物が声を出す。
「む?」
ざぁざぁと降り続く雨の中、やってきた3人目は褐色の肌の女性だった。
耳には先の二人と同じピアスをつけている。
白くてフワフワした、胸元しか覆っていないベストを着ており、膝まであるロングブーツを履いている。
胸の谷間や、おへそ、太腿は丸出しだった。
純朴な少年ハルマサとしては凝視してしまう格好だ。
武器は背中にある、チェーンソー型の双剣である。
「君もこの上に用事があるのか? 無いのなら退けてもらおう。」
地面がおしなべて水に浸かり、浅いプールのようになった状況で、ショートの髪を額に貼り付けつつ、女性は切れる刀のような雰囲気を出していた。
雨の中にあっても些かも衰えを見せない眼光だった。
「まぁあると言えばある、かな。」
「……ハッキリしないな。」
「ええと……。」
女性はため息を吐いた。
「……もういい。どいてもらおうか。」
「あ、」
とっさに手を掴んで止めようとすると、女性は驚愕に目を開き、バッと跳びすさった。
「な、何を触ろうとしている! おおおお恐ろしい奴だ……! どうせ、貴様も『そんな格好してるんだから誘われてるのかと思った』などと世迷い事を口にするのだろう! 信じられん! 最近の若い奴はどうなっているのだ! 破廉恥だらけかッ!」
鋭い雰囲気をさらに鋭くしつつ女性は怒っているが、言ってることは結構間抜けである。
「あの……」
「言うな! 貴様の言葉など聞きたくない! 何かいらぬことを言う前に、その首切り飛ばしてくれるわッ!」
≪こういう戦闘への導入ですか……神様も凝ってますねぇ。≫
サクラが身も蓋も無いことを言ったのでハルマサも少し冷静になる。
(そうだ。この人はモンスターと一緒。一緒さ…………。っていう風に思えたらどれだけ楽かなぁ。)
なんか若干雰囲気が母さんに似てて、どうもやりにくいって言うかね。
女の人は背中の二本のチェーンソーを手に取ると、手元で操作し、ギュイーン! と作動させる。
刃に仕込んであるチェーンが高速で回転しだし、何故か電光も走っている。
雨の中で使って大丈夫なのかとハルマサがいぶかしんでいると、その武器を持ちつつ、女性は駆け出してきた。
その動きは―――――
「くたばれ!」
(早ァ!?)
疾い。
ギュン、と一瞬で目の前に居た。
とっさに仰け反って避けると、髪の毛が数本切断される。
ギュルゥーン! と眼前を通り過ぎるチェーンソーは結構スリリングだ。
ハルマサは間髪居れず横に跳ぶ。
直後、地面へと二本目のチェーンソーが刺さっていた。
チチチチチチチ! と火花が散る。
「む、避けられるとは……どうやらただの変態ではないか。正直侮っていた。無礼を詫びよう。」
「い、いえそんな。」
「よって次からは本気で行かせてもらう。貴殿も武器があるなら出すが良い!」
ブゥン! とチェーンソーを横に振り、女性は格好よく叫んだ。
騎士道精神という奴だろうか。
「観察眼」によれば、前二人と変わらないレベル18。
なのにあの速さ。恐らくハルマサより上。300万は下るまい。
ということは恐らく速さによって平均が引き上げられている速さ特化型のレベル18。
正直そういうモンスターやらこの人やらは、レベルが一つ上な気がしないでもない。
「じゃあ、僕も本気で行くよ!」
―――――――発現ッ!
ハルマサの体から漏れる熱。
じゅわっ、とハルマサに降りかかる雨が蒸発する。
体を流れる熱い血が、心臓をつついて体を燃やす。
一歩脚を踏み出せば、足からの熱で水溜りが沸騰した。
「なんだ……!?」
驚いている女性に、湯気に包まれるハルマサは苦笑する。
「体を温かくしただけだよ。少し速く動けるんだ。まぁ、長くは続かないけど。」
袋から骨を取り出しつつ、ハルマサは言った。
ハルマサの持久力は完全には回復しておらず、今もぐいぐい減っている。
しかし宣言無しに、攻撃する気は起きなかった。
この女性の生真面目さに当てられたのだろうか、とハルマサは思った。
「ふ……面白い! 私とどちらが速いか気になるところだが……今はただ」
――――純粋に戦うとしよう。
そう言って女性はチェーンソーをダラリと地面に着くくらいまで下げる。
脱力する体の中、眼光だけがなおも鋭い。
避けるように薄く唇を開き、女性は言った。
「行くぞ」
「――――――来いッ!」
ハルマサが叫び終わる前に女性は動いていた。
左右へと高速で動く。足をつき、移動した後で水がはじけ飛ぶ。
ヒュヒュ―ヒュッ――(―――、右ッ!)
それは「回避眼」が発動するのとどちらが先か。
このレベルになると「回避眼」は役に立たない。
役に立つのは、鋭い勘か――――――経験だ。
ハルマサが右手に構えた骨は、斬り上げられたチェーンソーを受け止める。
キキキ、と火花が散る一瞬。
ハルマサは右足を跳ね上げ、それを女性が跳んで避ける。
驚くほど軽い身のこなし。
しかし、手に残る重さはそれなりだ。ハルマサの耐久力で何発耐えられるか。
直撃は食らわない方が良いだろう。
意識を研いで、呼気を吐く。
漏れた熱い息は蒸気となって、豪雨へと溶ける。
敵は強く、しかし戦えている現状に、ハルマサの心は躍っていた。
<つづく>
ステータスは次回。
◇「老いた聴覚」
長年酷使されて、機能の低下した聴覚。耳に関するスキルを合計レベル20まで無効化する。耳に関するスキルを習得していない場合、聴力が低下する。